就寝
「はぁ~~……じゃあレルヴェさんはあの後報告をきちんとしに行かないで、私の部屋に直接来たんですね!?」
バン、と周りを考えて音を抑えながらブラウンのテーブルを叩くセレナは、床の上で正座しているレルヴェにきつい目線で睨む。
「あ、あぁ。といってもラウシェの町の異常事態は言ってあるし、あそこには近付かないようにとここの町の厳重警戒も。ちなみに、靴はちゃんと外に脱いであるさ」
「報告に関しては分かりましたが、く、靴はって、そ、そういう問題じゃ無いですっ!! 何で自分の部屋があるのにそっちに行かないんですか!?」
レルヴェは視線を逸らしながら、言い訳をしたが、再び、セレナのテーブルを叩く音が響く。
けれども、今度は叩いたというよりかは少し強めに触っているという印象が強かった。
とはいえレルヴェの行動で、フィッテが住んでる町の二の舞にならないようにしたのは当然といえる。
万が一、同一の事件が起きたらここの住民を巻き込むことになる。
「はぁ~……しかしフィッテがまさかグルだったなんて……不覚」
「ご、ごめんね……」
「いや、ほら、私の部屋は二階なのは知っているだろうけど、こっちに居ればフィッテも来るだろうと思ってね」
「私……ですか……?」
セレナがレルヴェを責め立てるなか、レルヴェはこちらに来た理由を苦し紛れな顔をしてベッドの縁に座るフィッテに視線を送る。
話題に出されたフィッテは、不思議そうに首を少し傾げた。
「……今日はもう時間が無いとして。明日の予定、さ」
「……なるほど。事情説明、ですね」
きりっと、緊張感を持った顔のフィッテにレルヴェは首を下ろした。
「本来は最初からセレナとフィッテの両方にその話をする予定だったが、私も遊びが過ぎたようだ」
「全くですよ……レルヴェさんも私にちょっかい出す前に伝えることを伝えて部屋に行けば良かったんですよ」
「いやはや、それだけだと面白みが無いと思ってね。だから少しばかり遊び心を混ぜ込ませてもらった訳さ」
「私のベッドに入り込む事が、少しばかりの遊び心なんですかねぇ~……」
またしても拳を力強く握ったが、フィッテが瞳をうるうると濡らしている為そこで終了となった。
「原因は私の所為だが、余計な時間を食ってしまったね。ともかく明日は朝九時にはこの町の東口に居るように。ここまでで質問は?」
「はい」
挙手したのはテーブルに手を置いているセレナだ。
レルヴェが手を差し出し、発言を促す。
「レルヴェさん、フィッテの創造魔法の件も明日でよろしいでしょうか」
「そうだねぇ、明日まとめて行なうとしよう。フィッテはそれでいいかい?」
「は、はいっ! ……が、頑張ります!」
予定が決まった、という事で今日の所は解散となった。
……元々、レルヴェが早々に話をしていれば早めに終わったのだが。
正座から解放されたレルヴェは靴を外の窓下に置いてあるので、窓まで近寄った瞬間。
「そ、それでですが……私の今日寝る場所はどうすればいいですか……?」
困惑したフィッテの目には不安が混じっていた。
セレナとレルヴェは顔を見合わせ、同時に発言した。
「それなら私の部屋はどうだい?」
「それなら、ここで泊まるっていう案は……」
またも、お互いに視線を送り先陣を切ったのはセレナだった。
「レルヴェさん、わざわざそちらの部屋まで行かなくても私の部屋でいいと思いますが?」
「私の部屋の方が設備はいいと思うけどねぇ。特に寝具は見劣りはしないだろうさ」
レルヴェの意外な反撃にセレナは口を閉じるしかなかった。
何故ならば、レルヴェの言っている事は真実だからだ。
現在セレナの行なえる依頼は、三~四と評価されている難易度を一人で達成する事が出来る。
対してレルヴェは難度六の依頼は一人でこなす事が出来るのだ。
三と六の依頼の達成報酬は目に見える程違う。
その分の積み重ねもあってか、レルヴェは自分で言うほどの良いベッドを購入している。
勿論、他の物に資金を振り分け彼女の部屋を充実させる事だって出来る。
「ぐぐ……た、確かにそうかもしれませんが! レルヴェさん、ベッド二つなんて持っていましたか?」
「ふ、セレナよ、一人ベッド一台なんて誰が決め付けるんだい?」
「!? ま、まさかフィッテと一緒に……!?」
「無論さ。何か問題でも?」
悔しそうに拳をぎゅぅ、と握るセレナだが、そんな彼女に一つの案が浮かんだ。
