対話
「……ありがとうございます。フィッテに、レルヴェさんも。私はもっと強くなりたいです、二度とこんな悲劇を起こさないように。大事な友人をちゃんと守れるように、それこそレルヴェさんみたいな人ぐらいに強くなりたいです」
意気消沈したかに見えていたセレナの顔が、フィッテの視点からは明確な決意がはっきりと表されているように見えた。
「私は全然強くないんだけどねぇ……。まあいいけどさ」
レルヴェは自分が目標にされて嬉しいのか、照れ隠しで後頭部を掻いた。しかし、表情に出る事は無かった。
「私は、戦力外でしかないから創造魔法を覚えて皆と戦えるようになりたいです……」
フィッテは伏し目がちに自分の無力さを悔み、創造魔法の単語に対してレルヴェが反応する。
「私とセレナが住んでる町だったら、確実に安全だからそこでセレナに教えてもらえばいいさ。まずは無事に生きてここを逃げるのが優先だねぇ。無論、私は全力で守ってみせるさ」
「ありがとうございます……。って、レルヴェさんとセレナちゃんは同じ町に住んでるんですか!?」
テーブルに両手を突いて、身を乗り出して驚いたのはフィッテだ。
彼女が突いた時の衝撃で三人の飲み物が少し揺れる。
セレナは隠していたつもりだったのか、それとも言われるのが嫌だったのか、溜息一つしてドリンクを一口含んだ。
「ま、まあそうだし、隠してるつもりじゃなかったんだけど。言うタイミングが訪れなかったって事で……」
「フィッテは私に今日会った訳だし、知らないのも無理ないだろうねぇ。しかし、私の名前はさておき私の存在くらいは話しても良かったんじゃないのかい?」
「そ、それはですね……その、なんていいますか。実力的な意味で言うのを臆していたといいますか……」
歯切れの悪そうなセレナに、レルヴェは何かを察したか顔を緩めながら腕組みをした。
「くくく、すまないねぇ。そういう事ならば仕方ないさ。何か悪い事をしたね」
何度目か、セレナの頬が紅潮していくのを見てフィッテは怪訝そうな顔をするが誰も答えは出さなかった。
三人が同時に飲み物を飲むというタイミングの後に、レルヴェが今度は切り出した。
「次は私から行かせてもらうよ」
一呼吸置いてから、レルヴェ側による状況説明が入り二人の少女が頷く。
「依頼を終えてこの町に来る前の西門は、警備は手薄で入り口に居るはずの衛兵がいなくて、町自体は静寂が押し寄せたみたいにありえない程の静かさ、衛兵を除いてはあんた達と同じ状況だ。だが西門を通過してちょっとしてからちょっと甘い感じの『匂い』かねぇ」
レルヴェの説明に二人は思わず顔を見合わせた。おそらくはレルヴェ側での異常な事態だろう。
甘い匂いが何なのかは二人には分からないが、この沈黙を貫いた町に関係はしてるのではないかと憶測で考えた。
「もしかして、この人が居ない状況は甘い匂いが原因でしょうか……?」
「フィッテ、それは私も考えてた事。でもレルヴェさんが嗅いだ匂いに人が居なくなるような現象が起きるとは考え付かないのが何とも……」
「考えすぎだろうね二人共、とりあえず話を進めるよ。匂いを嗅いだ私は異常さを感じ取り、近くの民家を覗いた。あんた達と同じでもぬけの殻さ。家の中を軽く探したがやはり消えたみたいに誰一人居なかった。例の甘い匂いは家内でもした。そこからは数件回ってから、中央通りに行き鎧が倒した老人を確認。ここからはあんた達が知ってる筈さ。窓に誰か居ると思って覗き込んだら、誰も居なかったから敢えて裏口から攻めさせてもらった、私の話は以上さ」
彼女達は自分の考えを否定され、一瞬顔をムッとさせたがすぐさま真面目な顔をし一言一句として聞き逃さない姿勢で聞いた。
飲食店内に居る時の話は二人して苦みを味わうかのような笑いをしたが、彼女の説明が終わると同時にフィッテは考え込み少ししてから質問を投げた。
「甘い匂いの件はさておき、やはり誰も居ないのは何かしらの手段で誘拐か同様に人を消す方法があるんじゃないでしょうか? 例えば、創造魔法とか……」
創造魔法を使える事が出来る女性二人は一瞬驚き、自分の中で思考する。
【スイフトアロー】や、老人が使用した【ダークホール】。亡くなった母親が放った【バラージスラッシャー】、いずれも創造魔法には違いないが明確な違いがあるとすれば中身の違いだ。
矢を一撃のみの刃に応用したり投擲として使える。床にトラップを敷き、見た目の恐ろしさも痛感させる落とし穴を創り出す。
無数の三日月の刃を生み出し、四方八方に散らばせて通り道すら塞ぎ一斉攻撃させる。
種類が攻撃、補助妨害の上記の魔法。だとすれば、甘い匂いを放出させる創造魔法も出来るのではないだろうか?
