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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
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逃走

 急ぎ足で玄関を通り抜けると眩しさから開放され、代わりに夜空を煌々と月明かりが寂しく町を照らしていた。

 失った代償は大きく、それでいてまだ安全圏ではないため、気を抜くには早かった。

 脱走に気付いた鎧達が追ってでもこない限り、未だに脅威からは逃れていない。

 そんな精神状況の中、外に出れた事と明るい月夜が心をほんの僅かにでも落ち着かせる。


「生き、てる……っ?」


 はぁー……、と長いため息を吐いて、セレナは周りの町並みを一瞬で見渡す。

 セレナが確認したい事は、町の様子だった。

 いつも彼女がフィッテの家を訪問する時は、まだ人通りが賑やかな時間帯だ。

 それにお泊りでもする訳ではないので、すぐに用事を済ます予定だった。

 その僅かな時間にこのような事件が起きた。通行人が居ようものなら、この事を皆にも危険を知らせて避難と衛兵なりに外敵要因を排除してもらおうと思っているからだ。


「嘘、でしょ……!?」


 セレナが驚くのも無理はなかった。

 フィッテの家から表に出ると比較的人通りが多い道に出る。

 フィッテの家は、この町の東部分に位置する。

 道は二つで、中央へ出る方向か、東門へと通ずる門のどちらか。

 その内の東門は夕暮れになると閉門してしまい、かつ見張りすら居ないので必然的に中央へと足を進ませないといけないようになっていた。

 逃げるにしろ、未だに開放されている南門か、西門を目指さないといけなかった。

 北門も同等に閉門し、北門は山岳部魔物の来襲監視に備えて、東門は海岸沿いにしか出れず、船といった乗り物も停泊していないからだ。

 この東通りは賑やかだったのに、この通り魔的な事件が起きてから、寝静まったようにひっそりとしている。

 人通りが多いのは訳があって、夜になると開店する居酒屋など丁度時間帯がいいのか様々な人が行き交うからだ。

 居酒屋とかも開いているが、通り過ぎる限りだと無人のようだった。

 また中央通りだけの道ではなく、南東へ向かう脇道も設けられているがその内のどれもが荷車等の障害物で塞がれていた。


「おかしい……来るときからこうだった……?」


 セレナは、町にくるとき特に異常は感じなかったようで、驚きを隠せない。

 訪問する時の記憶を振り返っても、通行人はおろか、居酒屋には人も居た。見間違いは無かった筈だ。

 石畳を思わせる通路に無意識に強く踏みつける足音が、想像以上に大きく響いたような気がした。


「セレナちゃん、後ろ、来てる……っ!」


 彼女に言われ、セレナはすぐに振り向き二人の姿を確認した。

二人とも併走して歩き、ぽっかりと空いた玄関を通り過ぎゆったりとした調子でこちらへ近づく。

 銀の鎧からは殺意を表す漆黒のオーラが消え去っていた。 

 先ほどセレナが投げた石には、眩しくて目を瞑らざるを得ない程の威力があったにしろ、だ。

 二つの鎧がそれほど時間稼ぎにならないのは……。


「閃光石による妨害が効かなかった……!?」

「まさかあんなのが効くと?」

「同意」


 嘲笑うように、肩を上げ、両手も上げ、やれやれといったジェスチャーを二人はする。

 銀の方は傷が治っているのか、セレナのスイフトアローで貫かれた手の平から血が止まっていた。


「まさか、兜による防御、ですか……?」


 フィッテは、この危機にも動じているのかそうでないのか分からないの問いかけをする。

 セレナは相変わらずこの子はマイペースなんだから……。と軽く笑う。

 小娘の問いに付き合うつもりは無い、とばかりに銀鎧と同じ程の大きな剣を構えた。

 そのまま斬りつけるかと思いきや、先ほどの返事を返す。

 赤い禍々しい鎧は、返答するか迷ってたようだ。


