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私と師匠  作者: 水守 和
第2話 蔑みの水刃
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歪んだ愛情


彼女の事は嫌いではないが、今の出来事が夢だったり冗談だったらいいのに、とフィッテは部屋の中で思う。


「あ、あの、セレナちゃん……。こ、これって?」

「ん、起きたんだ。これも何も……フィッテが逃げ出さないようにする為だけど?」


 疑問で返すセレナの顔は意地悪な笑みで満たされている。

 視線を動かした先にある魔法ではない縄で身体や腕を縛られているのが逃げ出さない為だとすれば、これからセレナは何をするつもりなのだろうか。

 ベッドに寝かせて縛られているフィッテを見ながらセレナはじり、と近付く。


「ずっと。ずっとこうなるのを待ってたんだから」

「う、そ、だよね……? こんなのセレナちゃんのすることじゃないよ!」


 フィッテは力を込めて外そうとするが、ビクともせず虚しく力が入るだけに終わった。


「フィッテ。今までの私がウソだとしたらどうするのかな? 私の本当の部分を見せてなかったとしたら?」

「これが、本性……?」

「そうだよ。むしろ、よく今まで我慢してきたなぁ~って思ってるぐらいなんだよ!」


 セレナは笑みを崩さぬまま、フィッテの衣服に手を触れる。


「だ、だめだよ……わ、訳があるなら話せば……」

「訳? あるとしたら……この気持ちを抑えきれないから、かな」


 彼女の気持ち、フィッテは色々と過去の事を思い出す。

 アルマレスト襲撃事件以降、日課のように依頼をこなす二人以外は特に変化は無いように思える。

 その間に、セレナは特別変わった行動もなく何一つ異常がない平和な日々なはずだ。

 それがどうして、フィッテがこのように縛られているか。

 考えても結論が出ずに、セレナの手が腿へと伸び優しくさすられる。


「お、抑えきれなくても……縛ったりするのはおかしいよ……!」

「やっと、やっと手に入れたんだから。もう離さないからねフィッテ」

「っ、お願いだよ……いつものセレナちゃんに戻ってよ……!」

「ふふ、だから、これがいつもの私なんだよ?」


 彼女の手は収まることはなく、紺色のスカートを通り過ぎて顔に狙いを付け頬を撫でていく。


「どうしてもやめないなら……私にも考えがある」

「へぇ、どうするつもり?」


 頬を撫でながら、セレナはフィッテの動向を見守った。

 そして、抵抗を諦めない強い意志を持った瞳の少女が、一つの魔法を発動させる。


「【リトル・カッター】!」


 フィッテの身体から放出されたのは、白く光る小さな球体だ。

 手の平で転がせそうな球体はセレナへと向かっていくが、彼女が胴を逸らしたことで更に上の天井部へと届こうとする。


「お、新しい創造魔法だね。まあ、痛そうじゃないみたいだけど……」


 セレナは鼻で笑いながら球体が天井にぶつかる前に、フィッテへと覆い被さった。


「だ、だめセレナちゃん! これに当たったら……」


 彼女の言葉は、球体から放たれた刃で遮られる。

 刃は手の平と同じぐらいで、三日月状の刃がいくつかセレナへと降り注いでいく。

 元々、フィッテは創造魔法を用いて縄を解こうとしたのだ。

 結果として、セレナを傷付けることになってしまったが。

 セレナは服や腕に数点切り傷を負って、苦しそうに声を発する。


「っつつ……まさかこんなに痛いなんて予想外かも」

「あ、ご、ごめんなさいセレナちゃん……私のせいで傷を……」


 涙を目尻に溜めながら謝罪をするが、セレナはそれに構うことなく彼女のさらさらと流れるような黒髪に触れた。


「いいのいいの。これぐらいの傷は愛情、だもんね?」

「……え? どういう、ことなの……?」


 フィッテが疑問を口にすると、セレナは嬉しそうに彼女の手を握り締めた。


「どういうって、今日の朝にフィッテから告白してきたんだよ? 嬉しくて嬉しくて、眠らせて縛っちゃった」

「私が、告白……?」


 彼女自身、思いや意見を伝えることは消極的だと自分でも自覚している。

 告白自体覚えていないが、無意識の内にもう一人の自分が活動でもしていたのだろうか?

 

「うん、そうだよ。『せ、セレナちゃん! す、好きです! 私と付き合って下さい……っ!』って言ってくれたのは一生忘れないからね!」


 恐らく一言一句脳内に反芻しながら言ったのだろう。

 普段の彼女とは違う声色ということは、フィッテの声を真似しているのか。

 フィッテに取って、セリフを言った事を覚えていないのも問題ではあるが、一番はそこの部分の記憶が消失しているということだ。

 治まった涙を忘れて必死に思い出してはいるが、やはり告白したというのは嘘なのではないだろうか。

 

「セレナちゃん……その告白って嘘なんじゃ……」

「そん、な……じゃあ、私の事好きって言ったのは嘘なの? 嫌い?」

「そ、そういう訳じゃなくて……。私は今でもセレナちゃんの事は好きだし、嫌いでもないよ。ただ、何かの間違いなんじゃないかなーって。た、例えばワローネちゃんが告白してきたとか?」


