初陣
依頼は誰でもどんな人でも受けられる訳ではない。
申請書を記入して、依頼所側が請負証を発行出来ると判断した時に手続きが始まる。
もし過去に、殺人等の何かしらの事件を起こしている場合は請負証は発行されない。
無事請負証を発行して、適した難度に合った依頼を受け初めて成立する。
初心者は初めから高難度の依頼を受ける事は出来ない事になっている。
依頼所が設けた難易度制限のせいで、最初は難度1の依頼しか出来ない初心者は2以上の難度は選択出来ない。
つまり今のフィッテでは、レルヴェとセレナが受けている難度の依頼は受けられない事になる。
「私は……セレナちゃんや、レルヴェさんと一緒に依頼を受けられないの……?」
半泣きそうになりながらも、フィッテはセレナに訴える。
セレナはセレナで、冷静に抑えつつも脳内には『フィッテ写真コレクション』を更新していく。
「だ、大丈夫だって! そういう人が少なからず居たから依頼所が『初心者救済』を作成したの」
「私のような初めてな人に、救済……」
セレナは一枚の依頼書を指差して首を下ろす。
依頼書に表示されている難易度は5だ。
「ここでいう初心者は1~3までの難易度を示すよ。実戦経験があろうが無かろうが、難度4を受けられない人は皆初心者。1~3の難度を簡単に解決出来る人に救援を求める事が出来るの。それだけじゃなくて、ドロップや、報酬は全部依頼を受けた初心者さんだけ。一方で助けている側は、評価プラスって所かな」
「ふむふむ……評価プラスっていうのは具体的にはどういう評価なの?」
フィッテの質問にセレナは自分のカードを見せる。
「パーティー組むときに、この人はどれだけ初心者を助けたかの目安になるね。依頼所が達成ごとに請負証に記入してくれるから、安心なパーティーを組みたい時は請負証を見せてもらうのが一番かも。依頼を受ける人にとって周りからの評価プラスというわけ」
セレナの情報欄には『初心者救済数:3人』と記載されていた。
フィッテの出来立ての請負証には書かれていない項目だ。
他も見ようとしたが彼女のカードは大部分が指で隠されていたため、他の情報は読み取ることが出来なかった。
恥かしがりやなのか、すぐにカードをしまうセレナは両手を服の袖に移動させる。
「あはは……恥かしいよフィッテ。私はまだ3人なんだよ? 他の人はもっと助けてるはずだもん……」
「セレナちゃん、初心者救済数って同じ人でもダメなの? 同じ人なら私が……」
「だーめ。フィッテの気持ちはすごい分かるけど、この数字は全部違う人じゃないといけないの」
フィッテの意見を、システム上の理由で否定しなればいけないセレナの顔は悲しそうだった。
「とりあえず、説明はここまでだけど……質問はある?」
「……セレナちゃん、私が難度2以上を受けられる条件ってどういうの?」
「フィッテが難度2を受けられる程、難度1の依頼を完了していることと、指定依頼の達成かな。上位はレルヴェさんに聞かないと分からないけど、難度上昇の条件は基本的に変わらないはずだよ」
セレナから昇格条件を聞き、依頼板に貼り付けてある依頼書に目を凝らす。
セレナやレルヴェに追いつく為の壁となる莫大な紙の数。
簡単に終わるものもあれば、中には難度不相応な敵と戦う場合もあるだろう。
「……ありがとう。今は私が受けられそうな依頼を受けるしかないね。セレナちゃん、【スイフトスラスト】しかない私でも受けられるのってあるかな?」
フィッテに問い掛ける眼差しにセレナは難度1の依頼書に目を通す。
魔物討伐系か、物品依頼か、魔物素材の三つ。
難度が上がるともう少し選択肢が広がるが、初心者が出来そうなものはこのくらいだ。
その中で、格段に難易度が低いのが物品依頼だ。
物品依頼>魔物素材納品>魔物討伐の順で難度1は難易度構成されている。
セレナは敢えて、少し危険な魔物討伐の依頼書を指差した。
