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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
33/78

狩人

 レルヴェは未だに銀の鎧と刃でぶつかっていた。

 周りの状況で言うならば、ガンセが真っ赤な鎧と睨み合いになったまま動かなくなり、フィッテは子供を引き取りに来たアイディスと話をしていて、セレナがスイフトアローを持ちストーンレイドブレイドを降らせたルガラと名乗る少年に斬りかかっている所だ。

 その為か、セレナの姿は前に有りフィッテとガンセはほぼ同じ位置に居た。

 距離で例えるならば、前後どちらかとも10m以上は離れている。

 つまりレルヴェはこの戦いを終わらせる事が出来れば、どちらかの加勢に行けるはずである。

 ……その筈なのだが。


「ったく、私は戦闘が好きな方だけども。こいつの相手はつまらないというか何と言うか……」

「……」


 レルヴェは一度退き、片手剣を構え直す。

 一方で銀の鎧は一言も声を上げずに防御に徹していた。

 この行動が気に食わないのか、レルヴェの中で沸々と感情が沸いていた。

 自分は話しながら刃を交えるのが楽しかったのか、今の戦いにはいつも感じる嬉しさが無い。

 フィッテを町に送る時に遭遇したテンタクルポールは人ではないので、会話など求めてはいないが人を相手にしている場合は違う。

 同じ人である以上は喜びや、怒り、悲しみなどの感情は少なからずあるはずだ。

 レルヴェがどこか腑に落ちないのはそういった人間の感情を感じ取れないからなのだろう。

 

「……ルガラって奴を守った時に喋ったきりかい。何か話したらどうだい?」

「……」


 レルヴェは片手剣を放り、次に生まれ出た弓の弦を引いて矢を放った。

 若干の苛立ちが混じった矢は銀の鎧の胸に向かうが、手で振り払われて撃ち落される。

 鎧の行動が腹に立ち、レルヴェは創造魔法を発動させた。


「まあいいけどさ。じゃあ、あんたの苦しそうな声を聞くまでさ。名前は銀の方はヴェレ、赤いのがヴェヌでいいんだったね。……いくよ、【アイシクルグレイブ】!」

 

 彼女の前方の地面が冷やされ、大人の身長を超える一本の鋭利な氷塊が突出する。

 一本だけで済まずに、氷の槍が次々に生え出て蛇行しながら地面を割っていき、ヴェレの方に進攻していく。

 言葉を発することなく迫り来る氷を見ていたヴェレはやがて動き出した。

 左へ跳んだヴェレは自分の身長以上はある大剣を斜めに構えて、レルヴェの見えない武器からの攻撃を防ぐ。


「ふ、そうこないとねぇ。あっさり倒れたら倒れたで、そこまでの奴と判断するけど、さ!」


 敵の間合いまで踏み込んだレルヴェは、発動を終えて時間経過により崩壊を迎えた氷塊に目もくれずに両手持ちした槍でヴェレに突きを放つ。

 それでも徹底防御の構えには通じる事はなく、次の手段を余儀なくされる。

 この防御を予想済みだったレルヴェは次の攻撃に移った。

 槌へと変化した武器を手に、力任せに振るったレルヴェは鈍い手応えを感じる。

 鎧の反撃が来る前にすぐさま手に握っている手投げ斧で、鎧の大剣の上を縫うようにして投げた。

 危機を感じ取った鎧は右後方へと後退し、凶器を辛うじて避けていく。

 避けた鎧の後方が店なのを確認すると、レルヴェは素早く魔法を撃つ。


「さて、こいつはどうかな。【フリーズショット】!」


 地から氷塊が終わったかと思うと、休む暇もなく間合いが把握出来ない武器で攻められて今度はレルヴェの前方から小さな氷柱がいくつも放たれてきた。

 逃げる隙間すら無さそうな氷の小雨は、鎧に数個激突していき氷が甲高い破砕音を響かせる。

 このままでは被弾ばかりして傷を負うと判断した鎧は、1m以上の長さの大剣を縦に構え柄と腹を持ち盾にした。

 店の壁にもいくつか刺さるが、被害は可愛らしいもので小さな穴が複数出来上がるが室内までは貫通していない。

 けれども、同じ箇所に連続で刺さろうものなら貫通し内部に風を送り込むだろう。

 レルヴェがそこまでしてこの魔法を発動したのは、足止めに他ならない。

 数分前に放ったアイシクルグレイブもそうだが、致命傷を負わせる為の妨害策だと彼女は割り切っている。

 

