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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
31/78

切札

「レルヴェさん、フィッテに勝機ってあるんでしょうか?」

「さぁてね、フィッテ次第じゃないかい。スイフトスラストは通用しないだろうし、今日創ったばかりの魔法がどれだけ功を奏するかだろうねぇ」

「……その魔法で5ポイント一気に取れるといいですね」

「ふっ、そうそう上手くいくとは思えんがな」


 こくりとレルヴェは頷き、石畳の床を踏みつけているセレナとガンセの隣でフィッテとグラーノの訓練を見守る。

 視界に映っているのはフィッテがスイフトスラストを中距離で放ち、グラーノが束縛されながらも迎撃してみせた場面であった。





「もうちょっとで……先ほど言っていた数分が経ちますね。大体3分ぐらいでしょうか」

「そうだな。ところで、スイフトスラストじゃない方は使わないのか?」

「……使いたいのですが、このままでは機会に恵まれないようです……」

「じゃあ、こっからは俺が残りの4ポイントを貰って勝たせてもらうぜ!」


 随分と勝気発言なグラーノであるが、言ってることと行動が一致しておらず石像の如く立ち止まったままである。

 彼の狙いは言わずもがな、外野側が与えた束縛の解除のはずだ。

 解除されたら即座に攻撃へと転じるだろう。

 すぐさま縛りの魔法が二人から掛けられれば良いが、そうでない場合はフィッテの勝ち目が絶望的になる。

 怒涛の如く攻められ、回避すら出来ずに(木剣で)切り刻まれる展開が待っている。

 そうなる前に決着を着けたい所だが、フィッテの狙いであるまだ奥の手は出せる状況ではない。

 スイフトスラストが避けられたり、落されたのだ。

 頻繁に見せる訳にはいかないし、最初で最後のチャンスかもしれないからである。

 だから彼女はじっと待ち、グラーノに対して適度な距離を取り続けた。


「さて、そろそろこの氷綱と束縛ともお別れみたいだ。フィッテ、何か言い残すことはあるか?」

「いえ……ないです」

「そうか」


 彼の短い言葉が引き金となったみたいに。

 二つの縛り付けていたものが効力を失ったのか、腕と胴を縛る氷は砕け散り欠片すら残さず塵となり、グラーノの身体は軽くなった。

 少しの間だけだが、グラーノを縛る障害は無くなり自由の身となる。

 彼は元々待っていた機会を見逃す訳がなく、草地を駆けフィッテとの距離を詰めに行く。

 両手持ちにした木剣は日差しを隠すように掲げられ、いつでも振り下ろせるように力を込めてある。


(……もうちょっと引きつけて……ここ!)

「【スイフトスラスト】!」


 フィッテは訓練で三度目の銀の矢を創った。

 だが二人の距離は近く、剣の形をした木の間合いに入られてしまっている。

 グラーノの口元が妖しく開かれ、彼は負ける要素が無いかのような笑みを浮かべた。

 

「フィッテよ、スイフトスラストは俺には効かないと……」

「それでも、それでも闘わないといけないのが、今なんです……っ!」


 フィッテは銀の矢で横に斬り払うが、グラーノは軽々と後ろに短い跳躍をして回避されてしまう。

 彼女はすかさず追いかけて今度は縦に振り下ろし、対するグラーノは迫る銀色の刃へ木剣を振り上げ激突させた。

 木剣にぶつけられた衝撃で、銀の矢は白の粒子を少量散らしていく。

 続いて木の剣の突きはフィッテの腹部へと向かうが、彼女の後退跳躍と咄嗟にガードした銀の矢で惜しくも逃がす。

 スイフトスラストはガードしたことにより、衝撃で白の粒子へと変化した。

 