「それもあるが、それではあの閃光は完全に防げんよ。答えは『これ』だ」


 言い終えるや否や、空いてる手を胸に当て、念じているように見える。


「詠唱」


 銀鎧が補足する。詠唱、と聞いてセレナが怯えた顔で恐る恐る口にする。


「まさか、『創造魔法』!?」

「正解」


 銀の男が、男とも女にも聞こえない声で言った。

 そうぞうまほう? と首を傾げ、フィッテは唸っているようだったが、

 今はそれどころではなく、敵の一つ一つの動作ですら見逃せない状態だ。

 彼女には悪いが、疑問に答えるのは後にしようと思ったセレナだった。


「本来は兜の隙間を縫うような眩しさだったが、創造魔法さえあれば、無力化する事も可能」

「無駄」 


 閃光の無効化。セレナは膝から崩れ落ちる錯覚に陥った。


「そん、な……」


 偶然にも等しかったが、苦肉の策とはいえ兜をしていながらでも多少の足止めは期待出来ると信じてた。

 わざと、楽しんでいたのだ。

 あの死に物狂いのやりとりを、いつでも刈り取れるという余裕で。

 仮に母が逃がす際に、セレナが閃光石の存在に気付き一緒に逃げる時も三人とも逃がしただろうか?

 答えは定かではないが、その状況でも遊んでいただろう。


「だったら意地でも……逃げる!」


 遊ばれてるとしても、赤鎧が悠長に詠唱している隙に逃げてしまえばいい。

 そして衛兵を呼んで事態を収拾してもらえばいい。……衛兵にどうにか出来るのかな?

 という考えがセレナの脳内を浮かんだが、この際逃げられればそれで良かった。


『今の内に逃げよ!』

『う、うん!』


 ひそひそ声が聞こえたかさておき、二人で手を握ると、ここより中央の詰め所を目指した。

 現在位置は町内部でいうと東端にある部分なので、全力で走っても間に合うかどうか。

 今の時間帯ならばまだ明かりも付いてて、中には人も待機しているはずだ。

 二人の逃走劇の始まりだった。


「追跡」

「いや、泳がせておけ。俺らにはアレがあるし有利なのは変わらねえよ」

「同意」


 鎧達は余裕しゃくしゃくで二人の少女を逃がす。いわゆるゲーム感覚で楽しんでいるのだろう。

 自分達が強者で相手は弱者。ただ狩るだけの容易な遊びをしているようだ。

 狩るまでは楽しいが、命を狩ってからではもう楽しめない。

 だから、出来る限り生かしておいて飽きた所を一瞬で葬る。

 赤鎧の考えそうな事だ。と銀の輝きを持つ鎧は思った。

 彼の楽しみなど知った事ではないが、時間制限がある以上長居は出来ない。

 自分としては早々に狩りを終わらせて欲しい所だ。

 そんな考えなぞ露知らず、彼女達を追う赤鎧。

 夜はまだまだ続きそうである。



 彼女達は走っている最中、後ろを少し見るが、鎧二人組みの影は遠く、このままいけば無事に逃げれそうだ。

 多少余裕が出来てる今ならば、疑問に思っていたことを聞いてもいいだろう。

 そう思ったフィッテは口を開いた。


「セレナちゃん」

「?」

「そうぞうまほう、って何?」


 無事に逃げ出せれば明らかにしようとしたが、この際だから教えてしまうか迷った。

 眉間にしわを寄せて悩んでいた時、間が明らかに空いていたからかフィッテが申し訳ないように謝ってくる。


「ごめん、変なこと聞いた……お母さんが言ってたから気になって、つい……」

「ううん、いいよ。創造魔法、ね。想像するのではなくて創り出す、という事から生まれた魔法。フィッテは日常魔法使えるよね?」

「この通り」


 言い終えてから、フィッテは両手で水をすくうように、小さな皿の形を作って何やら念じている。

 二人の石床を踏みつける音が少しの間響き続いてから、魔法は発動した。

 彼女の掌に浮かぶように、暖かそうな、それでいて小さく宿る火が現れた。

 ほのかに漂う灯火は、消えゆくろうそくのように儚く、フィッテが火に手を振ると霧散した。

 魔法に温度はない。

 従って魔法は単体では何の効果を発揮せず、容器や魔法に反応する物体に使用しなければ唯の演出でしかない。

 