「へぇ、デカイばかりが取り柄の剣にそんな使い方があったとは驚きだよ。だが、そのままだと横ががら空きさ!」


 フリーズショットの発動から間もないレルヴェが、自らの魔法を恐れずに鎧の側面へと回りこむ。

 下手すれば、怪我を負い戦闘に支障をきたしてもおかしくはないのに彼女は何の躊躇いもなく氷も弾幕へと踏み込んでいく。

 ヴェレからすれば到底理解出来ない行動だった。

 迷いすらなく、ただそこに飛び込むのが当然としているレルヴェの顔が兜越しに見える。

 彼女は戦闘をするのが楽しいからか、憎しみや悲しみの感情ではなく嬉しそうに舌で唇を舐めまわしていた。

 まるで極上の獲物を見つけてしまい、どう料理するか悩んでいる狩人のようでもあった。

 

「もらった!」


 レルヴェは腕や腿に刺さる痛みを感じていないかのように、高々と自分には見える透明な斧を掲げ振り下ろした。

 丁度フリーズショットの最後の攻撃が終わったのようで、氷柱の数は残り少ない。

 けれども、その何個かは二人に当たるだろう。

 そしてレルヴェの行動には氷が刺さっても攻撃をやめないようになっている。

 近距離まで近付かれ、ヴェレの攻撃の選択肢は絞られた。

 斬り上げや斬り下ろしは動作に時間が掛かり、今からでは間に合わない。

 やがて狂気の刃が鎧に刺さろうとした時。


「【ヘビィレスト・デスサークル】」

「っ!?」


 刃を交えて以降沈黙を守ってきた鎧が、初めて口にした言葉は創造魔法だった。

 死の匂いを感じさせる黒い霧を発し、握り拳ほどの厚みをもったサイズの黒円がヴェレから放出される。

 至近距離で得体の知れない攻撃に出くわしたレルヴェは、ひとまず防御しようと手持ちの双剣を十字に構えて黒円に備えた。

 しかし、彼女の中の本能が避けろと告げる。

 既に一秒を待たずに武器と円が触れようとしていた。

 

「ちぃ!」


 レルヴェは舌打ちしながらも、後退しつつ防御を怠らない。が、迫り来る円からは逃れられずに武器の刃とぶつかってしまう。

 武器と円が衝突した直後、レルヴェが後方の飲食店に向かって弾き飛ばされた。

 正確にはレルヴェの方が吹き飛ばされたのが正しいか。

 後方の壁は壊れこそはしなかったが、一部でひびが入る。

 気を失うことすら許さずに、レルヴェはすぐに体勢を整えた。


「当たると吹き飛ばす重みの一撃って訳かい。だったら避けるまでさ」


 ヴェレから周囲に向けて出される黒の円は、背後にある店の壁を砕き内装を露わにする。

 内部に人こそは居ないものの、修復には時間が掛かるだろう。

 レルヴェはそんなことを考えながらも、反対側の店にまでは届かない創造魔法に目線を送る。

 とはいえ、もう少し距離を詰めようならば即座に吹き飛ばされるのは目に見えていた。

 回避しなければ近付くことすら出来ない訳だ。

 

「もう一度頼むよ。【アイシクルグレイブ】!」


 水色の槍がレルヴェを庇うように地面から隆起し、銀色の鎧へと突き進んでいくが分厚く広がる円に衝突した瞬間に一つの氷槍が砕け散りあちこちに弾け飛び、動物の鋭利な歯が欠けたように地面につまづきそうな部分の塊が生えているだけになった。

