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私と師匠  作者: 水守 和
第2話 蔑みの水刃
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避けるべき戦闘は彼女の為に

 朝、完璧とはいえないが彼女達が負った怪我は表面上は治っていた。

 骨が痛まなくなったのは、回復のおかげか。

 それでも、セレナ、プラリア、カナメは戦闘は極力自分達で行おうと密かに会議をしている。

 本当に大事な戦いが起きたときに、いざ守れなくなってかつ、彼女自身も動けない状態だとよろしくないからだ。


 ……そもそも三人置いて出発すればよかったのだが、昨日の行く気満々な時にやる気を削ぐのもどうかと思い、黙っておいたセレナであった。


 




「さてさてー、乗り込むよ~皆行ける~?」


 テレネス神殿入り口、全員が集まったのを確認したカナメは頷いたのを合図にして、室内に先陣を切った。

 カナメの予想では『また』石像が居座っている可能性があるからだ。



「貴様ら……命を無駄にしにきたと思える」

「やっほー、無駄にさせない為に私が来ました~」

「くっ……」


 威勢の良い石像の声はカナメの明るい少女の発言によって濁っていく。

 まさか三度目にして、彼女が再び現れるなどとは思いもしないだろう。


 

 フィッテ達も入り込むと、閉ざしていく鎖や、室内に灯る青い炎が出現するがカナメの存在によって恐怖感はなかった。

 証拠に、彼女は石像の四本の腕を全て駆使してでも殺しにきている攻撃を読んでいるのか見切り、瞬時に背後に回りこんだかと思いきや巨大な槍が背中を貫いた後青色の槌で石を砕いてみせた。


「よーし、まずは一部屋目終わり~」


 苦戦、という文字が程遠い戦闘をしているカナメは笑顔を振り撒き前へと進んでいく。

 彼女が言うには、次が魔物の生息部屋らしいのだがお構い無しにどんどん奥へと消えていってしまう。

 このペースだと、放っておいたらあっと言う間に祭壇へと着いてしまう、と判断したフィッテ達は首を下ろすとカナメに出遅れないよう駆け出した。





「ふんふん~、二部屋目攻略~」


 既にフィッテ達が入った部屋は虫、虫、虫と死骸ばかりが転がっていた。

 まともに言い表すのが気持ち悪いぐらいの量だったからである。

 虫の種類に違いはあれど、芋虫や鎌を装備した虫など動いてなかろうが嫌悪感は変わらない。


「うぇぇ……これ全部カナメさんが?」

「そそー、入った瞬間一斉に仕掛けてきたけど~何ともないかな~。鎌や針、糸とか飛んできたり襲ってきたりだったけど石像に比べると遅すぎて~」


 広間に比べると長さに劣るが、その分魔物で構成されていたと考えると部屋内での戦闘は楽ではないだろう。

 仮にカナメ無しでここを突破するのであれば、レルヴェ達が前線に立って……と即対応を要求されたに違いない。

 カナメは掃討が終わったのか、一応は亡骸を避けて歩いていく。

 

 と、亡骸に埋もれて何かがうごめいたのをフィッテは察知する。


「か、カナメさんっ!」

 

 すぐさま庇うように立ちふさがった彼女を襲ったのは緑色の体液だった。

 彼女の衣服に付着したきり、敵の動きはなくどうやら悪あがきだったらしい。

 セレナは念の為に銀の矢で止めを加えて、万が一がないよう周りを見回す。


「フィーフィー……ごめん、ちょっとそのまま動かないでね~」

「は、はい……」


 カナメは長方形の布を取り出すと、体液を落としていく。

 腹部分が緑で染まっており、落ちきっていないがどろりとした液体が取り除けた。

 衣服が溶けないことから、ただの体液だとカナメは拭きながら考察する。

 

「これでよし~。ごめんごめん、先を急ぐばかりで周り見てなかったみたい~……」

「い、いえ! 私は大丈夫ですので……」


 カナメはまた笑顔を浮かべると前を向いた。


「……魔物の癖に良い仕事するじゃない……これでフィッテに合法的に拭きあいっこが出来る……っ!? 帰ったら早速実行に……」

「ぷ、プラリアちゃん、なんだかセレナちゃんが不気味に笑ってるよ……」

「はぁ~……これじゃあ愛しの人に変態発言されても仕方ないわね」

「同感だねぇ。いや、これはこれで面白いが」


 ささやく声で会話していたので、前方のフィッテ達に聞こえる心配はないかもしれないが災難ね、と呟くとプラリアは脳内で強く記憶するのであった。






 

