告白、至福
その場で仲たがいするかと思いきや、無言で宿屋まで戻ったプラリア達は、二つのグループに分かれた。
怪しげな店に立ち寄ったプラリア、フィッテと、居なくなった二人を探す途中で買い食いをしたセレナ、ソシエ組だ。
この二組はテーブルを境に、二人ずつ離れるようにイスに座っていた。
「さぁて、セレナ。話を聞かせてもらいましょうか?」
そして、金髪を揺らしたプラリアはセレナに歩み寄る。
「怒らない?」
「何割か既に怒ってるから、平気よ?」
目だけはにっこりと笑顔を作る。頬などは微塵も緩んでいないが。
「む、むしろプラリアさんに怒られるようなこと、したのかなセレナちゃん……」
(個人的にマズイ事にならないといいけど……セレナちゃん、誤解受けてそうだし)
「してないしてない! ソシエと一緒に居て食事しただけじゃない!」
「へぇ、口元の汚れを拭くのも食事なんだ~へぇ……」
「ぷ、プラリアちゃん、アレは僕が悪いんだよ。僕が落ち着き無かったから……」
今度は近付く対象をソシエに変更した彼女は、顔を近付けた。
怒りはなく、好きな人を目の前に緊張している恋する少女のように、火照っていた。
「だ、大体よ! ソシエこそ、断ればよかったじゃない……っ、わ、私とは一緒に行ってくれないの……?」
「ご、ごめんよ。お腹空いてたのもあるし……」
「じゃあ……今は大丈夫?」
「ええ!? 僕が当然入るけど、プラリアちゃんの胃袋が心配だよ……」
「いいから! 来るの!」
セレナはこのまま去ってしまったプラリアとソシエを止める事が出来ずに見守るばかりだ。
彼女に止められないんだから、フィッテは現状の把握で精一杯である。
(え……? ど、どういうことなの……?)
それなりの音を出して閉まったドアを見送ると、フィッテはようやく口を開いた。
「あ、あのセレナちゃん、今の……」
「ほっときましょ。私達は私達で問題あるし」
「問題……。こ、これには訳があって……」
ここで彼女の言い分を聞かないで怒りの矛先をぶつけるセレナではなく、一つ返事で頷くと先を促した。
「実はプラリアちゃんとはある話をしてて……それがこの本、なんだ。まだ見たことないけど、女の子同士の物語の本渡したい、って言ったらプラリアちゃん喜びながらあの店に行こう、て言われて。そして今に至るんだけど……ご、ごめんなさい、セレナちゃん勘違いさせちゃって!」
言い終えると同じくして、眼鏡が落ちそうな程速く、彼女は頭を下げていた。
おおよそだが、セレナの予想にほぼ間違いはなかった。
何故女の子同士の物語か、は気になるが今は真っ先にフィッテの頭を上げるのが優先だ、とセレナは行動に移す。
「ごめんね、お願いだから頭上げて? 謝るのは私の方だから」
手を両手で包み、視線が合った所で抱き付いたセレナは更に髪を撫でる。
「ど、どうしたの、セレナちゃん……? 今日はやけに積極的で……」
「っ!? ご、ごめん!」
フィッテの嫌そうではないが驚いた声で、セレナは思わず抱擁を止めて数歩後ずさる。
「え、とフィッテ。その手に持ってる本ってプラリアじゃないとしたら誰に……?」
「は、はい! これが私の答えでもあり、お返事です、セレナちゃん……!」
差し出された赤色の本からはタイトルが見える。
恐らく、書かれた文字を言いたいのだろうか。彼女はそれ以上話すことはなく、ただ本を突き出すばかりだ。
