偽る強さ
セレナが想像している通りならば、自分達はカナメに勝てない確信はしている。
敵わなかった石像を倒した人物が、もし敵に寝返ったり操られていたら万が一にも勝ち目など望めないからだ。
対魔物であれ、対人であれ戦い方は異なる場合があるが彼女の戦いは勝ち負けではない。
彼女が創造魔法を使おうものなら、すぐに決着が付いてしまう。
「あなた達に恨みはないのだけれど、ネフェ様の為に倒れて」
「へぇ、ネフェって言うんだ、あのおばさんみたいな声の人」
「しにたい?」
数分前までとは雰囲気や口調までもが変わってしまったカナメは、青白い刃を戸惑いの欠片も見せずに振るう。
セレナは防御用に展開していた、長期使用出来る緑の円盾で受けていた。
「っ!?」
「まず一人」
セレナは彼女の攻撃を防ぎきれていなかった。
カナメの一撃目は正面の盾に、二撃目は背後に回りこみ背中に一筋、三撃目で盾を持つ右腕に切り傷を負わせていた。
「ま、だ」
「抵抗しないで」
「ぁ、ぐっ!」
後ろに居る彼女が何か衝撃を加えたのか、セレナは床にうつ伏せで倒れ起き上がれないよう足で踏みつける。
「せ、セレナちゃん!」
「ん、近付くと命はない。そのままで居れば殺しはしないから」
「う、嘘に決まってるじゃない。ソシエ」
「ま、待とうよ。カナメちゃんの目は真剣に見える」
「うん、本当に殺しちゃうよ。無駄に人刺したりしたくないから、魔法を発動させても殺す」
青く光る刃がセレナの顔に近付けられる。
フィッテはどうにかしてセレナを助けたい。
けれども策が生まれ出そうにもない。
未だにレルヴェは紫ローブと戦闘が続いている。
もしも、会話による時間稼ぎが成立するのであれば懸命に話をし続けたいところだが、彼女の方で何か対策をされては打つ手がなくなってしまう。
それでも、フィッテは話しかけずにいられなかった。
「カナメさん、は、話をしませんか……?」
「却下、する意味がないのは明白。……準備出来た【封縛】」
フィッテ達の体全体を縛るように、金色の輪がいくつも生成され身動きを封じる。
「これで動けない」
「私達でカナメを止めないといけないのに……カナメ! お願い、目を覚まして!」
「本当の私に言っても意味無い。後はレルヴェを倒せばおしまい」
輪による拘束が続き解けないけど痛みがない。けれども戦闘状態とはとても言えなくなってしまった。
今の状態でも、まだ何かないかフィッテは懸命に考える。
この数日だけだが、カナメに関して見落としてる点はないか。
例えば、初めて助けてくれた時。
フィッテは気絶していたが、カナメは上の窓から助けに来たという。
もし彼女が演技でなく、今のカナメが素だとしたら今までが演じていたというのか。
「最初から、嘘付いてたんですか……?」
「……嘘だといったら?」
「……え?」
ぼそ、と呟くような声はかろうじて聞き取れたものの、戸惑いのあまり疑問の声を発して呼び止める機会を失ってしまう。
それ以降彼女はこちらを振り向くことなく、ネフェの加勢に行ってしまった。
「今回はあまり戦いを楽しめなさそうだから、手短に終わらせようかねぇ」
「そうやって舐めてかかると痛い目に遭わなかったんかね!」
ネフェが手を振り下ろす動作と同時に、レルヴェの前方から音がする。
彼女は予想通りだ、と思いつつもどこかしら追撃があると踏んで警戒しながら懐へは入ろうとはしない。
だから距離を調整しながら、攻撃を予想しながら、どうにか短期決戦で済ませないか考えている。
「っと……、厄介な戦い方だ、やりづらいったらない」
「こっちもセリフだ! ふらふら回避したり防御したりで、迷惑なんだ。さっさと死んでくれるとありがたいなぁ!」
今度は両手を十字を切るような動きを見せる。
先程と似たようなパターンであれば、十の形をした攻撃だろう。
ならば、と少し違う行動を取ればどうなるか、試してみようと左へと大きく跳躍をする。
さっきまでレルヴェの居た位置から十字の光が地面から噴出した。
その場で受け続けていたら、何かしらの傷を負っていたかもしれない。
「違うことも出来るじゃないか、感心感心」
「ふん、バカにしていられるのも今のうち、だ!」
