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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
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来訪

 つまり、鍵はしていなかったという事だ。

 飲食店に来た時点で確認をすべきだった、セレナと共に来るべきだった。

 後悔しても遅かった。

 敵か、味方か。構わないから声を出してセレナに助けを求めるべきか。

 フィッテの鼓動が急に高まり、口がぱくぱくと空気を求める魚のように動き、肝心の声を発していない。

 足もまた震えを取り戻し、棒のように立ち尽くした。

 逃げる事も声を出す事を出来なくなったフィッテは、開きつつあるドアを見つめる他ない。


「……こんな所で何してるんだい?」


 入ってきたその人物は髪と瞳が印象的だった。

 赤の短髪は燃えてるかのように見える煌々と光り、僅かに風が吹いただけで揺らめく華麗さも兼ねている。

 見る者を魅了させる、青くどこまでも透き通っていそうな瞳がしっかりと見えた。

 漆黒のコートに身を包み、長さは足首の所まで届きそうなくらい。

 ちらり、と垣間見える服もまた黒で彩られている。

 闇で覆われたようなズボンに真っ黒で深みが強い靴と、黒で統一された格好をしていた。

 ……もしかしたら、セレナの言う人物だろうか。

 フィッテが見る限り、剣や槍といった武器は持っていなさそうだ。

 武器だけで判断するのは危険だが、老人ウルスクの例外がある。

 創造魔法を使える事が出来れば、武器だって作り出す事だって可能なはずだ。


「……安心しな、私は敵じゃないさ」


 フィッテは女性(?)の声を聞いて、少し落ち着きを取り戻しつつある。

 足は未だに動かせそうにないが、声だけなら頑張れば出せそうだ。



「……し、し、証拠は、あ、あるんですか……?」


 最初の部分は声が掠れ気味だったが、何とか最後まで言い切る。

 味方とまだ分かった事ではないが少なくともいきなり斬りかかってきたり、底深い穴へ落とすことはなさそうだ。

 味方と言い切れる証拠を求められ、軽く頭を掻く女性のような人物はしばし考えた後、ズボンのポケットから一枚のカードをフィッテの前に見せた。

 カードには文字が書いてあった。


弧道救会(こどうきゅうかい)、保護団員……?」

「親が蒸発したり親が何らかの事故で死んだ時に、子供を保護する私達のような団体が居る訳さ。少なくとも、このカードを持っていない団員はその役割は与えられないがね。誘拐防止みたいなもんさ」


