それぞれの実力
予め四人は地虫時の対策を立てていた。
数分前、フィッテは近距離攻撃手段が少ない事を彼らに伝えると、プラリアは溜息を吐き自分が考えていた作戦を提示したのだ。
プラリア、ソシエが前衛を務めて、フィッテ、セレナは後衛から支援するというものだった。
フィッテを恋い慕う少女は納得がいかなそうだったが、お互いが後ろならばいざという時に庇えると判断し否定はしなかった。
「いい? あなた達は後方支援をしていればいいの! 特にフィッテ、貴方は近距離魔法に使えるのが少ないんだから!」
「ぷ、プラリアちゃん、もう少し優しく言った方が」
「ソシエは黙ってて!」
場所はブレストの町から北上した草原。
彼女達と他二組はフロートボードで途中まで走行して、交戦区域まで侵入し既に戦っている。
地面から生え出た人の指を巨大化したような虫は、指先が大きな口に牙が生えている以外は人間の指と変わりない。
ただ普通の指と違う所は、全方向に首を回すように動ける点だ。
そのお陰もあってか、たかが一匹の地虫といえども油断すら出来ない。
「わ、分かりました!」
「ったく、どうしてあんなワガママ女の言う事なんか……」
「ま、まあまあ。……実際私がこの場の誰よりも弱いのは事実なんだし。それに、あの人の戦いも見てみたいな、って」
「しょうがないな、もう。後方支援しつつフィッテを守るからいいけど、ねっ!」
互いに頷きあってから同時に左へと跳躍して、放たれる青色の光線を回避する。
光の跡は、幅広の拳で殴られたかのように凹みが付いていた。
この攻撃は体感で2秒から3秒したらしてくるようだ。
更に、閉じた口からは青色の光が漏れているのではっきりと分かるからパターンが予測しやすい。
一方で近距離戦をしているプラリア、ソシエ側は、苦戦を強いられている。
仕掛けてくる胴体回転、噛み付き、震動攻撃だけの三つは近距離だが、速度こそは遅いものの組み合わせの種類が豊富だからだ。
「ソシエ、こいつ面倒ね」
「……だね。どう、しようか」
プラリアは水の弾を拡散させて地虫の表面を貫いて、ソシエは薄青に包まれた片手剣で同じく身体を斬り付けてはいるがいずれの攻撃も効き目が薄そうに見える。
「プラリアちゃん、属性を変えてみない? 意外にも水に耐性があるみたいだし……」
「しょうがない、か。分かったわ」
彼女は渋々他の魔法の詠唱を開始する。
まるで水属性以外の魔法は使いたがらないかのように。
「っとと、今度は噛み付きしてからの回転攻撃、ね」
「プラリアちゃん……そろそろいけそう?」
前衛二人は僅かに後退し、攻撃をやり過ごす。
背後から銀色の矢が二本飛んでくるが、地虫が低姿勢の攻撃をしてきた為掠りもせずに上空を通過していく。
そして地虫の口周りが赤色に染まった時、プラリアの創造魔法が発動した。
「待たせたわね。【サンダーペイント】!」
彼女はソシエの剣に向かって黄色の線を浴びせると、次第に剣が同色に染まる。
小太りな少年はそれを確認してから、再び胴に斬りかかった。
彼女はソシエの攻撃で魔力吸収光線が阻止できたのを確認してから、魔法を詠唱する。
「さて、私もやらなきゃ。【ライトニング・デュアル】……あなた達も水は控えた方がいいんじゃない?」
プラリアは青色光線を避けながら数秒してから現れた紫電の双剣で近接戦を仕掛けに行った。
「むむ……。やっぱりあの上から目線は気に入らないかなぁ」
「わ、私は気にならないけどね……それよりもセレナちゃん。私達も気をつけないとね」
「そうだね、じゃあ私からいくよ。【ウイングフォールランス】!!」
一緒に戦っている前衛二人を巻き込ませないようにか、セレナの魔法は地虫の上空から降り注ぐものだ。
柄も刃も全て薄緑色で彩られた槍が、扇状に五本展開して一斉に降りかかった。
地虫はうめき声こそは発しないものの、一気に刺さった槍が痛いのか苦しそうに身体をもぞもぞ動かす。
プラリアは刺突の際に噴出した緑色の体液を避けながらも斬撃を続ける。
(この場所じゃ前の二人に当たっちゃうから、射線を変更しなきゃ……)
フィッテは魔法の準備が整ったものの、今すぐに発動するとプラリア達を巻き込む事を考慮して左へ大きく動いてから発言した。
「いきます、【ラピッドファイア】!」
細長い筒を両手持ちした彼女は、筒の口部分から黄土色の弾丸を連続で射出する。
威力は単発だと小石をぶつけた程度の痛手だが、これが数十発も被弾すれば変わってくる。
地虫に対して多少の効き目はあるのか、動作の中断をするには不足はなかった。
しかし、彼女は一つ見るべき所があった。
前で戦っている二人でもなく、付き添うように立ち回っている少女でもなく。
「フィッテ、危ない!!」
「……え?」
付近で別組が戦闘している地虫の口がフィッテへと向いていた。
四人はフィッテ達と同じ陣形だが、彼女達とは違って手負いの状態だ。
痛そうに腕を押さえつつも武器を構え攻撃する者や、出血し片膝を着いている人に止血措置を施す者など明らかに劣勢なのが分かる。
