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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
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抵抗

 悲しみと怒りを含んだ声は、刃と刃の激突音で遮られた。

 湾曲の刃が大剣に集中し、銀と黒が交じり合う。

 黒の大剣は持ち手の動きに合わせて、持ち主が傷を負わないように動いているが、それでも主人に多少の被弾は免れない。

 自慢ともいえる鎧に傷をいくつか負っていた。抉るような傷ではないが、鎧の欠片がいくつか散らばっている。

 刃の衝突は火花が散っているようにも見え、銀の刃の方が弾幕量で押してるように見えた。


「一閃」


 言葉通り鎧は力を一瞬溜めた後、横に力強く薙ぎ払った。

 鎧はこの攻撃が煩わしいと感じたか、状況打破にかかった。

 黒のオーラが尚集中し、鎧の銀色を塗りつぶし漆黒の色へと変化させる。

 いつしか鎧は銀から黒へと変貌し、全身と周囲のオーラで禍々しさを増大させていた。

 一閃で切り払われた銀の弾幕は過半数が霧散と消え、残ったのは僅かな数だけだ。

 まるで自身の色を塗り替えたように、黒の侵蝕による攻撃だった。


「まだよ」


 再び、母は左手を握り締め鎧に向ける。

 残数が限られた弓なりの刃はそれぞれ意思を持っているかのように、自由に動いた。

 前方に動く物もあれば、後方に同時攻撃を図ろうとする刃もある。

 残りの刃は一斉に飛び掛かり、あらん限りの力で抗おうとする。

 黒を纏った鎧は大剣の先端を後方へ向け、床を傷付け引きずりながら徐々に高度を上げながらその場で一回転した。

 剣を振るい遠心力で速度を得て、黒のオーラが剣にも宿り暗黒とも取れる細長く四角い刃が周囲に飛び散る。

 銀色の三日月など、欠片すら残さず消えた。母の希望を全て断ち切るかのように。


「……っ!」


 母は目だけでも庇おうと、左腕で両目を塞いだ。

 衝撃波が止み、後ろを振り返ると幸いにも二人とも無傷で済み、壁や床、天井にえぐるような傷跡を残しただけで終わった。

 実際喰らうと生きてるか不安になるほどの技だ、もう一度同じ技を放たれて無傷で済む確証は無い。

 そうなる前に撤退するか、使う暇を与えさせないよう倒すか。

 母は今の状態では最初の案しか思い浮かばなかった。

 十分な戦力も無い上に、娘を巻き込ませる訳にはいかないと思ったからだ。

 強情な少女達は三人一緒で逃げると言い張っているし、ここは足止めしつつ、裏口から退くしかないかと思案していた所へ。


「【スイフトアロー】!」


 後ろの少女から発せられた声、フィッテの友人セレナだった。

 先程の近距離戦を仕掛けるかと思いきや、その創造魔法本来の使い方をし、銀色に輝く矢を黒に染まった鎧へと投げつけた。

 けれども鎧への攻撃はそれだけではなかった。


「こ、この……っ!」


 母の娘、フィッテによる声。鎧へ向かって、小石程の石を投げつけていた。

 この家にはそういった外の物は持ち込んでいないので、彼女の友人によるものだろう。

 銀矢と石ころはそれぞれ違う箇所へ飛んでいった。

 銀矢は頭へと、石は腹部へと飛んでいく。

 頭を貫く矢は首を左に逸らして避けられ、石は剣の腹によって受け止められた。


「無駄」

「……これでいいの、お母様! 裏口から逃げましょう!」


 二人が言葉を交わすのと同時に。

 石が剣に弾かれ、小さく発光した後小爆発を起こす。

 一瞬、ほんの僅かだが、鎧に確かな隙を生じさせた。

 出来た隙を皮切りに、三人は素早く裏手へと駆け込んだ。


「セレナちゃんの『起爆石』、役に立てた……!」

「アレはもう無いよ! それに、次は不意打ちじみた事は効かないはず……!」


 その時に、走りながら母は椅子を引きずらせながら向かった。

 何かの策に使えないか、という考えだ。

