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私と師匠  作者: 水守 和
第2話 蔑みの水刃
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始まりは険悪?

「フィッテ……そんなに嬉しいの? 気持ちは分かるけどね」

「も、もうちょっと、だけ……」


 セレナに何か言われるまでずっとこのままだったかもしれない。

 依頼所の待合所の席でフィッテは自分の請負証を見て微笑みが絶えることはなかった。

 一から二へと段階を踏んでいく、というのもあるが実力を認められた点も大きいかもしれない。

 彼女が請負二士になって以降、セレナは依頼を一緒に受けている。

 難易度が一つ上になったことで、フィッテが体感する程の実力差を味わう依頼は特にない。

 依頼は一日二つ、という訳でまずは簡単なものから受けていこう、というセレナの提案だ。


「うう……だ、だけど請負二士になったからって浮かれるのはまだ早いのかな……」

「い、いいんじゃないかな? それよりもフィッテ。そろそろ……」

「ん、ご、ごめんね……」


 セレナにくいくい、と袖を引っ張られて視線を移した先に見えたのは、巨大とも言える依頼板だ。

 いつも彼女達はそこで依頼を選択し、請け負っている。

 今の時刻は昼前、ということもあってか、少数の人が集まっていた。

  

「今から私達が狙う特別依頼は難易度3でありながら、フィッテのような難易度2までしか受けれない人でも受ける事が出来る。でも条件があって、3以上の請負士が居ないと資格がないというのは昨日話したね」

「う、うん……この特別依頼は時折不定期で発生する、撃破時の報酬は山分けとなる……のはいいんだけどセレナちゃん。この不定期のタイミングって分かってたみたいだけど……」

「た、たまたまだよ! 毎回狙って受けられたら素材とかもおいしいんだけどね」


 何故か頬を掻きながらセレナは違う方向へ顔を逸らした。

 フィッテは疑問には思ったがこれ以上の追究はやめておくことにした。

 いつも一緒に依頼を受けてもらって、尚且つピンチになった場合助けてもらっているのだ。

 これ以上の保障はそうそうないだろう。

 確かに今回の特別依頼が偶然か、事前に知っていたかは気になるが問題はそこではない。

 今日の依頼で無事に収獲を得られれば、創造魔法で使用したり売却して資金の足しに出来る素材が手に入るのだ。

 

「今から特別依頼難易度3、難易度6の参加者を募集します。希望の方は請負証をお持ちになって集まって下さい」


 冷静沈着な受付嬢、ナーサの声掛けで受注希望者はぞろぞろと集まっていく。

 

「確か難易度6は……『バルダリア』の撃破だったような。六士じゃないから受けることすら無理だけどね」

「……た、例えばだよ、セレナちゃん。もし、悪い人が請負六士で強引に誘われたらどうするの……?」

「ん、断ることも出来るよ。その為に話し合いの場とかもあるし、そもそもそんなことしたら請負証剥奪で二度と依頼は受けられないようになってるから、安心していいと思う」


 有り得ない話ではないだろう。

 意図的に危険な依頼に参加させ、殺した後に金品を奪う輩だって居てもおかしくはないはずだ。

 そんな連中には、相応の裁きが待っているだろうけれども。

 フィッテはほっと難易度6に集まっている人達から視線を外し、難易度3へと注目する。

 どこかレルヴェに似た、全身が黒ずくめの人とかはともかく、難易度の違いで何かが違うということはないようだ。

 第三者からみたら、3だろうが6だろうが強弱の判断が分からないからだ。

 明らかに周囲に威圧するような格好をしていれば話は別だが、周りは至って普通である。

 

「フィッテ? どうしたの、行くよ?」

 