「ん~~……せっかくだしフィッテ、魔物討伐。してみようよ」
「だ、大丈夫かな……セレナちゃん、もし、もしもの時は助けてほしいの……」
「任せて! フィッテに怪我なんてさせないんだから!」
セレナが前線に立って全て魔物を倒してしまいそうな勢いだが、それでは意味がない。
フィッテ自らが挑んでいき、経験を積んでこそ成長に繋がる。
レルヴェは知ってはいるが、口出しせずに彼女達の思うがままにやらせている。
普段ならば、彼女もあれこれフィッテに説明するのだが今の時間だけは遠慮している。
レルヴェは赤の短髪を掻きながら、自分に適した難易度の依頼を選択し始めた。
「フィッテ、この3つのどれを倒すか選んで」
セレナは張り出されている3枚の依頼書を剥がして、フィッテに渡す。
討伐、と聞いてフィッテの顔色は良くないが、初めてという訳なので渋々内容を視界に入れた。
「どれも討伐系なんだね……」
フィッテはじっくり考え込む。
『テンタクルポール四体討伐』
『リトルワーム三体討伐』
『ガーダー一体討伐』
の三つの依頼。
「……セレナちゃん、依頼って何個も同時に受けてもいいの? 例えばこの三枚同時に受けるとか」
「無理かな。一人、もしくは一パーティにつき一つって決まりがあるの。後、その日に受けられる数は二つまでだよ」
「……じゃあ私はこの依頼にしようかな」
三つの内、一つの依頼書をセレナに見せた。
「ガーダー一体討伐、ね。難度1上位にあたるけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。……多分。せっかくの初依頼だし、見た事無い体験をしたいな」
てっきり気が弱いフィッテのことだから『テンタクルポール』か、『リトルワーム』のどちらかを選択するかと思ったセレナだが、予想とは違ったようだ。
『ガーダー』という魔物は、言葉の通り番人の意味を持つ。
難度1なのは、攻撃力が低いからだ。
その代わりに、ガーダーの持つ一部分の防御力はセレナでいう難度4あたりの魔物クラスと同等だ。
「決まったことだし、早速受付に渡そっか」
フィッテは進んで前に出て、受付のナーサの所まで向かう。
彼女はフィッテが来ても表情を変えずに、ぴん、と背筋を伸ばしている。
「ナーサさん、この依頼を受けたいです……」
「『ガーダー一体討伐』、ね。分かったわ。『救済』は?」
「後ろに居るセレナちゃんに助けてもらいます」
髪を揺らしてフィッテはセレナの姿を確認すると、見た目だけは近寄り難いナーサへと顔を戻す。
ナーサは喜怒哀楽を示さずに、フィッテが提出した依頼書に何かを書き込んでいく。
「破棄する時は依頼書を無くさないでね。破棄出来ないと分かったら、一定期間依頼を受けられないようになってしまうから気をつけて」
「……ありがとうございます」
彼女は腰を折り頭を下げた。
セレナの隣にはレルヴェが居た。
「……そういえば私が依頼を受けている間は、レルヴェさんはどうしますか?」
「依頼を受けようと思ったが、鎧に遭遇する可能性を考えると危険と判断したから一緒に行かせてもらうよ。鎧が出たら『救済』抜きで戦わせてもらう」
「フィッテが依頼を受けている間は、『初心者救済』の人以外は手出ししちゃいけないですからね……といっても、依頼に該当しない魔物(?)なので鎧が出たらレルヴェさんも助けてもらえるからね」
非常に頼りになる味方も同行してもらうことで、鎧対策の準備も整った。
三人は揃って依頼所の扉を開けた。
フィッテの選択した依頼の始まりである。
『ガーダー』は四足歩行の動物だ。
レルヴェが切り刻んだテンタクルポールとは異なる生活範囲をしている。
テンタクルポールこと、『うねうね棒』は東口周辺に生息しているが、ガーダーは南口を少し歩いた場所で鈍足ながらも日差しを浴びながら散歩をしている。
「……草を食べてますね。草食系ですか?」
