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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
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銀色

 家の壁に衝突した音とも取れるし、扉が強打されている音にも聞こえる。

 フィッテが向かおうとしたが、父は椅子から立ち上がり片手でそれを制止した。

 誰かが訪問したのかと思って彼は一人玄関扉へ行った。


「どなたですか?」


 返答は無かった。が、数秒後、風切り音による返事はあった。

 木で作られた扉に一筋の縦線が入る。最初は何が起きたか分からなかった。

 いきなり玄関の木製ドアが縦に真っ二つにされたからだ。

 はっきり真っ二つと認識出来たのは、扉が銀に光る手甲が突き出され壊されたからである。


「っ……!?」


 木製扉が横たわる音に続いて全身鉄製の銀色に光る鎧を着た何者かが、ドアの近くに居た父親を斜めに斬り捨てる。

 情けも容赦もない一撃は、とても素人が避けれると思える剣速ではなかった。


「ぐ、ほぁっ……!? に、逃げ……」


 虚を突いた不意打ちには防御など出来ずに、最後の言葉となった父親は両手をあげ、仰向けに倒れた。

 地が木目で彩られた床を鮮血で染め上げ、甲冑にも赤い血がこびり付いた。

 一人始末したのを確認すると残りの三人に狙いを定めるべく、振り返る。

 銀色の鎧は滑らかなフォルムで棘々しい部分は見当たらない。

 全身が鉄で固められて、一つの芸術品としても申し分ない美しさを誇る。

 両手持ちをしている身長ほどありそうな大きな黒く鈍く光る剣さえ無ければ、金持ちの家にありそうな抜け殻の鎧だろう。

 