「やるじゃないか。だけどな!」

「っ!?」


 しかし、衛兵グラーノの悪あがきと取れる踏み込みにより、一突きが加えられフィッテに届いてしまった。

 彼の踏み込み突きは同じく腹部で、どちらかがもう少し距離を取っていれば当たることはなかった。

 審判側に回っているガンセは指を出し、右手でブイサインを作る。

 フィッテは戦闘中の為気付かないのだが、右手に飛び出した指は加点数を示すものだ。

 結果として今の攻撃でグラーノは点を得たことになる。


「グラーノ、1ポイント加算」

「フィッテ……」


 セレナの悲しそうな声が聞こえ、フィッテは思わず拳を強く握る。

 悔しさと実力不足を恨んでいるからだ。

 訓練とはいえ、このままでは自分が一矢報いれないまま終わってしまう。

 だが相手の点を気にしている場合ではない。

 今のグラーノの状態が前のめりである以上、すぐには立て直せない体勢だ。

 攻撃を加えるなら今しかないのだが、詠唱は少なくとも時間が掛かる。

 それでもフィッテは迷う事無く魔法をイメージして、両手を組んだ。


「……この機会を逃したら次はないのに詠唱か。俺の勝ちだな」

「そう、かもしれませんが……最後まで油断は禁物ですよ?」


 グラーノは前方へ倒れそうな所に片膝を出して転倒を回避して、フィッテへと視線を注ぐ。

 創造魔法を放つには詠唱が必要で、いずれも一瞬で発動することはない。

 反対に、詠唱時間の掛かる魔法は総じて威力が高いものや持続時間の長いものがほとんどだ。

 フィッテが放ってきたスイフトスラストはおよそ3秒から10秒程で発動する。

 だとしたら、グラーノに取って好機であり、攻めに出ない手はない。

 何か言葉を発する前に、彼は斜めに斬り付けた。


「これも訓練だ、許せ」

「……グラーノさんは優しいのですね。攻撃に痛みを感じません」

「ふっ、訓練とはいえ、女性に剣を向けるのは性に合わないんでね。せめてもの配慮だ」


 衛兵グラーノは斜めに斬った後、大きく横一文字に武器を振り回す。

 集中し魔法を完成させることに一生懸命なフィッテは、避けることをせずに両方とも喰らってしまった。

 ガンセの閉じていた指が開かれ、グラーノ側に4ポイント入ったことからフィッテは後が無いことになる。


「グラーノ、2ポイント加算」

「さて、フィッテはどう動くかねえ」

「ふぃ、フィッテは負けませんよ、きっと」


 フィッテは外野の声をカットし目を閉じて、全ての行動を詠唱へと向けた。

 未だに打撃や魔法着弾の得点が無いので、焦る気持ちを抑えて魔法を思い浮かべる。

 手加減には見えないが、頑張れば避けられそうな振り下ろしが来ても集中する。

 勝利の為にフィッテのささやかな反撃が始まった。


「終わりだ、フィッテ」


 木剣の斬撃が届く前に、フィッテの黒い瞳が開かれた。



「【フレイム、バレッツ】」


 フィッテの手の先から現れたのは、背の低めな子供一人分を飲み込みそうなオレンジ色の球だ。

 同色の残滓を散らし、球の周りに尾を引きながらグラーノへと向かう。

 グラーノは一瞬圧倒されたが、すぐさま判断をして攻撃途中でも右斜め後ろに跳び退く。

 彼は回避した、と思っていたがどうやら見当違いだったようである。

 何故ならば、避けた火の球に続いてもう一発迫っていたからだ。

 しかも初撃とは違う軌道で動き、グラーノの回避先に着弾し、球と同等サイズの爆発を起こす。


「ちぃ! もう一個あるとはな!」


 グラーノは愚痴を漏らしながら、木剣の腹を向けて防御姿勢に入った。

 得点の事はひとまず置いておいて、落ち着いて対処しようというのが彼の考えだ。

 被弾したフレイムバレッツは、火傷するほどではないがつい熱いと言ってしまいそうである。

 爆発の影響である視界を遮る黒煙のせいで、フィッテがどこにいるか判断が付かないのも厄介といえた。


「ちょっとだけ熱いが、問題ないな。フィッテの位置が分かり辛い方が……って何発あるんだよ!」

「私のフレイムバレッツは全部で、3発です……!」


 追撃による追撃でグラーノは避けることすら出来ずに、煙の中突っ切っていく火の玉を食らい爆発を受ける。

 ガンセは左手の指を一気に四本開き、短く告げる。


「フィッテ、4ポイント加算」

「ほう、これは驚いた」

「いける、いけるよフィッテ! 後一点!」


 更に視界が濃くなり、完全に見失ったが先ほどの彼女の声でおよその居場所を把握したグラーノは、正面を回避して左方から勢いよく飛び出した。

 フィッテも同じ事を考えていたのか、彼女は右方から攻め真横ないし後方を攻撃しようとしたのだろう。

 今は持っていない銀矢だが、詠唱が完了したのか口を開いて魔法名を宣言する所だった。

 

「【スイフトスラスト】!」

「まさか、鉢合わせるとはな!」


 グラーノの縦一閃はフィッテを狩るのに十分な速度であり、彼女が攻撃をする前には既に当たっているだろう。

 それでもフィッテは諦めずに、相打ち覚悟で銀の柄を持ち衛兵の腹を突いた。

 お互いの武器が身体に触れた時、ガンセの指がぴく、と反応し彼から終了の声が掛かる。

 

「勝負あり!」

「……レルヴェさん、今のはどう思いますか?」

「……ノーコメントさ」


 縋るような声のセレナが、レルヴェに助けを求めているように見えた。

 彼女達の見方だと、結果は言うまでもないようである。

 

「……流石グラーノさん、って感じですね。ありがとうございました」

「ふ、褒めても何も出せないけどな。だが、フィッテもよくやったと思うぞ? 正直言って、俺が圧勝するかと思いきや逆転されかけたもんな。侮れない存在になりそうだ」

「そ、そんな私なんかが侮れないなんて……。でも、機会があればまた訓練して欲しいです」


 ああ、もちろんだ、と同時に差し出された握手にフィッテは応じる。

 グラーノの暖かさと力強さが伝わってくる中、頼もしさも含んでいた。

 握手をほどほどに済まして戻ろうとした所に、ガンセのわざとらしい咳払いが聞こえてくる。

 あ、と口元を手で覆うフィッテと、訓練に夢中になり結果をすっかり忘れていたグラーノはガンセの元へ向かった。

 

