対価
予想内の願いにレルヴェは眉をひそめ、セレナはびく、と一瞬肩を震わせてみせた。
「ちょ、ちょっとフィッテ! 何言ってるの!?」
「全くもって同意見さ。一応説明が聞きたいものだねぇ」
フィッテは二人の問い詰めるような眼差しに、思わずたじろいだ。
だがここで退いては伝えたいことを伝えられないので、足に力を込めて踏ん張る。
「私の考えている案ですが……。レルヴェさんの魔力はまだ戦闘で使用が出来ると仮定します。対してセレナちゃんは魔力がほぼゼロに近い。そこで魔力石が十分に余っていたら、譲っていただきたいんです。そうすればセレナちゃんも前線に立てると思いますし、レルヴェさんの負担を減らせる、かと……」
踏ん張りに対して、フィッテの顔は不安に包まれていた。
まるでこの案は絶対に通らないとばかりと思い込んでいるように。
セレナは案の定、と予想していたのか、驚きなどではなく呆れたように両手を上げ首を左右に振った。
レルヴェは良く考え込んでいる様子に、顎に手の甲を当ててフィッテをじっと見つめている。
フィッテからでは何を考えているかは分からない。
怒っているのか笑っているのか、はたまた本当に何も考えてないのか。
どのくらいこの時間が続いただろうか。
ほんの数秒見つめられただけなのに、一分は経過しているのではないかという錯覚に陥るほどだ。
やがてレルヴェはくすり、と小さく笑い久しく口を含んでいなかったジュースを飲む。
「いやはや、面白いねフィッテは。確かに私一人で二人を守る、と言った。それが護衛対象が一人減って護衛役が増えるのはいいことさ。そこには賛成だが……先ほどもセレナの内緒話にあった通りにコイツは貴重な物だ。言っちゃなんだが、はいそうですかってただ渡すほど私は人が出来てないからね、こんな緊急時でも対価はもらうよフィッテ。…………あんたは私にどんな対価を払ってくれるんだい?」
バレバレの内緒話を聞かれてセレナは乾いた笑いを漏らした。
だがこれもまた予想通りだ、と心の中で呟いた。レルヴェがこういう人間で、非常時においても相応の支払いを要求するそのブレなさは尊敬に値する程だ。……決して見習いたくはないが、と同じく心の内にしまう。
「レルヴェさんは相変わらず対価を求めますね。……私達を守る時は要求しなかったのに」
「ふ、気まぐれさ。それにコレを渡せば確実に無くなる、対して現状は二人を守ればいいんだから消費するのは私の魔力だけさ。敵が出なかったらラッキーだし、出たらその時は消耗を考えて戦えばいい。……一番は魔力は日付をまたげば回復するから、だねぇ」
なるほど、と頷くセレナ。失うものの違いか、と納得する。
一方フィッテはじっと机の中心一点を見つめていた。それほどなまでに考えなければいけないことだ。
「フィッテ、なんなら後払いで支払うモノを選んでもいい。私はそこまで鬼じゃないさ。じっくり考えてくれ。この案を無かったことにしたっていい訳だし」
レルヴェの一時保留に、フィッテは顔を上げおどおどと返す。
「い、いえ答えは出てます」
「へぇ、早いじゃないか。むしろあらかじめ用意していたみたいだねぇ」
「そう、なんですが……、レルヴェさんが納得してくれるかどうか不安だったんです……」
ほう、と感心したレルヴェは腕組みをし、目線を上から見上げるよう合わせる。
「聞こうじゃないか、その案が通るかどうかはさておき。言わないと通るものも通らないんじゃないかい?」
それもそうだ。絶対に無理なものは何をしても覆せないが、案と相手次第でどうにかなる事だってある。
レルヴェが言うのはそういう事だった。始めから諦めるよりも案を出し切ってから諦めればいい。
少なくとも、フィッテの状況は決して悪くは無さそうだ。セレナを交渉のカードに含むかはさておき、案次第では一発で通る事だってある。
レルヴェからの元気付けに、フィッテは意を決してテーブルの上に願うように両手を組んだ。