 使い物にならなくなったのは一つだけで、残りは円の動きから逃れるように進む。

 レルヴェはこちらに飛んでくる氷の欠片を避け、他の氷塊が無事なのを確認すると黒色のサークルの真下をくぐった。


「っと、どうやら当たらない限りは吹き飛ばされないようだねぇ」


 自分の創造魔法を囮にし、どのぐらいの範囲で攻撃が影響しているか確認するとレルヴェはもう迷わない。

 未だにヴェレからはヘビィレスト・デスサークルが発動しているようで鎧の周囲からは黒く、漆黒と呼ぶに相応しい円が放出されている。

 それをただの障害物と認識している彼女には通用しない。

 同じ感覚で、同じ厚み長さで来ようが当たらなければどうということはないからだ。

 レルヴェは遠距離の攻撃魔法も所持しているが、彼女自身が遠くからちまちまやるのは性に合わないのか近距離で撃破するのが困難な時や、空を飛びまわって近接戦が行なえない時など補助的な割合が高い。

 結果的に正解なのか、もし遠距離攻撃が黒い円に当たれば弾き飛ばしでこちらに跳ね返ってくることもあるだろう。

 いくつもの円を退屈そうに低姿勢でくぐったレルヴェは、ようやく銀色の懐まで辿りついた。

 一定のリズムで撃たれた黒円は近付かれたからか、もう出現することはない。

 勿論彼女はそんなのにお構いなく、しゃがみながら不可視の鎌で左足を薙いだ。

 ヴェレは避けれずに甲冑の一部ともいえる、グリーブを鎌で切り裂かれた。

 足の側面を攻撃されて防具ごと切断されるかと思いきや、威力が殺されたのか骨にまでは至っていない。


「っ負傷」


 ここに来て初めてヴェレが人の声とは思えない歪んだ声に、戸惑いを含んだ。

 怪我をする事が珍しいのか、今まで損傷がなかったのが声からは感じ取れる。


「ふっ、いい声出すじゃないか。こうじゃないと人間かどうか疑ってしまう所だからねぇ」


 レルヴェは人間味のある声に喜び、唇を舐めた。

 悪人のような言動だが、銀色の鎧はフィッテの両親を殺している。

 その事を知っていてレルヴェは銀色の鎧に立ち向かい、傷を負わせた。

 彼女は今自分のしていることに迷いは無かった。

 ヴェレの怪我をしていない右足のつま先が飛んできて、蹴りだと判断したレルヴェは後退しながら立ち上がり、握った透明な刺突剣でヴェレの大剣が振るわれる前に踏み込み突きを放った。


「悪く思わないでくれるかい。いわゆる因果応報ってやつさ」

「……無、念っ……」


 レルヴェが狙った箇所は胸の真ん中、心臓部分だ。

 心臓をきっかり狙えずとも、連続で心臓に近い部分を突くから何の問題は無かった。

 片手剣、槍、斧槍、大剣と生成されるや否や、これでもかと深く突き入れる。

 その間にもヴェレは微動だにせず、抵抗すら行なわない。

 レルヴェは一息吐くと大槌の柄を掴み、鎧の損傷した場所へと横に勢い良く振り回した。

 鎧を更に砕く感触と確かに葬った手応えを自分の手で感じたレルヴェは、店の奥に飛んでいくヴェレに近付き息を確かめる。


「さてさて、苦戦はしてしまったが勝てて何よりさ。……ガンセかフィッテとセレナのどちらに行くべきか……」


 ヴェレの鼓動が無いことを破壊した鎧越しに確認したレルヴェは、店内から出て中央通りに出てどちらに加勢しにいくか見回した。

 セレナとフィッテも魔法でルガラと応戦しているようだが、ガンセの方は煙のせいで敵の姿すら見られない。

 一先ず、行く地点が決まったので動き出すレルヴェであった。

 彼女の顔はヴェレだけでは物足りない、と訴えているような目がギラギラとしている。

 狩人、などと呼ばれても違和感のなさが今のレルヴェには見られる。

 フィッテが見たら敵じゃなくてよかった、と畏怖するほどに。

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