積極的だけど、臆病な彼女
無事に地虫の討伐に成功したフィッテ達は、依頼所へと帰還し報酬を貰った。
ガーダー討伐や紅獣の時よりも多く、思わず目を疑ったフィッテである。
「まあ驚くのも無理はないかな。本来ならばもうちょっと多かったんだけどね。今回の特別依頼は人数が増えてたのもあるかも」
「それでも、私からしたら十分なほどだよ……? だって普段は十枚前後なのに、倍以上は貰えるんだから嬉しいな」
いつもの彼女の稼ぎでは銀貨二十枚ぐらい手元に持てればいいほうだ。
しかし、今日の一つ目だけで百枚は越える。
これでは持ち運びに不便、という事で百枚に値する紙幣に両替も希望できる。
フィッテは大量に物を持つのは不安、という事でお願いをした。
報酬袋の中身を一つの札に変えたフィッテはセレナと共に魔法屋に来ている。
「ルーファさーん! 素材鑑定お願いしまーす!」
「お、お邪魔します……」
「あら、いらっしゃい。じゃあカウンターの上に出しておいてね」
室内は広めで、五人の大人が来ていても狭さを感じさせない。
それでいて各属性の素材は充実といっても過言ではないほどに、左右中央に配置された商品棚は物が陳列していた。
正面はカウンターになっていて、鑑定や売却する時にはそこに提示するようになっている。
ルーファという女性はフィッテ達に比べるとやや身長が高めで、成人男性並にはあるようだ。
すれ違う度に華麗に舞う金の長髪は、可憐よりも妖艶を感じさせ彼女のスタイルも相まって魅力を引き付ける。
水色のレディースシャツに、紺のタイトスカートを着用したルーファは左の棚で商品の入れ替えをしており、フィッテ達が通過するとたれ目を閉じて笑顔を見せた。
彼女の営業スマイルとは思えない、真っ向からの満面の笑みに未だ慣れないフィッテは鼓動が早くなるのが分かる。
だから彼女は足早にかつ、俯きながらカウンターへと向かう。
(いつもの事だけど……ルーファさんのニコニコした顔は照れちゃうな……)
二人の少女は奥のカウンターへと、今日の収獲を置いた。
通常だと、ここで鑑定料銀貨5枚を支払わないといけないのだが、難度3までの素材は全て無料で鑑定してくれる。
「あら、難度3の地虫を倒したの? ……というと例の特別依頼?」
ルーファは一目見ただけで、肌色の皮を地虫と判断し二人の元へ近付く。
「はい、そうです。……ちょっと今日は危なかったですけど」
セレナは今日の戦闘を思い出しながら、フィッテへと視線を移す。
フィッテも戦いを脳裏に映して、一つ首を下ろした。
「大丈夫ですよ。私も怪我はなかったですし」
「本当に?」
魔法屋の店主は、二人の体をまじまじと見つめる。
それこそ足元から髪の毛までじっくりと観察するように。
何一つ傷がないのを確かめると頬に片手を当てて再び微笑む。
「本当の本当ですよ」
「そうみたいねぇ。ごめん、鑑定するわね。終わったらゆっくりしていくの?」
「わ、私は遠慮します……。セレナちゃんは?」
「ん、フィッテが遠慮するなら今回はパスしようかな。……それに、今日はあの娘も来るかもだし」
噂をすれば影、とはまさにこのことで、当の本人が扉を開けてやってきた。
「お母さん、今日の素材の鑑定を……ってセレナにフィッテ」
「プラリアか」
「プラリアか、とは失礼ね。さっきの地虫の鑑定に来たんだけど」
「私達も同じ用事だけどね」
二人は出会って早々、見えない火花を散らす。
プラリアの後から来たソシエとフィッテには見えている気がするが。
カウンターでは既にルーファが鑑定をしているらしく、素材に触れたり撫でたりと見定めているようだ。
フィッテが見ている限り、後半の撫でる部分は必要かは分からないが終わったみたいで穏やかな声が掛けられる。
「はい、おまたせ。二人共、状態良好。属性は雷、属性値は35。売却値は銀貨30枚よ。……さて、どうするかは任せるわね」
「わ、私は残そうと思います……いつか、きっと使う時があるかもですし……」
「んー、私も引き取ろうかな。いざって時があればだけど、使えるかもだし」
フィッテは素材入り袋へしまい、セレナもそのまま手持ちの袋へと収めた。
そんなやり取りを見ていたプラリアは眼鏡をかけた少女に声を掛けた。
「ねぇフィッテ」
「は、はい……?」
「ちょっとお話しない? ……あなたに興味を持ったの」
「プラリアちゃん……!?」
「ソシエは黙ってて。どうかな、勿論すぐにじゃない。近いうちでいいから」
「うう、ひどいよ」
ソシエが落ち込みながら人差し指同士をくっつけ離したりする中、まさかの誘いを受けたフィッテは半ば反射的にセレナの方を見ていた。
