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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
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妨害

 人が走るよりも早い水の槍は、銀色で彩られた鎧に狙いを付けた。


「防御」


 何かを詠唱しようとした銀鎧だが、間に合わないと悟るや剣を放り、肘を曲げ胴部分を守る態勢に入った。

 直後、水の一撃が銀鎧の防御した部分より僅かに下へ着弾し水が弾け、銀の鎧の腹部に拡散した水玉が水の槍に変化して更に襲い掛かる。

 近距離での拡散した槍は、抉るように鎧の表面を傷つけていく。

 いくつかの刃は母親の負わせた傷によって開いた、鎧の穴を縫って肉体へと迫った。

 痛みに耐えられなくなったか、よろけ思わず片膝を着く銀鎧をよそに見るように、鮮血の鎧は獲物を狩るべくゆっくりと歩く。


「負傷」

「使えねえな、オイ。ったくよぉ」

「謝罪」


 銀の敵は致命傷とまではいかないが、傷を負わせる事は出来ただろう。

 敵の方を向きながら、それでいて未だに中央通りを駆けるセレナは前を向き小さくガッツポーズを取った。


「ふぅ……足止めにしかならなかったけど……」

「セレナちゃん、傷はどこかで治した方が……」

「私もそうだけど。フィッテも、ね?」


 セレナが痛み止めになるか怪しいが止血の意味でも、白い応急布を手の平と甲に巻きつけた。

 同じくして走りながらだが、セレナはフィッテに手の傷に同じように応急処置を済ます。

 足はやり辛かったが、一度立ち止まりセレナが迅速に布を貼ったことで解決した。

 魔法効果が施してあり、完璧ではないが再生力を促進させる一方で、セレナの穿たれた穴までは回復出来るかは怪しい。


「こっちの傷は後で魔法使っておくからなんとかなるよ。多分」

「そうなんだ……。うまく行けば逃げられそうだね」

「だね! あ、ちなみに」

「ちなみに?」


 セレナはフィッテのオウム返しに申し訳ない顔をして、頬を指でかじる。


「さっきの創造魔法はもう一発撃てって言ったらちょっと厳しいかも……魔力がもう少ないの」

「そ、っか……。で、でも大丈夫だよ。きっと私達は逃げられるよ」


 フィッテは、強がりを含んだような前向き発言をする。

 曖昧なだけに、安心が出来ないセレナだが、確実に逃げられる訳ではないので不安は消え去らない。

 事実を言ってしまうと、先ほどの魔法でセレナの魔力は底に近い。

 それだけ魔力の消費が激しいのもあるが、彼女自身の魔力量もそれほど多くはないのが現状だ。

 今日だって依頼を受けてきたので、創造魔法は少なからず使用している。


「日付が変われば魔力が補充されるんだけどね……」

「そ、そうなんだ……」


 創造魔法のみならず、日常で使っている魔法も、魔力を通じて使用が出来ている。

 魔力イコール、個人の魔法の容量みたいなものだ。

 いくらセレナが依頼で、創造魔法を控えていたとして先程の【ウォーターランス】を発動した時点で魔力消費はしている。

 仮にセレナが五十魔力を持っていたとして、三十魔力消費する【ウォーターランス】を一度でも撃てば日が変わるまで例外でも無い限り創造魔法は撃てないのだ。

 日常魔法もやはり魔力を使うが、創造魔法ほどではないが、少ない消費で済む。


 回復方法の一つ、日付変更。

 フィッテ達の居る大陸がそうだが、大地に魔法の加護が行き届いているため、人々は魔力を授かり日常魔法、創造魔法を使用することが出来る。

 敵味方関係無く、それこそ平等に扱うことが出来る魔法を強敵が想像を絶する魔法を使ってきたとしたら。

 それこそ現在逃走中のフィッテ、セレナには逃げる確立はゼロに近い。


「【スイフトアロー】」


