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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
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救援

 彼女の悲痛な訴えは、ルガラに対しての餌でしかない。

 無力さを嘲り、バカにするには最高の素材なのだろう。


「誰か助けて下さい? ばっかじゃないのお姉ちゃん。誰も助けに来るわけないじゃないか! それよりもほら、敵が来るんだよ? 何とかしないと大変な目に遭うんじゃないかな~」


 涙目になって懇願するフィッテを尻目に、ルガラは舌で嫌らしく自分の口を舐めまわす。

 この状況がとても面白いのか、ルガラからは一切の手出しはせず傍観者にでもなったかのようだ。

 フィッテとしては攻撃してこない以上厄介事が減って有り難いのだが、待っているだけでは今の場面は一向に改善されない。


(と、とりあえず誰か一人でもなんとかしないと……! 檻の中のセレナちゃんには申し訳ないけど、私に出来る事と言ったらこれくらいしか……)


 フィッテは近くに潜んでいた、後方の横道から出てきた一人に向き直り詠唱を開始する。

 

「フィッテ! 魔法が発動しても油断しないでどんどん詠唱を始めて! こっちからでも援護できないかやってみる!」


 セレナの檻越しから響く声にただ一つ首を下ろし、更に集中する。


「皆! 今だよ! 一斉に飛びかかれ!」


 ルガラの一声で場の流れは変わった。

 セレナは驚きのあまりに口を開き、フィッテは多方向から押し寄せる十人もの人間に圧倒されてしまう。

 彼女の詠唱を邪魔するには十分で、若干速度が低下すれば必然と発動までの時間は遅くなる。

 レルヴェのように常時展開の武器のような物を持っていないフィッテには弱点である。

 最初の魔物と遭遇した時よりもいくらかは成長はしているようで、この人間の群れに臆してはいるが詠唱だけは中断しなかったことは褒められるといえる。が、魔法は発動しなければ意味を成さない。

 フィッテは人の群れに一手加える前に、一人の男に地面へとうつ伏せで倒されてしまう。


「っ!?」


 男は腕を後ろ手で組ませ彼女の体に跨るように座り、決して逃げ出せないようにする。

 ルガラは直接手を下す訳でもなくフィッテを地面に押さえつけたのが成功したのが嬉しいのか、笑みが絶える事がなかった。


「ふふふ、ふふふふ。お姉ちゃん。ん? お姉ちゃんだとどっちか分からなくなっちゃうよね。確かフィッテお姉ちゃん、で合ってるのかな?」

「だ、だとしても……この腕とかは解かないんじゃないんですか?」

「フィッテ! フィッテェ!!」

「それで向こうで騒がしいのがセレナお姉ちゃん。ザコには用がないけど、ちゃんと名前を言わないと失礼にあたると思って呼んでるんだよ。ねえフィッテお姉ちゃん、褒めてよ!」


 がしゃがしゃ、と格子を懸命に揺らしているセレナの顔は正気では無かった。

 まるで恋人を取られこれから処刑されるかのように、目付きはいつもの可愛らしい彼女ではなくひどく吊り上がっていた。

 怪物を連想させる憎悪の塊と言ってもおかしくない怒りを表した顔は普段は絶対に見せることはない。

 彼女が豹変するには理由がある。

 一つはフィッテが地に伏せられていること。

 もう一つはルガラの足がフィッテの背中へと蹴り付けられようとしていること。

 だが、今のセレナでは阻止することすら出来ずに力加減を抑えた蹴りを背中に放たれてしまう。

 