 もう後ろなど振り返るものか、と駆け込み裏口のドアへと近づいたその時。

 三人の視線の先にある木製扉が縦二つに分かれるのを、恐怖の色で混じりながら見つめた。


「敵は一人だけじゃ……ない……!?」


 フィッテの母の絶望感伝わる声が室内に響く。

 さっきまでは逃げる一心で裏口へ向かっていたが、今はその足並みは衰え、立ち尽くすほどだ。

 たとえ後ろに敵が居ようとも、前方の光景に開いた口が塞がらなかった。

 本来出入りの役割を果たすドアの前を塞ぐように仁王立ちし、赤い血で染まったような全身鎧を着用している者。

 銀の鎧との違いは、肩や膝、手甲に棘を生やし威圧感を増大している。

 ドアの入り口がないという事は、わざわざご丁寧に鍵を開錠した訳では無く、斬り捨てたのだろう。

 銀の鎧と同等に所持し、どす黒く光る長剣だと思うが、両方共脅威なのは変わりない。

 視線を戻すと後方に追ってくる鎧も威圧感はあったが、こちらは格段に上なのが伝わってくる。

 誰彼構わずに刃を振るい、返り血を浴びている姿が容易に想像出来る。

 母含め全員が赤鎧に注目していた。

 その時、動き出したのは……。


「どうして私達を狙うんですか……!? 答えて下さい!」


 赤鎧に一歩踏み出し、場の空気を割ったのはフィッテだった。

 彼女は内気で消極的、というのが友人セレナの中で印象的である。

 しかし、この状況下で問い詰める事が出来たのに驚きを隠せなかった。

 パニックになっていることで性格とは無関係に動けるのだろうか。

 様々な感情が混合され、怒りを全面的に出しているのいるのか。

 フィッテ自身は無我夢中で行動しているのかもしれない。


「教えねえよ。俺達が何者だろうが、お前等を狙う理由。それを弱者に言っても無意味、そうだろ?」


 赤鎧の声も同様に判断が付けにくい肉声だった。それでいて銀の鎧のように一言で済ます話し方ではなく、きちんと人間味溢れる喋り方だと思う。

 そうだとしても両方の鎧の声は加工でもしてるではと、思えば思うほど奇怪な声である。


「無論」


 二人目の発言、後ろからだった。

 母が振り向いて椅子を構えた時には黒の重圧を着込んだ銀の鎧が大剣を自分に振りかぶってる所だった。

 それでも尚、諦めずに椅子を掲げ大剣を弾こうと足掻く。

 垂直の剣撃に大して右斜めに椅子を振り上げ、運良く弾く事に成功する。

 弾くというよりも椅子の足部分を削らせて、軌道をそらしたにすぎない。


「無力」


 短く銀の鎧が発言したと同時にすばやく大剣を懐に戻し、母では反応出来ない突きが体を貫通する。

 恐らく刺さった場所は、心臓。

 赤で染まった剣の切っ先が体を容易くすり抜ける。


「セレナちゃ、ん……、フィッテを……お願……」


 フィッテの母は剣が抜かれた後、無力に崩れ落ちた。

 手に持っていた背もたれ部分が落ち、木製床に衝撃音を響かせる。

 彼女は口から血を吹き出し、足掻くこともままならないまま床に突っ伏した。


「お母様!」

「お母さん……っ!」


 セレナとフィッテは駆け寄る事が出来ず、ただ叫ぶしか出来ない。

 二人は自然とお互いの背中を合わせて、それぞれの目線の敵を見据える。

 フィッテは赤く、直視するのは避けたいほどの殺気を放つ鎧を。

 セレナは友人の父と母を斬りつけた、黒に光る血に塗られた刃を持つ鎧を。

 フィッテの両親は共に倒れ、敵は二人もいる。うち、戦力外な少女が一人。言葉にするならば、圧倒的不利である。

 彼女の母親からの遺言はしっかり果たそうと、この場をなんとかしようとする思いがセレナにはあった。


「フィッテ、あなただけは逃がしてみせるから」

「駄目……、セレナちゃんも、一緒じゃなきゃ嫌だよぉ……」


 涙ぐんだフィッテが彼女の宣言を否定する。

 これ以上失いたくない、という訴えなのだろうが。だが現実は非情なもので、鎧二つがいつ踏み込んできて一振りしてもおかしくない。

 逃げようにも策が無いので、二人は放たれる殺気に呑まれてしまう。

 いや、セレナの方は無いわけではないが機会が訪れないと策には移れない。

