落剣
「ほう、フィッテはガーダーを倒したのか」
「は、はい。……とはいっても、セレナちゃんのおかげなんですけどね」
「またまた、フィッテは謙虚すぎだよ! あ、レルヴェさんここはどうですか?」
「この店はこの前行ったら、かな~り待たされたからねぇ。別の所にしようか」
「他の所だとちょっと歩いた所にある。ここらへんは値が張るのがいくつかあるからパスだな」
飲食店などの両側に店を構えた中央通りを歩いている五人は、あーでもないこーでもないと話をしながら昼食場所を選んでいる。
知り合い同士などで人が集まれば自然と会話をし、特に多数の飲食店があるこの中央通りでは人々の騒音で多少大きめの声でないと届かない。
先頭がグラーノで次にセレナとレルヴェが横に並び、ガンセとフィッテは彼女達に付いていく形だ。
レルヴェは最初後列に居るはずだったが、セレナが昼飯の事を頻繁に聞いてくるのでこうして前列を歩いている。
時折ガンセの質問に答えているフィッテは、その時の状況を思い出しながら返答した。
時々なのは、ガンセに続いてセレナもフィッテに質問を投げてくるからだ。
「フィッテは、その……ごはんどこか決めた?」
「ん……正直言うと迷ってる所かな。どの店もおいしそうに見えちゃって迷う、というのが私の理由なんだけどね……」
彼女達が歩いている間にも、人が増え始めてきている。
これは早めに決めないと……と思っているセレナは、とある一軒の店に目を付けた。
ブラウンの屋根の一軒家に、庭はテーブルとイスが設置してある店だ。
室内で五人がバラバラにならないよう、大人数用の席がちらほら空いてるのがガラス越しに見えた。
外に配置されている小さな立て看板には、洋食メニューが書かれており値段は安めである。
客もぼちぼち入り始めているので、混むのは時間の問題だろう。
「レルヴェさん、ここなら……って、ガンセさん? 何かあるんですか?」
セレナが言い淀んだのに気付き、赤を基調とした紺色のスーツを着こなしているガンセに目線を移す。
彼は人の波の中、ただ一人棒立ちになり何の変哲もない空を見上げている。
フィッテも倣って髪をなびかせて顔を上げるが、昼前ということもあり太陽の光が地面を照らし、小さな雲は流れるだけで特に変化はない。
「ガンセさん……私の眼からでは異常は見えないです……」
「あ、ああ、すまん。目が疲れてるのかもな」
その後に、いや、だが一瞬……。と呟いたのをフィッテは聞き逃さなかった。
「ガンセ、疲れてるのならば今日のパーティーはやめておくかい?」
「いや……一日たりとも油断は出来ないからな。気にしないでくれ」
「ならいいけどねぇ。無理はしないでくれよ」
「ああ」
レルヴェは振り向いた首を戻すと再びセレナと場所の選定に移る。
グラーノも会話に混じりながら左右の店に目を向けている。
どうやら先ほどのガンセの呟きは、フィッテだけにしか聞こえなかったようだ。
気になったフィッテは、おずおずとガンセへ声を掛けた。
「が、ガンセさん……先ほどの呟いていた台詞は違和感でもあったのですか?」
「……聞かれてしまったか。空が、波紋を描いた気がしたんだが……やはり目の疲れかもしれないな」
「もしかして……『アルマレスト』の襲撃なのでは……」
「考えられる。もし奴等が来たら町人の避難は任せてくれ、対策はしてある」
奇襲の可能性を考慮しているのか、ガンセは町人に関して自信ありげに歯を出して笑顔を作る。
町人の避難に自信がある彼が笑顔で言うのだ、大丈夫だろう。
フィッテはガンセの言っていた波紋を見るべく、青空を眺めた。
だが少し前と変わらず、雲が延々と流れていく景色が続いている。
何もないですね、と言おうとしたフィッテはガンセの真剣な表情に驚く。
「……剣だ!」
え? と戸惑う前に異変は起きた。
フィッテから少し離れた前方の空高くに人間の身長を一回りも二回りも大きく、岩の塊に見間違う巨大というべき灰色の剣が一本、唐突に降ってくるからだ。
剣の影によることで、近くの歩いていた人達も気付き慌てて逃げ始めた。
「くそ……! 住民の避難もしなければ……『アルマレスト』かもしれん!」
「待ちな、あの剣の下には子供が居る! こっちの解決も先さ!」
全員の視線は逃げ惑う人に向いていたが、頭上の剣の影を見て足がすくんで動かなくなってしまった子供に集中している。
周囲の人は逃げるのに必死で、子供には目が行かないどころかぶつかっていく人も多かった。
「じょ、冗談じゃねえ、逃げろ!」
「どけ! 邪魔だ!」
「う、うえぇぇ……だれかぁ……」
逃げる事を放棄して泣き叫んでいることから、今すぐに助けないと圧殺されてしまう事は明らかだ。