「ぐっ!?」

「ん~? もうちょっと可愛い声で鳴くと思ったけどなぁ……もっと強い方がいいのか、な!」


 彼女の短いうめきを耳に聞き入れるが、それだけでは満足出来ないのか更に力を込めて蹴り付けようとするが、寸前で止めた。


「団長、傷付けるのもいいですけど良かったら俺達にくれないですかね?」


 寸止めで収まったのは、フィッテを未だに押さえつけている一人の男が手で制したからである。

 フードをかぶっているため、顔の判断は付かないが力は相当あるようでフィッテがどんなに頑張っても束縛からは解放されそうにない。

 ルガラは興が醒めたようで、舌打ちをしてから黒色の檻に囚われたセレナの所へと足を向けた。


「ふん、好きだねぇ君達も。でも程々にしといてよね。散々楽しんだら殺すんだからさ」

「へっへっへ、了解です団長。おい、フィッテと言ったよなぁ? 殺される前に楽しませてもらおうか」


 男はフィッテが聞いた中でも低めの声で脅すように耳元でささやき、顎を上げさせる。

 対面している訳ではないので、直接視線を合わせられないが屈辱さは伝わってきているだろう。


「い、嫌、です……やめて下さい……」

「おいおい、お前いつまでそいつにベタベタ触ってんだよ! 俺にも触らせろって!」

「んだよ、ほら。んじゃあ俺はこっちの相手だな」


 フィッテを拘束していた男は、近くに居る鼻息が荒い手下の一人の詰寄りにうんざりしたのかあっさりとその場を退いてフィッテの紺色のスカートへと視線を送る。

 交代で手下がうるさいぐらいに鼻で息をし、圧し掛かり身体をあちこり触りに掛かろうと腕を伸ばす。

 それに続く形で、最初の男以外はほとんどフィッテへと群がっていく。

 

「セ、レナちゃん……たす、けて……っ!」

「くそ! あんたら唯で済むと思うなあああ!! こんな格子なんて!」

 

 フィッテの涙声の願いも空しく、セレナは今も為す術がなく黒の鉄棒をがむしゃらに揺さぶるしか出来ない。

 フィッテが押さえつけられる前に試してはみたが、びくともせずただただ絶望に支配されるだけである。


「全く、もうちょっとで解けるんだから大人しくしてれば可愛いんだけどな~。これじゃあ猛獣じゃないのかな?」

「うるさい! 私にとってはフィッテは大切な人なの! 絶対に失いたくない人だから仕方ないじゃない!!」

「ふむふむ。大切な人を絶対に失いたくない、か……。いいよいいよ! そういうの聞くとぶち壊したくなるからさぁ!!」


 ルガラが手の平をかざして握り拳を作る様は、いかなる希望が訪れようとも全て叩き潰すという意味に取れる。

 現にルガラはセレナを閉じ込めておきながらにして、次の創造魔法の詠唱はほぼ完了していた。

 創造魔法は一つだけしか発動出来ないが、発動さえして詠唱速度が速い魔法だったらすぐに次の魔法を放つ事が可能だ。

 ルガラも当然、その戦闘法をしている筈なのでダークプリズンを発動したら別の創造魔法を唱えない訳がない。

 

