侵入
フィッテ、セレナ、レルヴェの三人は、商業区の店の中に居た。
店名は『ハーベスト』といって収獲を振舞う丼屋として定着している。
彼女達はテーブルを二つほど使って料理を並べていた。
いつもならばテーブル一つだけで足りるのだが、今日は特別である。
周りにも客は居るが、彼女達は個室風の席を利用しているので多少の騒ぎならば気にはならない。
「えー、本日は日は既に暮れているが、記念すべきフィッテの初依頼完了という訳でフィッテ。これからの抱負をどうぞ」
今回の打ち上げ会はレルヴェの幹事によるものだ。
早速フィッテにスピーチ役が回ってきた。
彼女は席から立ち、深呼吸をした後二人を見ながらゆっくりとしゃべった。
「え、と……まずは二人に感謝しないといけません。私を助けてくれたセレナちゃんとレルヴェさん。お二人には感謝の言葉だけでは不十分なので、これから恩を返させて下さい。レルヴェさんは例の件も含めて、ですが……。難度1でこれだけ苦戦してしまうので、もし難度2になったら……と不安ですが、私なりに頑張っていこうと思いますので宜しくお願いします……!」
腰を深く折って頭を下げたフィッテは、二人に想いを伝えた。
その二人から拍手が上がり、フィッテはもじもじと指先同士をくっつける。
「さぁ今日の主役のスピーチが終わった所で、始めようじゃないか」
一つのテーブルに載せられた大皿は、様々な料理が載せられておりどう見積っても三人前以上はある。
ハーベスト丼に乗っけてあった肉や、おまけの卵、たんまりと盛られたサラダや鶏肉、こげ茶色の物体まで。
「こげ茶色の肉っぽいのは何ですか?」
「ああ、それは今日フィッテが倒した『ガーダー肉』だ。ぶつ切りにして、調味料で炒めたようだねぇ」
「……今日倒した豚さんが……お肉に……」
セレナは怪しげな目でレルヴェに聞き、何の肉か分かると安心したようでグラスを持つ。
レルヴェは早めに帰ろう、といったのは専門の解体屋か何かを呼んで今日の一品をテーブルに並べようとしたからだろう。
フィッテはガーダーの肉にお礼をするとセレナと同様に桃色の液体が入ったグラスを掲げる。
レルヴェは二人が準備出来たのを確認すると、乾杯の挨拶をした。
「改めて、今日はお疲れ様。特にフィッテ。初めての依頼で緊張しただろうが、今日で怖じける事のないように。私達だって付いてるから、困ったら迷う事無く頼っていいからさ。では最後に……この場の三人が全員成長する事を期待して……乾杯っ!!」
「かんぱーーい!」
「か、乾杯……っ!」
打ち上げでは恒例のグラスのぶつかる音が響き、三人はお互いに笑いあった。
レルヴェは外周を彩っている正方形のパンを手に取る。
セレナはそれを見つつも、同じくパンを取りおかずに肉を挟んだ。
「レルヴェさん、まさかお腹空いていたんですか?」
「あ、ああ。こんな盛り合わせを見たら空腹で無い訳がないさ」
大皿の他にも各々に取り皿が分けられ、個別に自分の分を取れるようになっている。
二人はサラダや炒め物にも手を出した。
(本当に良かった。後は素材と創造魔法を創って、戦って早く強くならなきゃ……)
フィッテは二人が自分の食べれる量を盛っている中、これからの事を考えていた。
今日倒したのは『ガーダー一体』、『リトルワーム三体』だ。
戦利品はこの場で絶対に出せないが(食事的な意味で)入手出来た。
魔法屋に持って行くと素材値と売却値を鑑定してくれるらしい。
素材だけ売って賄って居る訳ではなく、こうして鑑定料も取ることで成り立っている。
その値は微々たるものらしいが、塵も積もればなんとやらである。
フィッテはこの小宴が終了するか、明日にでも鑑定に出そうと思っている所だ。
(『リトルワーム』はただ動く虫だったし、私の【スイフトスラスト】で難なく倒せた。……という事は難度1は『ガーダー』とかを除けば大丈夫かもしれない。ガーダーは次に戦う事があったら、落ち着いて行動すればいけるはず……)
「こーらフィッテ!」
フィッテが脳内であれこれ考えていたら、自分に向けて声が掛かったので不意に止め元を探る。
そこにはふくれっ面でこちらに指を差しているセレナと、ちらりと見ながらも食べ続けるレルヴェの姿があった。
