操作
レルヴェに教えられるままに風を起こしたフィッテは、彼女に視線を送って次に何をすべきか訴える。
「風も送りました……、本当に動くんでしょうか?」
「ああ、セレナを見てごらん」
先ほどセレナを見ていたので、再び彼女に視線を送る。
セレナは裏面になっていたボードを表向きにし、その上に何の抵抗も無く体を横向きにして両足で踏んだ。
すると、フロートボードは音も無く微妙に浮き上がり僅かではあるが、大地から開放された事を証明する。
「すごいです……。これがフロートボード……!」
「さぁフィッテ。感心するのもいいけど、自分もやってみることさ」
「は、はい!」
感動を覚えたフィッテは喜びながら、セレナの行動に倣って板を優しく踏む。
同じくして彼女の足から重力の開放を感じ、更なる興奮を味わった。
上からの視点では浮いているかは見え辛いが、浮いてる事を体感出来る。
「さて、私は準備しなければいけないから、セレナ。運転方法をレクチャーしてやってくれるかい」
「待ってました!!」『も、もちろんです!!!』
一瞬の沈黙の後セレナはハッとして二人から怪しい視線を浴びているのに気付き、本音と思っている事が逆と分かり咳払いをして誤魔化す。
「と、ともかくだ、頼んだよ?」
「はい……」
若干戸惑ったレルヴェはそれだけ言うと、フィッテに説明した準備を行なった。
セレナが落ち込み気味なのをフィッテがフォローする。
「ま、まあまあセレナちゃん……誰にでもそういう事あると思うから……」
「うう……そうかなぁ~……?」
「だ、大丈夫だよ! そ、それより! ふ、フロートボードの説明お願い……!」
フィッテのフロートボードはどこか不安定にふらふらと動いていた。
どうやら操作方法が分からないのだろう。当然といえば当然なのだが。
「フィッテ。まずはフロートボードの安定から。体を横向きにしたまま視線はフロートボードの前を向けて」
彼女は頷き、横向きになってる体がふらふらしているので姿勢を正すようにぴん、と背筋を伸ばし前方の遠くにある一本の木へ視線を合わせた。
「安定してるよフィッテ。次に前進。方向を決めるのは常に日常魔法の風属性で行なっていると考えて。前に行きたいと思ったら風を前向きに、左斜めに行きたいと思ったらその方向へ風を送るの。前へ向けて風を送るイメージをしてみて」
「う、うん」
フィッテはボードにへ風をイメージする。自分がどの方向へ進みたいのかも。
ボードは風に反応したのか、ゆっくりではあるが微弱に前方へ進んでいるのが分かる。
「戻る時は後方へ風!」
「は、はい!」
何だかどこかの師範のような教え方になっているが、気にしている場合ではなく必死でついていく。
じわりじわりと進むフィッテのフロートボードへ向かい風を送る。
フロートボードは静止し、浮遊感しか残らないフィッテにセレナは次の段階へと進む。
「最後は加速、減速。移動は風属性って言ったけど、加速には火属性、減速には水属性を使うよ」
「加速には火属性の石が埋め込まれてて、内部で小爆発を起こし加速力を得、減速には流れ出る水の力を利用して止めることが出来る」
こんな感じにね、と付け足す感じで行動を実行に移したのがレルヴェだった。
彼女のフロートボードは自由自在とも言えるべきか。
前進しながら右斜めに動き、かと思ったら後退しながら左斜めに操り、最後は一つの円を描くかのように前進走行しボードから降りて着地した。
よく見てみるとフロートボード後方部分に小さな排出口が取り付けてあった。前進加速の時は赤く、減速の時には青く淡い光を放出しているのが分かる。
「そこ! ……レルヴェさんはどうして得意気な顔してるんですかっ!!!」
「ん? いやまあ、いずれフィッテもこんな感じでフロートボードを運転してほしいもんだねぇ、って」
「全く……フィッテ。このフロートボード後方に火を意識してみて。それが出来たら同じく火を出しながら左斜めに風を送ってみて」