 フィッテは心を見透かされたみたいに、肩を強張らせた。

 もしこの人が本当にそうならば、付いて行きたい。フィッテの心中はそう告げている。

 しかし、心の奥底で疑う心が存在していた。

 今日の敵とは違った手段で殺そうとしているのかもしれない。

 フィッテなりに信じようとする一つ考えが浮かんだが、彼女に言うべきか迷った。それでなくても様子を伺ってこちらに来るかもしれないのに。


「ちょっと不安そうな顔をしてるね。まだ何か疑うのならば、今知ってる事なら何でも答えるよ。……今日、この町で起こった事以外は」

「た、確かに疑ってます。完全には信じてないけど、多少は信じたい気持ちがあります。……あなたは今日この町を見てどう思いましたか?」


 フィッテの考えを伝えると女性のような人物は見せたカードをしまってから腕組みをして、率直に答えた。


「そうだねぇ……。生きた廃墟、ってのが感想だ。夜の町に明かりが点いているが、人はあんた以外居ない。まるで、誰かに連れ去られたみたいにね」


 彼女(?)の発言はこの町を見てきた人そのもので、フィッテが連れ去ったのではないか、とかまを掛けているようにも聞こえた。


「わ、私はやってないです! お父さんとお母さんが殺されて、セレナちゃんも危なかったのに、そんなさらうだなんて……」


 途端、黒コートの人物の眉が動き、フィッテの発言に興味を持ったようで彼女の肩を掴む。


「あんた今、セレナって言ったね。その子はどこに居るんだい?」

「そ、それは……」

「ここに居ますけど?」


 厨房入り口から怒りが混じったような声が響く。

 灰色の服に六芒星の魔法陣が所狭しと張られているように見え、水玉模様のスカートはひらひらと動く。

 薄桃色の肩まで届きそうな髪が揺れてるのは、僅かな距離を走ってきた証拠である。

 彼女は憤怒の形相とも取れ、眉がつり上がり口元の歪みを見せる。

 手に握られたのは、本人自ら使用回数が限られていると話していた【スイフトアロー】だ。

 これで手札は後二回となった。


「セレナちゃん!? ま、待って! この人は敵なんかじゃ……」

「フィッテ、どいて!」


 セレナはフィッテの言葉を聞く前に、一目散に駆け目標の人物へ向かう。


「これは参ったね、聞く耳持たずみたいだ」


 対する黒一色の人物は余裕そうに掴んだ手を放し、何か武器を持っているかのように手を握った。

 お互いが衝突する寸前、セレナは銀の輝く矢を相手に貫通させるように突き出し、黒色のコートの人物は単純に手を銀矢へとぶつけるように振った。

 音を出さずに散った銀矢は、何も見えない武器でかき消されたかのようにセレナの手元に跡形も残さなかった。

 霧散した銀の近接矢を見て、セレナとフィッテは驚きを隠せない表情を浮かべる。


「「嘘……!?」」

「嘘なもんか。私の武器でセレナ、あんたの矢を壊したまでさ。どっちみち私の武器は一回使えなくなるが……、ふむ。あんたの【スイフトアロー】とやらの硬度はさほどないようだね」

「って、レ、レ、レルヴェさん!?」


 セレナが驚きに変わる顔を見せた。

 この人物が敵だと思っていたばかりに、目の前に居る人はどうしてここに? と表しているかのように驚きに加え、冷や汗が彼女の頬を伝う。


「はぁ……まさかとは思うけど、私の事を敵だと思って【スイフトアロー】を創造しておきいざ突撃してみたら、その人物は知ってる人でした、でも攻撃はしちゃったどうしよう。みたいな顔をしているように見えるんだが?」

「ご、ご名答です……そしてごめんなさいレルヴェさん! その必死だったんです、フィッテを守る為に……」


 泣きそうな顔を真っ赤にし、平謝りをするセレナに先ほどの殺気に似たような気迫は見受けられない。


「ま、そういう事にしておきますかね。んで、セレナ。こっちの可愛らしい子は誰だい?」

「……フィッテです。フィッテ=イールディ」


 名前を聞きセレナと一歩前に出て名乗り困惑するフィッテを交互に見比べ、気になるように手で顎をさする。


「ほぉ……隣町に住むセレナがわざわざこっちに足を運ぶって事は……。フィッテ、あんた好かれてるんじゃないのかい? さっきの【スイフトアロー】でいきなり突き付けてきた時がそうさ。大好きな友人が敵にでも襲われていると思っていたんだろうねぇ」