「……よもや忘れていた訳ではないだろう」

「あ、そ、その……すみませんでした……」

「局長、俺が忘れる訳ないじゃないですか!」


 フィッテは素直に平謝りをするが、グラーノはあくまでしらばっくれる。

 ガンセは気にせずに仕切りなおし、勝者の方へ手を捧げた。


「勝者、グラーノ=ガラスト!」


 手を向けられた衛兵は当然だ、とばかりに得意気な顔をしたがすぐに別の顔に切り替える。

 訓練相手であるフィッテが、負けたことによる落胆と実力が及ばなかった無力を表さんばかりに視線を落していたからだ。

  

「勝ったのは俺だが、内容的にはフィッテの勝ちだな」

「そう、でしょうか……? 私はグラーノさんの攻撃を喰らってばかりで、全然避けれなかったんですよ?」

「いくつかは回避可能なのもあったけどな。回避はいいとして、スイフトスラストでガードしたことやフレイムバレッツの攻撃は見事だと思ったぞ」


 彼に褒められ、悪い気がしないフィッテは頬を少し紅く染めて俯いた。

 結果では負けてしまったが、きちんと成果を残せたと思うので訓練での収獲はあったといえる。

 次に戦う機会があれば、今度こそは勝ってやろうと密かに意気込むフィッテであった。

 彼女の様子を見てセレナが不満らしく、頬を膨らました。

 

「ふんっ、私だってあれぐらいフィッテを照れさせるのは容易いですよ!」

「セレナは何と張り合っているんだろうねぇ……」

「グラーノさんとですよ! これは負けてられません……!」

「……まぁ、ほどほどにしておいてくれよ」


 レルヴェはフィッテとグラーノの所へ向かうセレナを止めずに、隣に居るガンセに耳打ちし始めた。

  

「それで『アルマレスト』に動きはあったかい?」

「いや、定期連絡に異変が無いということはまだなのか、昼前の人混みを狙うか夜襲だろうな。……それはそうと、俺から見る限りレルヴェは戦いたがってるように見えるのだが」

「見えるのも仕方ない、かもねぇ。……早くあの二人を安心させてやりたいのもあるけどさ」


 二つの鎧のせいでフィッテの両親は殺され、セレナは仇を討とうと無我夢中な所もあったいう。

 『アルマレスト』を壊滅させたら、次の獲物を見つけにレルヴェは依頼を受けるだろう。

 ガンセは彼女の戦闘欲を知っているので、深く口出しするのはやめておいた。

 

「戦闘するのはいいが、命は落すなよ? あの子達が悲しむだろう」

「ああ、了解さ」

「れ、レルヴェさん……」


 短いやりとりをしている間にフィッテを筆頭に、セレナとグラーノが駆け寄ってきたのでレルヴェは耳を傾けた。


「なんだい?」

「あ、あのですね……もしよければなのですが昼食は今ここにいる五人で取りませんか? む、無理にとは言いませんが……」


 レルヴェが視線を送ると、セレナは嬉しそうに微笑み、グラーノは親指を真上に突き立てている。

 つまりはレルヴェ側の都合さえ合えば、大丈夫ということだ。


「フィッテと昼食か。俺は会うのが今日初めてだから楽しみだな」

「た、たいしたお話は出来ませんが……楽しめてもらえれば、と思ってます」

「フィッテ、お金の心配はしなくていいからね?」

「だ、出すよ? ガーダー討伐とリトルワーム討伐で稼いだお金全部使えば足りるよね……?」


 フィッテはコートのポケットに忍ばせてある、茶色の袋を取り出した。

 依頼難度1、ガーダー討伐とリトルワーム討伐で稼いだお金だ。

 正直言うと、彼女の手持ちだけでは足りない可能性が高い。

 外で食事をするということは、それだけお金が掛かるということである。


「……どこに行くかによるな。中央通りだと比較的安価で昼食を取れる場所がいくつかあるが、歩きながらでも決めるのもいいぞ」

「じゃあ、そうしようかねぇ。ここには今、用は無いだろうし」

「ですね。では昼食選びの旅にゴー!」

「おー!」

「お……おー!」


 ガンセが先頭に出て、中央通りへと歩き始める。

 レルヴェはしんがりを務めるべく、フィッテ達が通るのを待つ。

 セレナが嬉しそうに握りこぶしを空へと突き上げ、元気よく歩を進めた。

 グラーノはノリノリなのか、セレナに倣い両手を目一杯伸ばす。

 セレナ達に付いて行くフィッテはやや恥かしいのか、肘を曲げ完全には腕を上げていない。


(セレナちゃん楽しそう……なんだかこっちも元気を貰ってるみたい)


 セレナはフィッテの控えめな動作に気付き、彼女の腕を持ち上げる。


「ほらほら! もっと元気よく!」

「……う、うん!」


 五人は微笑みつつ固まりながら、移動する。

 空間に踏み入れてることに気付かないまま。

 それは今歩いている町人も同様である。

 狩りの準備が整えられ、いつでも襲撃できる状態となった。

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