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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
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帰宅

 その建物は普通の家というよりも規模が小さめな校舎という感じだった。

 規模が小さいとはいえ、端から端まで走って往復するには数秒を要するだろう。

 濃いベージュ色の壁、横から見ると三角の屋根の直線が続いている。


 長方形に横へと伸びた校舎は周りの建物と同じく明かりが灯っていた。

 室内の明かりは窓から漏れ、屋外の壁から設置されている白い光が明る過ぎず、暗すぎずというバランスを保って帰ってくる者を安心させる。

 弧道救会という建物はどうやら、逆Tの字型らしい。


「ここが弧道、救会(こどう  きゅうかい)……」

「えーと、フィッテは私が親居ないの知ってるよね?」

「う、うん……とある事が原因でって、というのは聞いてるよ」


 その原因が何なのか、は聞かされていないが。と脳内に付け足してセレナの話を聞く。


「名前からして伝わるかはさておき、親が死んだり居なくなった場合、町で保護してくれる団体が居るの。それが弧道救会なんだけど、それぞれ役割があってその子供を保護出来るのは決まった人だけ。普通だと誘拐とかになっちゃうからね……」


 弧道救会を立ち上げた頃に、似たような悪質な団体があったという。

 その団体は今は影も形もなく、弧道救会に敵対する組織は無くなったといえる。


「っていうと、私ってレルヴェさんに保護されてもらってる、でいいのかな……?」

「そうだね。レルヴェさんは私が来る前に弧道救会保護団員っていうカード見せた筈。じゃないと子供を連れ出しちゃだめだもん。町の騎士が飛んできて、真っ先にレルヴェさん詰問されちゃうよ。今の時間なら尚更、ね」


 保護するのにも条件があるようで、弧道救会という施設の中にいるメンバーでも資格が無ければ、色々と問題が発生するようだ。

 フィッテはそういえば見せてもらった気がする……。と、少しだけ回想に浸る。




 セレナと今後について話をした、小さな飲食店内部で裏口のドアから入ってきたレルヴェが見せたカードに書かれている番号が見えていた。弧道救会保護団員、三番目と。

 番号がどんな意味があるのかはさておき、確かに保護団員と書かれていた。


「うん、確かに書いてあった……。でもこういうのってイタズラというか悪用する人が居るんじゃ……」

「そこは国で管理してる所で正式に許可してる団体以外は判を押さないようにしてるから大丈夫だよ。……噂だと判子が創造魔法で作られているらしいんだけども、あまり気にしてないかな。弧道救会はここ一つだけだし」


 過去の事件で何があったか知らないが、揉めて以来弧道救会を始めとする施設の団体員には保護証明として対策がなされたようだ。

 また、保護権利を持っていない者にもカードは与えられて、その場合は弧道救会団員と名付けられるらしい。

 少しの間立ち話をしていて、セレナに入ろうかどうか聞こうと思った矢先、入り口の扉が音を立てて開いた。


「おや、セレナさん。それに貴方は……?」


 子供ではなく、青年か、成人迎えたぐらいの男性の声がはっきりと聞こえてきた。

 それでいて、落ち着きを払ってあり、青を基調とした服を着ていて、上着とズボンの両脇に白い線が二本縦に入っている。

 紅の花で染めたような短く切られた髪は一度風が吹けば揺れ、整った顔立ちからは誠実さが溢れてきそうなほどだ。

 目は垂れている訳でもつりあがっているわけでもなく、ごく普通の目だ。

 故にバランスが取れている顔から笑顔で何か言われようなら、異性は心を掴まれるだろう。


「相変わらずかっこいい声ですね、レイレルさん。私の後ろに隠れているのが親友のフィッテ=イールディです。彼女はラウシェで両親を殺されてここまで逃げてきたんです」


 レイレルと呼ばれた男は、彼女の説明に耳を傾け最後に頷くと口を開いた。


「……なるほど。セレナさんも戦ったのですね、お疲れ様です。……そしてフィッテ、さんでしたか。今回での事件は悲しい出来事でしたが、この弧道救会で少しでも傷を癒していって下さい。その為の協力は極力惜しまないつもりです。そしてご両親のご冥福をお祈りします……」


 彼の悲痛な表情の後に深く腰を折り曲げて礼をした。

 フィッテは見知らぬ男性が扉から出てきたものだから思わずセレナの後ろに隠れ、灰色の服の裾をぎゅっと握っていたがレイレルの極めて丁寧な態度に感心し自分もその気持ちに答えようとセレナの服から離れて一歩前に出た。


