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私と師匠  作者: 水守 和
第2話 蔑みの水刃
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本当のキモチ

 鏡を抜けたフィッテを待っていたのは白い空間だった。

 寒くも暑くもなく、それでいて湿気を含んでいるわけではない。

 足元も白く、軽く踏めば硬い感触が返ってくる。


(後ろには入ってきた鏡がそのまま置いてある……帰るときは問題無さそう、だけど……)


 彼女の後方には、手を伸ばし吸い込んだ鏡が姿変わらず顕在している。

 となれば、元の場所へ戻る手段は確保したので次の目的はここで何をすべきかだろう。

 どのみち帰れなくても、フィッテはありとあらゆる方法を考えて戻ろうとしたはずだ。


(とにかく、セレナちゃんが居たら捜さなくちゃ。……別の鏡から入ったから合流出来るとは思ってないけど……無事だといいな)


 フィッテは思考しながらも、周囲の探索を怠らない。

 一番いいのは二人して一緒に出られることだ。

 当てもなく歩き、しばらくした所で不意に後方から声を掛けられる。 


「見つけたよフィッテ、ここに居たんだね?」


 振り向くと、青色の服、弧道救会の団員服を(借りて)着ているセレナの姿だった。


「良かったセレナちゃん……怪我とかしてない?」

「うん、大丈夫だよ。それよりも、フィッテの身に何かあったら私は居ても立っても居られなかったんだよ? レルヴェさんの事だから凶悪な魔物が待っているかと思ったぐらいなんだから」

「あ、ありがとう……心配、してくれてるんだよね。ごめん……」


 一先ず、友人の無事が確認出来たフィッテは安堵の息を漏らす。

 そして目的を達成出来たので彼女と共に脱出しようと手を取ろうとした瞬間に、セレナの方から手が伸びてきて握られる。

 その力はいつもの優しさに加えて、やや強く握られているがフィッテは急いでいるのかな、程度に思い気にせずセレナに従う。


「フィッテはここから出たいの?」

「うーん、そうだね。……どうしてここに入ったかはさておき、目的が分からないまま入っちゃようなものだからセレナちゃんと合流出来たらまずは一度出ようかなって」

「ふーん、でもほら」


 セレナの示す先にあるのは、進入してきた鏡だ。

 その鏡がおぼろげに消えていく。


「え、あ、扉が……セレナちゃん! 行こう!」


 しかし。彼女はその場に立ち留まるばかりではなく、こちらに引き留めるように彼女の腕を力強く引っ張った。

 痛みのあまり、瞳を閉じセレナの方を向いている間に背後の扉は完全に跡を残さず消え去るのも見てセレナは頬を緩める。

 彼女の変わり様を開いた視界に収めると、フィッテは意味を理解し振り返る。


「そん……な、帰る手段が……どうして……こんなことするの……?」

「どうして、ってフィッテと一緒に居たいから」

「なっ……」


 捻りが一切ない言葉を真顔で伝えるという事は、それほどなまでに想っているのだろう。

 不意打ちに近い告白は、フィッテの顔や耳を朱色に染めていく。

 負けじとフィッテも想いを口にするが、次第に途切れて伝わりそうにない。


「わ、私だってセレナちゃんと一緒に居たい、け、ど……」

「ん? 一緒に~から聞こえないなぁ。もう一回言ってみて、フィッテ」


 目と鼻の先まで近づくセレナは彼女の手を両手で握り締め、顔を寄せる。

 愛らしい瞳は元より、前よりも何故か魅力的に見えてしまう唇と誰かを惑わせそうな吐息は、視線を移しただけで請負二士になる前に見た夢を思い出す。

 