 冷淡にも捉えられ、赤の鎧の人間さを感じられない声が心臓を射抜くような魔法に感じられる。

 今までの移動しながらの詠唱は集中力を減少させていたのか、発動までに時間が掛かっているようだった。

 反響する魔法名が聞こえ、二人の少女は一瞬後ろを振り向いてしまう。


「っ!?」

「フィッテ!」


 後方より飛来してきた銀に輝く矢は、フィッテ目掛けて突進してくる。

 セレナが彼女の手を引っ張り、引き寄せる。

 セレナに至近距離まで近づいたフィッテは、思わず顔を驚きに変えるがすぐに真剣な表情へと切り替える。

 銀の矢がフィッテの立っていた場所を射抜き、中央通りへと過ぎていく。

 【スイフトアロー】は単発魔法なので、二発目はすぐには来ない。が、二回目の詠唱は十分有り得る。

 彼女達は頷くと、再び走りだした。

 衛兵が駆けつけて来ないか、もしくは中央の詰め所に衛兵が居る筈なのだが期待は出来そうになかった。

 なぜならば、これだけの騒ぎの中誰も逃げ出す様子が無いからだ。

 閉門している北門東門付近に住んでいる住人は多かれ少なかれ中央へ来る道を必ず通行しなければいけない。

 セレナが通りながら確認した横道も、塞がれているにしては中央へ押し寄せる人が一向に現れない。

「フィッテ……、ここの町の人達もしかしたら……!」

「……殺されてる、とか……?」


 恐る恐る真実を認めたくないフィッテに対して、セレナは残酷にも首を下ろす。

 他の可能性もあった。拉致。血の痕などを残さずして人一人、いや町人全員を跡形もなく消失させる方法が。

 もっとも、全ての家の中に居る町人を拉致する目的、人数、これらも謎だった。

 そしてフィッテ一家に攻め入った二つの鎧はどう説明を付けるのだろう。

 執拗に鎧に追跡されている状況からは、考えても答えは出ないしそもそもその問題は後回しにしている。

 疑問よりもまずはここから逃げるのが先決だったからだ。

 中央通りの交差点が目前に迫り、セレナはフィッテを手で制止した。


「フィッテ、私が詰め所見てくるからここで待ってて」

「う、うん……」


 そう言って中央の交差点へ足を踏み入れた刹那。


「【ダークホール】」


 左方、南門から聞こえてくる声、創造魔法だった。

 セレナが意識をそちらに向けるより速く、彼女の足元一帯を黒く、深みのある円形の穴が広がっていた。


「セレナちゃ……っ!」


 フィッテが慌てて手を伸ばすが、セレナが穴に落ちていき、腕を掴めるかはギリギリだった。


「っく、あ、危なかった……」


 幸運にも、セレナが必死に床の縁を指で捉えていた。が、このままでは落ちるのは時間の問題だろう。


「待ってて、今引っ張るから!」

「ありがとフィッテ」


 フィッテは安堵の息よりも、友人の身を案じ行動に移す。

 黒穴前へと股を地に着け、外側へ足を曲げる。フィッテは非力ながらも持ちうる力の全てを使ってセレナの救出を試みる。

 彼女の空いてるもう片方の手を握り、引き上げようとした。 


「困りますねぇ、そのお嬢さんを引き上げてもらっては」


 低い老いた声がフィッテの背後から掛かり、わざとらしく床を叩くような歩行音を聞かせる。

 彼女が引き上げながら顔だけを後ろへ向けると、南門方向から伸びる道を堂々と真ん中を歩く不気味な肌色のコートを全身すっぽりと覆っている人物が居た。

 顔が覗き見えそうなコートからは、黒で塗りつぶされているほどに真っ黒でとても顔どころか、中身が入っていないのではないか、という錯覚に陥る。


「……あなたは誰ですか?」


 不安げに声を震わせたフィッテの問いかけ。その間にもセレナは徐々に穴から生還しようとしていた。

 せめてでも多少の時間は稼いでおきたいのが、フィッテの本音だった。

 今襲われたら、間違いなくどこまで続くか分からない穴に二人共落ちてしまうからだ。


「ほっほっほ、娘さんや、時間稼ぎはやめましょうぞ? それに答える必要もありますまい」