まるで、そうすることで彼女が適切な答えを導いてくれるかのように。
けれども、フィッテが望むような助けは得られないようだった。
「え、と、その、ですね……」
「フィッテに興味、ねぇ……。どういう意味?」
セリフの後に、彼女の目付きが鋭くなる。
プラリアの母だけは怖がってはおらず険悪なムードに気付いたのか、カウンターの下を覗き込んだ。
決して逃げている訳ではないようで、何かを探している様子に見える。
他の三人はびく、と一瞬体を震わせた。
尚もセレナは止まらず、プラリアに後数センチでお互いの唇が触れ合う寸前まで近付く。
今扉を開けた人は、自分が見てはいけない場面に出くわしてしまっただろうが、迫る側の人物の顔が笑っていないことから揉め事が起きてると判断できるだろう。
「ど、どういう意味も何も、フィッテの事を色々知りたいなっていう探究心と好奇心よ。それよりも私が気になったのはセレナ、フィッテとはどんな関係なの?」
その瞬間。
怒りに満ちた顔とはがらりと変化して、頬を僅かに染め視線を落とし始めた。
「わ、わた、私はどんな関係って……」
「せ、セレナちゃん……?」
「即答出来ないってことは、何かあるのね。じゃなければ、鬼の形相で迫ったりしないもの」
即座に答えられず言葉を濁し、プラリアの追究が更に勢いを増す。
「ぷ、プラリアさん! そ、その私とセレナちゃんは『友達』なんです」
「……『友達』」
セレナがぼそり、と小声で呟いたが、彼女は聞こえずにそのまま続ける。
「セレナちゃんは私を助けてくれて、この町が襲われたときも一緒に戦ってくれました。他にもありますけど……ともかく私は友達として出来る事をしたいと思っているんです!」
「へぇ……良いんじゃないの? てっきり私は濃密な恋愛関係を築いているかと思ったわ」
「そ、そ、そんな訳ないんだからっ!」
腕をわなわなと震わせ、後方の扉を力強く開けて飛び出してしまった。
すぐに追いかけようとしたフィッテだったが、プラリアの一声で静止する。
「セ、セレナちゃんを追わなきゃ……!」
「待って。追うのはいいけど、あの子を傷付けずに済むの?」
「どういう……意味ですか……?」
「鈍いのね。セレナがあなたを好き、ってことなのに」
好き、って言葉にフィッテは心臓を高鳴らせる。
戦闘時の緊張感から来るものではなく、心がどこか躍るような感覚。
実際にこの感じは何度もあった。
「じゃ、じゃあ、あの時とかの行動も……全部私の事を……?」
「あの時がどの事かは私には分からないけど。少なくともセレナは貴方に恋愛感情を込めているのは確かね」
フィッテの中に様々な場面が再生される。
主に二人っきりで居たり、手を繋いだりといずれもセレナが恥ずかしそうにしているシーンが頭に残った。
(私はセレナちゃんの事が好き。だけど、恋愛として見るとしたら?)
それに先ほどプラリアに食って掛からんばかりの勢いなのは、フィッテを想っての行動なのだろう。
……少々行きすぎな部分もあるが。
「私は、今のセレナちゃんの想いに答えることが出来ません……」
「そう。その割には追いかけたがってるように見えるけど?」
「『友達』、だからだと思います……」
フィッテは半ば急ぐような形で、ドアを開けて外に出た。
「なんでプラリアちゃんは、ああやって煽るような真似をするのかな……」
「う、うるさいソシエの癖に! ……これであの二人は揉めるかもしれない。けれど、本心から上手くいって欲しいという思いもあるの」
「……うう。でもなんで? 僕達が首を突っ込むようなことしなくてもいいのに」
「もどかしいからよ。こうくっ付きそうでくっ付かない関係って見てるだけで……」
と、その時プラリアの母、ルーファがカウンターから顔を出した。
「ふぅ……二人が喧嘩の仲直りを出来るように特別なアクセサリー見つかったんだけど……あら?」
「……喧嘩じゃないんだけどね」
彼女は外に出たものの、セレナの行方が分からなくなったので一先ず依頼所方面に行く事にした。
(特別依頼をこなしても、後一回は受けられるからもしかしたら家ではなくてこっちに居るかも……)
フィッテは思考を中断し、駆け出そうとした瞬間。
「おっフィッテじゃないか。急いでいるように見えるが大丈夫か?」
若く、それでいて少し低めの声がした方へ振り向くと、鎧を装備した男が居た。
「ぐ、グラーノさん。ま、まあ急いでいるといえばそうですね……」
あの襲撃以降何度も助けてもらったお礼をして、彼が気にするなと何回か言われ続けてようやくフィッテ側が礼を止めたので、二人は何一つ変わらない会話をしている。