 ワローネ、の人物名を耳にしてセレナの顔色があまりよろしくない方向へ変化する。

 嫌悪とまではいかないが、どこか距離を置いています、という印象だ。


「んー、ワローネはないかなぁ。嫌、じゃないけど私はやっぱりフィッテみたいな大人しい感じの方が好きかな」

「あ、あ、あ、ありがとう……」


 未だに縛られたまま赤面するのは、彼女達の通常のシチュエーションでは有り得ないことだ。

 顔を赤らめているのをいいことに、セレナは更に追い討ちを仕掛けていく。


「うんうん、やっぱり照れてるフィッテも可愛いし、好きだよ」

「も、もう言わなくても分かったから……うう」

「あまりにも可愛いから、色々と楽しませてもらったけどね」

「……え?」


 ぞわ、と背筋を伝う嫌な感覚。

 冷たい水が入ったとか、虫が背中を這うとかに似ているような感じだ。

 

「な、何をしたの……? まさか……」

「ん~、教えてもいいけど軽蔑するんじゃないかな? あ、でも、恋人同士だからそんなの関係ないよねっ」

「ひどい、よ……友達だからって、やっていいことと悪いことがあるんじゃないのかな……」

「だから、フィッテ。私達は恋人、でしょ?」


 何かが違う、とフィッテは呟く。

 自分の知っている幼馴染みはこんなことをする人じゃない、と。

 どこか初々しさを残しつつも、照れたり笑ったり。

 純粋に可愛い、と思える友人であった筈だ。

 それがどうして、歪んだようになってしまったのか。

 

「ち、が、う……寝てる間に縛ったり、唇を奪ったりするのが恋人や友達なの!?」


 フィッテはうっすらと湿った唇を確かめながら、友人へと激昂する。

 対してセレナは特に悪びれた様子もなく、顔を近づけ再び唇を奪う。


「ん、む……っ!?」

「ふぅ……私は少なくとも、問題ないと思うよ? 他の人はとやかく言うかもしれないけど、そんなのどうでもいい。これからもずっと、ずっと一緒だから。食事にしろ、何をするのも離れないからね」

「嫌! 間違ってるよ! 縄を解いて! 私の知ってるセレナちゃんはどこなの……?」

「まだ、分からないのかなぁ~。これが本当の私なんだよ? フィッテの事をずっと想ってきた。その気持ちが膨らみに膨らんで爆発したのが今の状態なの。ここからは本当の私だよ」


 彼女の本性が出てきたとするならば、もうここから出してもらえる事はないのだろうか。

 いや、まだ望みはある。

 かつて、アルマレストを共に撃破した仲間が居る。

 ……彼女達が仲間と思ってくれているかは別の話になるが。

 レルヴェ=ハレンや、グラーノ=ガラスト、ガンセ=ラール。

 きっと安否を心配してセレナの部屋とかを訪れに来るだろう。

 

「セレナちゃん、レルヴェさん達についてはどうするの? 確かにここでも生活は出来るよ。で、でも……きっとあの人達ならここに来るんじゃないかな」

「無駄だよ。今居る町はブレストから遠く離れているんだから。この部屋の模様も真似して作ったものだし」


 フィッテの心のどこかで何かが崩れる音がした。

 希望か活路か。

 いずれも前向きに現状を打破しよう、という気持ちが崩れ落ちた音だ。


「さ、邪魔者も居ないしじっくりと楽しもうねフィッテ。時間はゆっくりあるんだから」


 何度目なのかセレナは覚えていないだろう、口を近付けようとするがフィッテがそれを許さない。

 動かせる首を左右へと振り、抵抗を見せる。


「……どうして、無駄な抵抗をするのかな?」

「……友達でも恋人でもないよ……今のセレナちゃんがおかしいから、いつものセレナちゃんに戻って欲しいから、抵抗するんだよ……?」

「そっかそっか。じゃあ、私がフィッテに教え込むまでだね。『本当の私』を、ね」


 再度、創造魔法を放とうとしたがセレナが見逃す筈がなく口を塞がれたことで失敗に終わってしまう。

 彼女のキスは本当に嬉しそうで、それでいて激しさを押さえ込んでいるようであった。

 優しく、鳥がついばむ感じから半ば強引さも含みながらも口と口を合わせていく。

 いつしか、彼女の顔を見てフィッテは涙を流していた。


(私は、私はどうすればいいの? 誰か、助けてよ……)


「ほらほら、泣かないでフィッテ。私が拭ってあげるから」


 セレナは笑いながら指で雫を集めていく。

 その動作がいつもと何もおかしくないから、余計に涙を増大させていた。


「ああ、もう。涙が溢れてるじゃない。これじゃあ拭き取れないよ?」

「せ、れなちゃん……ぐす、元に戻って、よ……」

「うんうん、大丈夫だよ? いつもの私だから、泣かないで」


 彼女は指で透明な球体を取りつつも、愛らしい口に口付けするのを怠らない。


「ん、ぐ、んぅ……っ」

「フィッテ、今日はもうちょっと先に進んでみる? それともこのぐらいにしておく?」


 フィッテは抵抗とは少し違った印象で、同じく首を左右に振った。

 もう余計な事はしないで、彼女に全て委ねるという意思表示でもある。

 セレナは肯定と受け取ったのか、口同士の愛情表現を止めて上から攻めるか、はたまた下から楽しむか迷っているようだ。


「ん~、どうしようかな。山から行くべきか、草地から乗り込むべきか迷っちゃうね」

「せ、レナちゃん……の好きな胸からでお願い……そしたら戻る、よね……?」

「う~ん、フィッテは未だに勘違いしてるようだけど……ま、いっか。いっぱい愛してあげるからね」


 セレナは嬉々として、薄めの生地の上着を脱がしていく。

 未だに止まる事のない涙を流しながら、フィッテの意識は闇へと落ちていった。

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