「さぁて、セレナお姉ちゃんにフィッテお姉ちゃん。次で終わりにしようか! ダークプリズンももう終わりだ、し……」


 その時、ルガラのセリフを遮ってルガラの手下が吹き飛ばされるのを誰しもが目に入れた。

 同時にセレナを閉じ込めていた絶望と隔離の黒い牢屋が粉々に砕け散り、甲高い音を周囲に響かせたがそちらなど眼中にないくらいに驚きに値する事が起きている。


「フィッテ、セレナ、本当にすまん。……助けに来た」


 声の主は、フィッテを最初に地面に伏せたフード姿の男だ。

 顔を隠していた部分は取り払い、力強い眼差しを放っている。

 低かった声は感じさせず、本来の明るい青年を印象付ける若い声がフィッテとセレナの耳に届く。

 男は剣の鞘で思い切り振り回して、フィッテに跨っている手下をルガラの方へと飛来させる。


「ほら、もう一丁っ!!」

「ぐぉっ!?」

「あ……グラーノ、さん……っ」

「うん、グラーノさんだね。【アイシクルブランディッシュ】!」


 フィッテはようやく自由の身になった体を起こし、救世主の顔を肉眼で捉えた。

 セレナは少しは怒りが収まったものの、こちらも好き放題に動けるや否や、即座に氷の大剣を発現させると近場の一人を斬り伏せる。


「なん……ど、どういう……?」

「どういうもこういうもあるかよ、ルガラ! てめえらアルマレストを潰しに来たんだよ!」


 グラーノはルガラに対して怒鳴っている最中も、手下を次々に飛ばしていくのを怠らない。

 この間にセレナはフィッテへと駆け寄り、抱え起こす。


「ごめん、ごめんねフィッテ……」

「ううん……ありがとう、セレナちゃん」


 ルガラは目の前で起きている事が理解できずにぼうっと立ち尽くすが、脳内で状況を整理するといつもの人を小ばかにしたような笑みを漏らす。


「ボクの仲間に成り済ましたんだね。小汚いことをするね、お兄ちゃん?」

「ハッ。てめえなんぞに兄呼ばわりされる覚えは無いけどな。どちらにせよ、理解出来た所でもう終わりだ!」

 

 グラーノは周りに居る手下を全て吹き飛ばした後に、鞘から剣を抜き放つ。

 昼前の日差しを浴びて光る剣は妖しく輝き、命の一つすら容易く飲み込むだろう。

 ルガラの創造魔法を警戒しているのか、中々一歩踏み込もうとはしない。

 セレナは氷の大剣を構えてフィッテより前に出て、フィッテは立ち上がって手を組んで詠唱開始をしている。

 一方のルガラ側は手下が後方に倒れ、それぞれが起き上がるのに少々の時間を必要としていた。

 すぐに起きれないほどの威力をグラーノは与えたのか、手下の呻き声が聞こえてくるのを耳にしたルガラは舌打ちをしてフィッテ達と一人、対峙する。


「ボクの仲間にはもうちょっと頑張って欲しかったけど……しょうがないなぁ~。【レイドブレイド・ワールド】!」


 ルガラの創造魔法が発動されたのをいち早く感知したグラーノは、空を見上げて呟いてから大声で叫ぶ。

 

「おいおい……剣かよ……。クソ、剣の雨かよ!!」


 グラーノが天に届かんばかりに声を張り上げたのは理由があった。

 フィッテとセレナは音量に驚きつつも首を上に上げ、理由を察する。


「え……? 本当に剣が、降って来てる……」

「いいからフィッテ、私から離れないで!」


 セレナは敵を斬り伏せた剣を掲げて、空から降り注ぐ剣に対抗する。

 口を開けたまま放心するフィッテを守る為でもあるが、この創造魔法を見極める為の様子見でもある。

 刃渡り一メートルはあるかと思われる長剣が一本一本精密に作られ、地面に向けて突き進む様は驚愕に値するだろう。

 矢が一本上空から降るならばともかく、数本の剣が空高くから落ちてくるなんて誰が思っただろうか。

 それでいて剣が雨のように降りしきる程の量ではない。

 人が歩いたり回避できるぐらいの少なさではあるが、そちらに意識を割かないと頭を貫通されかなねない。

 この魔法は敵味方問わず攻撃しているようで、ルガラの手下達も手持ちの剣や斧などで防いでいる姿が見られる。


「まるで投石でもされてる気分だぜ……」

「全くですね。それで、策はあるんですか?」


 視線はひたすら上空へと注ぎ、グラーノとセレナは懸命に手持ちの武器で払い落していく。

 お互いが何かに期待するような顔をしているのは言うまでもなかった。

 何故ならば、この剣の雨を何とも思っていないのかルガラはこちらへと近付いてくるからだ。

 ルガラの側を一本の剣が衝突して、音も無く細かい粒子になり散っていくがさも当然のように目線を向けようともしない。


「策があったらこっちから飛びつきたいぐらいだ。……とりあえず、だ。フィッテをしっかり守ってやってくれ」


 グラーノは上空から襲来する剣へ武器をぶつけて消滅させながらも、ちらちらとルガラへと視線を送る。

 

