十字
手下達が固唾を飲んでいる瞬間にもルガラの笑い声は絶えることがなかったが、やがて笑い続けるのに飽きたのか、にっこりと笑顔でフィッテを見る。
「フィッテお姉ちゃん、意外と状況の把握が出来てるのかな? お兄ちゃんとセレナお姉ちゃんの投擲を予想して、かつボクの着地の瞬間を狙うだなんて予想外だったなぁ~」
「……まだ戦うんですか? じきにレルヴェさんとガンセさんも来るはずです。そうなったら勝ち目は無くなっちゃうんですよ? だからもうこんな事は……」
「まだ? ここまで来て、はいそうですか。って退く訳にはいかないんだよね。そもそもだよ? 何でボク達がこんな奇襲をするか分かってないんじゃないのかな?」
「フィッテ、後は俺に任せろ。時間稼ぎは向こうにも策を与えることになる」
二人の間に横槍を入れたのはグラーノだ。
当然だが、武器は収めておらず手に持ったままフィッテの前に出る。
「お兄ちゃん、せっかくフィッテお姉ちゃんにボク達『アルマレスト』を説明しようと思ったのに……」
「だからその呼び方をやめろって。それに、だ。お前等がどんな企みをしていようと関係ない。この町を荒らそうっていうなら、相応の痛手は負ってもらおうか」
グラーノは詠唱の暇すら与えさせないつもりか、ルガラへと一直線に踏み込んでいき剣を振り下ろす。
しかし、あっさりと横跳びで回避される。
彼はお構い無しに連撃を仕掛けていく。
「フィッテ、私達も続くよ!」
「う、うん……!」
二人の少女は詠唱をしつつも、グラーノの後ろで援護をすることにした。
「二人共すまん、助かる」
「お姉ちゃん達もボクと遊びたいのかな? それとも死ににきたのかな?」
「団長! これ以上の無茶は危険です! 壁は俺達に!」
グラーノの攻めに対して難なくかわしているルガラを守るように入ってきたのは、吹き飛ばされて動けるようになったルガラの手下である。
三人ほど前に張り付き、盾となった手下には死など恐れていないように見えた。
残りの五人はルガラの四方を守るように、前に三人後方に二人と前方防御型の強固な印象を与える。
「ボクの事は気にしないでもいいのに。まあこれで次の魔法が撃てるけどね!」
「くっそ、どきやがれてめえら!」
「お前達に団長をやらせるものかよ!」
「……あんた達には容赦しないから。【クロス・チャージブレイド】」
同じ策を使うつもりがないのか、セレナは様々な創造魔法を繰り出す。
その中でも発動させたのは二つの剣を所持する魔法で、見た目からすれば二刀流をしている少女にしか見えない。
両手に握られた武器は、グラーノが持っている長剣とあまり違いがないように見えた。
セレナが手下へと連続で斬りつけても作製した剣は消えることはなく、ちゃんと手元に残っている。
性能は氷の大剣と似たようなものなのだろう。
「後七人か。さっさと倒れてよね、お願いだから」
「ぐ……ぁ……っ!」
「や、野郎っ!」
手下の一人が倒れ、頭に血が上った別の手下がセレナへと踏み込み斧を一直線に振り下ろす。
「効かないよ。じゃあ、さよなら」
斧の動きに合わせるように、片方の剣で打ち付けてもう片方で躊躇いなく心臓を貫いた。
「ぐ、は、だんちょ……後は……」
「近くにはあなた一人だけど? どうするの?」
「く、くそっ……撤退し」
「させるかよ!」
セレナの二つの刃が粒子となり散っていったと同時に、残りの手下は脂汗を流しながら、敵を見ながらルガラ達の所へと退こうとしたが、グラーノがそれを許さず横薙ぎで追撃をしていく。
「おら、喰らっとけや!」
「ちぃ!」
金属同士の衝撃音が響き、手下が防御したのを確認するとグラーノは聞こえるように舌打ちをしもう一度横一文字に剣を振るう。
だが攻撃は空振りに終わり、手下は既にルガラを守る部隊と合流されてしまった。
残りの守りは六人だが、今度はそう簡単に倒せそうにない。
明らかに警戒を強めているのか、雑魚を見る見下したような顔ではなく相対した実力を持った相手を強張った表情で見据えるのに似ている。
「【フレイムバレッツ】!」
そこへフィッテの火球が手下の集団へと襲い掛かり小規模の爆発を引き起こした。
煙が視界を遮り、しばらくは敵と味方の間が姿を認識出来ない状態が続く。
今のまま言葉を発するのはこちらが不利になると考え、フィッテはセレナとグラーノの顔を確認し首を下ろした。
相手の顔を見ることで安否の意味も兼ねている。