「ぅ、ぁ、い、言えないよ……! 恥ずかしすぎて、もう一回だなんて……!」

「だーめ。私が満足出来ないの。さ、ちゃんと私の顔見て。じゃないともっと恥ずかしい事するよ?」

「い、言うから! 頑張るから! ……これ以上私の心臓をドキドキさせないでよぉ……ただでさえセレナちゃんが近くて緊張してるのに……」


 セレナが未だに手を握り、顔を近づけている以外は状況は変わりない。

 むしろ、ここから更に悪化する可能性があると考えたフィッテは日常会話をするように、一気に話してしまおうとするのだが。


「わ、私だって、セレナ、ちゃん、と一緒に……居たい……です!」

「よしよし、まあまあだけど良く言えました。ご褒美をあげなきゃね?」


 途絶えながらではあるが無事言い終えたフィッテを、セレナは熱い抱擁で包み込む。

 想いを行動に表す、というのは彼女の今の状態なのだろう。

 いかなる時も離れたくないのも、同様に彼女は表現しているのかもしれない。


「セレナちゃん……」

「私のほうが一緒に居たい気持ちが強いんだもん……ずっとずっと、フィッテがいないとダメなんだもん」


 半ば叫ぶようなセレナの主張は、フィッテの抱き返す力を強くする。

 二人の絆が断ち切られない為、強靭な糸を何重に巻くかのように。


「あはは……どんなに強く好き、って想っててもセレナちゃんは私を超える程に好きって叫びそうだね……」

「うん、言えるよ。今、言おうか?」

「う、ううん。大丈夫……それよりも、私は気になったことがあるんだけど……」


 ぴく、と一瞬だが彼女の体震えたのをフィッテは見逃さなかった。

 先ほどの強気な勢いとは違って、フィッテから急いで離れた彼女は何か隠しているように見えた。


「な、なにかな?」

「私をここに引き止めた理由が知りたいかな、って……」

「……さっきも言ったけど、私はフィッテといつまでも居たい。それだけだよ」

「ん……ここじゃなくても、ブレストの町に帰れば一緒に居れる機会はいくらでもあると思うけど……」


 彼女の主張に何故かセレナは反論した。

 まるで、これまでの溜まってた想いを吐露するかのように。


「それじゃあダメ! レルヴェさんや、ワローネやナーサさんが居るの。誰かにフィッテを取って欲しくないの! 大体だよ? フィッテはワローネに好意を向けられてて、それに気づかないのもどうかしてる! フィッテは私の事好きじゃないの!?」

「す、好き、だけど……せ、セレナちゃん、落ち着いて……ど、どうしたの? なんだか今日のセレナちゃん、様子が違うというかどこか勢いがあるっていうか……」

「だって、これが本当の私なんだよ。今まで自分が偽り、隠して表現してこなかった私だよ」


 セレナの怒り気味な発言と質問に気圧されつつあるが、その中でも気になる言葉を見つけた。


「ま、待って! 本当の私、って事は今は本音を言ってるってことだよね……」

「そうだよ。むしろ、今は本音しか言わないって思ってもらってもいいかな?」

「本音しか……っ、もしかして」

「うんうん。珍しいかはさておき、フィッテは察しいいね」


(つまり、今目の前に居るセレナちゃんは心の中に隠れた本当の自分のみを曝け出してる。ということは……)


「セレナちゃん。今は何一つ隠さない別人でもあり、もう一つのセレナちゃんが入った鏡には、嘘偽り無く語る私が向こうに居る、で合ってる……?」

「ん、正解だよ! ささ、ご褒美に熱い抱擁を……」

「も、もういいってば。セレナちゃんの気持ち、伝わったし……」


 フィッテがやんわりとお断りすると、セレナは頬を膨らませ心底悔しそうな態度を取る。

 これが本当のセレナなのだろう。とはいえ、今までとあまり変わっていない気もするが。

 

(……とすると、もう一人の私は今頃セレナちゃんに甘え気味なのかも……)


 住んでいた町のラウシェで、本を持ち寄っては話を聞かせてくれたセレナに対して『姉』のような存在として甘え慕ってきたのはその頃だ。

 だが、今はどうなのか。

 『姉』みたいにではなく、一人の女性として意識している。 

 それだけで、十分違うのに本気の想いを伝えているのではないだろうか。

 フィッテがそう意識し出すと、途端に居ても立っても居られない気持ちにさせられた。


「セレナちゃん。その、今は嘘付かないんだよね?」

「まあね。心の中に答えが用意されてるもの、限定だけども……」

「それじゃあ尚更かな。……お願いがあるの、ここから出る方法は知ってる?」


 フィッテがそこまで言うとやや悲しそうに笑顔を消し、後方を指差す。

 すると先ほど消えていた鏡が姿を取り戻すかのように、元に戻っていく。


「行っちゃうんだね、本当の私に言う為に」

「……えっ、ど、どうして、分かったの……?」

「そりゃあ分かるよ。フィッテの気持ちとか、考えてる事とか。……大切な友達だからね。私自身はフィッテの事もっと知りたい。知った上で、ここはこうなのかな? って思ってるんだよ。……これが全部私の思い込みだったら全部謝罪しなきゃだけどね」