「……分かりました。案は二つです。一つ目は私がいかなる手段を使っても必ず同等、もしくはそれ以上の魔法石を確保する事。……ただし、この対価を払う相手から確保する場合は除きます。……そして二つ目なのですが、使用する魔法石に見合った額をレルヴェさんに約束します。依頼をこなしてでもどんなに日数を掛けようともお返しします。……これが私が今考えうる方法です」
フィッテの取引にセレナは唖然とした。対価の二つが無理難題だからだ。
セレナの適正依頼レベルが単体で三から四なのにたいして、魔法石の獲得レベルは五以上からだからである。
依頼のレベルが低い内は、近隣の場所でしか受けられない依頼ばかりだ。(例外を除く)
鎧が襲撃する前に軽く説明をした、『パーティー』でも組まないととても今の実力では入手不可能なはずである。
それに先ほどもセレナが言った通り、魔法石は希少価値だ。
滅多に拾えないし、それを所持していると分かれば襲撃される事だってある。
魔力も回復出来るし、適した店で売却すればかなりの額になるからだ。
同時に魔法店に陳列されているであろう、求める物は相当な額で売られている。
セレナはまだ自分の手で魔法石を入手したことがない。見たことは今日を含めて数回はあるが、使用したことがない故に貴重さを十分理解している。
また魔法石を買う金額だって、依頼難度4のセレナでさえ未だに稼げずにいる。
それぐらい魔法石は高価だ。
「フィッテ……私なんかの為にそこまでしなくても……」
「セレナちゃん、私が決めた事だし大丈夫だよ? ……それにそこまでの価値はあると思っているから。私は死にたくないし、セレナちゃんやレルヴェさんにだって死んでほしくないの。……もし鎧とかが沢山襲ってきても二人には万全の状態で戦って欲しい、とかもあるかな」
フィッテが強い瞳と念には念を押した答えに、セレナは言い返す事が出来なかった。
「まぁフィッテが何も所持してないのを考えると妥当だろうねぇ。後払いってのは間違いじゃなかったみたいで何よりさ。しかしねぇフィッテ、釘を刺すようで悪いが本当にその案でいいのかい? 後で町に着いてからでもいいのにさ」
レルヴェの問題を先送りにする言い回しが気になったが、フィッテはいつまでもこの話を続けるのは悪いと思い、決断をした。
「大丈夫ですレルヴェさん。私は二つの案をどちらか満たせば対価を払ったものと思ってますが……問題がありましたらどうぞ……」
「いや、問題ないし、私はそこまで鬼じゃないさ。どちらかでいいのに両方要求するほど飢えていないしねぇ。ついでに言うと、フィッテからちゃんと返してもらえれば何でもよかったわけだし。これにて契約誓約っと、ほら魔法石だ。使用法は簡単。折ることさ」
テーブルに載せられた石は手の平に収まりそうな程小さかった。だが、確かに威圧感が存在した。
魔力を回復してくれる代物のはずなのに、目が付いていて睨まれているかのように。
フィッテは恐る恐る手に取ると自分で詳しく見る前にセレナへと手渡した。
何かのミスでフィッテに魔力が回復したら何の意味もないからだ。
「ど、どうぞセレナちゃん! ……これを使えば回復出来るはずだよね」
「ありがと。今日一日と言わず、この恩は忘れないから。絶対に」
セレナは手渡された魔法石を迷うことなく二つに折る。
折った瞬間、断面から魔力と思われる翠の粒子が溢れ出てセレナの手や腕に巻きついた。
螺旋状に巻きついた粒子は拘束するかのように縮み、手や腕の中に入り込んで姿を消す。
その僅かの時間を経て、セレナは魔力の回復を確かに実感した。
「なんだか、体の中が暖かい……。魔力を通じて、温もりが伝わってくる感じ……」
「これが魔法石の回復……そして使い方なんですね……」
「そうさ、今のが魔法石。手の内部に入り込んだ瞬間から回復し、少し経てば魔法石に適した魔力を注入してくれる。以外と回復速度は早いから即、次の行動に移れるのも利点だろうねぇ。価値は十分分かっていただけたかな?」
「は、はい……とても貴重な物ですね」