地虫はそんな負傷組に目もくれず、口を真っ赤に変えいつでも発射できるよう一人の少女に狙いを付けた。
セレナは前方のターゲットよりも、フィッテを狙い撃とうとする地虫へと突撃する。
勿論その身一つで体当たりする訳ではなく、近距離戦の創造魔法を詠唱しながらだがプラリアは彼女の行動を良くは思わなかった。
「はぁ、こっちはどうするの?」
「そ、それよりもプラリアちゃん、こっちも魔力を奪ってくるからしっかり中断させないと!」
「……ええ、そうね」
フィッテは助言の意味を理解したのか、手持ちの筒の照準を切り替えて射撃し直した。
だが、初弾が皮膚に着弾する前に光線が発射されてしまう。
「よ、避けなきゃ……!」
「間に合って! 【アイシクルブランディッシュ】!!」
弾をかき消し迫り来る光の柱を、セレナは創り出した大剣の腹で受け止める。
特に重みは感じないが、今どこかに軌道を逸らしたら他の人や後方のフィッテが被弾すると考え、セレナは動かずじっとする。
数秒後、柱は段々細くなっていき完全に消え、痛みはないが魔力を奪われている事に気付くとセレナは誰よりも速く、口内に紫の光を溜め込んでいる地虫へ駆ける。
フィッテの援護が横から続いていくなか、横一文字に力強く薙ぎ払った。
「やぁああああああ!!」
硬そうな皮膚に切り込みを入れて、尚も進む氷の刃はとうとう両断する事に成功した。
と同時に後方の魔法も援護が途絶える。
空へと緑の体液が噴き上げ、胴体はしおれるように倒れ切断された部分は未だに液体を漏らし続けている。
「なんとか終わったけど……」
「あ、ありがとうセレナちゃん。プラリアさんの所へ戻らなきゃ」
「だね。ほったらかしにしちゃったし……」
二人は視線を少し動かし、未だに二人が戦闘中なのを見ると今すぐにでも走り出そうとした瞬間、負傷組から声が掛けられる。
「あ、あんたたち!」
「? ん、どうしたの?」
「……ありがとな。助かったよ」
「どういたしまして。でも、これに懲りたら無茶な挑戦はやめといた方がいいのかもね」
セレナは急ぐようにフィッテの手を引いてその場を後にする。
フィッテは一度お辞儀をすると振り返らずに、倒すべき地虫に向き合った。
「フィッテにセレナ、遅いよ。もうこっちは片付きそうなんだけど?」
「ご、ごめんなさい……」
「ふん、フィッテに危害を加えるあの虫が悪いんだから、私達に非は無いと思うけどね」
フィッテとセレナはそれぞれ言葉を交えつつも、二人に合流する。
地虫の肌からは数十箇所に及ぶ、切り傷が見えた。
フィッテが付けた弾丸の痕跡がどこにも見当たらないぐらい、地虫の表面はボロボロで動きが緩慢で避けるのは最初よりも容易い。
体を振り回そうが、光線を撃とうと準備をするものの時間が倍ぐらいに掛かっている為か、動作中断は苦にもならない。
「プラリアちゃん、そろそろとどめが決まりそうだね」
「そうね。じゃあ……最後はフィッテ達にやってもらったらどう?」
突然話題に出され、フィッテは危うく詠唱中の魔法を中断する所だった。
彼女は困りながらセレナの方へ助けを求める。
「せ、セレナちゃん……私は遠慮するから、お願い」
「ん~~、アレやってみようか」
「アレじゃ分からないよ……」
「発動したら分かるから、フィッテは詠唱止めていいよ!」
フィッテは首を少し傾げながらも魔法を掻き消す。
自ら詠唱を止めたい場合は、単純に『止まれ』と命令するだけで中止される。
特別な魔法が無い限りだが、一度止めた場合は初めから詠唱し直しとなる為魔法の選び方、タイミングもある程度大事になってくる。
前衛は待機し、時折思い出したかのように鈍く動く指の薙ぎ払いとかを避けてる内に少女の声を耳にすると、一瞬だけ振り向いた。
「いくよ、【クロス・チャージブレイド】!!」
かつて、ブレストの町を襲撃した時に親玉を倒す手段として使用した突撃技兼、近距離魔法だ。
「なるほど……。分かったよ、セレナちゃん」
これだけで全てを理解した彼女は、二つの剣を一本受け取る。
これだけで全てを理解できない二人は、意味が分からないという風に顔に疑問を作った。
「あれだとただの剣よ。ダメージはあるんだろうけど、フィッテの魔法を止めてまでやる価値はあるのかしら」
「同意見だよ。……何かするんだろうね」
場が静まったなか、地虫が弱々しく体をくねらせる。
セレナはフィッテに目で合図を送り、互いに剣の切っ先を目標に突きつけた。
瞬間、二人の少女は地を駆け抜けあっという間に数メートル離れていた地虫へと移動し、交差しながら横斬りを入れた。
剣が粒子となり霧散し加速が止まった彼女達は、自信ありげに頷き合う。
セレナの氷大剣のように体が分離した虫が映り、同時攻撃は成功したようだ。
「よっし、大分良くなったね!」
「ふふ、これもセレナちゃんのお陰だよ……!」
二人は二体目のターゲットの撃破を見送ると、最後の魔物へと視線を変える。
三組目は既に倒したようで、細かくスライスされた肉の周りで談笑をしていた。
もしかしたら、苦戦していたのは自分達含む二組なのかもしれない、と思ったフィッテ達であった。




