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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
19/78

朝食

 翌日、フィッテが朝日を浴びて目を覚ますと二人は居なかった。


「……?」


 まるで溶けるかのように消えたようだ。

 落ち着いて棚から眼鏡を取り、ぼやけた視界から脱出すると時計が目に入った。


「『8』、『00』……8時か……ご飯とか食べてからなのかな?」


 ここでいつまでも考えても仕方がないと思い、ドアへと近付いた時、開閉式の板が不意に開けられ、そこから一人の少女が飛び出してきた。


「……セレナちゃん!」

「ん、起きたね。とりあえず朝ごはんにしようと思うから、下へ一緒に行こ」


 彼女はパジャマ姿に十分瞳に焼き付けてから、提案をした。


「ん、分かった。レルヴェさんは?」

「……あの人は待機してるよ。何というか余程お腹空いてたのかな」


 あまり人を待たせるのは悪いので、このままセレナと行動を共にすることにした。

 昨日の件で気になっていたが、【スイフトアロー】によって開いた穴は一応塞がれてあった。

 夜、フィッテが眠った後に応急布以外の対策を施したのだろう。

 彼女は昨日と同じ服の上から、胸部から膝ぐらいを覆う桃を基調とした布を着用している。

 布は肩と腰にも広がり、背中で肩から交差し首に掛けて、腰は前面から出っ張った布片に紐を付け後ろで結ぶようになっている。

 セレナが何か調理でもしているのだろうか。

 ただ朝食を頂くだけならば、衣服が汚れないように上から一枚布を敷けばいいからだ。


「……セレナちゃん、もしかして朝の準備?」


 扉を閉めたフィッテは歩きながら些細な疑問を口にする。


「そうだよ。それよりも……このエプロン、どうかな?」


 セレナは、たた、とフィッテの前まで歩み出てその場でくるりと一周する。


「可愛い……良いと思うよ」

「あ、あり、ありがとう……!」


 フィッテは嘘偽りない感想を口にすると、セレナは小さく跳び上がり嬉しさを前面にアピールした。

 二人の間に何か誤解が生まれていそうなやりとりだが、お互いは気にすることなく階段を下りる。


「そういえばフィッテ」

「?」

「嫌いな食べ物ってある?」

「特にはない、かな。……セレナちゃんの料理なら楽しみだし」





 朝食、と聞いてフィッテの顔は楽しそうだった。

 笑い声を発している訳でないのに、こう心が躍るような感じが伝わってくる。


「かわいい……」

「ん……。セレナちゃん何か言った?」

「ななな、なんでもないっ! ささ、食堂はこっちだよー」


 さり気ない呟きを誤魔化すかのように、セレナは先頭を歩く。

 真っ直ぐに伸びた通路はいずれも部屋が左右に付いている。

 セレナの部屋を訪れた時に表示されていた『ゆいとなーさのおへや』とは違い、堅苦しく寮長室などと書かれてプレートばかりだった。

 こちら側の部屋は子供達の部屋ではなく、ここで働いている人達の部屋なのだろう。

 いくつかのプレートを通り過ぎるとセレナがあるドアの前で立ち止まり、案内する。

 フィッテはそれに従い、部屋の前に着いた。

 ドアの上へ書かれたプレートに表示されている文字は『食堂』だ。

 この中には既にレルヴェが待機しているだろう。

 空腹のあまりに獣の如く暴れていなければいいが。


「ささ、入って入って」


 一度首を頷けるとフィッテはドアを開けた。

 室内は奥に伸び、白壁に窓が一定の距離を置いて設置されている。

 天井には豪華とはいえないが、白色の光りの周りを覆う透明なリングが食卓を明るく照らしていた。


「おっ、お目覚めのようだね姫さま」

「わ、私は姫なんかじゃ……」


 イスに腰掛けたレルヴェの言葉とは裏腹に、空腹を訴えているのかどこか虚ろな目線が怖くてつい目を逸らしたくなってしまう。

 テーブルには既に皿の上に食材が載っていて、それぞれが魅力を持ち食欲を湧かせる。

 テーブルは四人一組の構成になっていて、料理が並んでいないテーブルは三つほど存在した。

 褐色の扇形のパン、緑で彩られた中に咲く小さく赤い球体野菜、カップにたっぷりと注がれた黄色の粒々が混じった薄黄色のスープ。

