集団
翌日の朝は目覚めが良かった。
レルヴェの部屋には泊まったので次はセレナの部屋に泊まらせてもらおうか、という流れになりセレナの部屋で泊まらせてもらいセレナはすぐに眠りに落ちたからだ。
(疲れてたのかなセレナちゃん……一昨日みたいに手も繋がなかったし……)
昨日に比べれば幾分かおかずが減った朝食を頂き、依頼所の板の前にフィッテ、セレナ、レルヴェは集まっていた。
フィッテは白文字が羅列されているブルーのシャツにブラウンのコート、膝まで届く紺色のスカートを着ている。
黒文字が書いてあるオレンジのシャツを隠す形のブルーのパーカーに、腿部分を隠す灰色のスカートの格好はセレナが、レルヴェは前と変わり映えがしないのではと思う膝まで伸びるコートに黒のシャツにズボンと黒一色である。
フィッテとセレナは服装には突っ込むまい、と銘じた。
朝方の依頼が張り出される時間帯を避けているので、室内は混雑していない。
「レルヴェ」
三人はフィッテの依頼の何を受けようか、と迷っている所に男の声が掛かった。
ガンセ=ラールという人物で、赤を基調とした紺色のスーツ姿の中年だ。
中年とは思えないほどの肉体を誇っている。
「おや、リーダーじゃないか。どうしたんだい?」
「円形の町ラウシェでの事件が分かったかもしれない」
「ほ、本当ですか……!?」
誰よりも彼の前にでたのはフィッテだった。
ガンセは頷く。
「――創造魔法だ」
フィッテの予想通り、ラウシェの町の住民消失は創造魔法だった。
依頼所の待合所の席に座ったガンセが、派遣隊からの情報を伝える。
フィッテ、セレナが隣同士で、レルヴェとガンセが隣と二人一組で対面する形である。
「まずは結論から。住民は消失などしていない。創造魔法による『錯覚』なのではないかと思われる」
「派遣隊が結果を出したようだねぇ」
「まあ、な。しかしそれが分かったのは派遣隊が朝を迎えてかららしい。かなりの間、お前達は見間違ってたようだ」
「良かった……町の人は無事なんですね……」
「だね。……しかし、だとすると誰が……?」
フィッテとセレナは純粋に住民の無事を喜ぶ。セレナの素朴な疑問はすぐさまガンセが答える。
「『アルマレスト』という集団だ。人を平気で殺す戦闘はもちろんの事、創造魔法を使いこなすようだ。アルマレストとやらの中に鎧が所属しているらしく、フィッテやセレナは体験しているが奴等は相当の強さを誇るらしいからな。難度5ぐらいで苦戦するような奴は戦いには出したくない」
「ま、待って下さい! わ、私も……」
「フィッテは論外。私だって、行きたいのに……」
フィッテの目の前を手で遮ったのはセレナだ。
彼女はもう片方の手で、拳を強く握っている。
セレナは難度3~4の依頼を一人で出来る。が、現在は5で苦戦している。
ガンセの言う通り、レルヴェ程の実力も持っていないと参戦すら不可能だろう。
少女達の落ち込む顔を見て、やれやれと手を挙げレルヴェが助け舟を出した。
「しかしだ、ガンセ。例えば私、セレナ、フィッテ、ガンセのパーティーならどうだい。これは依頼ではないけど、パーティーを組むには問題はないと思うけどねぇ」
「……俺はそれで構わないが、嬢ちゃん達をしっかり守ってやれるならな。……また弟子を殺したくはないだろ」
「……分かってるさ」
セレナとフィッテがレルヴェの助けに明るい顔を見せる中、レルヴェのどこか心に穴が開いたかのような悲しい目をしていた。
『セレナちゃん……レルヴェさんって、過去に何かあったの?』
『ん……分からない。聞いても答えてくれるかどうかだけど』
二人は内緒話を中断して、ガンセの説明を改めて聞いた。
「パーティーを組むのは構わないのだが、どこで襲撃するか分からない以上警戒は常にしておくに越したことはない。……もしかしたら次はここで何かやらかすかもしれないからな」