「レルヴェさん! 私のウォールで耐えられないでしょうか!」
「とりあえずセレナは魔法を頼むよ! 私は走って助けてくる!」
レルヴェはセレナの答えを待たずして矢の如く疾駆した。
彼女は歯を食いしばりながら子供の元へ向かっていく中、フィッテはグラーノとの訓練のように拳を握りしめて俯いた。
「私にも……何か出来ないでしょうか」
「フィッテ、全部が全部自分で出来るとは限らない。グラーノはともかく俺はこれぐらいのことしか出来ないしな」
「た、確かに俺はさっきの状況だと走るぐらいしか出来なかったけど、ひどいですよ局長……」
ガンセはスーツの胸ポケットから拳に収まるサイズの石を取り出すと、勢い良く真上に投げた。
石は可能な限り上昇し、下降をする瞬間に粉々に砕けて塵と化す。
フィッテは一部始終を見ていたが、石が塵になってから何も変化が起きないのを疑問に抱く。
「何も、起きないですよ……?」
「この町の各方面に居る上位依頼を受ける者と警備兵に奇襲の恐れと、住民の避難を要請する『伝達石』を使った。これで襲撃による被害は軽減される筈だ。『伝達石』は頭の中に直接語りかけることから、少々薄気味悪いからあまり使いたくないのだが……止むを得ない。手段を選んではいられんよ」
「さすが局長ですね。今のが俺にも伝わってきているので西口に行ってきます!」
「済まない、頼む。レルヴェ達はうまくいっているか……」
「きて……【ウォール】!」
グラーノが西口へと去りガンセが言い掛けた所で、セレナの創造魔法が発動した。
子供の横に震動音を響かせて生み出された肌色の壁は、巨大な剣を支えるには頼りなさを感じるが他に方法が無かったので付け焼刃にすらならないかもしれない。
それでも、後悔をしないようにセレナはウォールを発動させたのだ。後は無事を祈るのみである。
「頼みましたよ、レルヴェさん……!」
レルヴェははためく漆黒のコートを気にせずに、子供の元へと急いだ。
セレナの生成したウォールはまだ時間制限があり、走って回収してからでも消えることはない。
だがまごまごしていたら、レルヴェも共に潰される可能性がある。
破壊できるか怪しいのと、もし壊せても破片が周囲に降り注ぐからフィッテ達は手を出せずにレルヴェが来るのを待つしかない。
「ほら、時間がないから背負わせてもらうよ」
「う、うん……あ、ありがとうおねえちゃん……」
子供はレルヴェの顔を見ると泣くのをやめて、不安気な表情で彼女に身を委ねた。
レルヴェは迫り来る大きな脅威に構う事無く、フィッテ達の所へ向けて前傾姿勢になる。
剣の影を見る暇があったら一秒でも早く逃げなければいけないのに、そこから動こうとはしなかった。
「おねえちゃん、か。悪くないねぇ」
「れ、レルヴェさん! 間に合いませんよ! 急いで下さい!」
「分かってるさ。坊や、舌を噛まないように歯を食いしばってくれよ。【クイックムーブ】!」
レルヴェは魔法を発動させると、彼女の靴が深緑で塗り固められ猛スピードで前へと跳んだ。
剣が落下するよりも早く一直線に爆発的な加速をして、灰色の一撃を回避することが出来た。
フィッテ達の所にたどり着いたと同時に、剣が地面に衝突して砂埃と震動音と衝撃波を撒き散らす。
セレナの生成したウォールは押し潰され、下敷きと化すのが細める目から見えた。
レルヴェは子供を守る為に、コートの内部へと隠して目を瞑る。
他の者も黙って目を閉じ、砂を回避するべく腕で両目を覆っている。
灰の剣の攻撃が収まり、視界が開けた四人に映ったのは三体の人間だ。
「お前達は?」
ガンセが誰よりも一歩前に出て質問をすると、向こうは一人だけ足を踏み出した。
「『アルマレスト』の一人、ルガラだよ。いや~どうだったかなボクの【ストーンレイドブレイド】の威力は! すごいよね? あんなのに巻き込まれたらさっきの子供、ペチャンコだよ!」
短い金色の髪に血で染めたかのような赤い瞳が、フィッテ達を愉しそうに視界に映す。
白に黒を少々混ぜた色の長身の外衣は、ルガラと名乗った腕や足元からはみ出ていることから身長が短いのが分かる。
嬉しそうに袖を振り回しながら笑顔を見せるが、肝心の内容は微塵の欠片も可愛らしくなかった。
「な……創造魔法は」
「その子供とやらは私のコートに避難しているがね。石の剣は素晴らしい、が創造魔法は人を殺す武器じゃないのは覚えてくれるかい」
セレナのセリフを遮り、レルヴェは黒衣内の子供を解放してからルガラに踏み込んだ。
子供はわわ、と言いながらガンセに介抱された。
彼女は手に透明な武器を持っていて、剣を持つ形で懐に詰めたつもりだった。