セレナとレルヴェは何気なくこなす依頼で創造魔法を駆使して、生きている。
彼女達は主に使用する部類が攻撃だ。次いで補助、防御と優先順位が落ちる。
補助妨害の中のカテゴリとして分類されるであろう、甘い匂い。
本当に誰かが創っていたとして、レルヴェがその匂いを嗅いだとしたら。
どんな効果なのだろうか。レルヴェ自体には害がないとするとなると、何かに影響を及ぼす要素があるかもしれない。
「創造魔法……。レルヴェさん、体に何か異常は無いですか?」
セレナは甘い匂いが創造魔法の可能性も考え、現時点でレルヴェに外傷が無いことから内部の異常に切り替える。
「……いや、至って健康さ。見た目も中もどこも傷めていない。まったくはた迷惑だねぇ。効果が分からないし、創造魔法と決まった訳でもない」
「創造魔法だとしたら、何かしらの妨害かもしれないですね……。でも害が無いとしたら、ただの匂いがしただけなんでしょうか」
レルヴェにも特に異常が無いので、進展が無く行き詰ってしまう。
このままだと唸り続けたまま、時間だけが過ぎ去ってしまうので脱線気味の路線を元に戻すことにした。
「ごめんなさい、私の質問で脱線させてしまって……。甘い匂いは脱出する時に、西門から通って一応確認してみませんか?」
「それには同意さ。……あんたの住んだ町だ。いずれにせよ、このままでは終わらせない。必ず解決しようじゃないか」
フィッテとセレナはそれぞれ強く首を縦に振る。
誰も居ない町に三人だけという、不気味すぎる光景だがある意味西門、南門から不死の者や異形の怪物が攻めてくるよりはマシかもしれない。
……消えた人々の安否も気になるが。
「あ、レルヴェさん、私の【スイフトアロー】なんですが、後二回しか撃てないので万一の状況はお願いします」
「依頼と今日の戦いで結構使ったみたいだねえ……。任せてくれよ。私がばっちり二人を守ってみせるからさ。えーと、こういう場合は何て言うんだっけな、『木船に乗ったつもりでいてくれ』だったかな?」
「……ふふ、うろ覚えじゃないですかレルヴェさん」
にこやかな笑みを浮かべたフィッテを見て、セレナとレルヴェは思わず見惚れた。
今日の悲劇で笑う事を失った彼女が、レルヴェの何気ない口振りに笑いを誘われたのか僅かではあるが、笑顔を見せてくれた事に意外だった。
「……あの、そんなに見つめられると恥ずかしいです……」
言葉よりも早く、フィッテはテーブルから床へと視線を落とした。
気のせいか、頬の辺りが熱を帯びている気がして両手で頬を触れてみると、些細ではあるが確かな暖かさを体感し自分が照れている事を自覚した。
「ご、ごめん、その、フィッテが例えようのない程の可愛い笑顔を見せてくれたものだから、つい……」
「すまないね、あまりにも可愛いから見惚れてしまったよ」
二人の反応にますます朱に染めたフィッテは、完全に謝るような形で頭を下げていた。
「うう……」
「さて、フィッテのいじりと状況把握は終わっただろうし、どうしようかねぇ。その鎧が何に対して逃走したか気になる所だけども、現状じゃあ分からないのも事実だし」
「ですね。私とフィッテは、そのお陰で首が繋がっていると言っても過言ではないです。鎧の逃走理由って私が考えるに、レルヴェさんが来たからじゃないでしょうか? ……タイミング的に近いものを感じましたので」