紫のローブが一瞬のうちに消えて、レルヴェの足元に潜り込み銀に光る短剣を握り一文字に薙ぐ。
「っちぃ!」
「はん、舐めすぎなんだよ黒服が!」
足は切り傷程度だが、レルヴェは念の為短剣が届かないよう後退する。
ネフェは続けざまに横へ切り払い、レルヴェへと傷を思わせようとするが彼女は槍を地面に突き刺し止める。
短剣は弾かれこそしたものの、軽い連続攻撃が可能なので何度でも足を狙う。
「ほらほらほら! どうしたんだ黒服? 私が近接戦闘しないとでも思ったかぁ!?」
「……いや、私が気にするのはそこじゃないさ」
「あ?」
レルヴェはネフェの方向ではなく、後方で足止めしてくれていたフィッテ達とこちらに近付く操られているカナメへと視線を送っていた。
「レルヴェさん……ごめんなさい……」
「ネフェ様、こちら片付きました、加勢します」
「フィッテ達……いいさ、私がこの紫ローブを片付けられなかったからだ。『今、終わらせる』」
瞬間、どこからか風が吹いているのをフィッテ達は感じる。
今まで分からなかったのには理由があった。
「【トランスペアレンシィ・バースト】」
レルヴェを中心に、風が放出されていたからだ。
髪や漆黒の衣服などが揺らめいて、微かな白い粒子が彼女全体から撒き散らされているのも分かる。
彼女が見えない武器を振るう度に、轟、と風が荒れたかのような音を発したかと思えば紫ローブの服がいくつかの刃で切られた跡を残した。
「っ!?」
ネフェが驚いている間にも、レルヴェは弓を射る動作を行う。
方向はカナメへと変わり、矢が着弾したかと思えばカナメは壁まで吹き飛ばされる。
「ぐっ……ネフェ、様」
「まださ」
疾風、という言葉の如く距離を縮めたレルヴェはそのままカナメへと追撃を加えた。
双剣、片手剣、盾、斧、鎚など攻撃がなんとなく予想出来る武器でカナメに傷を負わせていく。
切創といえるまでにあちこちから傷口を露出したカナメは、とうとうその場に座り込んだ。
血が傷から流れ、止血処理を行うカナメを放っておいてレルヴェはネフェへと向き直す。
「しばらく大人しくしてくれるかい? さぁて、ネフェと言ったか。この場所を独占していたようだが、許されると思っているの、かいっ!」
「ち、カナメの奴使えねえなぁ!」
再び俊足で駆けるレルヴェに対して、すぐさま迎撃に移るネフェはいくつも腕を振り透明な湾曲した刃を形成した。
「甘い! 甘すぎなんだよ黒服ぅ! ほらほらほら~真正面から突っ込むとぉ~、私の刃でザックリと逝っちゃうぞぉ!?」
「甘いのはどっちかねぇ」
レルヴェはネフェの刃を見切り、左、右斜め、そして前方に回避して全てかわしながら武器を振り下ろした。
正確な一撃は殺すところまではいかず、ローブを裂いて身に着けている黒の下着にまで到達するかといった所でレルヴェは刃を止める。
「くっ……殺せばいいものを、あんた、舐めてるのかい!?」
「いいや、殺す必要はないな、と思っただけさ。条件はいくつかあるが……まずはカナメの洗脳だかを解いてもらおう。次にこの神殿を占拠する目的、とかだねぇ。あらかた聞いたら束縛してディーシーにでも送ろうかと思うが」
「はっ、そういくとでも……」
「私は本気で殺すことには躊躇ないさ。カナメやネフェだって、造作もない。そしてカナメ、あんたのリーダーとやらが死にたくなければ動かないことだ」
背後に目でも付いているのか、応急処置を終えたカナメは青白い剣を握りレルヴェへと近付こうとするのを見破って見せた。
ネフェはかなり悔しいのか、歯軋りを何回かしてようやくため息をついた。
「くそ、カナメの奴もまだまだってことか。……【セイン・バインド】」
「おいおい、そいつはカナメを拘束した輪の魔法じゃないのかい?」
レルヴェは見えない刃を突きつけると、ひやりと肌で感じさせる為に刃の腹の部分を頬に当てる。
「か、勘違いするのも無理はないな。これはカナメ専用の魔法でもある。一度気絶させて輪を通してしまえば私の命令通りに動く、って訳だ。反対にもう一回喰らうと元通りだ。文句あるかい黒服?」
「こっちの名前は覚える気無さそうだねえ……、フィッテ、カナメの様子は?」
レルヴェはポケットから束縛用ロープを取り出しつつも、フィッテ達への気配りも忘れない。