「レ、レルヴェさん!」

「す、好かれてる……良い意味、ですよね?」


 レルヴェはからかうように二人の関係を突くと、真っ先に反応したのが涙を散らしながら赤面気味のセレナで、ワンテンポ遅れて戸惑いながら聞き返したのがフィッテだった。

 そんな二人娘が思いのほか面白かったのか、レルヴェは笑いを隠せなかった。


「もちろん、良い意味さ。若いねぇ、いいじゃないかそういうのも。セレナ、大事にするんだよ?」

「い、言われなくてもっ! というよりもですよ、さっきの事まだ怒ってるんですからね。いとも容易く私の【スイフトアロー】をかき消したんですから!」


 一撃のやりとりを根に持っているセレナは、再び話を蒸し返す。

 対してレルヴェは思い出したかのように、苦笑いをした。


「悪い悪い。久しぶりに会えたものだからね、ついからかいたくなったのさ。……だけどねセレナ、魔力の無駄使いは死を招く。これだけは覚えておいてくれ」

「む……分かりました」


 忠告を聞いた事で若干怒りが引いたか、セレナはふくれっ面で謝る。

 レルヴェはそれ以上言い加える事無く、裏口のドアの鍵を閉めた。


「さっきのは許してもらうとして、あんたたち状況説明出来るかい?」

「か、可能な限りは……」

「フィッテに同じく」


 二人の少女はそろって挙手した。その挙手が両者共に控えめだったのが気になったが、レルヴェは入り口側の通路を指差した。


「とりあえず、座りながらでも話さないかい?」











 レルヴェが来る前にも話し合いをした二人は、再び同じ席に着いた。

 同じ席とはいえ、フィッテとセレナは半ばくっ付きながらの席で、レルヴェの方は二人に対面する形となっている為、レルヴェが親か保護者に近い存在になっていた。

 今回は敵ではないレルヴェとの遭遇だったが、次も味方とは限らない。

 フィッテとセレナはレルヴェが一足先に着席する間にドアロックの確認と、窓カーテンを全て閉め切ってある。

 フィッテとセレナは橙色の少し酸っぱさを感じさせるジュースを、レルヴェは紫色の、それでいて甘みが伝わる匂いがする飲み物を選択した。

 ……ウエイターやウエイトレスが居ないので、選択=セルフになるが。

 それぞれが硬貨を握りつつ、厨房の保存庫へ向かう姿はここの飲食店では奇怪に映っただろう。


「さてと、飲み物も揃った事だしどっちが話そうか」


 グラスを小回りに動かして、氷を弄ぶレルヴェは二人を見ながら話す。

 フィッテは疑問に思っていた事があったので、レルヴェに見えないように服の裾を引っ張りひそひそと話す。


『セレナちゃん、私はレルヴェさんの事知らないから自己紹介した方がいいと思ってるけど……』

『現状把握の前にはいいね。えと私が言うね』

『だ、大丈夫だよっ。私が言う。で、出来る、筈……』


 明らかに聞こえていそうな内緒話だったが、レルヴェは追究しようとはせずに黙って二人の成り行きを見守った。


「レ、レルヴェさん、自己紹介をしませんか……? 私は貴方に会うのは初めてですので」

「そうだねぇ、確かにまだだったね」


 おずおずと会話の先頭を切ったフィッテは、レルヴェに自己紹介を求めた。

 レルヴェは喉を湿らす為に、紫のグラスを一口含める。

 セレナはレルヴェの事を知っているので、特に感情を表さずにレルヴェに視線を注いだ。


「私の名前はレルヴェ=ハレン。性別は女性、20歳だ。セレナとは『依頼』を通じた知り合いで、稀に一緒に依頼を受けている仲さ」

「そういえば、どうしてこの町に?」

「セレナは知ってるだろうけど、対象護衛依頼さ。難度が高くないと受けれないんだけど、この有様だとそれどころじゃないようだ」

「なるほど……一度やったことありますが、大変ですよね……」


 レルヴェがこの町に来た理由は話した通りのようだ。

 守るべき人が居ない以上、依頼の達成など不可能である。

 

「さて、私の自己紹介は以上だ。良かったらフィッテ側の事情が聞きたいねぇ」

「ではまずこちら側の報告をします……」


 セレナが苦しそうな顔でフィッテに視線を送ったが、彼女はそれを横に二回首を振ったことで否定した。

 セレナの心遣いだけ頂戴しておくことにしておくのは、自分を思ってくれるだけで十分なのに、状況説明までさせたら申し訳ないと思っているからだ。

 セレナは観念したかのように彼女の状況説明に耳を傾ける。

 レルヴェはフィッテの家族、家が襲撃されたのを知らない筈なのでそこからの説明だ。

 だからこそセレナはフィッテの代わりに言おうと視線を投げたのだ。

 フィッテはほとんどの状況説明を悲しそうな顔でした。

 黒コートの女性は相槌を打ちながら、時折哀愁じみた表情を見せる。

 テーブルの上で組まれた手は、ぎゅ、と力強く握られ悔やみきれない印象を感じさせる。

 フィッテは全ての説明を終えた後、一息つきオレンジを三割ほど一気に飲んだ。

 悲しみと苦しさが口内に広がったので、甘さで誤魔化すかのように。


「これで、私達側の説明は以上です……」

「お疲れさまフィッテ」

「すまんね……私がもうちょっと早く来れたら良かったんだが……そしたら、フィッテの親御さんだってあんたらだって守れたかもしれないのにね……」


 レルヴェのテーブルに着かんばかりの頭からの謝罪に思わず二人は面食らった。

 まるで、この悲劇は全て私のせいではないのかと感じられる程に罪悪感を持った言葉だからである。

 フィッテとセレナが慌てて椅子から立ち上がり、フォローをする。


「レ、レルヴェさんは何も悪くないですよ……っ!」

「そうですよ! しょうがないです、私だって守りきれなかったし……。創造魔法があっておきながら、フィッテの両親を守れなかった! 私が、居ながら……」


 セレナは落ち込むように椅子に座り込み、残りの言葉を切らした。

 フィッテはセレナの様子を気にし、彼女の手を握る。

 ただ握ったのではない。

 今日を生きているのは彼女のお陰と実力に驚き尊敬し、付いて行きたい気持ちが混じっているからであった。


「フィッテ……?」

「セレナちゃんは悪くないよ。私だって守ってくれたし、お母さんと一緒に戦ってくれたよ。足手まといでしかない私の方が申し訳ないくらい一生懸命だったよ。……だから、セレナちゃんは悪くない」

「そうだねぇ、あんた達の話を聞いた限りだと相当頑張ったみたいだからね。フィッテの家を脱出する時だって工夫したじゃないか。それに……敢えて他の創造魔法を使わずに、【スイフトアロー】を主軸に戦った点は褒められると私は思うね。出方と攻略法が分からない以上、こちらの手札をむざむざ晒す必要は無い」


 フィッテ、レルヴェ両者の慰めにより、セレナはゆっくりと顔を上げた。

 実力不足により自己嫌悪に陥ったセレナだったが、二人の顔を見ながら今日の出来事を思い浮かべる。

 銀の鎧襲撃【スイフトアロー】で傷を負わせ、老人に狙いを定め、腹部に直撃させた。中央地点に向かうまでの足止め目的である【ウォーターランス】を放った。

 創造魔法に関しては鎧戦で相当魔力を消費してしまったが、何とかここまで生きてこれた。

 大事な友人の為にも、亡くなった友人の両親の為にも、これからは強くならないといけない。 

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