 茶色にこんがりと焼かれた薄皮の肉は何枚か並べられ、その上に塩気を含ませるため白と黒の粒を撒いている。

 円形が乱れた白い囲いの真ん中に、綺麗な丸を描いた黄身が隣に寄り添う光景はさながら朝食の夫婦といった感じか。

 また手前に置かれたグラスの中身はそれぞれ異なり、レルヴェが赤、フィッテが橙、セレナが紫と、明るめなな色と暗めな飲み物と人数分の料理が揃った。


「すごい、おいしそう……。これは全部セレナちゃんが?」

「……パンだけレルヴェさん」


 何故か頬を不満そうに膨らませるセレナは奥の流し台に向かう。

 その際に来ていたエプロンをイスに掛けた。

 セレナが向かう場所だが、食器などを洗うと同時に一日のスタート場所でもある。

 フィッテに手招きをし、彼女は何をするかを把握した。


 平らな台の隣に凹みがある台の上部に一本の棒が設置されていた。

 その先に球体が取り付けられており、球体の上部分にはボタンが見える。

 セレナがボタンを押すと、球体から透明な水が吐き出され窪んだ巨大な容器に流れた。

 彼女は水に触れてから、上にある物置棚にある、丸い入れ物の中身をすくった。


「セレナちゃん、早めに起こしてくれればよかったのに……」

「いや~、フィッテが幸せそうな顔してたから悪いかなって。それに、朝食の準備をしてお出迎えしようとしたら意外と時間掛かったのも原因かな」


 フィッテも同じ動作をし、手洗いをする。

 丸い容器の中はどうやら殺菌消毒の道具のようだ。

 白色のジェル状で、水を含ませてから両手を合わせて動かすと見る見るうちに泡が手を包囲した。

 セレナはこの間にもボタンを押して、水の流れを制限している。

 二人が手を擦り合わせたり、指と指の間を撫でてから再度水洗いをする。


「時間掛かって当然だよ……豪華な朝食でいいのかなぁ……」

「今日は忙しくなるかもしれないから、朝から食べてもらおう! という意味があるんだからちゃんと食べてほしいな」

 

 二人が入れるスペースを存分に使い、手洗いを済まして戻ってくるとレルヴェが虚ろな目線でじーっと早くしろオーラを発していた。

 流石に申し訳ない、と察して二人はそそくさと席に着く。

 フィッテを中心に、セレナ右、レルヴェが左隣だ。

 二人が着席したのを合図に、レルヴェはパンに手を伸ばそうと構える。


「所で……さっきパンだけレルヴェさんって言ってたけど、レルヴェさんが調達を……?」

「私が何もしない訳にもいかないだろう。それにこのパンは私達だけではなくて、フィッテにも食べてもらおうと思って、ね」

「確かにこのパンは私が住んでた町と形が違いますが……」

「食べてみれば分かるよ。ささ、まずは儀式!」


 彼女の口から聞き慣れない言葉が出たものだから、聞き返そうとする前に彼女は行動に移っていた。

 両手を合わせ、肌を叩く乾いた音をさせたからだ。

 レルヴェもセレナに倣って同じ動作をしている。

 儀式、というから何か踊りでもするのかと思ったが食事前にする重要ランキングに入る項目だ。

 フィッテは食べ物に感謝を、と心の中で加えた。


「「「いただきます」」」


 不思議と狙ったわけではないがぴったりとタイミングが合い、フィッテは微笑む。

 今日はいい事あるといいな、と。

 レルヴェは真っ先にパンにかじり付き、少し落ち着きが無いように見える。

 それだけ空腹だったのだろうか? フィッテはそういえば昨日の夜は食べて無かった気がする。

 昨日は事件があったから食欲は無かったが、今日はまだ何も事件は起きていない。

 食べれるかといえば、ここの広げられた食料全て食べれそうな程にお腹は空いている。

 ぼーっとしているフィッテに気付いたか、セレナは心配そうな顔をした。


「だ、大丈夫? 食べれそうかな……?」

「ご、ごめんね……今日のこれからを想像してて、つい」


 レルヴェは扇形のパンを一個食べ終えてから、野菜の赤い球体を箸で掴んだ。

 話す前なのでまだ口には入れていない。


「今日はまず、私とセレナがお世話になっている依頼所にいって改めて報告。それが終わり次第、フィッテの創造魔法の手伝いに移る予定さ。その後はそうだねぇ……フィッテに簡単な依頼があれば受けさせてみるってのはどうだい」