「……お父さん……?」

「お父様……?」


 彼女と友人はそのまま呆気に取られたように棒立ち、母親だけが身の危険と我が子と、友人を守る為に台所から駆けつけテーブルの上に置いてあった花瓶を投げつける。

 一秒でも時間稼ぎをした隙に逃がそうと試みる。

 実際、花瓶の一つや二つは対抗策にはならない。

 現に鎧に当たって、甲高い音を上げたのにも関わらず無傷だからだ。

 ガラスの破片と水、花が寂しそうに床に散らばる。


「フィッテ! セレナちゃん! 今のうちに裏口から!」

「はい! お母様!」

「わ、分かった……!」


 母による指示によって、意識を戻せた友人のセレナとフィッテは動く。が、セレナは思い留まり母の加勢に行こうと進言する。


「お母様、私の創造魔法でどうにか出来ないでしょうか?」

「セレナちゃん、どんな系統が使える?」

「私のメインは攻撃です。補助とかは苦手なのであまり……」

「じゃあ私が時間稼ぐから、セレナちゃんは詠唱お願い!」

「そうぞうまほう? ……えいしょう?」


 言うが早いか、母は椅子の背もたれを持ち上げ鎧に殴りかかった。

 フィッテの疑問には答えず、セレナは敵に視線を向ける。

 腕を真っ直ぐに突き出し、手の平をこれでもか、とばかりに広げる。

 もう片方の手は突き出した腕に優しく添える。

 更に目を閉じて、外敵の存在を視野に入れない。

 詠唱の姿勢はそれぞれ自由なので、彼女なりの集中方である。


「無謀」


 地の声を歪ませてすり潰したような声を発し、銀色の鎧は剣を使うまでもない、といった感じで手甲で防ぐ。

 フィッテの母は弾かれてもめげずに椅子を振り下ろし、追撃を仕掛ける。

 セレナの詠唱はまだ続いていた。

 攻撃の手を休める事無く鎧の相手をしていれば、強力な援護が来ることを踏んでいるからだ。

 しかし、更なる椅子の打撃の前に銀の鎧が先に動いた。


「先手」


 言葉通り一手先の行動を鎧がし、家の中で振るうには無理がありそうな大剣を物ともせずに振り上げ椅子を真っ二つに両断する。


「く……っ!」


 フィッテの母の苦渋な表情が鎧の兜から読み取れる。

 母の体こそは斬るには及ばなかったが、椅子の一つを奪うことが出来た。

 もう一歩母か鎧のどちらかが踏み込んでいれば、致命傷を負ったかもしれない。

 やむを得ず、母は二つになった座れない椅子を捨てて後ずさりし、残りの椅子を取りに行く。

 そろそろ頃合いなのもあり、後方の詠唱が終了しているかと思っていると。


「お待たせしましたお母様! 【スイフトアロー】!」


 フィッテの友人のセレナが母を追い越して、庇うように前に立つ。

 手ぶらの状態ならば、無謀、蛮勇と母は言って引き止めるだろう。

 だが今の彼女は違った。長かった詠唱を終え、手には一本の銀色に輝く矢を持っていたからだ。

 腕一本分の長さはあるだろうか。銀の矢を軽々と持っているあたり、さほど重くはないと思われる。

 フィッテはその矢を見るのは初めてなので、驚きの表情で見つめた。

 初めて見る人はそれなりの威圧感を味わえるだろう、威力も兼ねているので一種の凶器そのものである。


「すごい……、これがそうぞうまほう……?」

「そうよフィッテ、いずれあなたにも教えるか迷ってて、こんな結果になってしまったけれども……」


 母は椅子を触れたあと、自分の娘の頭を優しく撫でる。

 前々からセレナの冒険話を聞いてる時に、教えようか教えまいか迷っていたのだった。

 創造魔法を覚えたら、きっとセレナと共に旅立ってしまうのではないか、という両親の保護欲が溢れていた。

 もしかしたら、娘が創造魔法を使えていたらこのような悲劇は起こらなかったのではないか。

 考えれば考えるほどに、後悔しか出てこない気がした。

 やるせない気持ちを殺し、フィッテの母は敵を視界に収めた。


「フィッテ、あなたはここで待っていなさい。私とセレナちゃんでなんとかするから」

「で、でも……」

「わがまま言わないの、終わったら後でゆっくり話すから、ね?」


 フィッテは母の説得に渋々納得し、首を縦に振る。


「感嘆」


 鎧は皮肉かどうかはさておき、言葉上は褒めてる様子だった。

 創造魔法を出せることか、親子の愛の素晴らしさなのか。

 どちらにせよ、セレナは嬉しくなさそうに口を曲げて敵を睨む。


「これ、喰らっても同じ事言える?」


 シルバーカラーに彩られた矢の柄を持ちながら、鎧には当てずに空を横薙ぎする。

 矢の全身から少量の白い粒子が放出され、空中に浮かんだとおもったらすぐに霧散した。

 セレナなりの威嚇だったが、鎧は意に介さない。

 それどころか彼女に迫り、近づいていく。


「余裕」


 鎧の自身ありげな発言を聞き、セレナは一歩身を退いたかと思えば一気に加速して鎧に突撃した。


「その余裕を、かき消す……っ!!」


 片手で持っていた矢を前傾姿勢で、矢と同じ色に艶を出す鎧に突き刺す。


「無駄」


 鎧は予め攻撃が来るのを予想していたかのように、鏃に手の平を合わせ防ごうとする。

 全身鎧であるが故、鉄で出来ているので簡単に防げると思っていた。

 しかし、それを易々と貫通してみせたのが、セレナの創造魔法【スイフトアロー】だ。


