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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
17/78

間接

 フィッテはふと入り口横の壁に埋め込まれている、四角い枠に収まった場所を見た。

 枠内上部には数字で『10』、その隣には『30』とどちらも水色で表示されていた。

 正確な一直線で表示されている訳ではなく、いずれもどこか欠けていたり、真っ直ぐになっていない事がある。

 中央に二つの四角が横に並び、その中をゆっくりと水が外周を伝うように描いている。

 ぐるぐると狭い四角の中を動き続けると、上部の数字の『30』が『31』に変わった。

 明日に向けてのカウントダウンは既に始まっている。


 彼女の部屋に付いている時計を見てフィッテは一つ息を吐いた。


「そういえば、もうこんな時間なんだね……」

「そうだよ。フィッテは眠気、大丈夫?」

「一応大丈夫だよ。なんというか、目が少し覚めたというか……。セレナちゃんは?」

「私は今さっきコレ飲んだから。ちょっとみなぎってきた感じだから全然大丈夫だよ」


 振り向いたセレナの手に未だに握られてる赤橙色の飲み物に目がいく。

 見た目的には味の心配をしそうだが、特に彼女は苦い顔をしないあたり意外と上手いのだろうか。


「ちなみに、その飲み物って……どんな味がするの?」

「一言で言うなら甘い、かな。試しに飲んでみてよ」


 栓を外したまま、手渡された飲料物は六割は優にあり、飲み口から漂う匂いはグレープに近い。

 他にも入っているだろうが、今のフィッテには判別が付かなかった。

 試しに、と言われて(フィッテ自身若干の興味もあったので)口を近付けようとした所で、ふとある事に気付く。


「せ、セレナちゃん……。え、えと、このボトル……」


 落としたら破片を撒き散らしそうな容器を持ちながら、フィッテは恥かしそうにセレナに何か伝えようとする。

 セレナはフィッテの恥かしい理由を察したらしく、頬を桃色に染める。


「あ、う、ち、違うの! わざととかじゃなくて、その、間違いというかなんというか……」

「……ま、間違いならしょうがないよね!」


 顔が熱を持っているかのように感じ、フィッテは思わず視線を落とす。

 落とさないように大事に持っているボトルは、腕を下ろしたのに合わせて中の液体が揺れた。

 何とか言葉を紡ごうとするが、思い浮かばず沈黙が流れるだけだった。


「こ、コップ!! も、持ってくるね!」

「う、ううん! 大丈夫だよセレナちゃん!」

「で、でも……」

「い、いいの!」


 フィッテの言葉を待たずにドアへ向かったセレナはちらり、とフィッテは見た。

 フィッテが恐る恐る容器の口を近づけ、決心したかのように一気に飲んでいた。

 セレナの視点からは、彼女の唇がいつもよりも色っぽく可愛らしいよりも美しいと感じた。

 大人の魅力とは離れていた彼女が、少し近付いた瞬間である。

 フィッテは試飲した中身はグレープ味だがそれに一手間加えてあるらしく、後から別の果物らしき甘さが襲来してきた。

 純粋な甘さよりも、酸っぱさを加えた感じだ。

 もしかしたらこの果物ぽいのが、液体を赤橙に染めているのかもしれない。

 喉を赤橙の液体が通過し、なんだか気力が回復したように感じられた。

 照れながらセレナのドリンクを飲んだフィッテは、彼女へ向けて恥かしさを隠すように顔を俯け残りを差し出した。


「は、はいセレナちゃん!」

「う、うん……」


 仕方なく受け取ったセレナは、残り三割ほどになったドリンクを栓をして保存庫に入れた。

 間接キスボトルをしまったセレナは、嬉しそうに頬を緩めるがフィッテとは反対に顔を向けているため誰にも気付かれない。 

 フィッテは手をもじもじしながらどこか落ち着きが無かった。


「こ、これっていわゆる、間接…………だよね……? そ、それを意識したら胸がドキドキしてきて……ちょっと苦しいよセレナちゃん……」


 フィッテは顔を赤らめながら、胸に手を当ててセレナを見つめる。

 その表情は今までにセレナが見た事無いくらい可愛く、セレナの理性が消えていたらフィッテは一体どうなっていただろうか。

 勿論セレナは懸命に耐えつつ表面上は冷静の仮面を被り、脳内ではこの部屋でフィッテが想像出来ない何かが行なわれているに違いない。


「う、うん、そ、そうだよ、ね。と、とりあえず私のベッドがあるから、そこに腰掛けて落ち着こ!」

「そ、そうするね……」


 フィッテはベッドに近付こうと布団の膨らみを見て、別の意味で心臓がどくんっ、と跳ねた。

 セレナにいじられてから頭の片隅に浮かぶ会話。セレナが部屋に入る前から今までレルヴェはベッドで寝ているフリのはずだ。 

 決して先ほどのやりとりが印象強くて忘れた訳ではない。


『私はここで眠るフリをするから、セレナが来ても黙っててくれないかい?』


 セレナが来る前にレルヴェが残した言葉がフィッテの脳内で再生された。

 だとすれば、フィッテが今するべき事は一つだった。

 フィッテは何一つ違和感ない動きで、セレナのベッドへと向かい端っこの部分に腰掛ける。

 彼女がレルヴェの為に何か出来そうな事といえば、セレナの前に自然な態度を演じるぐらいだ。

 どこまで出来るか分からないが、レルヴェに協力しようと思ったフィッテにさっそく第一試練である。


『セレナがベッドに近付いても普通に振舞えるか』。


 フィッテは何とか平常心を保とうとするが、先ほどのセレナとのやりとりで未だに鼓動が高まり続け、頬も赤味が取れずに心もどこか落ち着きが無くふわふわと空間に浮いている感じだ。