 老人の声と共にフードから伸びる指。ゆっくりと人差し指だけをフィッテに向けた。

 ハッとしてフィッテはフード姿の老人を見つめる。

 幾度も見たし、喰らいそうになったから分かる。創造魔法だ。

 発動までにセレナを助けられなければ、自分が犠牲になってでも耐えなければいけない、と自己犠牲精神も多少はあった。

 自分はもう親を失った。友人には助かってほしい願いが彼女の胸中にはある。


「セレナちゃんだけは何があっても、助けるから」

「クズ犬のように吠えるだけならば、誰でも出来まずぞ?」

「そうですね……。あなたの言う通りです。力が欲しかった、あなたや私のお父さんお母さんを殺した鎧にだって対抗出来るほどの」


 これ以上は言わせない為か、詠唱が発動準備が出来たのか、わざとらしく聞こえるようにため息を吐いた後、創造魔法を言い放った。


「それはそれは、自分が未熟で悔しいでしょう。私が終わらせてあげますぞ……【ダークウィップ】」


 魔法名が発言され、老人の手には一本の棒が握られている。

 その棒は柄で、本体となるのは先にあるだらりと下がった太めの紐だった。

 名前の由来からか、暗黒で彩られた太い線。線から端に至るまで、所々尖った箇所が見られる。

 恐らくは鋭い棘だろう。

 叩くだけには至らず、相手を更に傷つける意図があった。


「……それは鞭……?」

「ほっほっほ。そこらへんに売っている鞭と一緒だと思わないことですぞ、さぁ! 醜く泣きなさい!」


 老人が声を張り上げながら、獲物を高々と掲げフィッテ目掛けて振り下ろそうとする。


「間に合って……【スイフトアロー】っ!!!!!」


 穴より力強く発せられたのは創造魔法だ。

 手に持つ銀の矢を、大切な友人を痛めつけようと肌色のコートを身に付けている老人へ振り上げ投げつけた。

 狙いは腹部だ。下手に腕とかに当てるよりも簡単な的である。

 戦場を駆けた銀矢は、邪魔されることなく敵の腹部を貫通し粒子が血に付着する前に霧消した。


「ぅ、ぐぉ……小娘風情の分際でやりおるわ……だ、が!」


 貫通した箇所からにじみ出る血を空いた手で塞ぎながら、コートの老人は渾身の力で鞭でフィッテを打ちつけた。


「つああぁっ!!!!!!」


 フィッテの苦痛に歪む顔を見、老人はフードを自ら剥ぎ取り素顔を見せる。

 褐色の肌を夜空に晒し、しわが随所に見られ老いた形を現す。

 頭髪も健在し、月明かりに照らされるさまは銀の川とも言える豊富さだ。

 口などは目立った特長は無かったが、目だけは違った。

 若者に負けない程に、強い闘志が宿っているかのような強く見開かれた双眸。

 か弱き者をいたぶる事に快楽を感じているみたいな、ひどく歪んだ表情をしていた。

 快楽を求める老人は、更なる刺激を欲し獲物を振るう。


「クックック……。その声、表情、堪りませんなぁ……もっと! もっとですぞ! さぁ!」

「っくぁ……や、やめて下さい……っ!」

「フィッテ! この……!」


 こうして吸い込まれそうな穴に抗ってる間にも、友達は傷付いていく。

 しかし、這い上がるにはもう少し時間が掛かりそうだったし、老人を再び妨害しようにも魔力も必要だ。

 詠唱時間も掛かることからして、再び放つのは今は機ではないと思うセレナ。

 力が必要だった。物理的にも、創造魔法的にも。

 こんな所で立ち止まっていたら、これからはもっと苦労をするだろう。

 少なくともここで終わらせる気は更々無い。だとしたらここで踏ん張らないでどこで踏ん張るというのか。

 だがフィッテだけの引き上げる力に限界があるのか、少しずつ彼女も黒穴に近付いていた。


「フィッテ、この穴はどこに通じるかすら分からない。だけどこのままじゃフィッテが傷付く。お願い、手を離して」

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