「無駄、じゃないよね? さっきまでの余裕はどこにいったのかな」


 手の平を通り過ぎ、手首を貫いた所で勢いは減衰し、徐々に輝きを失い粒子を残して消えていった。

 残ったのは、矢で穿った手の平と、滴り落ちる血の痕だった。 

 鎧は自分の受けた傷を受けて、鼻で笑ったような気がした。

 近距離に居たセレナでさえ聞こえなかった音だろう。

 刹那、留まることを知らない程の殺気が放たれ、セレナは後ろへ短い跳躍を何回もくり返しフィッテ、と彼女の母の場所まで下がる。

 銀の鎧から恐怖とも取れる黒のオーラが湧き出ているのが全員の目からでも把握出来る。

 今までが遊び、余興だとしたならば次からの一撃一撃は本気を出したものになるだろう。

 三人はゾッとした表情を浮かべ、冷や汗すら流せそうに無かった。


「し、しまっ……お母様、あいつは思った以上に危険です! すぐに逃げないと!」

「裏口を使いましょう、先に行きなさい」

「お母さん……!?」


 母が二人の前に出て、庇うように両手を広げる。

 これ以上の戦いは無理と悟ったか、自分を犠牲にしてフィッテ達を逃そうというのだ。

 そんなことはフィッテ、セレナの両方が許さなかった。


「お母様、お父様に続いてあなたまで居なくなってしまうのですか!? 今の私達では太刀打ち出来ないかもしれないんですよ!?」

「そう、だよ……! 死んじゃやだよ……!!」

「フィッテ、セレナちゃん。私があの人を失ったからといって、足止め役として終わる気はないわよ?」


 フィッテとセレナの説得を母は振り返らずに自信ありげに返した。

 少女達は前方の湧き出る恐怖から、足がすくんで戦う意思どころか立って居るのが精一杯だった。

 現に二人の足はがくがくと震え、今にもその場に崩れ落ちてしまいそうだ。

 フィッテはともかく、戦闘をしたことがあるセレナですらその場から動けないでいるのだ、殺気は相当なものだろう。

 一方で前線に立っている母も実は怖いのだ、ここで意地を張らないと彼女達が壊れてしまう。

 せめて私がしっかりしないといけない、という思いが母にはあった。


「茶番」


 吐き捨てるかのような口調と共に、縦に長い剣を目の前に邪魔な障害物をどかすように、大きく薙ぎ払った。

 速い――。母が感じた時には眼前に黒の刃が迫っていた。

 ダメもとで後方へ素早く跳躍するが、体より僅かに前へ出していた右腕が餌食となり、分断され床に虚しく音を立てて落ちる。


「っつ、あぁああああ____っ!!!!!!」

「お母様!!」

「お母さん!!」


 殺気からの呪縛に解かれたように、母の後ろの二人が走り寄る音がし、母が左腕を再び真横に広げる。

 右腕は既に無く、断面からおびただしい血の量が床を朱に染めた。


「だ、大丈夫だから、ね?」


 しかし、がたがた震える左腕は使い物にならないかのように、だらしなく下曲線を描きお世辞にも後方の二人を制止しているとは言い難い。

 今にも倒れ落ちそうな痛みのはずなのに必死に耐えてる様子を見て、フィッテは涙を流していた。

 自分に力があったら、こんな状況にはならなかったのに。

 母だけではなく、父親も守れたかもしれないのに。


「どうして……やだよ……!」


 耐え切れなくなったセレナはフィッテの母の隣に並び、その腕を手に取った。


「まさか何も策も持たないで、前に出た訳では無いですよね?」

「言ったでしょ? 足止め役ではないって」


 隣に並ぶ我が子の友人に笑みを返し、左手を殺気に包まれている鎧に向ける。

 笑みは弱々しく、苦痛が大分混じっていたが、それでも笑顔を絶やさない母だった。

 覚悟を決めたのか、痛みを強引に押し殺し凛々しい表情で鎧を睨み付け、左腕はぴんと一本の線のように張り巡らせ鎧へと向ける。

 セレナは様子が変わったフィッテの母を見て、腕から手を離し数歩下がりフィッテと合流した。


「狩猟」


 更に右腕のみならず、命をもぎ取るべく漆黒の大剣を素早く突き出し貫通させようとする。

 間に合わない、と察したセレナは母の前に出ようとしたが、母の異変に気付き歩みを止めた。


「お母さん……!?」


 フィッテの視線は敵など眼中に無い程に、自分の母親に釘付けになっていた。

 右手は切り裂かれた部分から血が落ちている。

 左手は鎧へと照準を合わせているかのように、微動だにしない。が、彼女の衣服が風に当てられてるようにはためいていた。


「【バラージ、スラッシャー】!」


 母親の体全体から一陣の風が吹いたかと思うと、一瞬で止み、彼女の前方に刃が展開された。

 剣等の直線的な刃ではなく、曲線を描いた三日月状の鋭い銀の刃。

 それらがいくつも具現化し、いつの間にか人が通れる隙間が無くなりそうな程の刃の弾幕が構成されていた。

 くぼんでいる部分ではなく、膨らみのある方を刃とし、鎧に角度こそは違えど全てがすぐにでも銀の鎧に噛み付きそうな勢いだった。

 大剣が届くのと、母が人差し指を鎧に向けるのはほぼ同時だった。


「……いくわよ、銀の鎧」 

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