帰りを待つ少女達と模擬の匂い
ブレストの町、依頼所のカウンターに二人の少女が居る。
一人は最近仲良くなった眼鏡少女の帰りを、もう一人は隣に立つ少女に対してチラチラと視線を。
「ワローネ、それは今日何度目のため息かしら。い、いくら今ここに私達以外誰も居なくてフィッテ達が帰ってきてないからって……」
「むー。分かってます。まだ二日目なのも分かってます。それに、行く前に私に挨拶してくれたことも笑顔で行ってきます。って言ってくれたのも分かってるんです! ……はぁ、フィッテ達ディーシーとかで楽しんでるんだろうなぁ~」
帰ってきていない少女のことばかり話題に上がっていて、少しも自分の話を出さないことに少し胸がちくり、とするナーサだが、平常心でワローネをなだめる。
「ま、まあまあ。彼女達は一週間程で戻る、とは聞いてるじゃないの。気長に……待てないようね」
すっかり仕事モードを放棄して、カウンターテーブルにあごを着け、両手をこれでもかと伸ばしている。
大なり小なりではあるが、フィッテとワローネは何かしらの会話をしている。
……例えそれがワローネにとって業務的な依頼請負の手続きでも、だ。
たった一日居ないだけで、こうもだらけてしまっていてはもしこの状況を誰かに、それこそ局長に見られたら何て言われるだろうか?
とはいえ局長は余程の事では怒りはせず、笑いながら注意する程度だが個人的に見逃せないナーサは彼女へと耳打ちした。
「……フィッテの事、そんなに心配かしら?」
「んー、勿論ですよ! というかナーサさん、それ耳打ちして言う事じゃ……」
「あなたの今の醜態、フィッテに言ってしまおうかしら? ……私はこんなにだらしない少女です、って」
「あああ、あのあの、ナーサさん、すみません、許して下さい。言う事聞きます! だ、だから……」
命乞いのごとくワローネはひたすら謝罪を繰り返す。
目尻には一粒の球体が浮かび、彼女は着用している茶色のワンピースの裾をぎゅ、っと握っていた。
「……私だって、フィッテが心配なのは一緒よ? それに……セレナやレルヴェさんが居るわ。トラブルに遭っても彼女達は力を合わせて解決するに違いないもの」
「…………もう、脅したりしないですか?」
「ごめんごめん。これは本当にどうしようもない時だけにするから、ね?」
ナーサは今回はやりすぎた、と反省しているのか素直に非を認めている。
ワローネは彼女の様子を観察すると、涙を拭い前方の気配した方へ振り向く。
「あ、すみません、依頼ですね! ……お一人様、と。お気をつけて~!」
少々周りから厳しそうな人だ、と思われるつり目の眼鏡をした少女は、前向きな少女が気を取り直し仕事しているのを見て一つの決意をするのであった。
いつか必ず自分の想いを言葉にして伝えると。
その時はすぐにやってくるのかもしれないし、もう少し先かもしれない。
休憩時間にでも、考えてみようと思ったナーサの顔からは自然と笑みが浮かんでいた。
彼女の表情を拝めた一部のファンからは、何事か、と集会が開かれるのは別のお話。
海から近いとされる町『ディーシー』。
フィッテ達はそこで一晩を明かし、朝食を終えた。
多人数用の大盛肉野菜炒めを除いて、野菜サラダ多め、魚介スープと至って普通のバランス良いメニューであったが、ソシエだけは何やら眠そうに食事を取っていた。
彼だけはフィッテ達と同じ部屋……ではなく、宿主(男性)の部屋で寝たらしい。
その人の寝返りがひどく、部屋の隅でうずくまっていたとか。
食事の席で、眠そうな青髪少年の話を聞いたプラリアは何度も謝罪をした。
彼は笑って許してくれてはいるが、改めて二人の状況の時にまた頭を下げようと思ったプラリアであった。
朝食の後に彼女達が移動したのはディーシーの町中、石で造られた大型円形だ。
レルヴェ辺りならば、そこが戦いの場であることを予想したのかもしれない。
円形は完璧に造られているわけではなく、いくつか削られていたりと粗が目立つ。
両端までは魔法でも使わない限りは、瞬時に距離を詰められる事はない。
全長二十メートルは少なめに見積もっても広がる円に、四人は立っている。
「……ねぇプラリア、ここに何があるの? 元はと言えば貴方がここに来ようって言ったんだけど?」
「そうよ。今まで気になっていたことがあるんだけど……対魔物の戦闘は見たけれど、あなた達の対人戦闘は見たことないな、って」
「な……!? ま、まさかプラリア、始めからそのつもりで私とフィッテに近付いてきたの……?」
セレナは薄桃の長髪を揺らしながら、金の瞳を鋭くしてフィッテを護るように立ち塞がる。
一方でソシエとフィッテは空いた口が閉じずに立ち尽くしていた。
(創造魔法は町中だと緑地でのみ使うと効力は落ちる。けど、ここって一面石がびっしり敷いてある感じだけど……)
「そのまさか、だとしたら?」
プラリアはわざとっぽく、ニッコリと笑みを作ってから地面を指差す。