「いえ、その、ありがとうございます……。お言葉に甘えさせて頂きます……」


 彼女も同様に深く礼をする。

 お互い礼をし終え、レイレルは弧道救会の入り口の扉を開けた。


「ささ、お疲れでしょう。中に入って下さい」

「は、はい……」


 入ってすぐに出迎えたのは異なるサイズの丸い黒石がぎゅうぎゅうに敷き詰められた床だ。

 地面を固めているわけではないので、黒石のどこを歩いても石と石がぶつかる音が響く。

 左右に設置された茶色を薄めた正方形の箱は靴箱のようだ。

 段差の先、木の板で敷き詰められた床は正方形で形成され、通路は左右と奥の三方向に伸びている。

 白で塗られた壁は多少の衝撃なら十分耐えられそうである。


「「ただいま」」

「っ!?」


 突然後ろから声がしたので振り返ると、セレナとレイレルが帰宅の言葉を口にしたようだった。

 フィッテの驚いた顔を見てセレナは、歩み寄り優しくささやく。


『この弧道救会では帰ってきたら、ただいま、って言うの。どんなに落ち込んでる時も、ね』

『私は弧道救会が初めてだけど……いいの?』

『いいのいいの! さ、フィッテも言おうよ』


 どんなに落ち込んでいても、というのが引っかかるがとりあえずここのルールみたいなものに従ってフィッテは玄関へと体を向ける。


「た、ただいま……」

 二人は頷き、セレナは右の靴箱から二足の桃色の室内専用靴を置いた後、左側の引き戸を開けて黒のスリッパを一足同じように木造の床に置いた。


「おや、セレナさん。すみません」

「いえいえ、お気になさらず。ささ、フィッテはスリッパ履いたら右の通路に行って、一番奥のドアが私の部屋だから先に入ってて」


 頷いてから、フィッテは桃の可愛らしいスリッパを履き、右の通路に入った。

 天井に吊るされた明かりは白く、通路を満遍なく照らした。

 奥まで伸びた通路までにいくつか左右に向かい合うようにドアがあった。

 五つほどだろうか、間隔を保っていてそれぞれの部屋に誰かが住んでいたりする印象はあった。

 一つのドアに掛けられたプレートに、『ゆいとなーさのおへや』とあったからだ。

 一つの部屋に二人で共有しているらしく、他の部屋も似たような感じで二人の名前が書かれていた。

 中には一人だけの部屋もあったが、脇見しながらだったので名前を詳しく見る前に目的の所に着く。

 プレートには『セレナの部屋』と書かれていることから、どうやらセレナは一人部屋らしい。

 ラウシェでの飲食店の事や自宅でドアを破壊されたことは頭になく、とりあえずノックをしてから誰も居ない事や声が聞こえないのを確認してから静かにドアノブを回した。


「お、お邪魔します……」


 セレナの部屋に入り、ドアを振り向くことなく閉めたフィッテは辺りを見渡した。

 明かりが点いている室内は可愛らしい装飾をしていた。

 周りの白色の壁は特に変わりはないが、壁に寄せられた棚には桃色の物が入っていた。

 可愛らしいぬいぐるみにピンクのビン類などだ。

 寝るのに大事な役割を果たすベッドもシーツも布団もピンクだ。

 ベッドの近くに配置されている丸いテーブルはピンクではない薄いブラウンでテーブルの上には小さな瓶の中に桃色の花びらが詰まっていた。

 ちなみに何故かテーブルにあってもおかしくはないイスは、部屋のどこを見渡しても無かった。

 必要としていないのか、あらかじめ片付けてあったかのどちらかだろう。

 僅かに開かれた左側の窓からは風で桃のカーテンがはためいていた。


「こ、これは……意外、かも……。でも、可愛いと思うかな私は」

「そうかい? 私はまあまあだと思うがね」

「そう、でしょうか……やはり合う人には……って、れ、レルヴェさん!? いつからここに……」


 右から声がして振り返るとブレストの町に入ってから少しして別れた赤髪の女性だった。

 靴は履いておらず、どこかから侵入したのか素足ではなく黒の靴下を着用している。

 彼女はズボンを着用しているので、靴下の長さは測れない。

 息切れなどしていない様子からして、フィッテが来る直前ではなくあらかじめここに寄ったかのようだった。


「別れてからさ。ちょっとセレナにいたずらしてやろうと思って窓前に来てみたら、開いてたからそこから侵入して息を潜めていたらフィッテが来た、って訳さ」

「何というか、色々な意味を含めて驚きです……。レルヴェさんって、クールっぽいのに対していたずらが好きといいますか……」


 フィッテはじーっとレルヴェに対して負の感情を込めずに、少し呆れさを含ませて見つめる。

 もしも、セレナが戸締りをしていて窓に鍵が掛かっていたらすごすごと引き返すのだろうか。

 レルヴェは誤魔化そうとはせずに、ありのままを伝える。


