牢屋
フィッテの通行している横道は隣の中央通りと違い、静かだ。
(……セレナちゃん達以外の場所でも、武器同士のぶつかる音が聞こえる気がする……)
ひっきりなしに聞こえてくるのではなく、時折というか何かのタイミングで剣戟をしているようにも聞こえる。
ガンセの言っていた、現時点で戦闘可能要員が『アルマレスト』の三人以外の誰かと戦っているのだろう。
今こうしている間にもこちら側の味方が傷付いているのかもしれない。
けれども彼女の今の目的はどこかで戦っている味方の援護ではない。
一刻も早くこの道を通り過ぎて、セレナの所に行き足手まといにならないように戦う事が目的だからだ。
とはいえ、息も絶え絶えの時にたどり着いてしまって敵であるルガラに目を付けられ集中攻撃をされては意味がない。
だからフィッテは体力を抑えつつも、可能な限り控えめに走っている。
魔力も魔力で、朝のグラーノとの訓練と創造魔法作製でかなり削られているのもあり彼女は若干の焦りを感じているが、何も一人で巨大な石の剣を降らせたルガラと戦う訳ではないので残りの魔力量に関しては気にしないことにした。
「……こんな私でもセレナちゃんの力になれるとしたら、急がなきゃ」
自分を鼓舞するように独り言を言うと、少しだけ走行速度を早くする。
微々たるものではあるが、彼女なりに急ぎつつも自身が疲れない方法でもある。
また、セレナと合流出来るように時々中央通りに一瞬だけ顔をだして位置を把握するのを怠らない。
進んでいる横道の西へと首を向けると、似たような幅の道で複数の人間が刃を交えていたり青白い光を上空から何本も降らせている場面が映った。
通り過ぎる時にちら、と見えただけなのでどちらかが敵か味方かは分からない。
申し訳ないが、フィッテにはその者達の無事を祈るぐらいしかできないのだ。
「……それにしても、こっちは安全みたい。このまま無事に着ければ……」
呟きが吸い込まれるように消え、今歩いている道にはフィッテ以外の人間や魔物はいない。
それこそ、最初鎧達が襲撃してきたように別の世界へと切り離されたかのようだ。
そんなことはない、と頭を左右に振り不安を消し去るかのように中央通りへと顔を出す。
視界の左側には、セレナが後退しながら氷の針をルガラへと射出している場面が映った。
右側は離れた場所でレルヴェとヴェレと呼ばれる銀色の鎧が激しい攻防を展開している。
無論、フィッテはすぐさま左方向へと足を進めた。
「お待たせ、セレナちゃん」
フィッテはセレナの隣に並び、共に戦う敵を見据える。
「……少し遅かったのはレルヴェさんが原因だね、恐らく」
「う、うん……ガンセさんが横道を使え、って言ってたし何よりレルヴェさんは近寄りがたそうだったのもある、かな」
セレナは一瞬苦い顔をした後に嬉しさを表す笑みを作った。
フィッテ側に苦い顔は見られていないのか、フィッテからは何も言ってこない。
出来る事ならフィッテが来る前にルガラを片付けたかったのと、これから加わる戦いに巻き込まなければいけない罪悪感の二つが彼女が苦しそうな顔をした理由だ。
ごめん、フィッテ。と心の中で付け加えながら。
「あれ? 足が震えてたお姉ちゃんまた来たの? ここはお姉ちゃんみたいな臆病者が来るべき場所じゃないんだけどなぁ~?」
ルガラは口調こそはふざけてはいるものの、赤い目は一向に笑っていなかった。
フィッテ達よりも身長が低いのに、何故か近寄り難い雰囲気を放っている。
フィッテが感じているだけで、セレナにはどうということはなかったら戦闘経験の違いかもしれない。
「……どこまでフィッテをバカにすれば気が済むの」
「ま、まあまあセレナちゃん。……え、とルガラさんですよね? 私はあなたに質問があるんです」
今にも飛びかからん勢いのセレナを手で制して、フィッテは恐れながらも一歩前に出る。
ルガラは一瞬目を丸くしてから、最初に出会った時のように腹を抱えて天高く笑った後にフィッテを一睨みした。
