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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
23/78

収獲

 自分だけの魔法が創れる創造魔法。

 昨日は憧れを抱いているだけだったが、今は違う。

 彼女は手助けを得ながら、自分だけの魔法を創った。


「レルヴェさん、いきます……【スイフトスラスト】!」


 フィッテの手には銀色に彩られた一本の矢が具現化していた。

 誰かが創って手渡した訳ではなく、正真正銘、フィッテ自身によって生み出された矢だ。

 重さなど微塵も感じない程に軽かった。振り回すには十分な棒を持っているような軽さだ。

 熱さも冷たさも感知できないことから、無属性なのだろう。

 銀の矢はフィッテが軽く振っただけで、白の粒子が生まれ、欠片も残さず消えていく。

 彼女の創った魔法はそう永くは持たないはずだ。

 フィッテが一番分かっていることなので、彼女はレルヴェに向かって突撃した。

 投げてもよかったのだが、不慮の事故でレルヴェではない方向に飛んでいったら大変な事になるので、彼女目掛けて駆けていく。


「……えい!」


 フィッテは武器の射程に入ったのを確認して、少々頼りない掛け声と共に銀の矢を振るう。

 実際に殺める訳ではなく、寸止めぐらいで終わらせるはずだった。

 寸止めで終わらなかったのは、レルヴェが手を出してきたからである。

 

「初めてにしてはいい踏み込みだ、フィッテ」


 右斜めに斬りつけたレルヴェは、フィッテの創った【スイフトスラスト】だけを的確に狙った。

 フィッテは相手の武器が見えないが、風が頬を撫でたのだけは感じた。

 風に気を取られている間に、フィッテの持っていた銀の矢は誰かに持ってかれたかのように白い粒だけを残して消えた。

 フィッテは実力の違いを体感すると、ぺこりとお辞儀をする。


「……やはりレルヴェさんはお強いですね。完敗です」

「いやいや、フィッテ。あんたはいずれセレナに追いつけるだろう。私が証明しようじゃないか」

「ふふ、それはどうでしょうかレルヴェさん? 私だって日々成長しているんですよ!」


 どこか威張った様子のセレナに対して、レルヴェは何かに向けて冷ややかな視線を送る。


「へぇ……成長していても、全くといっていいほど、進歩がない部分もあるんじゃないかい?」

「どこなんでしょうね? その言葉はレルヴェさんにも言えると思いますのでそっくりそのままお返ししますよ」


 お互い顔を近づけ、睨み合いをしている二人をなだめようとする光景は何度かした記憶があった。

 このままでは本当に喧嘩をしそうな勢いなので、今のうちに火は消しておこうと胆に銘じたフィッテだった。


「はは、フィッテよ。私が些細な事で怒る訳がないだろ?」

「そ、そうだよ~。私だってちょっと本当の事言われたからって、すぐ怒るような人じゃないよ」


 フィッテは何とか抑えこんだが、二人共顔が笑っていなかった。

 もう少し騒ぎが大きければ、町人が喧嘩かと野次馬根性で集まる所だ。

 ちなみに創造魔法作製の場所と知られている魔法屋裏の敷地だが、フィッテが無事作製できた時も数人の町人が集まったという。

 町人は普段見慣れているので、作製時に生じた閃光に寄って集ったが創造魔法作製だと知ると皆興味を失ったかのように各々散っていったという。

 それだけこの何の変哲もない草芝が、創造魔法の役に立っていると思い知らされる。


「……と、とりあえずですよ。私の請負証が完成するのが昼ぐらいだと思いますのでそれまでは手が空きますね」

「レルヴェさん、少し早いですがお昼ご飯にしますか?」

「お、いいねぇ」


 先ほどまでお互いの創造魔法を撃ち合うのでは、という位にまで盛り上がっていた彼女達の睨み合いはフィッテの努力と空腹によってかき消された。

 フィッテはお昼ご飯に感謝しつつも、内部に宿る確かな力を感じた。

 これでようやくスタートラインに並ぶ事が出来る。走り出す事はまだ出来ないが。


 【スイフトスラスト】だけでは力不足なのは否めないが、これから別の創造魔法を創っていけばいい。

 そんな事を考えながらフィッテは先を歩くレルヴェについて行く。


「お昼は何にするんですか?」

「ふ、着いてからのお楽しみさ」


 笑みを浮かべて彼女は西に歩けばある商業区に足を運ぶ。


「レルヴェさんはきっといつもの奴だね」

「いつもの……?」


 セレナは半ば呆れたように、両手を持ち上げ首を左右に振った。










 お昼前の商業区は混んでいた。

 昼食前なのもあり、様々な飲食店は外に行列が出来るほどだ。

 平和なのは武器屋や服屋といった、飲み食いをするのに関係があまり無い店である。

 中央の一本道はそのまま南下していけば、南口に辿り着けるだろう。

 しかしそれだとレルヴェが目的地としている店に着かないので、一本道を通る際にいくつか枝分かれした道を進む。

 人の川を横断する時、向かいにある通路が見える。彼女はそこを通るつもりだが、この流れに逆らうのはいささか無理があるのではないだろうか。

 