「だろうねぇ。ラウシェで何がしたいか知らないが、ここも標的にされるだろうさ。襲ってくるのは夜なんじゃないかい? ……向こうが魔法石を大量に所持していたら、日付変更を気にせず戦えるからねぇ」
「白昼堂々って可能性も捨てきれないですよね。そもそも、私達がまた錯覚ってやつになっちゃったらどうするんですか?」
「それについては考えがある」
ガンセは懐から一枚の紙を取り出して説明をする。
紙には、この町と思われるマップのようなものが描かれていた。
「まず、錯覚とやらは内部で起きているのではないかと考えている。セレナとレルヴェ、派遣隊は町に入った瞬間に幽閉されるといってもいいだろう。幽閉されている町内部は、錯覚が起きない人物から影響がない限り外にも出る事が出来ない。というのが派遣隊と俺が考えた答えだ」
「他の住民に触れることすら出来ないようですね。……まるで町全体に別世界を作ってしまっているような感じです」
セレナの言う、『別世界』はあながち間違いではないはずである。
納得した様子のガンセは腕組みをした。
「ふむ、別世界か。元ある世界がA、町内部はB。Cは『アルマレスト』とかいう集団が居る訳か。D世界がフィッテとセレナが逃走中に分かった人が居ない世界なのだろうな」
元の世界がA世界とすると、町の内部はB世界となる。
A世界からB世界に入ってしまうと元には戻れず、C世界にいる人物の関わりがあると人が誰一人居ないD世界に変化する。
B世界の住民はお互いが見えるが外が見えず、A、C世界が見えない。
頭の中で別世界を考え始めたレルヴェはふとセレナに質問を投げる。
「そういえば、セレナ。事件が起きた時にどちらの門から通ったんだい?」
「南門からですけど……それがどうかしたんですか?」
「……私が来たのは西門で、セレナは南門。そして嗅いだ甘い匂いは……人が居ないD世界に行くことなのかもねぇ」
「……私がB世界、セレナちゃんは鎧の影響でD世界。レルヴェさんは途中からD世界ですが、ちょっとまどろっこしいですね。鎧ほどの戦闘力があれば、そんなことしなくても済みますのに……」
「そればっかりは『アルマレスト』だかに聞かないと分からないだろうねぇ」
別の世界を造るというとてつもない創造魔法を持ちながらにして、目的は唯の殺しなのだろうか。
フィッテは別の思惑があるのではないか、と思考するが分からないので保留にしておいた。
「すまない、話が脱線気味だったな。別世界を造るという大仰な創造魔法はさておき、対策になり得る事を教えておこうと思う」
ガンセは咳払いを一度して、描かれたブレストの町に指を置いた。
「恐らくだが、町中に『アルマレスト』は潜んでいるかもしれない。今日は先ほどのパーティーって奴で俺達は行動し、もし鎧が出てもすぐ対処出来るようにする。とにかく、一人で孤立だけは絶対にしない事が対策となる」
「分かりました。入り口とかの守備はどうしますか?」
「各出入り口に見張りを配置しよう。無論、外にも」
もし別世界を造られても、外から新手が入らないように警備も配置する事で多少の被害は抑えられるはずである。
問題は、町中で別世界状態になってしまって鎧達が関わってきた場合だ。
人が居なくなるので、鎧と対決するメンバーは介入された者だけに限られる。
外部からは、新たに鎧か何かがD世界に招かないと戦えないかもしれない。
「……一番いいのは別世界の創造魔法を防いで、『アルマレスト』の集団を倒せる事ですね」
「ああ。依頼を受ける者達にも伝えてあるが、町の為に戦える者は己の武器を取れとも言ってある。これ以上奴等の好きにはさせんよ。しばらくは何の変哲もない鎧を見ると目がギラついた連中が増えると思う」