 祭壇前の三部屋目に到着したフィッテ達は静けさのあまり耳を傾けた。

 広さは二部屋目と変化が感じられない。

 代わりに、虫が一切存在せず殺風景な部屋だった。

 何か罠があったとしても回避出来るのか、カナメは躊躇せずに前へ前へと足を運ぶ。


「ちょ、ちょっと何も考えずに突っ込んだら・・・・・・っ!」

「ん~? 安心して、私はここの構造知ってる訳だしね~。この部屋はいわば休憩所、次の困難に備えるんだよ~」


 間延びした彼女の話し方には余裕が見えるのはそういうことなのか。

 前に進んだのも内部を理解しているからか。

 両開きの扉手前で立ち止まった彼女は、歩くフィッテ達に振り返る。


「私の予想だとー、奥に元凶が居ると思うんだ~~」

「具体的にはどういう敵か予想できるの?」

「んー……まずは人の手で召喚してると予想かな~、そして一人だけではないかも~というのが私の考えだよ~」


 もしかしたら集団で魔法石の入手を目論んでいるのかもしれない。

 複数で向こうで待ち受けていて今も息を殺しながらこちらに奇襲を仕掛けようとしているのかもしれない。


「どうしますか? 私達全員で突入しますか?」


 声を小さくしながらプラリアはカナメに訊ねる。

 私もその時はご一緒します、という風に誰よりも一歩前に出ながら。


「んー……私だけ入ってすぐに皆来れば大丈夫だよ~。各自、念の為創造魔法の準備だけしておいた方がいいかな~」


 プラリアは既に詠唱済みなのか、頷きながらカナメの後方に立つ。

 

「フィッテ」

「セレナちゃん……?」

「一応だけど、フィッテは後方に下がってて。何があるか分からないし、これ以上怪我とかしちゃったら私は大泣きしそうだもん」

「……わかった。頑張るね」


 最後、という訳ではないが戦闘になったら手を繋ぎながら……と悠長な行動は取れない。

 だからか、セレナはやや強めに握りフィッテの手の温もりを味わう。

 


「プラリアちゃん」

「な、何よソシエから声掛けてくるだなんて」


 ソシエはフィッテ達に感化されたのか、彼女の手を両手で包んだ。

 いつもの彼ならば、プラリアから動きが出て対応するタイプであるはずなのに。


「な、なな……!? ど、どうしたのよっ!?」

「ご、ごめんごめん、僕らしくなかったかな。でも、ここからどういう戦いか想像が出来ないから余計にこうしたいって思うんだよ。必ず、生きて帰る為にも、ね」


 らしくないソシエに対して、プラリアは顔を染めながら彼に視線を合わせ微笑んだ。


「珍しく積極的なのね、そういうソシエも好きだけど」




「……全く、どうなるか分からないのに若いねぇ……嫌いじゃないけどねこういうのは、さ」

「ん、レルヴェさんには好きな人とか手を繋ぎたい! って思う人とかは居ないんですか~?」

「……想像にお任せしようか」


 短く告げると、レルヴェはカナメのやや後方に付いた。


「帰ったら是非ともレルヴェさんの恋愛事情をお聞きしたいところですね~。それはもう赤裸々にでも~」

「それはカナメ次第だねぇ。私ではあの石像が居たら太刀打ち出来ないからうまく戦いたいところだ」

「私なら任せてください~。石像ぐらいだったらすぐにでも倒しちゃいます~。それよりも、四人の準備は完了ですか~?」


 ゆったりと話しながら振り返ると、全員が重大な決意をしたかのように引き締まった表情をしていた。

 カナメは笑顔で頷くと、両開きの扉に手を当てて勢い良く開いた。






 周りだけを見るならば、最初の部屋と何ら変わりはない。

 奥が異常だった。

 床から天井にかけて黒く細長い石が何本もびっしりと生えていたからだ。

 奥の壁だけが黒に侵食されていて、他が石造りの壁なのだから余計に違和感がある。

 