「アハハ、手も足も出ないとはこの事なのかな? 今の内にボクは創造魔法の詠唱に入ってるけど、それでもボクを止められると思ってるのかな。だとしたら相当愚かだろうと思うけどね!」

「ふん、止められるじゃなくて止めるんだよ。てめえらのふざけた行動で町がこんなになってるんだからなぁ!」

「だったら言葉じゃなくて、行動で示してみたらどうかな。まずはこの雨をどうするのか見せてよ!」

「じゃあ、これならどう?」


 彼等の会話に割って入ったのはセレナであった。

 傍らに落ちゆく魔法の剣を防御するかと思いきや、地面スレスレで柄を掴みルガラへと投げつけた。


「っとと、セレナお姉ちゃんすごいね! もっとボクに見せてよ!」


 回転しながら水平に飛んでいった剣はルガラへと向かったが、易々と跳躍で回避されて後方に居た手下の一人に刺さった。


「ぐぉ……! だんちょ、う……」

「ん? 君達生きてたんだ。だったら大人しくしててほしいな。死にたくなかったらさ」


 ルガラは跳躍の最中、声だけで判断し後ろを振り向かずにフィッテ達を睨み付ける。

 伝わったのかはさておき、セレナが引き続き剣を投げつけてきてもそれ以降は手下の断末魔は届いてこなかった。

 グラーノも凶器が降り注ぐ中、自分でも剣を掴んでみせてルガラへと投擲していく。


「ったく敵の魔法を利用するとかやるじゃないか、セレナ」

「策が浮かばないなら、作る。こういうやり方もあるってことですよ!」


 そんな中、フィッテだけがセレナの氷の大剣に守られながら三人の戦いと外野を見つめていた。

 今の彼女に出来る事といったら、足手まといにならないことぐらいだろうか。

 フィッテは密かに詠唱をしている。

 この一手で戦況がどう変わるか分からない、だけども自分も役に立ちたいという気持ちは人一倍強かった。

 自分が弱いから、まだまだ経験が足りないから、色々未熟な部分を今思い返しても仕方がないと思いルガラの行動を見守り、機を待つ。


「フィッテを守らないといけないとはいえ、この剣投げ戦法は悪くないな」

「ですね。グラーノさん、同時に投げれますか? せーの、で一緒に」

「ああ、了解!」

「「せー、のっ!!」」


 グラーノとセレナの二人は敵側の剣を持ち、息を合わせて投げつける。

 ルガラの方向から左右どちらとも追い詰めるように投げたので、すぐにでも前に出るか少しの距離を後退することでしか無傷で済む方法はない。

 

「っと! やるねえ! でもそんなんじゃボクは……」

「【フレイムバレッツ】」


 ルガラの着地を狙って創造魔法を発動させたのはフィッテだ。

 組んだ手を解き、突き出した手の平からオレンジ色の球を生み出していく。

 子供を一人飲み込むには十分な球がオレンジ色の尾を揺らしながらルガラ目掛けて突進する。

 地に足を付け、火の球を認識し避けようと足を動かす頃には火球が獲物へと噛み付き爆発を起こす。

 

「なん、う、嘘だ、よね……?」


 ルガラの言葉を遮るように、続け様に火の球が二個喰らい付き更に爆発音を響かせた。

 セレナに守られながら放った炎の魔法は三個全て命中し、ルガラの周辺を灰色の煙が覆い敵の視認を困難にさせる。

 

「これが、私の創造魔法です……!」


 フィッテの意思の強さが具現化したような魔法だった。

 ルガラの方は姿が見えず、声も聞こえない。

 剣の雨も止み、青空を見ていると心が落ち着く気がする。

 

「アハハ……アハハハハハ!!!」

「!?」


 煙が晴れたと思いきや、そこには衣服が所々破けたルガラが両手を揚げて笑っていた。

 傷付いた箇所からは出血が見られるが、垂れる程度に収まっている。

 ルガラはまだ生きていた。

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