彼女の思惑通りにいかないのは、銀で彩られた鎧が1m以上もある大剣で横に振り払ってきたからである。
「阻止」
「やるじゃないか。中々に骨がありそうだ!」
地の声を歪ませてすり潰したような声に対して、レルヴェは嬉しそうに声を張り上げる。
嬉々としているのが行動にも伝わってきて、後退をする所か前へ前へと鎧に向かっていく。
見えない武器を振られる大剣へとぶつけ、鎧の隙間を狙おうとするが再び構えた大剣で防がれてしまう。
レルヴェは気にすることなく、銀色の鎧と剣戟を交え始めた。
「ふん。ヴェレの相手は戦闘狂の女で、俺はどいつと戦えばいいんだ? 久しぶりに会ったガキ二人か?」
「フィッテにセレナ。二人はルガラって奴を頼む。こいつとは戦わせてやれないからな」
「が、ガンセさん……」
「……分かりました。ガンセさんこそご無事で」
鮮血を浴びたかのような鎧がフィッテとセレナに殺意を放つ中、ガンセはセレナに子供を預けて赤の鎧と対峙する。
フィッテから見れば、どちらかが隙を晒そうものなら確実に命を屠るまで終わらない戦いの幕開けに見えた。
それほどなまでにガンセの眼が今までと違うと感じられる。
首を撥ねて殺すとか鎧ごと粉砕する、とか生易しい手段では戦わないような眼だった。
「セレナ」
「は、はい」
「その子供は後ほど来る予定の者に託してくれ。避難所まで誘導してくれるはずだ」
首を縦に下ろしたセレナは自分より背が低く、これから始まるあるいは既に武器の交わりを見て透明な粒を浮かべている子供を撫で続けた。
「ふふふ、今にも泣き崩れそうな顔を見ていると殺したくなっちゃうよ。ねぇねぇ、どんな死に方がいいのかな?」
「っ!?」
ルガラは口元を歪め、子供の目一点のみに視線を注ぐと子供はびく、と震えた後にその場に座ってしまう。
「う、っく、おねえちゃんこわいよぉ……」
「だ、大丈夫。わ、私が、私達が付いてるから……!」
ぎこちなく前進し子供とセレナを庇うようにして立つフィッテは、頬に冷や汗が浮かんでいた。
とてもではないが、これから一戦交える姿とは思えなかった。
(セレナちゃんだけじゃ駄目。私も……頑張りたい!)
「ぷ、くっくくく……何そのお姉ちゃんの足! すっごい震えてるじゃん! そんなんじゃ大人しく家に引き篭もってたほうがいいんじゃないかな~?」
フィッテの行動があまりに滑稽に映ったのか、ルガラは射殺す視線から無邪気な笑顔に切り替わり腹を抱えている。
フィッテは自分が必死だったのを笑われたからか、何か言い出しそうだったがその前にセレナが動くのが先だった。
助走も無しに、ルガラの前まで踏み込んだセレナは拳を血が出そうなまでに握り締めながら突き出す。
「逃げないでよね。一発ぶん殴ろうとしたのに」
「あ、あっぶないなぁ。こっちのお姉ちゃんは思ったより凶暴なんだね。ああ、怖い怖い」
「いつまで避けられるのかな。【スイフトアロー】っ!」
セレナがお馴染みとも言える銀の矢を具現化させて、ルガラへと突きや薙ぎ払いをして攻撃を当てていくがいずれも掠りすらせずに避けられていく。
「わ、私も加勢した方が……」
「フィッテは子供を見てて! 私はコイツをやる!」
振り返ることもすらせずに、セレナは銀色の矢を手にルガラへと向かっていく。
「あの、フィッテさんですか?」
フィッテは二人の攻防を見守る中、背後から声を掛けられたので子供と一緒に後方へと向きを変えた。
彼女は青を基調とした服を着ていて、上着とズボンの両脇に白い線が二本縦に入っている。
その人物が女性だと分かったのは、胸の部分に膨らみがあるからだ。
緑色のロングヘアーや、可愛らしい丸い瞳などでは一概には女性とは言えない要素でもある。
「は、はい。そうですがどうして私を……」
「っと、私はこういう者です」
すっ、とズボンのポケットを探るようにして出された一枚のカードには彼女の名前が記入されていた。
「アイディス=ハーベスト、弧道救会保護団員番号五……」
「ガンセさんの命を受けて、そちらのお子さんを保護しに来ました」
アイディスはフィッテの側を離れようとしない子供の手を繋ぎ、彼女に会釈をする。
「フィッテさんに、セレナさん、ガンセさんにレルヴェさん。ご無事で帰ってきてください。この子もきっとそれを願ってます」
アイディスに手を引かれた子供は、フィッテに振り向き笑顔を見せた。
「おねえちゃん、がんばってね。わたしはまってるから!」
(女の子だったんだ……レルヴェさん勘違いしてたのですね……)
そんな事を考えてから、フィッテはセレナの元へと駆けた。
今も彼女はスイフトアローで戦っている。
先ほどの子供のように、悲しませない為にはこの戦いを終わらせないといけない。