「せ、セレナちゃん……? それにレルヴェさんも……」
「開幕数分で沈む奴がどこにいるの! ……ましてや主役なんだから尚更だよ?」
「全くだ。私は美味い物を食べられるからいいが、フィッテ、楽しむべき所で楽しまないと息抜きも出来ないと思うけどねぇ」
二人の言い分は理に適っていた。
フィッテは二人が盛り上がっている中、焦るあまり自分優先で考え事をしていたからだ。
これでは料理もそうだが、二人に申し訳がない。
「ご、ごめんなさい……焦ってしまって……二人に追いつくため、恩を返したいあまりに考え込んでしまいました……」
「焦らず、ゆっくりでいいんだよ。もし成長過程で鎧に遭遇しても私やレルヴェさんが居るから」
「私が言いたいことはセレナと一緒さ。鎧なんか気にしないで、自分のペースで育ってくれると嬉しいよ」
頼りになっている二人は笑顔で宣言する。
その事が嬉しくて、フィッテはつい涙をこぼしそうになってしまう。
彼女はなんとか堪えて、大皿のガーダーぶつ切り肉を取り皿に盛った。
「……二人共、ありがとうございます」
「ふ、それはそうとフィッテ。依頼をある程度受けたら指定依頼だが、大丈夫かい? 難度2に上がる依頼とかは全部一人で受けないといけないが……」
レルヴェはパンに肉やサラダを豪勢に挟んで、話した後に勢い良くかぶり付いた。
「う……その依頼がどんなのかによりますよ……簡単なものだといいんですが……」
フィッテはサラダを中心に食べている。肉も取ってはいるが、二人に比べると小数だ。
セレナは間を取っているのか、バランス良く皿に盛り主食と副食を別にしている。
「私が受けた時は『紅獣』だったかな? 火を吹いてくる犬のような魔物だったよ」
「な、難度1の最後で怖そうな魔物と戦うんだね……」
「ん、他の人は違うみたいだよ? もしかしたらフィッテも同じ『紅獣』かもしれないし」
難度1から難度2に上がるにあたって、指定依頼は難度2相当の魔物と戦うということだろうか。
しかも一人で。
ガーダーには悪いが、一対一の戦いを仕掛けようかと密かに思ったフィッテである。
経験を積めば、ガーダーが突撃してきた時でも落ち着いて避けて詠唱が出来るようにならないと一人で戦う時に辛くなるだろう。
「そうだとしても、苦戦しそうだよ……」
「苦戦する要素はさっきも言った、火を吹くのと噛み付き攻撃、引っ掻き。大体の魔物に言えることだけど創造魔法を使ってくるのはごく少数だから、敵に見つからなければ不意打ちで仕留められる場合もあるかもね」
「近付かれた時は、攻撃をおびき寄せるか……近距離攻撃だねぇ」
レルヴェは自分の武器を持ってるフリをして、手を下ろした。
今は透明な武器を持っていないのか、リーチ的にテーブルにぶつかりそうな位置に手を下ろしていても破砕音はしない。
フィッテはテーブルに置かれたドリンクを喉に通しながら二人のアドバイスに耳を通す。
こういう経験者の話は全て参考になる。
失敗や苦戦の数々が二人を成長させているからだ。
「ふむふむ……。やはり近距離攻撃ってあった方がいいみたいですね。私の【スイフトスラスト】は二回ぐらいなら近距離が出来ますが、三回目になると壊れちゃいます……」
「へぇ、【スイフトアロー】のアレンジってやつかい。やるじゃないか」
「さすがフィッテ。この調子でどんどん良い創造魔法を創ってみようよ」
「たまたまです……つい欲張って二回攻撃出来たらな、って考えたら出来ただけですよ……」
その偶然で、セレナのアレンジ版【スイフトスラスト】を創ってみせたのだ。
二回攻撃という性能は、最初の彼女にとって失敗の素になりかねないのに見事成功したのは運か素材が良いのか、他の性能を犠牲にしているか。
ちなみに二回攻撃が出来ると確信したのは、密かに出してみて地面を叩いたら彼女の設定通り二回は耐えたからだ。
もしかしたらレルヴェの攻撃によって一撃で壊れたのは、異常なまでの攻撃力だったのかもしれない。
いずれにせよ、実戦経験と創造魔法使用経験を積んだ彼女は少しだけ成長したといえる。
次の創造魔法を創る時は、似たような性能を創ったとしても失敗確率は落ちるだろう。