「少量の火や水を出すのならば、日常魔法で事足りる。派生とも言えるのが創造魔法」

「……セレナちゃんが恐れるって事は、想像以上に脅威なのね」

「そそ。創造魔法なだけに、ね。なんちゃって」


 フィッテは苦し紛れにわざと盛大にため息を付くと、セレナから視線を外し前方を見る。

 セレナはしたり顔で見てたようだが、相手にされないと思うと困った表情を浮かべ先ほどのフォローをする。


「ご、ごめんって! ね? ね?」


 まだ中央までの距離を確認し、つまらないにも程がある彼女に冷たい視線を送りつつ後ろをたまに確認する。

 向こうはゆっくりと追い続けているお陰か、少しは離せているようだった。


「緊張感あるんだか、無いんだか分からなくなるよセレナちゃん……」

「えっ、フィッテがそれ言うかな?」

「何か、引っかかる言い方……」


 フィッテはセレナの含み笑いにムッとしたのか、そっぱを向く。

 ……機嫌が悪いのではなくて、元の体の向きに戻しただけだが。

 やりとりにも飽きたのか、セレナは真面目な顔をしてキッと前を見る。

 このまま行けば中央通りまではすぐだろう。


「ごめんね。でも絶対、絶対守ってみせるからフィッテ」

「何か言った?」

「な、何でもないっ!」


 セレナはぼそりと自分に決意するかのように言い聞かせた。

 中身は聞かれてなかったが、彼女自身が大切な友人を守るための宣誓だから聞こえても問題は無かった。

 しかしちょっと恥ずかしい、という感情も無かった訳ではない。

 他愛のない会話で少しはフィッテの気持ちは和らいだだろうか? お節介かもしれないが、私に出来ることはこのくらい……。

 と口には出さずに、胸に秘める。

 それほどまでに、失った者が大きい今日の夜は異常である。

 しかし、夜はまだ終われそうになかった。

 長い道のりもここで終わるか、と二人が思って数メートル程先の十字路に辿り着こうとした時。


「【ストーンタンブル】」


 どこかで声が聞こえた、気がした。

 誰かが近くに居て、しゃべる時の音量に等しい。

 しかも、どこか人間の声を加工したかのような。


「……セレナちゃん、何か言った?」

「ううん、フィッテは?」

「言ってないよ、それにしても嫌な感じ……」


 互いの質問も終わり、辺りを見渡すが自分達以外に誰も居なかった。

 ……後ろでゆっくりと追ってきている鎧を除いては。

 というとやはり鎧が細工をした可能性がある。

 セレナは再びフィッテの手を握って走りながら考え、一つの可能性に行き着く。


「もしかして、創造魔法」

「そんな事出来るの……?」

「そういった事が出来るのが創造魔法。妨害、守備、攻撃。ある意味既存の武器なんて要らないという程に」

「……」


 フィッテはただ口を塞ぐしかなかった。

 恐ろしさ故に、あの鎧が創造魔法を使いこなしているとしたら。

 私達は確実に生き残れないだろう、と悟った。

 それこそ、この町の衛兵で対処できるか怪しいレベルだった。

 そもそも、もうこの町には自分達しか居ないのではないかという錯覚まで陥ってしまう。

 ネガティブな考えを払拭すべく、セレナの方を向いた瞬間。何かにつまづいた気がした。


「っ!?」

「フィッテ!」


 慌てて顔を正面に戻すと、地面に突っ伏する所まで近づいている。

 最悪顔面着地を避けるべく、両手を突き出した。

 衝撃が伝わり、摩擦と痛みが手から感じ勢いを殺すべく横転し速度を落とす。

 その結果であっても、実質転んだに等しい怪我を負う。

 手からはうっすらと血が滲んでいる。足も膝に僅かだが赤みを帯びていた。


「いたた……」

「ほら、フィッテ」

「ありがと、セレナちゃん……」


 友人が手を差し伸べたお陰で、擦りむいた痛みを感じながらも立ち上がる。

 転んだ原因を探るべく、足元周りを見回すとそこには拳ほどの石が転がっていた。

 急いでいたから、視界が狭まっていたのかもしれない。

 それに、先程の近くに誰かが居て話しているように声が聞こえた。

 【ストーンタンブル】。フィッテにはそう聞こえた。

 セレナも何も言ってないということは、現状で考えられる事は鎧の創造魔法だ。

 妨害、守備、攻撃と万能に近い能力ではないだろうか。