やがて、煙が消えかけた所で手下達の手負い姿を確認した。
ルガラのように衣服類のやぶけ、皮膚からの少量出血などだが団長であるルガラには傷一つ付いていないということは手下総掛かりで肉壁となり、火の球三連発を防いだのだろう。
「いやはや、まさかフィッテお姉ちゃん。同じ魔法を使うとはねぇ~、もしかして銀色の矢と火の球しか魔法持ってないのかな~?」
嘲るように口を三日月の形に作って笑うルガラは、相手の戦闘手段を見抜いたようでフィッテのうろたえを見て得意気な顔に変えて笑い続ける。
「あ、そ、そんな、違……」
「ふふ、否定しきれてないよ? まあ、創造魔法を使いたてにしては良くやったと思うよ。君達、危険だからちょっと下がってて。ボクの魔法を使うよ!」
散々フィッテをけなした後に、ルガラは手下を自分の後ろに配置させた。
手下の一人がどの魔法を発動させるのか分かったらしく、言葉を荒らげる。
「団長、まさかそれって……」
「ふふ、大丈夫だよ? もしボクがやられてもヴェヌならやり遂げてくれるはずだからね! いくよ、【アルマレスト】!」
セレナとグラーノは手下が退いた隙に特攻して、ルガラを攻撃しようとしたが魔法の名前を聞いて即座に中断する。
「それに、ボクの魔法が敗れる訳ないしね!」
柄が一メートルを越え、柄の先端から湾曲した刃は二メートルぐらいだろうか。
黒色に染まった刃は人のみならず、家屋すら切り裂きそうな鋭利さを主張するかのようにギラリと光る。
ルガラは自信満々に手にした大きな漆黒の大鎌を水平に振るう。
手下に下がらせたのは武器の範囲からして邪魔なのもあるが、部下が怪我をしない為の配慮でもあった。
「自分の組織名を魔法につけるあたり、さぞかし素晴らしそうだよなぁ!」
グラーノは不敵そうに笑みを浮かべながら、剣で大鎌に対抗すべく武器を衝突させる。
「素晴らしいかはさておき、飛び込んできたのは無用心だねお兄ちゃん!」
「だから、その呼び方……」
グラーノの台詞が途中で途切れたのは訳があった。
漆黒の刃部分の内側から針が何本か飛び出し、グラーノへと突き出してきたからである。
針の長さは数センチだが、彼の懐まで迫るのは時間の問題だ。
「やるじゃねえか、ルガラ」
「褒めても出るのは針だけどねっ!」
「【クロス・チャージブレイド】! フィッテ、この剣を持って! 援護するよ!」
「う、うん……っ」
グラーノが笑みを絶やすことなく、ルガラの鎌をかわしながら攻めを続けていく。
その間にセレナは創造魔法を発動させ、二つの剣の内一つをフィッテへと手渡した。
フィッテが持つ剣は、スイフトスラストと同様に重量を感じさせない。
まるで羽を持っているかのように、思いのままに振り回せるのも変わりなく自分の武器の感覚で使えそうだ。
「フィッテ、剣をルガラへと向けて。ゆっくりね」
フィッテがこくり、と頷いている間にセレナはグラーノの後方に回り同じように剣を倒すべき人物に突きつける。
「こ、こう……?」
「うん、じゃあ行くよ!!」
セレナもフィッテの行動を映したように、細身剣を持つ感じで突きに特化した構えをした。
すると二人の少女は加速を付けた乗り物に乗っているみたいに、ルガラへと突進していく。
地面を滑るように移動する様は、創造魔法ならではだろう。
フロートボードとかで無い限りは再現は不可能に近いはずだ。
「こ、これって……!?」
「同時突撃だよ! それ!」
セレナの答えを聞いている間にも勢いは止まることなく、ルガラの横腹に刺さろうとしている。
十を描こうと二人が交差する瞬間に、ルガラは二人を視線に収め笑みを作った。
「残念でしたっ」
明るい口調と共にルガラは漆黒の鎌を斜めに構えて、攻撃を防げるような体勢をとる。
柄や刃で軽い攻めを凌ぐだけならば今のままでも大丈夫だが、大剣のような頑丈で守りにも対応出来る武器でないと衝撃を受けた時によろけるのは明らかだ。
ましてや二方向からでは、容易には捌けないと思われる。
「おら! こっちにも居るんだよ!」
グラーノの加勢も含めれば、左右と前方が突きの交差になりとても鎌では対処しきれない。
しかし、絶対の自信を持って放つ魔法は鎌に接触した時点で掻き消された。
例えるならば、創造魔法の効果時間終了になり粒子を散らしながら消滅していくように。
フィッテとセレナの武器は跡形も残さず、速度は衰えてセレナの魔法武器がないと加速出来ないことを裏付ける。