フィッテは静かに念じ、火をフロートボードの後ろに付けるイメージをする。
じわりと動くかと思いきや急に突進を始め、口元に牙が生えた獣のように動き始めフィッテは戸惑う。
このまま動いてもいつかは止まるが、見過ごせないと思ったセレナはフロートボードをフィッテへと加速させた。
「フィッテ! 後方部に水を意識して!」
変わらず加速を続け、後方の排出口からは赤くきらきらと輝く粒が大地に撒かれている。
フィッテは何とか冷静さになろう、と意識し水を頭の中に思い描く。
今まで赤の軌跡を放っていたボードは水色の淡さを放出し、やがてぴたりとその場にふわふわと浮いた。
止まったのを確認すると、セレナはフロートボードから飛び降りる。
セレナが乗っていた板は持ち主の重量を感知しなくなったからか、音もなく緑色の大地に触れた。
「フィッテ、ごめん……私のせいで驚かせちゃって……」
「だ、大丈夫だよセレナちゃん……。つ、次は加速しながら左斜めに動けばいいんだよね、がんばるよ」
「あ……」
セレナが彼女に何か言う前にはフィッテは再び加速をしていた。またしても急に動くフロートボードだが、今度は落ち着いた表情を見せ、余裕が持てた所で左斜めへと風を送る。
彼女のフロートボードは順調に動いている。とりあえずは大丈夫そうだ、と思ったセレナは再びボードに乗り込み火を念じた。
フィッテはフロートボードの感覚を味わっていた。
ものすごい早い訳ではないので、風を切っているかのような疾走感は得られないが便利だと思った。
彼女の予想では、大体の速さは子供の全力疾走ぐらいの速度だろうか。
魔力は消費するが、全力疾走をせずに大地をスレスレで走行出来るのだから肉体的な疲労は無いだろう。
フィッテが走行しているボードから少し離れてレルヴェが並走してきた。
「どうだい? 慣れると便利だと思わないかい?」
「は、はい! すごく、便利です……」
「そうか、それは良かった。早速だが、フィッテは今左斜めで走行している。針路を右斜め寄りにしないと私達の町には帰れないから直してくれるかい」
レルヴェに方向を指摘され、フィッテは修正をする。
操作も少し慣れたのか、ぎこちなさが緩和されているのがレルヴェから見ても分かった。
方向修正されたフロートボードは安定しながら町へと走っていく。
レルヴェは後ろから気配を感じ振り向いた。
「遅かったじゃないか」
後方を少し遅れてフロートボードを動かしているのはセレナだ。
しかし、その表情はあまり喜ばしくないと思える。
「むぅ……レルヴェさんがフィッテばかり相手にするからです」
「そうかそうか。じゃあセレナよ、撫でてあげようかい?」
気を遣ったレルヴェは少し減速し、セレナと並走して彼女の頭を撫でようとするがセレナはレルヴェから離れるように右へと急移動させた。
「い、り、ま、せ、んっ!!!」
セレナは眉をつり上げ、そのまま水の日常魔法を使用してレルヴェから距離を取りつつフィッテの後方へとフロートボードを向ける。
次に火の日常魔法を強く念じ、爆発的な加速を行いフィッテの右隣に並ぶ。
だが、フィッテは左に体を向けているので、彼女とは背中越しに話すこととなる。
「フィッテー」
「な、なにセレナちゃん? い、今そっちに振り向くのは難しいよ……」
「大丈夫! 右足を左足に寄せてから、右足に軸に力を込めてこっち振り向いてみて?」
「こ、怖いよ……」
不安げな声を上げるフィッテは怯えながらも、セレナの言った事を実行してみせるべく右足を寄せる。
見かねた彼女の視線上にいるレルヴェは試しに披露してみせる。
「こう、寄せてからの……っ! どうだいフィッテ」
「そ、それどころじゃ……あ、あわわ……」
視線には映っているはずだが、彼女には見えていないのは目線が下にあるからだ。
せっかくレルヴェが右向きから左向きへの転換を成功したのに、本人には見てもらえないのは悲しいことだった。