「実はこの床の下地に創造魔法の効果を抑える草地が敷いてあるわ。レルヴェさんとかの前では言わなかったけど……やっぱり、あなた達の実力は私自身で確かめたいの。私と勝負しなさい、フィッテ、セレナ」
「!? ぷ、プラリアちゃん!? いくら何でも一人で二人相手するのは……」
「……私は一騎打ちでもいいけどね。仮にこっちが二人でもフィッテには魔法一回でも触れさせないから」
彼女の思惑を見通してか、セレナは更に近付いていく。
そのまま殴りかからないか、ソシエは飛び出そうと身構えたが心配し過ぎなようだった。
(ど、どうしよう……セレナちゃんも乗り気みたいだし……私一人じゃ止めることも……。って、レルヴェさんはどこだろ)
フィッテの思考を先読みしたかのように、赤毛の女性の姿は見当たらない。
そして、周りからは彼女達を離れた場所で見物する人達もちらほら見受けられる。
老若男女問わず、結末を見届けるかのように声を掛けることなくただただ傍観している。
既に流れが出来てしまっているのをいいことに、プラリアはどこか得意げに口元から笑みをこぼす。
「け、決闘とかというのは……本来ダメなんじゃないんですか?」
眼鏡少女の問いを予想していたのか、金髪少女は笑みの対象をセレナから弱々しく訊ねる少女に変更した。
「あら、あなただって誰かとこういう場所でして、立会人まで居たのは聞いたことあるのだけれど? それに、私は模擬戦闘をしようというの。町外で殺し合いとかは臨まないし、ただ実力を身を以って知りたいだけなの」
グラーノ、という今この町には居るはずが無い人物とフィッテは模擬戦闘をした記憶がある。
レルヴェは審判役、と言っていたが、立会い人でも役割自体は変わらないだろう。
彼女がどういった模擬形式を選択するかは分からないが、フィッテの逃げ道が塞がったのは間違いない。
「ぅ……確かに……。せ、セレナちゃんはそれでいいの? わ、私は模擬戦闘とはいえ、プラリアさんと戦うのは……」
「なーに言ってるの、フィッテ。あの子が二対一でも良いっていうなら、ぼっこぼこにして泣き顔を拝みたいなぁ、私は。それに、ここで力の差というのを分からせるのもいいかなーって」
乗り気ではないフィッテとは裏腹に、腕組みをして強きなプラリアには負けまいと対抗するセレナに反抗する言葉と気力が失われていく。
最後に抵抗するといえば。
「プラリアさん、では立会い人はどうするのですか?」
「ん、ソシエよ」
これまた想定内という風に、今まであまり言葉を発していない青髪の少年を指差した。
「えぇ!? ……というリアクションは無駄だろうからね、そういうことだろうなとは思ったよ、プラリアちゃん」
「さすが、ソシエは分かってるわね。ささ、そうと決まればやるわよ。それじゃあ……」
「待って。そっちが対戦を申し込んだのだから、こっちだって対戦条件を設定してもいいと思うんだけど」
セレナは手のひらを突き出し、相手の発言を止めた。
どうやら全て彼女の思い通りに行くのが気に入らないようだ。
「勝利したら一人ずつ一つのお願い、対戦方式を決めるのはこっちにさせてくれない?」
「……まぁ、いいわよ。私が万が一負けた場合は、フィッテとセレナのお願いを聞いて、私が勝つ場合は二人にお願い出来るのね?」
「そそ。ま、私達が負けるのは『万が一でも』ありえないけどね」
二人とも口元は笑っているが、表情は全く崩さずにしているのでこのまま口喧嘩に突入しそうだったが、セレナがまず対戦形式を提示する。
「フィッテの時でもそうだけど……ポイント制にしたいの。攻撃当たる毎に1ポイント。10ポイントに達成した時点で当てた側の勝ち。そして、フィッテはまだ私達の戦いに不慣れな事も踏まえて彼女のみ二回攻撃が当たって1ポイント、としたい。どう?」
「……んー、私がフィッテを集中攻撃してポイント稼ぎ出来ないように、ってことね。要はハンデか……悪くないわね、どうせ負けないもの。後はお願いをどうするの?」
対戦形式が認められた、ということでセレナは軽い挑発をスルーし続けてお願いを提案する。
「私が勝ったらプラリアには、敬語で接してもらうわ。ちゃ~んと『セレナさん』、と呼ぶこと」
「それじゃあ、私が勝つならセレナに敬語で話してもらおうかしら。あ、様付けでもいいけど?」
「はっ、誰が負けるものですか。フィッテ、お願いは今じゃなくていいからね。どうせこっちが勝つんだし」
「え、う、うん……」
「そうね、どっちみち後で聞こうかしら。……ソシエ、合図お願い」
彼に視線を送ることなく、彼女は倒すべき二人から目を外さない。
ソシエは自分は緑地が敷かれた石床から足を外し立会人に変わる。
周囲の人に異変などが無いことを確認してから、彼は片手を高く伸ばす。
「これより、フィッテ、セレナ組対プラリアによる模擬戦闘を開始します。5、4、3、2、1……始め!」
ソシエの気弱とは一風違った、語気を強めにした発言を皮切りに少女達の戦いが始まった。