手ぶらでルガラの懐へと近付いてしまったことにより、すぐさま詠唱をしないと隙だらけになってしまった。
「う、そ……でしょ……?」
「え、あ、ど、どうして……?」
「よっと、ボクの鎌はね。創造魔法の攻撃を防げるんだよ! 褒めてもいいよ?」
グラーノの縦の一撃は刃の腹で受け流したルガラは、針をグラーノに向けて更に突出させる。
彼は一度下がろうか迷ったが、近くに守るべき仲間が居るので退くのは負傷をしてからだと考え前へ踏み出す。
「フィッテ、セレナ! 今助ける!」
「【スイフトスラスト】! セレナちゃん、お願い!」
グラーノが針を掻い潜りながらも前へ進む中、フィッテの銀の矢がセレナの手に握られる。
「任せて」
短く返事をして、セレナはスイフトスラストをルガラへと振り回す。
「セレナお姉ちゃん、そんなものでボクに対抗しようだなんて……」
「無駄じゃないと思うな、私は。【スイフトアロー】ッ!」
フィッテは久しぶりにその魔法の名前を聞いた。
銀色の鎧が襲撃した時に対抗した初めて見た創造魔法。
両手に輝く銀色は、動く度に粒子を散らしてルガラへと斬りかかる。
「だからボクに創造魔法は……」
「おいおい、物理だったら俺の攻撃は防げないだろ?」
背後に回ったグラーノが腹部を貫こうと突きの構えをし、放つ。
すると、漆黒の鎌の刃はまだ伸びるのかルガラを包囲するようにぐるりと円を描いた。
その際に内側にあった針は縮んで、本人が怪我しないようになっている。
二周するほどの長さになった刃で突きはやり過ごせないが、横に回避すれば当たる事はない。
魔法も、足や頭に当たらなければ全て防げる。
「無駄だよ! こんなの余ゆ……」
「【アイシクル、アラウンド】ッ!」
手下を含めて、この場の者ではない声が上空から響く。
南側の家の屋根から飛び降りながら魔法名を発したのはレルヴェだった。
腹周辺に八本の氷の刃を具現化し、一本を手下へと力強く投げる。
ダメージの有無に関わらず、レルヴェは着地するや否や恐るべき速さでルガラへと跳んだ。
「れ、レルヴェさん……!?」
「すまない。遅れてしまって、ね!」
「こ、この! ボクのアルマレストは創造魔法なんて無効……」
跳びながらもレルヴェは手下へと五本ほど刃を飛ばしておく。
残りは二本だが彼女からすればこの二本も余計なのだろう。
何故ならばセレナは渡されたスイフトアローを元のフィッテへと返し、フィッテも自分の魔法武器を構えて守りの範囲外、下半身を狙って二人は同時攻撃を仕掛けているからだ。
鎌の巻きつきが完全に解くまえに、レルヴェの肘撃ちがルガラの顔面に直撃した。
「ぐぉごっ!?」
「ここまでさ、ルガラ」
手加減のつもりか、レルヴェは横腹に軽く氷の刃で切り傷を負わせ腹に蹴りを加えて地面に伏させる。
「俺が押さえるからレルヴェは拘束魔法を、セレナは手下の投降を頼む。抵抗するなら、容赦はしなくていい」
指示を出された二人は縦に首を振って、それぞれ行動に移る。
フィッテだけが自分の為すべき事が分からずグラーノに問い掛けた。
「わ、私は……」
「……フレイムバレッツの準備を一応、しておいてくれ」
「は、はいっ……!」
「本当は全員殺す予定だったんだけど……はぁ、死にたい奴から出てきてよ。相手してあげる」
セレナは手下の集まりへと声をぶつける。
苛立ちが含まれているのは、フィッテの屈辱を晴らしきれなかったからか。
「た、頼む! 俺達は構わないから、団長だけは助けてやってくれ!」
手下の団結した一斉土下座にセレナは警戒しつつも、武器を創ることは怠らない。
「【アイシクルブランディッシュ】。ふん、団長、ねえ……グラーノさん、そっちはどうなんですか?」
「【アイスロープ】」
レルヴェの詠唱が完了し、ルガラの身体へと氷の綱が巻きつくのを確認してグラーノは親指を立てた。
ルガラの最高の魔法でもあった、漆黒の鎌アルマレストは黒色の粒子に変化して空へと浮かんで消えている為、創造魔法が効かないということはない。
「こっちは問題ない。……終わったな、戦いが」
「ですね。腑に落ちない感じですけど」
手下達は武器を全て放り捨て、ルガラも投降を認めた。
「残念だけど、ボクの完敗かな。ボクが襲撃してきた理由を聞くもよし、殺すもよし。好きにしていいよ」
「それを決めるのは、あの人だな」
グラーノの指差しで一斉に中央通りの南側へと視線が集まる。
大剣を背負い、鬼の形相でこちらに歩いてくるガンセ=ラールだ。