「このボクに質問? 舐めてるのかな?」
「舐めてるのはそっちでしょ!? あんたの仲間がフィッテの両親を殺したんだから!」
蛇に睨まれた蛙のように、たった一つの行動ですくみ上がってしまっているフィッテを庇うようにセレナは前に出て怒りをぶつけた。
対してルガラはその事を何とも思っていないのか、ぶかぶかの長袖をぐるぐる回して遊んでいる。
「ヴェレとヴェヌはちょっとやり過ぎたんだよね。ボクの創造魔法の試し撃ちにラウシェの町を選んだだけなのに、それをいいことに関係ない人まで殺すなんてさ~。まぁ、ボクにはどうだっていいけどね」
「じ、じゃあ、私のお父さんとお母さんは……」
「ん~? 無駄死に、ってやつなんじゃないのかな~? ヴェヌに殺された他の人も含めて、さ。元々ボクの創造魔法『コンファイメント』は閉じ込める性能なんだけども、奇襲用に考えたからあながちヴェレとヴェヌのした事は結果的に助かったのかなぁ? この魔法でやりたい事も出来た事だし」
フィッテの泣きそうな顔と問いかけに対して、ルガラは心底興味が無さそうに自分の世界に没頭する。
その行動とは別に、フィッテの中で何かが弾けたような音がした。
今まで滅多に見せることのなかった感情がむき出しになる。
「…………ふざけないで下さい」
「……フィッテ?」
彼女の声は小さく呟いた程度ではあるが、セレナの耳にはしっかりと確かな憤りが届いた。
「ふざけないで下さい! どうしてあなたの仲間に私の親が殺されなきゃいけないんですか? 無駄死に? 私を庇って死んでくれた人に対してそんな言葉、似合いませんよ。お父さんは私の代わりに玄関に立ち殺され、お母さんは私とセレナちゃんを守ってくれました! これでも無駄だと言うんですか!?」
「うん、無駄だよ」
フィッテの普段見る事のない表情を、ルガラは嘲るように極めて清々しいなまでに笑顔で再び口を開く。
「代わりに死ぬ? 守る? 弱い雑魚が言うセリフなんだよね、そういうのはさ。ボクの仲間は個々の能力が高く、創造魔法もそれなりのものを備えさせて単独行動を許している。ヴェレとヴェヌに襲われておいて、どちらか、又は両方を倒せない時点で無駄死にって事だよ。分かったらさっさと足が震えてたお姉ちゃんは家に帰って……」
ルガラが途中で言いかけたのには理由があった。
フィッテの前に出ていたセレナがたじろぐ程に、フィッテの拳がわなわなと震えていたからだ。
「……取り消して下さい! お父さんとお母さんは強いんです! 弱くなんか……」
後半の彼女の言葉は、次第に弱くなっていきセレナですら聞き取ることが出来なかった。
声が弱々しくなっていったのには、目に涙を溜めているのが原因である。
さっきまでの勢いはどこへやら、怒りから哀しみへの感情に変わったのを見てルガラは言葉の刃を深々と刺していく。
これから起こりうる戦いに影響するように、心から一生消えないように。
「アハハハハ! もしかして、お姉ちゃんって両親が死んだから創造魔法を使って強くなろう、とか下らないこと考えてるんじゃないかな? そして、あわよくばボク達『アルマレスト』を倒してやる! とか息巻いてるってのがボクの予想かな。……ザコが束になっても敵わないように、弱いお姉ちゃんがボクに勝てるわけないよ! 大人しく、っとと!」
フィッテに対して罵詈雑言に取れる負の言葉で精神的なダメージを負わせたルガラは、言葉を中断させられる。
「【アイシクルブランディッシュ】! それ以上フィッテをバカにするな!」
身の丈以上ある長さの氷の剣を手に持ったセレナがルガラへと袈裟斬りを放つが、間一髪という所で後退跳躍で避けられてしまう。
着地の瞬間を狙って、今度はフィッテが創造魔法を発動させる。
「……【スイフトスラスト】!」
魔法名以外のことは言わずに、フィッテは近距離も行なえる銀色の矢を放つ。
だが、タイミング良く着地からすぐに動けないのに銀色の矢は刺さる事はなかった。