 ちらりと後方を振り返ると二つの影は消えることなく迫っていた。

 こちらは走っているのに、向こうの追跡が消えないのは、直線的だから仕方の無いことだが距離感が縮まっているような気がする。

 得体の知れない違和感を感じている間にも、鎧二人がこちらへ向けてゆっくりと歩いてくる。

 影はおぼろげだが、確実にこちらに向かってきている。

 走れば追いつけるはずなのに、そうしない理由は煩わしく金属音を響かせなくても、十分に落ち着いて狩るに値する弱者だからか。


「フィッテ、怪我してるよ。手、見せて」

「セ、セレナちゃん! 私はともかく後ろの様子が!」

「「【スイフトアロー】」」


 フィッテはいち早く気付き、鎧に注視する。

 二つの鎧による言葉が寂しい町から伝わってくる。多少の距離にも関わらず、その魔法名がしかと聞こえてきた。まるで頭の中に聞かせているかのように。

 先ほどの詠唱、といった類だろうか。

 鎧二人組みの周りに一本づつ、銀に光る矢が浮かんでいる。

 遠目からでもそれは把握出来る大きさだった。セレナの同魔法、【スイフトアロー】と同名の筈なのに、全然性能が違って見えた。

 それを掴んで石を投げるように放ち、銀の二矢が飛来する。

 いずれも彼女ら二人に狙いを定めて飛んでいき、セレナはフィッテを庇うように仁王立ちになる。


「こんな事に創造魔法を使うなんて……、間違ってるよ!」


 セレナは鎧達のやり方に怒りを露わにする。

 彼女も対抗して詠唱を開始したが、集中力を掛けさせる出来事が起きる。


「っ! ぐ、ああああぁっ!」


 銀矢の着弾。

 一発目はセレナの脇を通り過ぎ、そのまま中央通りへと突き進んでいった。

 壁とかにぶつかったり、高度が落ちていきそのまま傷跡を残し消えるだろう。

 悲鳴は二発目から。

 広げた左手の平の真ん中を貫き、石で出来た床を赤く染めた銀の矢は粒子を散らして形を無くした。


「手を差し出さなかったら被弾する事もなかっただろうに。愚かな奴だ」

「滑稽」


 声は尚も響く。これだけ静かだと逆にしっかり聞こえないとおかしいのかもしれない。

 歩く速度が早いのか、鎧二つは距離をじょじょに詰めて来た。

 悔しげに顔を苦痛に変えたセレナはこの間に詠唱を紡ぐ。


「貴様も創造魔法を使うとはな。だが、この鎧には傷一つ付くまい」

「頑丈」

「セレナちゃん、駄目!」


 フィッテがセレナに近づき、セレナの手を無理やり引っ張らせた。

 フィッテに手を引かれてるこの逃走中も詠唱は続いている。

 詠唱は自らの中断、集中力が切れるか、詠唱妨害魔法、物理妨害策が無ければ事実上はどんな状況でも創造魔法を放つ事は出来る。


「逃げるって言ったのはセレナちゃんだよ? ここで張り合ってどうするの!?」

「ち、違う! せめてもの足止めに一発、撃っておこうかと……」

「それが張り合うって言うんじゃないの!? セレナちゃんと逃げるって決めたんだから! お父さんも、お母さんも居ない。……だから友達であるセレナちゃんには死んでほしくないの!」


 セレナは彼女の剣幕に思わずたじろぐ。

 彼女は前向いてるので、表情は覗けないが、恐らくは怒っているだろう。

 憎しみからではなくて、心配から来てるのは言うまでもない。

 いつもとは違う彼女を見れて、不謹慎ながら微笑む。

 我ながらバカだな、と自嘲し魔法を発動させる。


「ありがとね。落ち着いてきた所で……、【ウォーターランス】!!」


 逃走しながらの彼女の創造魔法発動に、フィッテは振り向きながら彼女の一撃を確かに見た。

 仁王立ちをするかの如く、セレナは立ち止まり鎧達に目線を移した。

 セレナの掌からゆっくりと生み出された槍は、青く、それでいて透き通るような色だった。

 刃は矢じりのように鋭利となり、矢じりが二つ連なってるように見える。

 槍の全身が出てから、柄を掴んでそのまま投げつけた。

 扱い方が【スイフトアロー】とほぼ一緒だったが、その速度は倍は違っていた。


「おとなしく、喰らっときなさい!!!」


 銀の矢を凌駕するほどの速さで放たれた水槍は、一直線で銀の鎧へと向かった。

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