「この町だけでも、依頼難度5以上が出来る人はそれなりに居ますからね」
フィッテからすれば、頼もしい限りである。
自分は戦えるほど戦力でないので、足手まといでしかない。
「別世界の創造魔法は、どこかで詠唱しているんでしょうね。私の『スイフトスラスト』が数秒掛かるぐらいですから、別の世界を造るとなれば莫大な詠唱時間が掛かりそうです……」
「ブレストの町や外を捜索しているが、結果は得られない。見えない場所に居るのか、本当に別世界とやら存在していていつでも奇襲が可能だとしたら厄介だ」
「む……今日以降はこのパーティーですね……私の固定パーティーの方はちゃんとまとまって行動してくれていればいいのですが……」
「大丈夫なんじゃないかい? 集団行動を命じられてる以上、守らない奴は命知らずぐらいだろうねぇ」
ガンセが今日フィッテ達に『アルマレスト』の件を伝える前に、2、3人を基準とした集団行動を絶対としてある。
苦肉の策が功を奏すかは、鎧の急襲次第であるが。
「ところで、レルヴェ達は今日の予定は無いのか?」
「今日はフィッテの依頼を進めておこうと思って、依頼所に寄ったのさ」
「は、はい。……レルヴェさんとセレナちゃんには申し訳ないのですが、私の依頼に付き合ってもらうんです」
付き合う……。言葉の意味を変化させて脳内で妄想をするセレナは、何度か頭を左右に振った後一つの提案をする。
「そうだ! どうせならフィッテの対人訓練をしませんか? 相手は……朝からお酒を飲んでいる某衛兵さんでどうでしょうか」
「へぇ、いいんじゃないかい? セレナ、フィッテで鎧の部下や取り巻きが弱かったら二人にも戦える機会はあると思うねぇ」
「……どんな人なんでしょうか、その人は」
「会えば分かる。時は金なりとも言うから、すぐにでも行くか?」
ガンセの提案にフィッテの心は動かされる。
フィッテは今まで魔物としか戦っていない。
鎧の戦いは、実際にフィッテが創造魔法を用いて対決している訳ではないので除外する。
訓練を終了しても、フィッテが驚異の成長を遂げる訳ではないが少しは足しになるのではないだろうか。
フィッテは鎧との襲撃や逃走を思い浮かべ、決意を固めた。
「……依頼の代わりにその人が私の模擬戦闘にお付き合いしていただけるのでしたら、私は行きたいです」
「ふ、向こうは二つ返事で了承してくれるさ」
「ですね。そうと決まればグラーノさんに会いましょう!」
三人の同意が得られたのを確認すると、ガンセは依頼所から出て住宅区に向けて歩き出した。
ブレストの西口付近は住宅区の範囲だ。
こちら側は、夜に屋台や騒がしい声などはなく静穏などの静かさを意味する言葉がぴったりである。
とはいえ、今は朝なので人が出歩いていたり多少の賑やかさは夜とは違う。
住宅街を表すには十分な家、集合住宅などが西口の通りなどに建ち並ぶ中、一人の男が西口から外の緑地を眺めている。
「あの男がグラーノ=ガラストだ」
グラーノと呼ばれている男は、鉄の板を繋ぎ合せた鎧を身体に着込んでおり兜も簡素ながらも、顔以外は全て保護されているようだ。
銀色に輝く剣が入っているであろう、長身の鞘はしっかりと獲物を隠していた。
住宅区のある曲がり角から三人は彼の様子を遠くから見ている。
ガンセだけは気にすることもなく、堂々と西口通りから彼の名前を説明した。
「……衛兵をやっているんですね、グラーノさんは」
「ふんっ、どーせ真面目に仕事してるフリして立ったまま寝ているんですよ!」
セレナはセリフを捨て吐き、衛兵グラーノへと駆ける。
「……セレナちゃんはグラーノさんという人が嫌いなんでしょうか?」
「さぁねぇ。嫌だったら顔すら合わせないと思うけど」
セレナが動き、三人はこのままここに居ても始まらないので西口へと足を向けた。