 

「皆居るかい?」

「は、はい!」

「な、何とか……」


 レルヴェは後ろを振り向きながら進んでくれたので、はぐれそうになった時は助かった。

 セレナは迷子にならないように、とフィッテと手を繋いでいる。

 照れてるのはもはやお決まりになりつつある。

 フィッテは辿り着くのに必死だし、何が何でもこの手を離すものかとぎゅっと握り締め、離さなかった。

 彼女の手は自分と同じぐらいの細さだったが、頼りになる度合いは雲泥の差だった。

 同じ年齢の少女の手でもこうも違うと、いかに自分が実力も持っていないか痛感する。

 人の群れを半ば強引にかき分けつつ、彼女達三人は枝分かれした道に足を踏み入れ混雑からは解放される。

 

「……セレナちゃん、ありがとう。おかげで助かったよ」

「い、いえ、ど、どういたしまして……!」

「……また人混みの中に行くときは頼ってもいいかな」

「も、もちろんだよ!」


 自然に離れたセレナの手には未だにフィッテの温もりが残っていた。

 セレナは名残惜しそうにぎゅっと両手を組んだ。

 彼女に握ってもらった感触と温もりを逃さないように。

 フィッテは余裕が出てきたのか、後ろを振り返ったり周りを見回している。

 少し前の人の群れに突っ込んだ時の泣きそうな顔とは正反対に喜びの表情だ。

 先行しているレルヴェは、すいすいと間違うことなく別の意味で迷いそうな道を進む。

 枝分かれに次ぐ枝分かれでそれぞれが住宅に繋がっているのだが、初めてここに来る人は地図が必要なのでは、と思うほどである。

 フィッテは脳内地図記憶をしてはいるが、自信が無いので帰りもレルヴェやセレナに頼ることとなる。

 

「着いたよ。ここが今日の昼食場所、『ハーベスト』さ」


 複雑に分かれた道を右折したレルヴェは立ち止まった。

 二階建ての木造建築には看板が取り付けられている。

 看板には一枚の葉っぱが描かれており、葉の下に店名が書かれていた。

 看板だけでは何屋か想像がし辛い、というのがフィッテの感想である。


「知ってる人は知ってる丼屋だね。丼以外にも扱っているんだけど……今日は食べないだろうね」

「さて私は既に空腹だから先に入らせてもらうよ」

「あ、待ってくださいよ!」


 ブラウンの引き戸を開け中に入ってしまった彼女を追うべく、フィッテ達もそれに続いた。





 内部はカウンター席がほとんどとなっており、テーブル席は数えるほどしかなかった。

 白い壁を除いて、殆どが赤を基調とした造りになっている。

 カウンターテーブルは赤で、縁が黒色。

 厨房も赤の保存庫が使用されている。

 店内はさほど混んでおらず、席もまばらに空いている。

 三人は適当に空いているカウンター席三つに腰を掛け、左からレルヴェ、セレナ、フィッテの順に座った。


「マスター、おすすめ三つ!」


 レルヴェの活き活きとした声が響き、マスターと呼ばれた人物がカウンター越しに現れる。

 小柄で、確実に老いが進行している肌からは脂汗が滲んでいた。

 座っているからギリギリ顔が見えているが、白の料理服も着ているのは見辛い。

 それぞれの席に水が入ったグラスを置くと顔を確認した。


「おう、レルヴェじゃねえか。ふむ、セレナはいいとして、こっちの新顔は?」

「は、初めまして! フィッテ=イールディと言います! よ、よろしくお願いします……」


 おずおずと何度目かの自己紹介をしたフィッテはテーブルに目を向けた。


「はっは! こいつぁ可愛らしい嬢ちゃんじゃねえか! おまけしといてやるよ!」

「……あ、ありがとうござ」

「マスター。私にはおまけ、無いんですか?」


 フィッテのお礼を遮って、セレナは抗議の声を上げている。


「ぐぐ、わーったよ! ったく、可愛いってのは罪だな……」

「待ちな」


 すごすごと奥へ引っ込んでいこうとした所に女性の声が入る。

 声の主はレルヴェなのだが、その声は鋭利な氷を突きつけられたかのように冷ややかで殺気を感じるほど。


「マスター。可愛い私の弟子にはおまけして、その師匠である私には付け足しは無いのかい?」

「ちっ、その変わりだがレルヴェ。今度奢れよな」

「ふ、分かっているさ」


 若干悲しそうな姿で消えたマスターを見送ったレルヴェは、現状の説明をする。


「おまけも貰えることだし、説明ってほどじゃあないけど一応ね」

「整理するには丁度いいですね」


 特に聞きたい事もないフィッテは、彼女の話に耳を傾ける。


「依頼所でフィッテの請負証を発行申請済み、お昼頃予定。ガンセにラウシェの状況を聞いてからフィッテの創造魔法の手伝いをする。フィッテは無事作製し、残す用事は請負証と取りに行って記念に依頼を受けるだけだ」