決して勝ち目が無いから、交渉のカードを切った訳ではないだろう。
「……どうでしょうかレルヴェさん、ここは当の本人のフィッテに決めてもらうというのは」
「ほう? じゃあフィッテにどちらかの部屋か選んでもらおうじゃないか」
二人は勝手に納得すると、同じタイミングでフィッテへと向きを変える。
その息の合いにフィッテはびく、と震えたがすぐさま自分の中で思っている事を告げた。
「……私は三人一緒で寝れたらいいな、って思っていますが……ダメでしょうかレルヴェさん」
「私は一向に構わないんだがね……。何しろセレナが、ね」
レルヴェはセレナのオーケーサイン待ちのようだ。
「レルヴェさんは、部屋少しは片付けたんですか!? この前泊まりに行った時のだらしなさといったら……私の部屋に泊まった時だってそうです! 部屋物色し始めますしっ!」
それに対してセレナはふくれっ面で彼女の部屋に対して不満を漏らしていた。
セレナの膨れた頬を笑いつつもなだめてる姿は、フィッテの視点からだと『姉』に見えた。
妹を放っておけないばかりに、ついついちょっかいを出してしまう『姉』。
姉に対して妹の方は嫌いという訳ではないのだが、ちょっかいやいたずらが降りかかってくるので、
ついつい邪険に扱ってしまう『妹』。
仲が良さそうな二人は今もこうして言い争っている。
(うらやましい、なんて事は……)
言い争ってはいるが、どちらとも眉を曲げて怒るわけではない。
「全く、私は一応気は遣っているさ。なんなら、こっちに泊まりに来るのはどうだい。部屋が片付いているのを証明しようじゃないか」
「前回行ったのは二ヶ月前ぐらいでしたね。……私の目で判断して汚かったら許しませんからね」
「ふん、前回とは違うがね。フィッテはそれでいいかい?」
「……なんかフィッテだけ置いてけぼりみたいなことしてごめん。フィッテ?」
フィッテの顔の前でセレナは手を上下に振る。
反応が無いので今度はレルヴェが彼女の腕をつんつん、と突く。
「あ、はい!? い、いえ、別に二人の関係が羨ましくてぼーっと見ていた訳じゃ……!」
事実レルヴェが腕に触れなかったら、気付くのが遅れていただろうフィッテは二人に訂正の行動として両手を左右に振った。
『可愛いねぇ』
『可愛いですね』
二人は目で会話した。フィッテからは何をしているか全く分からず首を傾げる。
「それで……何の話をしていたんですか?」
「聞こえてなかったみたいだね……。今から私の部屋に行こうと思うが、異論はないかな?」
「……は、はい! ありません!」
フィッテは首を二回縦に早く下ろすと、レルヴェはこのままこうしていても始まらないので、結論を出した。
「ま、どこで泊まるか決まったことだし、ここでいつまでも話すと日付が変わってしまうから、二人共私の部屋に来てくれるかい」
レルヴェの部屋は中央通路の階段を上がった所にある、逆Tの字で言うと右端に位置している。
つまりはセレナの部屋の上階に当たる。
「部屋から近いから今度、私の部屋から梯子を掛けようと思うねぇ。そうすればすぐにでもセレナに……」
「そんなことしたら、その梯子を切断しますからね!」
窓下を見下ろしてるレルヴェは、セレナに飛びかからんばかりの勢いで怒られて少し落ち込んだ。
三人は今レルヴェの部屋に居る。内装が茶色の壁面だったりするが、基本的な内部はセレナと変わりない。
セレナは先ほどの窓に、レルヴェは棚の内部の布団を探している。
棚内部の上部は布団などが置けるスペースが設けられており、布団はそこにある。
フィッテはブラウンテーブルの傍らにぽつんとある、一脚のイスに腰掛けていた。
「なんというかシンプルですね……」
レルヴェの部屋には家具を除いてセレナの部屋でいう、ぬいぐるみや小物類が一切無いからだ。
年齢が年齢だからかもしれないし、彼女の趣味ではないのかもしれない。
「まぁ、ね。あまりそういうのは持たないようにしているのさ」
「レルヴェさんってぬいぐるみを持ってると魂持って夜に動き出す! とかなんとか言ってませんでしたっけ?」
セレナは振り返り、悪戯に笑ってみせる。
「そ、そんな事言ってないと思うがね。霊だの魂だの、あんなの迷信さ」
強がっているように見えるレルヴェはセレナから視線を逸らした。
「まぁ、いいですけどね」
(うろたえてる気がしたのは私の気のせいなんでしょうか……?)