なので、人差し指を唇に当ててちょっと意地悪になってみるセレナである。
「これは自分が伝えるべきセリフだと思うんだけど、フィッテの口から聞きたいな」
「で、ですよね……」
敬語になるほど心に余裕がないのか、おずおずと本を引っ込めた。
何度か深呼吸をして、平常心を維持しようとする。
早鳴りする心臓を必死に静める為だ。
(だ、大丈夫。想いは伝わるはずだから、ただ、言うだけ__)
どれだけの時間が経っただろうか、一時間は言い過ぎだが確実に一分はセレナの中で経過していた。
意を決したのか、フィッテの顔が凛と引き締まった。
「せ、セレナちゃん…………」
「は、はい」
「す、好きです! 私の恋人になって下さいっ!」
若干の間を置いてから放たれた、恋の一撃は。
「は、はい……こちらこそ……こちらこそ……!」
見事にセレナの胸を穿つ。
彼女の長い想いがようやく成就した瞬間である。
(そう、これが私の答え。そして新たな始まりでもあるんだよね、セレナちゃん)
「あ、あの、セレナちゃん」
「ど、どうかした?」
「色々、しようね」
この時、飲み物等口に含んでいたならば間違いなく噴き出していたはずだ。
それだけ、セレナは意味深な方に捉えていた。
「セレナちゃん? ……もしかして、エッチな方を」
「そ、そんな訳ないじゃん! フィッテこそ怪しいですなぁ?」
「わ、私は恋人として、もっと仲を深めていきたいなってだけで……!」
お互いが口元緩んでいるので、説得力皆無だ。
二人は幸せそうに過ごしている。
不思議な出て行き方をした二人が戻ってくれば、何があったかすぐに察しはつくだろう。
「例えば、こんなこと?」
瞬間。
フィッテの頬にセレナの唇が触れていた。
「!?」
「あはは……いきなり唇はマズイかなーって……フィッテ?」
顔全体を徐々に染めながら硬直したフィッテは我に返ると、慌てふためく。
「ちょ、ちょ、セレナちゃん……。びっくりしたよ……恋人、だから唇でもいいんじゃないのかな」
寂しそうに唇に指を当てたフィッテは未だに頬の紅潮が解けていない。
「むむ、許可が出た所で気を取り直しますか」
「ど、どうぞどうぞ!」
ゆっくりと目を閉じると共に、撫でるように触れた唇同士はやがて濃厚に交わりあう。
息を忘れさせるぐらいに、柔らかい感触を二人は味わう。
「ん、ぅ……」
「んっ……ちゅっ……」
合図した訳でもないのに二人は唇を離し顔を見合わせ、力が抜けたかのようにその場に座り込んだ。
照れ隠しに小さく笑ってから、再び口を交えた。
何度も何度も、少しだけ口づけをしてから呼吸を整えて二人は貪りあう。
が、フィッテは彼女のペースに付いていけなくなったのか、辛そうに咳き込んだ。
「けほっ、せ、セレナちゃん、一度休まないの……?」
「だ、だね。ごめんごめん、フィッテの唇も可愛いんだもん。何度でもしたくなっちゃうぐらいに、ね」
数回呼吸をしてから、視線を合わせる。
フィッテは変わらず、顔が赤いままだがセレナも同様だった。
妄想では数え切れないぐらいしたかもしれないが、実際彼女の唇に触れるのは初めてなのだから。
(セレナちゃんとの初めてのキス、頬にされたのと比べるのが失礼なぐらいふわふわしてる……。もっと、したいって言ったら変に思われるかな……?)