 フィッテの心臓がとくん、と一瞬高鳴るのを感じた。

 状況報告も大事だが、自分の創造魔法も気にはなっているからだ。

 セレナが糧としている『依頼』にも段々近付いていく。

 ようやくフィッテのスタートラインに立てる、唯一の舞台に胸が高鳴らない訳が無い。

 フィッテはカップの薄黄色のスープをすくうと、一口一口大事に飲み込んだ。

 甘さと共に口に広がる温かさは、余すことなくすんなり喉を通っていく。


「なんだか私メインの用事で申し訳が無いです……」

「いつか埋め合わせをしてもらおうかねえ……」


 対価を求めたレルヴェは肉に手をつけている。

 パンを食べた際に同時進行したのか、肉は既に半分無くなっている。

 余程お腹が空いていたのだろう、話している時以外は咀嚼をしているに違いない。


「そう……ですね。私で良かったらいくらでも埋め合わせさせて下さい!」


 フィッテは満面の笑顔でレルヴェに約束をした。

 それに嫉妬しているのか、彼女の隣のセレナが急に食べる速度を上げた。

 がつがつと皿に向かう姿はお世辞にも可愛らしい、とは言えない。

 フィッテはセレナの暴飲暴食っぷりを止めようと原因を探る。


「セ、セレナちゃん、どうしたの……?」

「……どうせ私なんかセット前提の食べ物だもん」


 あっという間に飲み込み一人ぼそ、と呟く様は怖さを感じるがなんだかこのまま放っておくのは何かよくない気がした。

 彼女だけ最短記録で朝食を平らげそうである。


「セット前提って……店先で付属品感覚で頼むような人じゃないよセレナちゃんは。い、言うならばやっぱりメインディッシュ、かな?」

「……嬉しいなフィッテにそう言ってもらえるなんて。じゃあ私にも埋め合わせ、してくれるの?」

「勿論だよ! セレナちゃんと一緒に居れるの嬉しいし、埋め合わせは私も考えた方がいいのかな……」

「だ、だだ、大丈夫! 私が完璧なプランを考えてくるから!」


 全く悪意の無い笑顔で約束されると、思わず紅潮せずにはいられないセレナであった。

 セレナとしては、少しネガティブな気持ちに陥ったことでいじけた面を見せてしまったがフィッテの好意で楽しみな出来事が増え、彼女と何をしようか思案にふけりたくなるが目の前に並んでいる自作料理(レルヴェが調達したパンを除く)を味わおうと箸を進める。

 フィッテも合間合間に食べてはいるが、最速と言われそうなセレナほど進んではいない。

 最初にいじけ状態の彼女とは違って、他の人の手料理なのもあり味わっているからだ。

 

「フィッテ、ちゃんと食べてるかい?」

「は、はい! お二人の準備してもらった朝食はすごくおいしいです……。こんなに美味しいのなら、毎日食べたいぐらいですよ」


 フィッテはきちんと満遍なく食べ進めている。

 黙るほどの味だったのでついつい誰とも話さずに朝食と向き合ってしまう。

 沈黙の朝食という食器に音を立てるだけの空間だけだと味気が無いが、どんな話題を出すか迷ってるフィッテにレルヴェが疑問を口にした。


「そういえば私達はともかく、フィッテも料理はしないのかい?」

「は、はい。あまり、ですね……この前お母さんのお手伝いをしようとしたら失敗しちゃって……」


 頬を指でかじりながら苦い顔をするフィッテはなんだか可愛らしかった。

 レルヴェとセレナはその光景を想像して大体察する。

 本来料理になるはずのものが、別の物体に変化してそうだ。


「そ、そ、そういえば! レルヴェさんとセレナちゃんは二人で依頼を受けたりしないんですか!?」

 

 どこか慌てた様子でさりげなく話題転換を図るフィッテに、二人はフィッテ越しに笑みを作る。

 二人が何を言いたいかは言うまでないだろう。


「この前のパーティーだと、難度5だったかな?」

「ですね、『丸石獣(まるいしじゅう)』以来一緒じゃないですね。フィッテ、私はたま~にしか受けないよ。レルヴェさんもこう見えて忙しいみたいだし」

「心外だねぇ。忙しいのは事実だけど、一日で行なえる一つの依頼に時間が掛かってるだけさ。もっと簡単に済ませたいんだけども、依頼の難易度が上がってる気がしてね……」


 彼女はうまい事誤魔化す事が出来て、心の中でほっとする。

 実際に息を吐こうものならば、突っ込みが来るからだ。

 扇形のパンを頬張っていると、レルヴェがそうそう、と付け足してきたのでびく、とした。


「依頼所は私達三人で行く。話がすぐ片付けばいいけど、こればっかりは分からないからねぇ。フィッテには後の予定が無くなる可能性だけは理解してくれるかい」

「……んぐ、もぐ、は、はい、分かりました!」

 

 会話を交えながらの食卓はフィッテにとって初めてではないが、このメンバーとは初めてだ。

 そして、これからはこうやって誰かと話しながら朝食を食べられるのだろうか。

 あまり他人と接する機会がないフィッテは上手くやれるか不安でもあった。

 他の子供も住んでいるはずだ。もし同じテーブル席になったら話しかけたり、話しかけられた時はきはきと応対できるか。

 

「どうしたのフィッテ?」

「他の子達と上手くやっていけるか心配で……」

「大丈夫大丈夫! フィッテなら出来るよ!」

 

 彼女から励まされ、フィッテは少し元気を貰った気がする中、ささやかな疑問を口にする。

 

「そ、そういえばレルヴェさん。私は弧道救会(こどうきゅうかい)に住むって事でいいんですか……?」

「そうだが。あの町は今は住める状態じゃないし、しばらくは時間掛かるだろうねぇ。あ、手続きはもう終わってるから安心していいさ」

「あ、ありがとうございます! 手続きをどうやったか気になる所ですが……」

「大人の秘密、ってやつだ。教えられないね」


 人差し指を唇に当てるレルヴェは、大人の魅力が少しだけ溢れた行動の一つだとフィッテは思った。

 フィッテも試しにレルヴェの真似をしてみるが、何か違う気がする。

 右隣でセレナが高速で皿を平らげる音が聞こえた。

 そんなこんなで彼女達の朝食は終わりを迎える。 

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