レルヴェは二回ほど交互に折りたたまれた布団を取り出すと、匂いを嗅いだ。
「ん、これなら大丈夫そうだ」
「……ですね。レルヴェさんもやる時はやるんですね」
いつのまにか背後まで迫っていたセレナがレルヴェと同じく鼻を動かしていた。
肝心の就寝の友ともいえる寝具は、爽やかな薬草の匂いを放っていた。
「いつも出来ると思うがね。まぁいいさ、敷こうか」
セレナは頷くと、ベッドの隣下に布団を広げると枕を放った。
「……布団って一つだけ、ですよね?」
「そうだが」
フィッテの悲しそうな質問にレルヴェは淡々と答えた。
セレナは嬉々として布団に入り込み、何かを期待する眼差しを送る。
フィッテは特に嫌そうな顔をせずに、どちらにお邪魔しようか迷った。
「……私はどちらにお邪魔したらいいでしょうか?」
「わ、わ、私の所で良ければ……!」
「どっちでも好きな方でいいんじゃないかい。私からは何の強制もしないさ」
セレナは自分を勧め、レルヴェは中立な意見を出す。
フィッテは優柔不断な所があるのだ。
誰かに意見を求めて中立なものばかりだと、ずっと悩んでいそうなほどに。
この場合だと、セレナが誘ってくれているから良かったがもし彼女が遠慮していたならば、どちらかが強引に引っ張らないと時間を掛けていただろう。
フィッテはセレナの意思に賛成しようと、棚の小物置きスペースに眼鏡を置き、ベッドではなくセレナが入っている布団に近付く。
「……じゃ、じゃあセレナちゃん、こっちにお邪魔するね」
「ど、ど、ど、どどぞうぞ!!」
自分でも驚く程に戸惑い名ながら、セレナは布団をめくりフィッテがすんなり入れるようにする。
彼女がスリッパを脱いでセレナの行動に応える間に、レルヴェは既に潜り込んでいた。
(意外と(?)寝るの早いんですね、レルヴェさんは……)
「明かり消すよ」
「「はい」」
二人が頷いてから消される明るい光り。
レルヴェがカーテンを閉めていない為、窓からは月明かりが漏れていた。
照らされた先には布団に包まれながらも、顔は晒しているセレナが映っていた。
フィッテはベッドに背を向けているので、セレナの顔が見える。
幼さがありながらも、大人びた表情をたまにみせている。
フィッテは寝ようとは思ってはいるのだが、セレナが照れながらずっと見つめてくるので寝るに寝れない。
「……セ、セレナちゃん、寝ないの?」
「そ、それが緊張しちゃって……」
「ど、どうすればいいかな……?」
おずおずと黙って差し出される手はセレナのものだ。
フィッテは少し考えてから彼女の言いたいことを理解し、実行に移す。
「こ、これでいいかな、セレナちゃん……」
「……あ、ありがとフィッテ、嬉しいな」
フィッテはセレナの手を両手で優しく包み込んだ。
却ってセレナを緊張から解放しないのではないかと思ったフィッテだが、不安とかごっちゃになっているのかと感じ行動に踏み込んだ訳である。
……何割かは自分が不安を紛らわす為でもあった。
「今日はレルヴェさん、っていうセレナちゃんにとって友達とも言える人と出会って、セレナちゃんとレルヴェさんの町に行ってお泊りをして……楽しい一日で良かった。お父さんとお母さんも素敵な人に出会えて良かった、ってきっと言ってると思う」
「……フィッテ」
「明日は、大変な一日になるかもしれないけど頑張るね。お、おやすみなさい……」
「出来る限りフォローするからね。おやすみ」
フィッテの握る手の力が弱まり瞳を閉じ、数分後にはセレナが何もしなくても抜け出せる状態になった。
余程疲れていたのか、布団に入るなり寝入ってしまったようだ。
セレナは手を伸ばし、黒のセミロングヘアに触れたが彼女は起きる様子がない。
一本一本が艶があり、もうすこし近付けば匂いが嗅げそうだ。
ハッとしてセレナはブンブンと首を振る。
友達という関係であるといえ、やっていいことと悪い事がある。
我に返るとフィッテの方を向かずに、背中を見せて目を閉じた。