「あれはもしかして……魔力石……?」

「かもね、そして誰も居ない……?」


 カナメは警戒を怠らず前へ進んでいく。


「皆、よーく気をつけて進まないと~……」

「【セイン・バインド】」


 突如として前方から聞こえた艶かしい声に、全員は身構える。

 黒壁からか、前ばかりに気を取られていて天井には全然注意していなかった。


「!? つっ、な、なにこれ~……」


 上から降ってきたのは銀の輪だった。

 くぐるにはぎりぎりの狭さだが、輪がカナメの体を通過した瞬間に胴部分に食い込む。

 力こそはそこまで加わっていないが、もし強くなっていったらカナメの内部が無事では済まされないだろう。

 フィッテは近距離兼、遠距離用の魔法を詠唱していたので発動させようとする。


「ま、待って下さい……すぐに私が」

「あらあら~? 誰かと思えば裏切り者のカナメちゃんじゃない~。ノコノコと現れた挙句、ウチの石像までぶっ壊してくれるとかやってくれるじゃないの~? ねぇ~、今どんな気持ちなのかな~? ほらほら~もっと強くすんぞぉ!?」


 苛立ちを表現するかのように、大げさに足音を立てながら一人の女性が黒い石壁から出てきた。

 紫、と一言で表現するのがぴったりだというように、彼女の格好が紫で彩られているからだ。

 すねまで覆うブーツ、全身を保護するフード付きのローブと彼女が近接で殴るようなイメージでないことも想像出来る。

 

「フィッテにセレナ、二人はカナメの傍に居てあげてくれないかい? 私達はあいつをどうにかする」

「わ、分かりました! カナメさん、助けますからね……【スイフトスラスト】」

「ぅ~……ごめんね、ありがと~……私じゃ外せないかも~……」

「ったく、さっさと解除してあの女魔法使いの所行って仕返さないとね」


 レルヴェ達は紫ローブへと向かっていったが、当の本人はピンチと思っていないのかむしろチャンスとばかりに妖しく笑みを作った。


「【バインド・セカンド】」

「ぐっ……っぅあ……」


 フィッテが銀の矢でカナメを傷付けないように、恐る恐る輪だけ狙おうとしたら円が更に縮んでいく。

 待ちきれなくなったのかセレナはフィッテから矢を借りた。


「私がやってみる」

「……だめだよ~……私に近付くと危ない、よ~……」

 

 セレナが銀の輪に攻撃しようとしたその時、カナメの手で払われた。

 

「ちょ、ちょっとその輪を壊せないんだから邪魔しないでよ」

「だ、だめなの~……私が操られてるっぽいから、絶対に危害加えちゃう、フィッテ達を攻撃したくないんだから~……」


 カナメの輪は砕けて、粉々に消えた。代わりにカナメは力を使い果たしたかのようにその場に座り込んでしまう。




「あはははは! いい気味だよ! 裏切り者には相応しい、さぁこの侵入者を滅ぼしてしまいな!」

「何言ってるんだい……さぁ、大人しくカナメの輪を解除して……」


 突如として風を切る音が聞こえたかと思ったレルヴェは、防御姿勢に透明の武器を構える。

 

「ちぃ……新手かい」

「ふん、あんたらの相手はこっちだ。カナメちゃんにはたっぷりと報復を受けてもらうからねぇ! まずは手始めにあんたらから死んでもらおうか!」


 見えない攻撃を防いだレルヴェは一瞬だけ振り返った。

 カナメを苦しめていた輪は無くなったようだが、様子がおかしかった。

 フィッテとセレナに襲い掛かっていたように見えたからだ。


「プラリアにソシエ、両方後ろのフォロー、頼めるかい? あっちの方がヤバそうだ」

「お任せ下さい!」

「が、がんばります……!」

「さてさて、戦いには苦労しなさそうだが見かけで判断するのは三流以下だからねぇ……」

「はっ! 私が近距離戦を仕掛けないと思っているのかい? 後悔させてやるさ!」


 レルヴェはプラリア達に指示を出すと先程の攻撃を予想し、左に跳びながら機を待つ。

 彼女の攻撃は上から来る鎌状の刃を振り下ろしていると予想した。

 ならば、と思い一気に踏み込むのは容易い、問題は他に攻撃手段があるはずとまだ近付かずにひたすら攻撃を避け続けた。





「カナメさん……?」


 座ったカナメが立ち上がったかと思うと、汚れ無き黒の瞳が虚ろに見え、フッと姿が消えた。


「フィッテ!」


 彼女の動作が予想出来たのか、セレナはフィッテを庇うと飛び蹴りをがっちり固めた拳と腕で受け止める。

 

「多分だけど、今操られてるんじゃないかなって思える。解除するには……気絶とかなのかな、そもそもそこまでいけるか怪しいけど」

「私は操られてなんかいないよ、これが本当の私。『カナメ』なの」

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