 セレナは既に立ち上がりフィッテを不思議な顔で見ていた。


「ご、ごめん。今行くね」








 特別依頼を受ける者達の中の、難易度6希望者は思いのほか少なかったのか別の部屋で説明を受けることになった。

 従って、フィッテ達は依頼所から入って右側の待合場所で話を聞いていた。

 丸テーブル二つを境に、12個のイス全てが4つずつ並び三列ある。

 どの席も満席で全員座っている。


「ええと、いち、に……合計で12人ね。討伐魔物も3体と丁度いいわね」


 集まった12人は男女問わず、若い者が多い。

 密かにナーサへ恋心を抱いている者が居たら、話半分で幸せな気分だろう。


「ソシエ、12人で魔物が3体でどうして丁度いいの?」

「せ、説明は最後まで聞いたほうがいいよ、プラリアちゃん」

「ふん、気になっただけですのに」


 フィッテ達は二列目の左から二番目だ。

 セレナが左端で、右で話している方へつい顔を向けてしまう。

 イスに座りナーサの説明に頷くたびに、金の長髪が腰まで触れ動く。

 水色をベースにして作られた紺の制服に、同色のギャザースカートという格好だ。

 ゆっくりと髪をかき上げる動作に上品さと美しさが加わり、思わず同性であっても見とれてしまう。

 彼女の視線に気付いたのか、プラリアは振り向きキッと吊り目で睨み付けた。


「何か用?」

「い、いえ……っ、ごめんなさい……!」

「プ、プラリアちゃん、初対面の人にまで冷たくしなくてもいいのに……」

「ソシエ。あっちがじーっと見てきたから普通に聞いただけよ。悪いの?」

「はい、そこの3人。……私の話は聞いていましたか?」


 フィッテが謝っていたりプラリアとソシエが言い合っている間に、ナーサは3人まとめて質問をぶつける。

 表情は笑顔だが、目が笑っていない気がして怖かった。

 数日前に、ナーサがワローネに対して『オシオキ』宣言した時もこのような顔をしていたような気がするフィッテは他の二人よりも真っ先に謝った。


「す、すみませんナーサさん……申し訳ないのですが、もう一度お願いします……」

「はぁ、ソシエの所為ね」

「そ、そんな……あんまりだよ!」


 プラリアはフィッテへと顔を向けて、ソシエに対してつんとした態度を取る。

 予想よりもショックだったのか、彼はついイスから立ち上がってしまう。

 それにより注目を浴びるのはもちろん、彼の体躯を見るのは容易かった。


 今この場に居る男性よりも小太りな胴体と筋力と脂肪が入り混じっていそうな太めの手足が特徴だろう。

 プラリア同様、水色基調の紺色制服だが華奢な彼女とは打って変わって寸法が大分違う。

 一回りも異なると、服がやや横へと伸びているのは気のせいだろうか。

 頭髪は青く短く整えられ、だらしなさは感じられない。

 丸顔にグリーンフレームの眼鏡、目尻が垂れそうな瞳は泣きべそをかきそうな程に潤んでいる。


「う、あ、す、すみません……」


 視線の集中放火を浴び、ソシエは縮こまるように着席した。

 その横でプラリアのため息が聞こえた中、気を取り直してナーサは咳払いをして続ける。


「つまりです。あなた達の討伐する魔物は『アースワーム・トライレイ』という名前で、四人一組で行動してもらい一組一体を相手してもらいます。そして一組は今座っている席の、横一列で組みます」

「ピンチになってもならなくても、フィッテは私が守るんだから」

「あ、ありがとう……」

「なるほど、ソシエ。やるわよ」

「う、うん。だけど他の二人と息を合わせるってこともしたほうがいいと思うよ……」


 それぞれ互いに短い言葉を交わし、再びナーサの説明に耳を傾ける。


「名前が長いのと、素材名が地虫なのでこれからは『地虫』と呼びます。まず生息範囲となるブレスト北部の平原。遮蔽物が無く、見晴らしが良いのは長所にも短所にもなります。次に攻撃パターンは予め渡しておいた紙を見てください」


 各々は手に持っている赤茶色の紙に書かれた魔物に注目した。

 三本の指が地面から突き破り、うごめいているようにしか見えない。

 絵はそれだけでなく、指の先端部から二つの線が帯状に描かれている。


「地虫はまず、近距離だと牙で噛み付きの他に、地面に身体を打ち付けて震動を引き起こす、胴体を振り回すの三種類で、遠距離では口から光を発射してきます。『ビーム』とか色々命名されていますが、光線とも言われていますので以後は『光線』にします。光線は三匹全て撃ってきて、一発喰らう毎に叩きつけるような痛みを味わうと言われているのでなるべく攻撃を避けながら各メンバーで攻めて下さい」


 攻撃パターンの説明を受けているときに、全員が感じたことは普通の依頼ではないことだ。

 特別依頼、と名前にあるように、今集まっている一組のメンバー全員が協力しないといけないこと。

 誰かが足を引っ張る事態が起きたら、他の者でフォローをしないと怪我をしてしまうのもプレッシャーに成りかねない。

 また、どこかの組が相手している地虫の標的がこちらに移りかねない可能性だってある。


「後は、瀕死になると魔力を奪う光を使用してくるのも注意が必要です。先ほどの痛みを感じる光は『青色』、魔力を奪う光は『赤色』と覚えていて下さい。赤色の光線を浴びると、地虫は数秒後に『紫色』の光線を撃ちます」


 ナーサはそこまで区切ってから、一つ深呼吸をしてから再び続ける。

 まるで、次の発言で全員の顔色が変わるのを恐れているように。


「最悪の場合、喰らったら死に至ります」


 案の定、フィッテはもちろん、横に着席しているプラリア、ソシエ、セレナを含むほとんどが驚愕に値する顔に変化した。

 

「う、そ……?」

「そ、そんなことが……」

「……ま、まだ死にたくない、よ……」

「……」

 