「そう、肉食じゃないから食べられる事は無いんだけど……」
「フィッテ、あの盾豚相手に正面から挑もうと思うかい?」
三人は南口から離れた身を屈められる茂みに隠れ、前方数十メートル先に緑の一本草を噛んでいるガーダーに目を凝らしている。
唯の四足歩行ならば、どこにでも居る動物である。
それどころか人間はどうにかして調理出来ないか、という考えに至る。
ガーダーも調理出来なくはない。
外見が豚のように形が似ていて、肉である部位は捌かれて食肉としても重宝されている。
普通の豚とは違う所は、顔の皮膚を硬化し、拡大するかのように丸い盾が展開されている所だ。
目、口、耳はそのままに、豚にしてはやや短めな鼻の部分。
地面から浮いている盾の部分だけが金属で出来ているかのように頑丈で、背から伸びた三つ又の棒が盾の後方部に刺さって草地を引きずらないようになっていた。
「い、いえ……あの体ならば正面は避けて、ピンク色の肉部分の側面か後方を私は狙いたいです……」
「正解だよフィッテ。あの盾は生半可な威力じゃ弾かれてるだけ。むき出しになってる目や鼻を狙えば正面もいけなくもないけど、ここは横からとかのが堅実だよね」
「セレナ。解説もいいが、そろそろ仕掛けたらどうだい? 奴が動くんじゃないのかい」
言うより早く、盾豚こと、ガーダーがこちらに向かってくる。
周囲に自分が食べたい草がないから方向を変えたのだろうが、このままではフィッテ達はぶつかってしまう。
速度はそれほどではないが、ぶつかったら痛いのは確実だろう。
「せ、セレナちゃん、横に移動すればいいんだよね……?」
「そう! 出来れば詠唱しながらね!」
セレナとレルヴェは左に茂みを脱出し、フィッテは右に飛び出し詠唱を開始する。
彼女の詠唱のやりかたは、走りながらや動きながらでは若干の無理が生じる。
だから彼女は両手を組まずに、切り抜けることにする。
多少の詠唱時間は掛かるが、詠唱が出来ない訳ではないので本来の詠唱スタイルでなくてもいいのだ。
フィッテが退避する間にガーダーは真正面から突っ込んでくる。
距離は取ってあるので、方向転換してフィッテに突撃しても反応して回避は可能だ。
「……いきます、【スイフトスラスト】!」
彼女の準備が整い、魔力を消費して銀の矢が創られた。
彼女が設定した時間は僅か十秒なので、早めに撃つか近接で切りつけるとかしないと魔力だけを消費して消えてしまう。
普段なら慌ててどうしようか迷っているフィッテだが、今は不思議と平気だった。
一対一や、セレナやレルヴェが居る状況のおかげなのか。
フィッテは茂みの前で急停止したガーダーの腹部目掛けて、矢を投げつけた。
獲物に食いつかんばかりで銀の矢は、白い粒子を散らしながらガーダーへ向かう。
横腹に直撃すると、穿った箇所から赤色の液体が零れ落ちる。
やったか、と思いきや、攻撃方向のフィッテへと盾を構え、最初とは異なる速度で駆ける。
「あ、あわわ……ど、どうしよう、と、とりあえず詠唱しなきゃ……!」
一撃で仕留められると確信していたばかりに、フィッテは予想外の行動と耐久力にうろたえる。
正面なら難度4相当だろうが、柔らかそうな桃の肉体は難度4の影響を受けているのか沈むことは無かった。
もう一度創造魔法を生み出そうとするが、何故か時間が掛かって発動が出来ない。
彼女は回避を忘れて棒立ちで詠唱しているのに、だ。
「まずいねセレナ、助けられるかい!?」
「勿論です! フィッテ、落ち着いてスイフトスラストの姿をイメージして! じゃないといつまでも出来ない!!」
セレナ側からはセレナが動き、助言と共に彼女も魔法を準備する。
ガーダーは一直線に抵抗しない少女に荒い鼻息を立てながら、短い足を力強く踏みしめ近付いていく。
フィッテが動けない限り、彼女の体に盾豚の物理攻撃が当たるのは時間の問題だった。