「まあ、そう言われるのは仕方ないだろうねえ。何というか、構わずにはいられないんだろうね……」


 後半部分に表情の陰りが見えたが、フィッテはそれに気付く事無く話を聞いた。


「セレナはどこか危なっかしい所があるから、私が見てやりたいって部分もあるかもしれないさ」

「た、確かに……今日だって、少しというかかなり危なっかしかったですし」


 レルヴェは移動しながら頷く。

 彼女が目指しているのはセレナのベッドだが、次はどんな事をするか分からないので一応確認の意味を込めてフィッテも付いて行く。


「今日だって、その鎧が逃走する時に【スイフトアロー】を握ったまま特攻するんですよ……」

「鎧ってのが相当強そうなだけあって、その行動は命知らずだろうねえ。ま、無事でいいじゃないか」

「……ですね。無事じゃなかったら気が気じゃないです。あ、そういえば、レルヴェさんはどんないたずらを……?」

「色々と案はあるが、今日はこいつにしようか」


 レルヴェは何の遠慮もなく、そこに行くのが当たり前かのようにセレナのベッドに入り込んだ。

 靴は外の窓下に置いてあるので問題ないが、セレナのベッドに入った事を彼女が知ったらどうするだろうか。

 レルヴェがいたずら、と言っていることから、セレナはあまり自分のベッドに誰かを入れるのを良くは思わないのかもしれない。


「私はここで眠るフリをするから、セレナが来ても黙っててくれないかい?」

「その前にセレナちゃんが気付きそうなものなのですが……。まあ、分かりました……っていいのですか布団に入って……?」

「いいのさ」


 彼女の返事を待ってから、掛け布団に収まるように顔を隠した。

 未だに部屋にこないセレナは弧道救会の外で会ったレイレルと話をしているのだろうか。

 レルヴェとのやりとりの間で来てもおかしくはなかったということは、おそらくは長い話なのか。

 フィッテは廊下から彼女が来ないかドアノブを回して様子を見た。


「フィッテ?」

「セレナちゃん。少し遅いかな、って感じたから廊下から様子見しようとした所」

「あはは、ごめんごめん。レイレルさんに色々今日の事を聞かれてて、ね……」


 手ぶらでこちらにくるセレナは多少沈んだ顔を見せてから、慌てて笑顔に切り替えた。

 彼女の言う『色々』とは、セレナがフィッテの住んでるラウシェの町に来る前の依頼も含んでいるだろう。

 そして今日の出来事の襲撃、町人の消失だ。

 被害者であるフィッテは後半の事に関わっている。今ここで回想をしても仕方ないだろうと思い、何も発さずに廊下に出てドアを開けた。

 自分の部屋に入ったセレナは、右側にあるサイズが控えめな長方形の白色保存庫へと手を伸ばした。

 日常魔法である、雷属性による保存庫内部の灯り、水と氷属性による下部は飲食物の保存、上部の少しのスペースは冷凍による長期保存が可能な食材を収納してある。

 上部と下部の扉は別々なので、上部に手を出すときは保存してある食料を解凍する時ぐらいだろう。

 今回セレナが用があるのは、下部の扉を開けた先にある飲料水だ。

 手より少し大きな透明の容器に入っているのは、オレンジ色に赤味を少々足した液体である。

 彼女は容器内の一杯になっているのを嬉しそうな顔で確認して、栓をゆっくり開ける。


「やっぱり帰ってきたらコレに限るかな」


 保存庫のドアを閉め、空いている手を腰に当て三割ほど一気に飲み干す。

 飲んでる最中に小さくこく、こく、と可愛らしく喉を鳴らすセレナはレルヴェの存在に気付いているだろうか。

 フィッテはなるべくベッドの方向へは視線を合わせないようにしているが、かといって視線を逸らしすぎるのも怪しまれるだろう。

 ブラックフレームの楕円型の眼鏡を掛けた少女はその事に気をつけながら、何か話題を探した。

 そこにふと、レイレル、という人が瞬時に浮かんだ。

 他にもこの町や、これからの事もあったが真っ先に浮かんだのはあの男性だった。


「そういえば、セレナちゃんはレイレルって人知ってるの……?」

「うん。知ってるも何も……、あの人は弧道救会の責任者だよ。保護してきた子供達を管理して、ちゃんと育てていくのもレイレルさんの役割の一つだね。他にも教育係や、小児係とかも居るけど……それは実際会ってから言おうかな、流石にこの時間だから寝てるだろうし」

「責任者かぁ……じゃあ、明日改めて挨拶に行くことにするね」

「その時は私も付いて行くから。ここの人達は皆優しいから、フィッテは馴染めると思うよ」

「…………ありがとう、セレナちゃん」


 笑顔で返すと、セレナは恥かしそうに視線から逃れるように背を向いた。

 相変わらず、彼女の照れ癖は直りそうになかった。

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