「ふぃ、フィッテ、本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ! さ、さっきの事を考えてて頭がぼーっとするぐらいだから、少ししたら治まると思う……かな」

「そっか……。にしても、フィッテはそういうのに弱いのかな?」


 笑顔、というよりかは多少顔を緩めて笑っている感じに近い。

 けれどもその表情は決して悪意に塗りつぶされている訳ではなく、好きな子をいじる時の少し意地悪な顔に似ている。


「よ……弱い、かも……。セレナちゃんはこういうの、平気なの……?」

「う、ぁ、平気じゃ、ない、かも……」


 両頬を手で押さえながらフィッテは恥かしそうに質問し、再び顔が赤くなるセレナ。

 笑ったり照れたりと、忙しい子である。

 彼女の顔を見て何かが弾けそうな衝動に駆られるセレナは、必死に抑えこみ我慢をした。

 いくら彼女が近くに居て、触れそうな距離に居るからといって自分の思うがままにしていい訳がない。

 


「そ、そうだ! お風呂行かない!?」


 セレナは言い終えてから、自分は何を口走っているんだと責める。

 何か無意識に言うにしろ、もうちょっと気の利いた言葉を掛けてやれないのかと。

 手で口を塞ぎ自己嫌悪に陥りそうなセレナに対して、フィッテは照れつつも笑顔を見せた。

 

「う、うん……そう、しようかな」

「じ、じゃあお風呂場へレッツゴー!」


 フィッテは布団へと視線を向けずに、二人の少女はセレナの部屋を後にした。

 この場に残されたのは、布団に入り込んで居心地の良さにうたたねをしそうになるレルヴェだけだった。







 

 数分後、彼女達が湯気を纏って部屋に戻るとレルヴェは、掛け布団を剥ぎ取って抱き枕のようにして寝ていた。

 ちなみにフィッテとセレナは風呂場前の脱衣所で、パジャマに着替えている。

 上下共に桃色を基調にし、所々に水玉や赤玉が散らされており二人は『同じ』柄を着用している。

 たまたまセレナが二着持っている、ということだろうがフィッテはあえて追究はやめておいた。


「あ、あわ、あわわ……レルヴェさん……」

「ふふ、ふふふ、ふふふふ」


 フィッテはレルヴェの行動とセレナの顔を見比べ、怯えている。

 セレナは怒りをぶつけようか否か、こぶしをこれでもかとばかりにぎゅっと握り自分のベッドの前に来ていた。

 顔は先ほどとは打って変わって一切喜びの感情を殺し、歪みを見せた顔はどこかのダンジョンのボスクラスの恐ろしさを誇る。 

 セレナが一発ベッドの側面を蹴ると、抱き枕型布団を抱いてる彼女は天井まで届きそうな勢いで跳ね起きた。

 レルヴェは何事か、と部屋全体を見回し、察した。


「レ~~ル~~ヴェ~~さ~~ん~~っ!?」

「ほ、ほら、セレナ。あんたのベッドは寝心地が良いというか、そ、それにもう夜だから静かにした方がいいと、思うんだがねぇ」

「そ、そうだよセレナちゃん。寝てる子供達も居るんだよね……? だ、だったらここは抑えよう。ね?」


 レルヴェは流石にまずかったか、と両手を目の前で振り、フィッテは柔らかくセレナの拳を包み込んだ。

 それでもセレナは構わず振り上げたが、振り払われたフィッテの目が今にも泣きそうなのを物語っている。


『セレナちゃん……冷静になって……私からのお願いだよ……』


 ハッとしてフィッテを見るセレナだが、涙を流しかねない状況は変わらない。

 では先ほどの声は幻聴だったのだろうか。セレナには、はっきりと耳に聞こえていた。

 確かに目の前の少女が訴えてる気がしたのだ。

 ここまで来ると自分がフィッテに依存しているのではないかと思う。


「フィッテ、今何か言った?」

「い、言ってないよ……、そ、それより拳を……」

「レルヴェさんは?」

「い、言ってないさ。それよりもだ、拳を収めてくれたら嬉しいね。自室を壊すわけにはいかないだろう?」


 二人は何も言っていない。

 原因が分からないのは後味が悪いが、彼女自身の持ちうる何かが幻聴を呼び起こしたのか。

 ……とりあえず、怒りがどこかへ消えうせた拳を溜息と共に引っ込めるセレナだった。 

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