「あ、あの……」
「ん? あー、そっかプラリア達が来ちゃうもんね。それまでは何事も無かったかのように過ごすフリしてよっか」
すかさず立ち上がったセレナは、フィッテの手を取ると着席した。
彼女達の表情を見れば、嬉しい出来事があったに違いないと誰もが思うことだ。
今のこの瞬間が一番幸せかもしれない。
プラリアの(半ば身勝手な)計画では、あの二人は流れを作り出すに違いないと踏んでいるからか、盗み聞きなどという野暮なことはしなかった。
半分はあの場を逃げ出す口実で、もう半分は自分の為でもあるからだ。
宿屋の裏は所謂酒場を開いている。
真昼間からの営業をして、酔っ払いを増やしたくないのか店主自身が夜行性なのか。
扉は開かず、固く閉ざされたままだ。
人の声や、物音は一切しない。
店がやっていないのもあり、人影やわざわざ人の居ない場所に来ようという物好きは二人を除いていない。
「ここ、酒場の前だけど……あれ、食べに行くんじゃなかったの?」
「食欲だけはすごいわね……食欲だけは。ソシエ、セレナに何か変なことされなかった?」
「ううん、特には。汚れ拭いてもらっただけだよ?」
「ならいいの」
彼女はソシエから背を向け、小声で独り言を呟いているようで、押し殺した声が聞こえてくる。
内容までは分からないが、ソシエ的には分からないほうがいいかもしれない。
「それで、ここに来た理由だけど。私達にはまだお酒は飲めないわ。そこで、私達が大人になってこの店がやっていたら、一緒にお酒を飲んで欲しいなってだけよ」
「僕は構わないし、誘ってくれるなら嬉しい限りだよ。じゃあ、大人になるまでは……」
「一緒よ。共に喜怒哀楽を味わうパートナーになってほしいの、ソシエに」
今も依頼で魔物討伐などはやっている。
要するにパーティーの延長だろうか? と捉えたソシエは笑いながら答えた。
「うん。僕で良ければ、喜んで」
しかし彼の答えとは反して、肩を強く揺さぶってくるプラリアは目が真剣そのものだった。
「ちょ、ちょっと! 私の懸命の告白よ? 軽々しくない!?」
「えぇ……ただ、依頼の時のパーティーをずっと継続しようね、ってことじゃ」
「違うわ。貴方が好き、なの。友達ではなく、恋人として好き」
突然の告白を言い切ったプラリアからは、頬の紅潮を感じるが今はそれどころではない。
目の前の彼から返事を聞かないと心が破裂しそうな感情の方が大事だ。
「いきなり想いを伝えられると驚くね……。でも、どうして僕が? こんな体なのに?」
言いつつ、ぷに、と服越しでも摘める肉を見せながら彼は申し訳なさそうに目を伏せる。
「確かに少しは痩せてほしいわね。でも、私が惚れてるのは中身よ。なんだかんだで私に付いてきてくれる貴方にいつしか、恋を抱いてるの。あなたと同じ時間を過ごしたい。もっともっと居たいんだから」
彼の肉を優しく触れると、半歩下がり手を後ろ手で組んだ。
「……僕はずっと、その気持ちを抑えてたのかな。プラリアちゃんの笑顔とか悲しい顔とか。大事にしたいって思ってるんだ。だから、僕なりにプラリアちゃんを守りたいんだ。この気持ちは今も変わらないよ」
「ソシエ……ソシエ……!」
押し倒さんばかりの彼女の飛び付きに、全体重を込めて踏ん張って食い止めた。
すぐそこには、ずっと守りたいと思ってる少女が可愛らしく照れている。
顔と顔の距離は剣の刃先よりも短い。
どちらかが、勇気を出せば触れそうなほどに。
勇敢にも、行動に出たのは恥ずかしそうに迫るプラリアだ。
「ちょ、ちょっとプラリアちゃん……!」
「な、なによ! せ、せっかくしようと思ったのに!」
「そ、それはいいんだけど」
彼はプラリアの後方に居るなにかを指差した。
プラリアが渋々振り向くと……数人の老若男女のお邪魔者が集まっていた。
中には冷やかし気味の歓声を上げる者まで。
「げ」
「ね? 今はやめといたほうが……」
「あ、あんたら! 今すぐ散りなさい!!」
ここなら誰も来ない、と思っていた予想が外れたのが悲しいのか、プラリアは首を横に振って怒りを露わにした。
「はぁ、流石に誰かに見られるのはいやだから、また私から誘うわね」
「う、うん」
展開が進まないことに飽きたのか、ギャラリー達はそれぞれため息をつきながら散っていく。
「なん、てね」
プラリアは去るものを除いて、未だに留まる傍観者などお構いもせずに、ソシエの唇を奪った。
「っ!?」
彼の驚く顔は勿論、残って良かったというギャラリーも息を呑んだ。
それは数秒したら終わり、少女は今まで見せたことない最高の笑顔を振り撒く。
「よろしく、パートナーとしても、ね」
「う、うん!」
夕方、食事の席に同席するレルヴェは、普段より四人の様子が違うことに気付き、幸せオーラに囲まれて夕食を頂いた。
美味しくは感じなかったようで、少量を残し町を一人散策した。