得意げに解説するレルヴェに対して、フィッテの驚きと興味が混じった顔を見せる。
セレナは自分の体内に魔力が入り込んだのを確認すると、レルヴェ、フィッテに礼をした。
「ありがとうございます、レルヴェさんにフィッテ。私が足を引っ張る事は少なくなったのも、二人のお陰です。魔力は全快に近い状態までになりましたので、これからも頑張ります!」
「ふ、いいって事さ。貰うものは貰うし、お安い御用ってね」
「ううん、元はといえばレルヴェさんが魔法石を持っていたことだし、私にお礼なんか……」
ともあれ、セレナの魔力が回復した事によりレルヴェ、セレナ共に二人が戦える状態になった。
「これで鎧が来ても私達でフィッテを守れるねぇ」
「私的には、もうあの鎧に遭いたくないです……セレナちゃんだって、危なかったし……」
「あ、あれは赤い方がやたら強かったから! 銀色の方はなんとかなるよ! ……多分」
「へぇ……じゃあ私は赤い方の相手をしようかねぇ。どれほどの相手なのか、気になる所でもある訳だし」
もしフィッテの両親を殺した鎧二人組と会ったら、役割分担は決まっているだろう。
レルヴェはレルヴェで、何やら戦闘を楽しんでいる部分がある。
彼女は、自分と張り合いのある相手を探しているようにも感じた。
「全く、レルヴェさんは戦闘が好きなんですね……」
「自分で言うのもなんだが、どっかおかしいんじゃないかって思ってるねぇ。……でも、戦ってる時は楽しくて仕方ないのも事実さ」
フィッテからすれば理解出来ない話である。
彼女も実力が付けば分かる日が来るのだろうか。
「私の事はさておき、これからどうするんだい? セレナの魔力は回復したことだし、このまま居てもいい訳だが」
「その事なのですが、ラウシェでの出来事を報告した方がいいんでしょうか?」
「だねぇ。報告するならば、この町から出て私達の町に行く。……どのみち私は帰るつもりだが、もし良かったら一緒に来たほうがいいんじゃないかい」
「私としては一緒に帰った方がいいけど。ここはフィッテが選んでみてよ」
当初の目的とは違ってきたが、彼女達には選択肢が出てくる。
ラウシェの異常な事態を報告しに、隣の町へ向かう。
もう一つはレルヴェより遅れて町を出て、セレナと隣町を目指す。
どのみち飲食店内で話した、最終目標はセレナの町に行くことだからレルヴェが居るか居ないかの違いである。
「迷うことはないですね。……レルヴェさん、良かったら私も連れて行って下さい」
「ふ、準備は出来たようだからここに長居は無用かねえ」
レルヴェは紫ドリンクを残り一割まで飲み干してから、二人の反応を待った。
フィッテとセレナはお互いを見て、同じ色の飲み物を喉に通した。
「ですね。情報も交換出来ましたし……」
「魔力も補充完了、戦闘になっても足は引っ張らないよう頑張ります!」
準備が出来た所でレルヴェが何気ない疑問を口にした。
「あんた達、もし私が居なかった場合どうしたんだい? セレナの魔力が無いと想定したとしてね」
「レルヴェさんが居なかったら、魔法店に篭って日付変更か、魔法石を拝借する所でした……」
「フィッテはああ言ってますけども、魔法石は最終手段ですよ!? いくら非常時とはいえ、無断で使いたくはないんです!」
「まあ、使いたくても魔法店の店主が強力な鍵を掛けてある筈だから、並大抵の手段じゃあ持ち出せないだろうねぇ。それこそ町破壊する程の威力じゃないと、さ」
レルヴェの新たな事実にフィッテとセレナは驚きを隠せなかった。
「鍵の頑丈さにびっくりです……。解錠するのに町一つが犠牲になりますね」
「そうなんだ……知らなかったですよ。知ったとしても実行する勇気にはなれませんが」
「セレナは知ってると思ったんだけどねぇ、まあいいさ。ささ、このままここに居るとずっと居付いてしまいそうだからここらへんにしようかねえ」
最後の話はレルヴェさんが振ってきたんだけどね、という心の呟きは二人だけの秘密となって三人は小さな飲食店を後にするのだった。