 焦る中、セレナはふと内ポケットの中身の重みを感じたからだ。

 今まで持ってるのに気付かなかった? と自問自答しながら『それ』に手を伸ばし触れる。

 その存在に気付いていれば、少なくとも母は助けられたかもしれない。

 確証は無いが、生存確立は多少なりとも上がったはずだ。

 居た堪れない思いで、唇をかみ締めた。

 最初で最後の好機かもしれないのだ。失敗は許されない。


「……大丈夫、これで助かるかも」

「本当……?」


 フィッテの顔が不安一色から、多少は緩和される。

 相変わらず、目尻に透明の粒があるがさっきの泣き崩れそうな表情からはマシになっているだろう。

 二人のやりとりを許させないかのように、時間は動く。


「始末」


 セレナの方、銀の鎧が動いた。

 剣の切っ先を向けてくる、それを感じ取ったセレナは傍らにあったテーブルを蹴る。


「こ、の……っ!」


 渾身とばかりの力を込めた蹴りは、銀鎧の突撃を阻止するには十分だった。

 木の床を擦るようにスライド移動させ、運良く鎧の目の前までぶつける事に成功した。

 僅かだが、銀の鎧は次への行動を戸惑ったようだ。

 脚で蹴り上げるか、血で染まった自慢の剣で斬り伏せるか。

 少し迷った後に高く、天井まで届きそうな大剣を振り上げ、テーブルを人間のように真っ二つにしようとする。

 最初で最後の隙、逃さない為に再びフィッテの手を取り、裏口ではなく玄関から出ようと試みる。

 これだけでは打開の手段にはならない。

 銀の鎧を足止めした程度で、赤鎧が追って来たら追撃は免れないからだ。


「その為に『コレ』を持って来てる!」


 誰かに答えた訳ではないが、セレナは奥の手とばかりにポケットに入れていた石を右横に叩き付けた。

 いつも最低一つは所持している護身用兼、お守りアイテム。

 刹那、セレナはフィッテの目を塞ぎ、自身は目を瞑って玄関を目指す。

 床に落ちて破裂した石から、直視するのは不可能な程の威力の閃光が発せられた。

 それによって、敵である二人は目くらましになった筈だ。

 とは言え、自分達も目が使い物にならない程眩しいので、手探りで壁伝いに玄関を目指す。


「ま、眩しいよセレナちゃん……」

「我慢するの!」


 フィッテは塞いだ手から光が漏れ、目を閉じていても眩しい光が浸食してきたので不意に声を発してしまう。

 しまった、と思いセレナは口を塞ぐが時既に遅かった。

 鎧の動く音がし、彼女達の少し頭上に何かが掠めた気がする。

 風が頭を軽く撫でた感触を感じた。

 どうやら近くに居る銀の鎧は、刃を手探りに振るっているようだ。

 風を切る音が周囲に響き、二人の心臓ははち切れそうなばかりに高鳴っている。

 自分達のミスを犯したばかりに、死に至るかもしれない。

 その恐怖心と戦いながら、一歩ずつ、確実に外を目指す。


「把握」


 魂すらも凍らせそうな声が後方から聞こえてくる。

 少女達はびく、と体を震わせ、壁に触れながら出口へと。

 把握ということは、自分達の居場所が分かったという事。

 分かるならば、的確に刃で貫ける。

 来ないで、と祈りながら進むが、眩しさの中風切り音が聞こえた。


「……っ!」


 両者の息を呑む音が聞こえたような気がする、そう思っていると刃は壁に衝撃を与えた。

 幸運にも、彼女達はしゃがみながら動いた為、斬撃からは回避出来た。

 しゃがんでいなかったら今頃は狩られていただろう。

 二人の少女は剣の空振りのお陰で、鎧の至近距離から外れて玄関側へ近づいていく。

 後ろからは未だに壁を薙いでいる破壊音が続く。

 銀の鎧からの攻撃は終わった。となれば、閃光石の効果が切れないように急いで逃げないと追跡を受けてしまう。

 セレナが頃合いを見計らって目を開け、視力、視野、問題無く視界に移るとフィッテの塞いだ手をどけて待ち焦がれた出口へと急いだ。

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