 鏡が元通りになると同時にフィッテはセレナの手を優しく握った。


「全部が全部、合ってるとは限らない、と思うけど……。それでもセレナちゃんのほとんどの想いは私にきちんと届いてると思うな」

「フィッテ……」

「ん、それじゃ。また、があったらまたね」


 名残惜しそうに手を離したセレナは、後方の鏡に駆けたフィッテに手を振った。

 最後に振り返ると、未だに自分を送っていたので彼女と同じ動きをしてから鏡へと突入した。











 突入とはいえ、戦闘状態のまま走り抜ける訳でもないので、すぐさま歩きになりレルヴェを視界に収める。


「レルヴェさん」

「分かってるさ、フィッテの言いたい事は」


 彼女は結果をあらかじめ把握しているのか、驚く様子すらなく首を一つ下ろす。


「二人の入った鏡は『真実の鏡』。お互いの本当の姿が生成されるのさ」

「そういう事だと思いました……。た、試したんですか? 素材が手に入ると見せかけて、私たちの仲がどうなるのか、って」

「騙すつもりは毛頭ないさ。ただ説明不足にまま行かせたのは謝ろう。……すまない」


 彼女が頭を下げるのも見て、フィッテは慌ててレルヴェに駆け寄った。


「そ、そういう訳じゃ……あの、頭上げて下さい……っ、それにどうして私とセレナちゃんを……?」


 フィッテの言葉に、赤髪の女性は申し訳なさそうに髪を掻きながら説明する。


「私は既にこの鏡に入っている訳だ。そして二人に入ってもらったのには理由が……って、セレナが来たようだねぇ」


 レルヴェはセレナが入ってきた鏡へと既に視線を移していた。

 鏡からは嬉しいのか恥ずかしいのか、はたまた笑いを堪えるかのように頬を引きつらせてセレナが帰ってきた。


「セレナ……ちゃん……?」

「っ!? あ、ふぃ、フィッテ……先に帰ってたんだね、あはは」


 端から見ても、様子がおかしいことに気付く。

 そんな彼女をフィッテは質問しようか否か迷ったが、レルヴェの方から会話を切り出してきた。


「さてさて、何やら怪しい子が一人いるが……まあいいさ、ここから本題に入ろう。真実の鏡に入らないと行けない場所があってね。こっちさ」


 結論だけ述べてレルヴェはさっさと奥へと歩いてしまう。

 彼女達は顔を見合わせたが、このまま立っていても何も始まらないので付いていくことにした。

 赤髪の女性の前方にあるのは何の変哲もない壁だ。それをそのまま突っ切っていくので、フィッテとセレナはうろたえる。


「……え?」

「レルヴェさん!?」

「大丈夫さ、ほら」


 手を壁へと伸ばすと、衝突することなく腕までが呑み込まれていた。

 出したり入れたりの動作で、向こうへと行けるのをアピールすると喋らずに奥へと消えていく。


「怖いけど行ってみようかな……」

「だね」


 先陣を切ったのはフィッテで、彼女の後を追うようにセレナも続く。





「……え……?」

「驚くのも無理はないと思うが、これが見せたかったのとカイサジリア展望場に来た意味さ」


 少し遅れたセレナも、この光景に目を奪われているだろう。

 部屋一帯には、夜空と同等の景色が広がっていた。

 瞬く星が至る所に散らばり、三日月が輝き夜を演出する。


「これは……夜景を作り出しているってことですか……?」

「ああ、そうさ。鏡に入ってからじゃないとこの部屋は入れない。更にこの空を作っているのはとある石なんだが、ちょっと二人で探してくれないかい?」


 少女達はレルヴェに言われるがまま、床を見下ろしながら目的のものを探し始める。

 夜を作っている以上、視界もさほど良いわけではない。

 

「フィッテ、あった?」

「んー……これ、かな?」


 あっさりと発見した彼女はセレナに近付き、石を見せた。

 それは石というよりも、小さな板に近く手の平より大きい長方形は水色でやや形が欠け気味で、指で摘める程の薄さだ。

 セレナは首を傾げるが、この形に見覚えのあるフィッテはレルヴェの方へ質問をぶつけた。


「レルヴェさん、これって……!」

「その石こそ、夜を映し出しフィッテの探し求めた『ブルースクウェア』。創造魔法の素材さ」

「私も見つけました!」


 嬉しそうにフィッテと同一の板を手の平に置くセレナも見つけたようだ。


「でも、これ取ったら夜空が消えてしまうんじゃ……」

「ああ、消える。だが、また来ればこの部屋は夜空が生まれ、石が床に落ちるだろうねぇ」


 レルヴェの言葉よりも早く天井の夜が消え去り、代わりに青空が映った。

 朝方に出発し、昼前に着き戦闘こそはあったもののそれほど時間が経過していないのだろう。

 明るい空が部屋全体を照らし、三人が立っている以外は何も存在しない。

 彼女達が天井を見上げると、ガラスで覆われているらしくそこから日光が注いでる。

 不思議な石を入手した二人は、帰りの手段が気になった。


「ありがとうございますレルヴェさん……。戦闘少な目なのには驚きましたが、これで終わりですか?」

「そうだ。そして、帰り道が気になっているとは思うが」


 図星を突かれた二人の少女は、心臓が一瞬高鳴り次の答えを待つ。


「もしかして」

「帰りもあの鎧達を相手してもらうかもねぇ……」


 二つの溜息が聞こえた。

 まるで行きより倍は苦労するかのように。

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