「ふぅ~ん、お姉ちゃんみたいなトロそうな人でも創造魔法って創れるんだねっ! 感心感心。でもね、ただの飛び道具じゃボクは倒せないよ!!」
何故ならばスイフトスラストは後一歩の所でルガラに掴まれ、尚且つ笑顔で銀色の矢を投げ返されたからである。
フィッテは驚いた顔をし、虚を突かれたようで隙だらけだがセレナが被弾を許させない。
「はぁ……まさかフィッテの武器が襲い掛かってくるなんて想定外だよ。でもね、ルガラの好きにはさせないよ!」
氷の大剣を構えたセレナは、切っ先をルガラへと向け高速で貫こうとする。
だが、動きが見えているのか読まれているのか通じる事はなく、右に動いて軽々しく避けられてしまう。
「く、このっ……ちょこまかと動いて、うざったいったら……!」
「あははは! こっちの怒りっぽいお姉ちゃんとは楽しめそうだよ! 全く、あっちのお姉ちゃんはあんな飛び道具しか持ってきてないんだもん。退屈で退屈でしょうがないよ」
「だから、フィッテをバカにするなって、言ってるでしょ!!」
セレナの中で血管が切れたかのように。
これっぽっちも笑っていない表情のセレナが、ルガラへと大剣をいつでも振り下ろせるように突撃していった。
「【ダークプリズン】」
ルガラの抑揚の無い声が耳に入ると同時に。
「な、なに、何なの……!?」
セレナの周りには一本の黒色の鉄棒が出現し、いくつかの鉄棒が現れたかと思うとあっという間に縦横無尽に組まれた棒の檻が出来上がった。
強固な壁にも感じたフィッテは、すぐさま牢屋を破壊しようと創造魔法の詠唱を試みる。
「せ、セレナちゃんごめんなさい私のせいで……。い、今助けるから!」
「ううん、バカ正直に特攻した私が悪いんだし……。こっちでもやってみるね」
今にも自分の非を全力で詫びる勢いのフィッテは、目に透明な粒を浮かべつつも詠唱をしていく。
詠唱に関してはセレナも同様で、得体の知れない牢屋に捕らえられてもパニックに陥ることなく冷静に脳内に魔法を構築していく。
「あーあーこういう友情物は嫌いなんだよねえ。いかにも、私が、俺が守る! とか下らないこと言っちゃってさぁ! ちなみに一分間は牢屋のままだし、その間に牢屋を壊せると思ってないから二人がこれからどう抗うか楽しみだよ!」
ルガラが憎しみに染まったかのような釣り上げた目で二人を睨み、指を鳴らす。
何かの合図と感じたのか、わらわらとどこからともなく人が集まり出した。
生まれ出たというより、建物の影からスッと姿を現した感じでフィッテが周りを見ておおよそ10人の姿は見られる。
フィッテの来た横道や、建物の屋上、今戦っている中央通りの北から、建物の影から現れる者など。
いずれもフィッテ一人ではどうにかなりそうにない、と思ってしまうほど全員が全員何らかの武器を所持している。
「ルガラぁ!!! あんたって人は……っ!!」
「ふふふふ、あははは、あははははははっ! お姉ちゃんのそういう顔をボクは見たかったんだよねぇ! いいよいいよ、そうやって憎んでいった挙句に死んでいってよ!」
「ど、どうしよう、セレナちゃんも助けないといけないのに……」
フィッテの絶望に取れる顔と共に、ルガラの味方達はフィッテとセレナ目掛けてじりじりと歩いていった。
こんな時に限ってレルヴェはガンセの助けに行っているし、グラーノは西門の警備強化に、ガンセは未だに戦っているだろう。
こんな時だからかもしれない、とフィッテは思う。
いつもいつも誰かに助けてもらってるばかりでは、成長なんて夢のまた夢なのかもしれない。
でも、フィッテはやがて発動する創造魔法だけではこの状況を打破できないと気付いてしまう。
銀の矢や、火の玉三連発では群がる敵を打ち倒せないと悟ったのだ。
「【スイフトスラスト】! こ、これで……!」
それでも諦めずにフィッテは銀の矢を牢屋へとぶつける。
二回程衝突させた所で城壁にも匹敵するのではないか、というぐらいの堅さを体感し一つの言葉を漏らす。
「だ、誰か助けて下さい……お願いします……!」