代わりにセレナのじとーっと、粘りつく目が送られる。反対方向を向いてるレルヴェには何の意味も無いが。
「レルヴェさんは何がしたいのでしょうか……」
「っと、と、っと、セレナちゃん、これでいい?」
レルヴェに構っている間にフィッテは転びそうになりながらも軸足からの向きを変えてみせた。
思いのほか出来の良さにセレナは思わず感嘆の声をあげた。
「完璧だね、フィッテ。フロートボードも慣れてきたようだし、ここで新しい技を授けようではないか」
また師範みたいな事してる……と、フィッテは口には出さないが心の中で呟いた。
レルヴェはレルヴェで新しい技を知っているのか、今回は口出ししないで彼女達へと体を向け様子を伺う。
「名付けて、『ブースト』! どう? かっこいいでしょ?」
「『ブースト』……かっこいいと思う……! そ、それでその技はどうやって?」
技を授けて貰うべく、フィッテは興味が湧いたような生き生きとした瞳を見せる。
走行中ということを忘れて怪我をしなければいいのだが、とセレナ、レルヴェの二人は心配する。
今もこうやって会話をし続けてフロートボードに乗って走れるのは、何も障害物も無く魔物や町で戦闘に遭った鎧達が居ないからだ。
幸いにもレルヴェ、セレナ共に魔物の気配は感じられなかったので魔物は出現しないだろう。
それにこうしている間にも、レルヴェは細かい場面で周りを意識しつつ警戒してくれている。
フィッテとセレナが話を出来ているのは彼女のお陰とも言えるだろう。
「まずブーストはフロートボードを動かす魔力が必要と思って。その魔力をいつもの二倍程消費して、圧倒的な加速が使えると考えて欲しい」
「に、二倍って……わ、私がブースター使ったら魔力すぐ無くなるんじゃ……」
目に涙を溜めそうな彼女の視線に、セレナは笑顔で否定した。
「大丈夫だって! 私が使った『スイフトアロー』の一割ぐらいだから全然少ないよ。むしろ日常魔法、これより少し使うぐらいだよ? だからフロートボードは加速さえしなければ結構楽な移動手段なの。……色々と面倒だけどね」
フィッテは魔力消費が少ない事にほっと胸を撫で下ろした。
もし魔力消費が膨大な量だったら、レルヴェにいくつ借りを作っても魔力が足りないからだ。
「それで肝心の手段だけれど。頭の中でブースト、と念じるだけ。今までの操作も同じような感じでやってきたから、運転中に一手間加わるだけだよ。ささ、やってみよう!」
「う、うん」
視界は前方を捉えたまま、障害物が無いのを確認して脳内に念じる。
『ブースト』
後方の排出口からは強く命の輝きを見せるかのような紅色の粒を撒き散らし、今までの速度が嘘かのような加速を見せる。
ぐん、と体が後ろへ引っ張られる感じ。
今まででは決して味わう事のない加速感と風を切る、という自分の身一つでは感じる事が出来ない体験である。
最初よりも遥かに速いので、周りの景色が早送りに見えフィッテは混乱する。
「ぅ、ぁ、す、すごい、加速……っ! は、速すぎだよ、セレナちゃ……」
自分からでは排出口の部分は見えないが、後ろを振り向けば綺麗な赤色の粒が板から放たれている事が分かる。
だがフィッテは今それどころではないので、後ろを向くのは危険行為だが。
「フィッテ!! 減速は水属性だよーー!!!!」
口周りを手で囲い、大声を出すセレナはフィッテに届いているか心配だった。
自分も加速をして、フィッテに追いつくべく後を追った。
「やれやれ……遠足をしている訳じゃないんだがね……っと『ブースト』」
彼女もまた板後方から赤に輝く軌跡をばらまいていく。
フィッテは水の日常魔法を使って減速後、二人と合流して町へと向けて再びボードを動かした。
フロートボードの動きには慣れたものの、二人のように完全には扱えずもどかしさがあるがすぐ上手くなれる訳ではないか、と自分に言い聞かせ二人に懸命に付いて行った。