彼女はネフェから目を放すわけにはいかないので、話しながらだが。
「は、はい! カナメさんは……今寝てる、ようです」
「ふぅ~……一段落って感じかな」
「そうね、ネフェって奴がまだだけども」
「だ、大丈夫だよ、レルヴェさんだって居る。僕たちだって輪が解けてるし」
倒れるようにその場に寝たカナメをフィッテは膝で抱えて、枕代わりにした。
今までの戦闘の疲れを、安らかな眠りでカバーするみたいに嬉しそうに寝ている。
セレナはあまりにも幸せそうにしているので、頬をつねって起こしてやろうか考えたがすぐさま次の問題解決へと移った。
「さてさて、フィッテ達の束縛も解けたことだし。説明してもらおうかねぇ、ここに居座る理由を」
レルヴェは後方にロープを投げるとセレナ、ソシエ、プラリアがそれぞれ拾いに行き、監視しながら縛ることした。
「くそ、厳重なこった……いいかこの際。私はカナメを騙して魔法を使い別人格を作った。それこそ従順な人形になるまでに」
「変態ね、あなたは」
話しながらではあるが、プラリアはセレナと協力してネフェの体にロープを何周も巻いていき、固く結び目を付ける。
「ふん、どうとでも呼ぶがいい。私個人は莫大な金を得る為に、ここを門番を設置する形で占拠した。後は生まれ出る魔法石を回収して売り払うだけだった……んだが、一向に魔法石が出てくる気配がないって時にあんたらが来た訳だ。『脱走した』カナメを連れて来て、な」
「なるほどねー、ネフェはこの場を動くに動けないから石像だけ召喚して粘るのを決めた訳だ。さっさと諦めて、どっか帰ってれば良かったのに。こっちは魔法石無い! しょうがない、帰ろう~ってすんなり終わったのになー」
どのみち無駄足だと分かったセレナはネフェをいじめるつもりではないが、皮肉を混めて呟く。
「でも、セレナちゃん……私はカナメさんに会えたから嬉しいな。怪我とかはしちゃったけれど、こういう形でなかったらカナメさんという人に今後会える保障なんてなかったし……」
離れた場所で、フィッテは膝枕続行中のカナメの手を握りながら話しかけた。
ちょっと羨ましいのか、セレナは頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
「ふ、ふん、どーせどっかで会えるって。……そ、それよりもフィッテ、私も、その、ひ、膝……」
「フィッテー? セレナがねーひざ、もごっ!?」
「わー!! なんでもない! なんでもないから、ね!」
慌ててプラリアの口を塞いだセレナは大げさに空いた手を激しく振るう。
「なんだかんだで、いつもの調子だね……」
「ソシエはそういう風のがいいんじゃないのかい?」
「で、ですね。僕としてはなるべく平和の方が……」
敵を一人捕縛している状況下で、暢気な会話をしている中レルヴェは真剣な眼差しでネフェを睨む。
「今後、ウチの弟子達に手でも出してみな。今度は体そのものを消してやるさ」
「言ってな。嘘吐き野郎が」
お互いにしか聞き取れない声の会話の意味を理解したのか、口元に妖しい笑みを一瞬浮かべたがすぐに笑顔になって笑い声を発しながら、今まで体から放出されていた白の粒子を消す。
「ど、どうしたんですかレルヴェさん」
「いや、何でもないさ、プラリア。それよりもだ、収穫がない以上は帰りたいねぇ。ネフェというお荷物を町まで持っていかないとさ」
「です、ね……フィッテ、カナメそろそろ起こして行こっか」
こくり、と頷いた彼女はカナメへと触れる。
「カナメさん……? そろそろ起きて下さい……」
「う、う~ん、おかあさん~……」
「……」
彼女には親がまだ居て一緒に暮らしているのだろうか?
だとしたら、少しでも速めに家に送ってあげたい。
もし、そうでないとしたら。
一度ブレストの町まで戻ってレイレルさんに事情を説明しようか。
「ん、ん~……あれ、フィーフィーどうしたの? こういう事するのが好きとか?」
「いえいえ……カナメさんが疲れて寝ていたので、たまたまです、よ?」
「ふぅ~ん……ってあれ、レルレル、そのおばさん……誰?」
起きたカナメにより事情が更にややこしくなるので、レルヴェは移動しながら説明をしてテレネス神殿を後にした。