「それはそうと、セレナは調子はどうなんだい?」
この場でまさか自分が指されると思ってなかったのか、セレナは一瞬驚いた。
「わ、私は創造魔法はそこそこ、ジャンルは偏らないように満遍なく創ってます。依頼の難度は、3~4が一人でもこなせるのが殆どですよ」
「ほう。難度4まで……。というと難度6ぐらいはパーティーなんじゃないのかい?」
「ええ。明日あたり向こうから声が掛かって難度6あたり受けにいくのではないかと……でもフィッテがこうして依頼を受けている以上、『救済』という形で育てていこうとは思っています」
ふむ……と唸ってから、レルヴェは何やら考え事をし始める。
勿論、手だけは止めずに食料を胃に詰めていた。
「セレナちゃん、明日は他の人と行動するの?」
「う、うーん……。出来ればフィッテと居たいってのが私の気持ちなんだけどね……。ほら、鎧やラウシェ住民消失事件も解決してないし、私やレルヴェさんが居たほうがいいかなって」
「もぐ…………セレナの意見には同意だねぇ。向こうで何か進展があったかもしれないし、しばらくはこの三人だろうさ。私としては何の問題も無いね」
どうやら彼女達は、事件が解決するまでは意地でも傍にいてくれるようだ。
安心と同時に迷惑なのでは、という気持ちがあるが口に出すと何か言われかねないので黙ることにした。
「……では、明日は問題無ければ私の依頼に付き合ってもらえませんか?」
彼女達は断ることなく、嫌な顔をせず頷いた。
ブレストは扇形の町と呼ばれている。
夜になると中央に指定されている商業区は賑やかになる。
殆どの店が閉店するなか、夕方辺りから閉じていた扉が開く店も存在した。
依頼帰りに寄る者や、友人を引き連れて中に入っていく者、恋人同士で雰囲気作りに店を扉を開ける者といずれも大人ばかりが夕暮れの店に吸い寄せられていく。
橙色の空の中、明かりを点け営業を開始するのは一店舗だけではない。
中央の一本道にもいくつか存在し、その何店舗かある内の一つの店に二つの人影が入って行った。
落ち着きを見せる内装とは裏腹に、騒がしい室内は酒の匂いが漂っている。
ブラウンの壁と赤で彩られた席は大人っぽさを演出し、空気をそれとなく外とは断ち切っているようだ。
大人達の声が響くなか、入り口付近の一つの席に先ほどの二人が居た。
二人は全身を漆黒の布で包んでいて、肌をこれっぽっちも晒していない。
テーブルには来た時にウエイターが持ってきた、肉料理が湯気を放っていて二人共手を付けていない中、片方が会話を切り出す。
会話、といっても周りには絶対に聞き取れないほどの音量だ。
「おい、例の件はどうなっている?」
「順調」
最初に話した男は、赤黒く染まったグラスを口に向ける。
怪しげな飲み物だが、毒ではなく酒だ。
もう片方は単語のみを吐き、必要以上の会話をしない。
透き通るような美しい声を目の前の男に晒したくないかのような。
つれないな、と呟き男は続ける。
「ったく愛想がねえ奴だな。そんなんじゃあ、俺の女失格だぜ?」
男はグラスを置いた手で向かいに座っているフード女の顔を触ろうとする。
「拒否」
女性はぱし、と乾いた手で打ち払って否定を表現する。
払った時に露出した手はしなやか細く、女性を表すには十分だ。
先ほどのやりとりで、一瞬だけ視線が集中した気がするが男は構わずに続けた。
「ち、まあいい。それでだ、『いつ仕掛けていいんだ?』」
「明日」
ぴく、と男の眉が動き、小さく笑った。
「ほう、あいつの準備が整ったって訳か。次は誰を殺すんだ、ヴェレ」
「気分」
「そうかいそうかい。まぁー、あの娘の両親は張り合いが無かったもんなぁ? この町は楽しめるといいな。俺は数人しか殺してない訳だし」
言いながら男は再びフード女の肌を触ろうとするが、立ち上がり出口を目指したので空振りに終わる。
「おいおい、釣れねえなぁヴェレ。楽しみはこれからだってのに」
同じくフード男も立ち上がり、硬貨を数枚テーブルに転がし後を追う。
「潜伏」
「……へいへい。真面目なこった」
二人の会話は小声で行なわれた後ドアが開閉する音がし、店内は居なくなった客など気にせずにゆったりとした時間が流れ続けた。