もし襲撃事件翌日や翌々日とかだとしたら、フィッテのお礼の言葉が降り掛かっただろう。
「ずばり、セレナかレルヴェだろ? とある事情でどちらか、または両方に用事がある。俺の予想はこれだな」
「す、すごいです……! 私が探してるのはセレナちゃんですが、どうして分かったのですか?」
鎧を着た男はすぐには返事をせずに南方へと指を差した。
「セレナが走って行ったのを見たんでな。もしかして、と思ったわけだ。あの方向からすると弧道救会か、依頼所じゃないのか?」
「! あ、ありがとございます!」
フィッテはお辞儀をして今度こそ地面を強く踏んだ。
彼女の普段とは不釣合いな動作に僅かに驚くが、グラーノは一つ首を下ろした。
「変わったな、フィッテも」
(弧道救会は後回しにして、依頼所に行ってみよう……)
弧道救会内は未だに話していない人も居る、というのも理由もあるが今までセレナやレルヴェと一人では帰宅していないので、どこか入りづらさは感じたからだ。
そんな考えを片隅に追いやり、フィッテは依頼所の扉を開く。
いつものように手を振るワローネに会釈をして、少し歩を進めてから辺りを見回す。
(い、居た、よかった……)
右手側の待合所は簡易的に食事を取る人もおり、香ばしいパンの匂いが僅かに漂いフィッテへと伝わってくる。
彼女が探し求めていたのはその女性ではなく、椅子に腰掛けている薄桃の長髪が特徴の少女だ。
後姿なので、こちらには気付いていないようなのでフィッテ自ら声を掛けにいく。
「セレナちゃん……その、大丈夫?」
「!? フィッテ、わ、私は大丈夫、だよ。多分……」
「プラリアちゃんから、セレナちゃんの事聞いて……実は」
と、フィッテがそこまで言いかけてから何かを予想したのか、セレナは素早く口を塞ぎに掛かった。
「んぅっ!?」
「……ごめん、自分の気持ちに正直に向き合わないといけないね。ここじゃ流石に言い辛いから人の居ない所でいい?」
セレナはフィッテが笑顔で首を縦に下ろしたのを確認すると、手を離し先に表に出た。
場所は変わり依頼所から出て南へ歩いた所の、使用されていない建物の裏で二人は居る。
直線の壁と建物の影で、東西方向は隠せる。
いつになく真剣な表情で、まるでこれから戦闘でもするかのような凛々しく映るセレナの顔を一度視界に収めただけで、フィッテの鼓動が早打ちを始めた。
自分の顔は鏡でないと見れないが、きっと恥かしさを主張するように真っ赤に染まっているだろう。
(う、ぁ……分かってる、分かってるんだけど、どうしてもドキドキする……)
そして、ついに彼女が口を開いた。
「ぷ、プラリアから聞いたんだよね?」
「そ、そう、だよ……!」
一言一句聞き逃さなかったセレナは、一つ深呼吸をし、吐いて。
「私はフィッテの事が好き」
「っ」
「友達としては勿論、恋愛の対象としても」
「わ、私も……友達として好き。恋愛面で見たことは少し、だけあるかもしれない」
セレナはそこまで聞くと、胸に手を当てながら質問をぶつける。
顔付きは真面目で頬が緩む様子は一切ない。
「少しだけ、というのは?」
「え、と。一緒にお風呂誘ってくれた事とか、間接キス、とかで意識した時かな……」
言い終えてから、手をもじもじと動かし始める。
可愛い……と脳内で呟いてから、セレナは話を続ける。
「……ごめん。私から言いたかったのはそれだけだから」
「え……?」
更に言葉があるかと思ったフィッテは面食らった顔をした。
「ど、どうして? も、もしかして私が何かセレナちゃんの気に障るような事……!」
「そんなんじゃないってば! ただ今の状態じゃダメだからって思っただけ!」
「今の状態……?」
「私が告白した後、付き合って下さい! って言ったらフィッテは応じる?」
それは彼女自身が予想していて、セレナが一番伝えたかったことだろう。
そしてフィッテの答えは既に決まっていた。
「嬉しいけど、今は無理ですって言うかな。だって……セレナちゃんとたくさん仲を深めた上で付き合いたいから。恋人として好きになって、その時は私の方から気持ちを伝えたいと思ってるの」
想いを告げたと同時に、セレナは顔を手で隠し嗚咽を漏らした。
「……ぁっ、あ、り、がと……っ、ぐす……っ」
「え、と……セレナ、ちゃん……?」
「らって……好きな人に、言われて、ひっくっ、嬉かった、んだもん……」
もう、そこから言葉は要らなかった。
自ら歩み寄り、体に手を回していき温もりを体感する。
たまに浴びる視線を気にせず、ただひたすら抱擁をし続けていく。
(よろしくね、セレナちゃん)