セレナの推測にフィッテは頷いた。
(正直な話、あの状況でレルヴェさんが助けに来たかと思ってたのは内緒ですが……)
彼女の内心の憶測と同時に、レルヴェはやんわりと否定する。
「まあ、私が少し遅れただけで偶然何かの拍子に逃走したかもしれないさ。後はここを出る時に、鎧が待ち伏せしないのを祈ることだね」
レルヴェが半ば冗談まじりに言ってもフィッテは特に沈んだ顔はせず、むしろ居ないといいなぁ……と嫌そうな顔をするあたりいくらかはショックが和らいでいくのが見えている。
勿論根本の所はズタズタになっているだろうが、表面上は前向きになっていると言える。
さっきの笑顔だって、自然と出ただろうとセレナは予想する。
「そんな状況は嫌ですね……。所で、レルヴェさんに一つ質問があるのですが……」
「なんだい? 答えられる範囲ならば、何でも答えるよ」
フィッテは質問許可を取ってから、セレナと内緒話をする。
レルヴェにはこの会話も丸聞こえなのだが、最初の時と同様に聞かぬふりをした。
『セレナちゃん、魔力もう無いよね? ……レルヴェさんに魔法石、分けて貰えないかな?』
『無理だよ! 私の閃光石、起爆石。起爆石は多少安めだけど、閃光石は高めなの。その上位とも言われてる価値の魔法石は、いわば自分の切り札、最終手段だよ。……取っておきをすんなり渡す訳ないよ、持っているかも分からないし』
『そっか……』
フィッテの希望に満ちた顔を砕くような形で、セレナは否定的な口調で返した。
フィッテは顔を下に傾け悲しみを露わにするが、観念したように少々悲しそうな顔を上げてレルヴェに視線を向けた。
「レルヴェさん、魔法石って知ってますか?」
「勿論さ。創造魔法を使う者ならば誰しもが欲しがる希少品。通常、魔力は日付を越えないと回復しない。その手段を増やしたのが、即席で魔力を回復する代物」
彼女はそこまで区切り、内ポケットから小さく黒ずんだ石を取り出す。
指一本分はあるかと思うサイズの石は所々削られ、平らさは感じさせず先端は鋭利に尖り武器としても使おうと思えば使えそうだった。
「ちなみにこのぐらいのサイズだったら、そうだねぇ……。セレナ程の魔力を持っている者ならば全快するだろうさ。魔力量は個人差があるから、セレナの魔力の器が大きかったら全快とはいかないだろうけど」
レルヴェの誘惑するような説明に、フィッテは喉から手が出そうな程に彼女の魔法石に魅入っていた。
セレナはフィッテが何かしでかすのではないかと、内心ひやひやしながら見守る。
元々、この三人でレルヴェ、セレナが住む町に戻るならばレルヴェの護衛だけで事足りるはずだ。
【スイフトアロー】の使用回数が限られているセレナにとっては残りの時間に怯える事無く、魔力をフルに使って行動する事が出来る。
だが、余程切羽詰った事情でもない限りはセレナは魔力石を所持していても使用することはない。
今がその状況ではないと言えば嘘にはなるが、ここには頼れる人物が一人居る。
レルヴェ=ハレンという、セレナの【スイフトアロー】をいとも簡単に消してみせた人物が。
この女性がもし鎧急襲時に居たならば、今日の戦いは格段に変化したのだろう。
「レルヴェさん、無理を承知でお願いがあります。セレナちゃんにその魔法石をあげて貰えませんか?」