「いよいよですね、依頼。そいえばフィッテ、魔力残量は分かる?」

「えっと……」


 フィッテは手近な表現手段として、自分のグラスを持つ。


「今コップに入ってる水を魔力としたら、私が使えそうな量はこのぐらい……」


 フィッテはグラスには並々と入っている水を指差した後、半分ぐらいの地点に指を置いた。

 つまりフィッテは残りの魔力は半分程となる。

 

「あーごっそり減ったねぇ。【スイフトスラスト】がどれぐらい使えるかで、今日の依頼は変わりそうだね」

「創造魔法を創るときと、【スイフトスラスト】をレルヴェさんに使っただけだから、いかに魔法を創るのが大変か分かるね……」

「流石の私でも魔法を創るときは消費量が嫌らしいからねえ……」


 喉を潤す為にレルヴェは水を飲む。

 彼女達の何倍も強いレルヴェだって消費するのだ。フィッテが驚くほど減っていても何もおかしくはない。

 

「ともかく、だ。半分残っていれば数発は使えるから、そこらへんは私達で最大限カバーしようじゃないか。何せ経験値が足りないと、他の魔法を創れないからねぇ」

「経験値……?」


 フィッテが気になる、という興味津々を表すには十分の少し輝きを持った瞳を近づける。

 創造魔法や、依頼関連ならば何が何でも覚えておきたい姿勢が伝わってくる。

 

「勉強熱心なことだ。本来人間である私達にも経験値はある。剣術だったり、料理だったりね。創造魔法にも経験値は存在して、使えば使う程その属性値が成長していきより強力な創造魔法を生み出せるって訳さ」

「属性値って事は、火属性だったら火の魔法が必要なんですね……」

「そういうことさ。ちなみにこの属性じゃないと出来ないなんて事はないから、色々な魔法を創るといい」


 三人はタイミングを図ったかのように水を口に含む。

 フィッテは頭の中に、今知った情報を叩き込んでおく。

 セレナとレルヴェに追いつく為には知らなければいけない事が沢山あるようだ。

 自分で素材を入手したら、色々試そうと思ったフィッテであった。

 彼女の隣で溜息が聞こえたので、誰かと思えばセレナである。

 

「なんというか、私の出番が全くといっていいほどないですね」

「じゃあ、依頼受ける時にセレナが解説するといい」

「分かりました! 私にお任せあれ!」

 

 フィッテは、自信たっぷりに胸を叩くセレナに視線を送る。

 先ほどの溜息からして、何か心配事でもあるのではないかと思ったからだ。

 原因が分かって胸を撫で下ろした直後に、一つの器がやってきた。


「ほい、お待たせ! 全員おまけ付だから味わって食べてくれよ!」


 マスターは三人分の料理を置くとさっさと他の客の対応をする。

 手伝いが一人ぐらいは居るかもしれないが、もしかしたら一人でこの時間は切り盛りしているのかもしれない。


「さて、ハーベスト名物とも言えるハーベスト丼だが、これは私なりにフィッテが力をつけて欲しい、という期待から選んだものだ。口に合ってくれると嬉しいよ」


 器に入っている物は茶色に焼けた肉だ。

 一口で食べれるサイズの肉がたんまりと盛られていた。

 肉肉肉と、底にご飯が入っているはずだがその為にはまず肉の大群をどうにかしないといけない。

  

「レルヴェさん、フィッテにこの量は無茶だと思うんですけどね……」

「ふ、その時はその時さ」

「ん? セレナちゃん。このぐらいだったら食べれそうだよ?」


 なん……と言い掛けて口を開けるのはセレナだ。

 フィッテにとってはこの多さは苦にならないというのか。

 レルヴェも意外だ、と呟き手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 一口肉を噛めば、すぐさま肉汁が広がり肉が口内で踊るかのように吸い込まれていく。

 タレなど要らない程に箸が進んでいき、フィッテが気がついた頃には肉の何割かは胃の中に収まっていた。


「っ!? 気がついたらお肉ばかり食べてました……」

「ふ、ハーベスト丼は限定食だからねぇ。取り寄せてある材料が良いんだろうさ」

「最初は量を気にしていたけど、これなら心配ないですね」


 三人は会話をそこそこに目の前の丼と向き合う。

 他の客は不思議な目線で見るが、限定食が現れ口に入れれば理由が分かり黙って食べ始める。

 食べながらフィッテはレルヴェが言っていた言葉を思い出していた。


(『師匠』はレルヴェさんだとして、私とセレナちゃんは『弟子』なんでしょうか……?)


 考えていても仕方がないので、覚えていたら後で聞こうと頭の片隅にしまうフィッテだった。

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