 彼女達の空いた口が塞がらないのには理由があり、受けている難度1~3までは余程の無茶をしたり、依頼者が相当弱くなかったり誰かに守ってもらっている限り魔物の攻撃で死亡することはない。

 フィッテが戦った『紅獣』こそは牙等の手段を持ち、向こうがその気になれば腕の肉ぐらい食いちぎれそうなものだが、力が弱いのか出血程度で済んでしまう。

 ……とはいえ傷をそのまま放置していると死に繋がるが、その前に大体が撃破していたり一時離脱をして傷を修復する余裕ぐらいはある。

 実戦、という形で彼女達は戦いをしているが、致命傷を受けるほど苦戦はしていない。

 それ故に、死の恐怖を体感していない、又は薄れているのだろう。

 

「あの、それって攻撃を受けたら即死亡ってことなんですか?」


 フィッテより前方の席にいる活発そうな男性の質問が入る。

 その声は快活ではあるが、震えも含んでいた。


「はい、そうなります。……正直言って脅しすぎましたね。ごめんなさい」


 ナーサは謝罪をした後に、釣り目の眼鏡を修正する。


「実は、魔力を奪う光線は10秒から20秒程の隙が発生し、口が赤く光ります。それさえ回避出来れば紫の光を放ってくることはありませんが、赤色の光線は何度でもランダムで撃ってくるのでその度に攻撃して中断して下さい。……紫色の光は5秒ぐらいで発射されるので、もし撃たれたら全力で避けるのを推奨します」


 隙がある、彼女の救いの言葉でほぼ全員が安堵の息を吐いた。が、完全には安全していない。

 紫の方はたった5秒で放たれるのだから。

 彼らもまだ上の難易度を目指すのか、こんな所で死ねないのだろう。

 それぞれが作戦を練っていた。

 フィッテもその行動に倣おうと左側へ顔を動かした矢先。


「ね、ねえセレナちゃ――」

「フィッテも作戦――」


 席と席の間もさほど空いていないので、お互いの顔が至近距離に映った。

 彼女の愛らしい目や、艶やかな唇を見て例の夢が脳内で再生されて、フィッテは余計戸惑ってしまう。


「あ、あわわわ、ご、ごめんなさいっ……!」

「う、ううん! こっちこそごめんっ!」


 首を高速で動かし、正面を向いた二人はどちらが先に切り出すか迷っている。


「え、と、セレナちゃん……作戦、と聞こえたけど……」

「ん、フィッテの方も同じの意見かな?」 

「う、うん。私達も話しておこうかな、って」

「だね。その為には……」


 一度言い終えてから、セレナは席を立ち上がる。

 周りもどう動くか立ちながら話し合っている所もあるので、別段彼女だけ目立つようなことはない。


「すみませんが、今回の作戦を立てませんか?」

「そうね、私も必要だと思ってたし、そもそも死なないように頑張らないといけないのはそっちかもしれないけどね?」

「な、プラリアちゃん! そんな言い方は……」


 プラリアの言い方が癪に障ったのか、セレナは眉を上げて語気を強くした。


「確かにフィッテはまだ依頼難度2になって、まだ日にちが浅いですけど言葉ってもう少し選ぶものじゃないんですか?」

「何? 弱いから弱い、それで不満なの? じゃあ私とソシエ、二人でカバーをしろと?」


 売り言葉に買い言葉、プラリアは彼女に応酬するかのように口調を強気にする。

 フィッテとソシエは似たもの同士なのか、二人共慌てており同じリアクションをしていた。

 この一触即発になりかねない状況を収束したのは、ナーサだった。

 小さな子供の喧嘩をなだめるみたいに、彼女は手を大きく二回叩く。

 今の騒動で他二グループの注目を集めないわけがない。

 

「はい、そこまでにして下さい。この特別依頼は、普段パーティーを組み慣れていない人や、いつも同じ人と依頼を受けている人が他の人と一緒でもその能力を発揮して連携が取れるかどうか、という意味も兼ねているんです。……仮に依頼難度1が二人居てもフォローや攻撃チャンスを機会を作るのは貴女の役割でもあると思いますが? セレナさんも、突っ走りすぎて感情に任せるのもいけませんよ?」


 あまり強気な物言いはしたくないのか、手を叩いた後は渋そうな顔をしていたのがフィッテの脳裏に蘇った。

 そうでもしないと今の空気は変わりそうになかったからなのだろう。

 同様に、フィッテはもうちょっと割って入るぐらいの勇気が欲しいと思った。


「……はい、すみませんでした」

「……以後、気をつけます」


 騒動の二人はやや不満そうだったが、表情を切り替えて申し訳無く頭を下げる。


(大丈夫かな、今回の依頼は……)


 フィッテが心配を胸の中にしまいつつ、四人の特別依頼が始まりを告げようとしていた。

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