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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
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前兆


 彼女は待っていた。一人の少女が来るのを。

 少女の話は冒険をしているような内容で、彼女の中では一つの物語として頭の中に記憶している。

 それほどなまでに楽しみだった。

 フィッテは玄関前で毎度といっていいほど、律儀に立って待っている。


「先週はこの日に来るって言ってから大丈夫、かな」


 彼女の独り言は、家が広くないので少し離れた家族にまで届いた。


「大丈夫、ちょっと遅れてるだけだろう。セレナちゃんは来るさ」

「そうね。何かあって遅れたかもしれないし。気長に待ちましょ」


 背丈より高い窓から夜空の明かりが見え、外はすっかりと夜に包まれていて、寒さを感じるほどではないがそれでも心配なものは心配である。

 いつも家に来る時間より大分遅れているので、フィッテが心配するのも無理はなかった。

 両親は外面状は優しい言葉を掛けて待ち続けているが、内面では事件に巻き込まれたのでないかと不安だろう。

 彼女は居ても立っても居られず、目の前の鉄製で作られたドアノブに手を伸ばそうとした瞬間に。


「お待たせ、遅れちゃった」


 ドアが開きフィッテの待ってる人、セレナが訪問してきた。

 先ほどまでの焦燥感は嘘のように霧散したようだ。

 フィッテの顔に笑顔が広がる。


「セレナ……ちゃん……っ!」 

「ごめんごめん。はいフィッテ、いつもの」

「あ、ありがとセレナちゃん……」


 セレナは幼さを含んだ声を出しながら、フィッテに嬉しそうな表情で本を渡す。

 玄関でフィッテの細い手で受け取った本は分厚く、長く楽しめそうな量だった。

 赤く細い紐が先頭にきており、それはセレナが読みました、という目印である。

 しばらくはこの本一冊で楽しめるだろう。

 ……そしたらいつも来てくれる友人には感想をみっちりと語ろう。

 肩まで伸びた黒の髪を揺らして、両手で大事に抱えながら満面の笑みを浮かべてブラックフレームの楕円型のレンズを掛けたフィッテは黒く純粋な瞳で友人を見る。

 その動きに伴い、青色で彩られた服とスカートが揺れた。

 違いがあるとすれば、上は桃色の模様が散らしてあり、可憐な花を象徴させる。

 ひざまで覆う愛らしいフレアスカートを着用し、こちらも青一色なのだがどちらかといえば薄青の印象が強い。

 上と下でそれぞれ揺れる箇所が違ったが、当の本人は気にしていない。

 密かな思いをよそに、友人であるセレナは照れながら、自慢とも言える薄桃の髪をいじりながら、ぶつぶつ独り言を言っている。


「お、お礼なんていらないって……今回の本も楽しめる内容だったから、フィッテにも合えばいいな」

「うん、セレナちゃんの本はいつも面白いからきっと、楽しめるよ」


 フィッテは微笑みを送ると、余計に照れたのか頬を染めて玄関扉の方へ向いてしまった。

 水玉模様のスカートに灰色の服に六芒星の魔法陣が所狭しと張られているように見える服装は、主に上着について疑問を持ったが敢えて聞くのはやめておいた。

 あまり追求すると怒り出すので、ここは突っ込んだりしたら負けだというのがフィッテの考えだ。

 彼女の好意で、貴重な読み物を借りてる身だ。触らぬ少女に祟り無しである。


「ううん、お礼しか言えないし、私に出来る事といったらセレナちゃんと読んだ本で感想を言い合うくらいだし……むしろお礼言うのは私のほうだよ……」


 フィッテは言い終えると、近場の壁に寄せてある棚へと本を置いた。

 セレナの持ってくる本はファンタジー一択になる。

 セレナとフィッテの好きなジャンルが一致したのも幸いか。

 話が合ってからは、セレナは家にある本も少しずつフィッテに貸し、感想を返ってくるのが楽しみだった。

 しかし、彼女のストックであるファンタジー本がそろそろネタ切れなのでそれ以降はどういう理由で来ようか迷っているセレナであった。

 フィッテがすぐに読まずに棚へと収めたのは今は彼女との会話を楽しもうと思ったからだ。

 セレナがする話はいつも魅力があって、耳を傾けて聞き続けても飽きない面白さがある。

 彼女はとある依頼請負の仕事をしていて、ほぼ毎回といっていいほどに、依頼の内容が違うのだ。

 今日はこの場所に行って、目的の物を取ってきたとか。

 はたまた、大陸に生息する活発的魔物の討伐依頼の参加など。

 フィッテが魔物は危ないんじゃ……と聞くと、私一人で戦ってる訳ではないから大丈夫、と彼女は嬉しそうに返事をするので、それ以降の魔物討伐については詳しくは聞かないことにした。

 成功する依頼ばかりではなく、失敗談も笑いながら話してくれた。

 今となっては話題のネタの一つにすぎないが、その時の当事者は必死だっただろう。

 報酬の何割かは、パーティーを組んでる場合は持っていかれている。

 その為、一人で且つ確実にこなせそうな安全な依頼も受けている。

 依頼だけでは心細いのではないか、ということでフィッテの父がこっちの家に住まないか、と勧めたが。


『お言葉は嬉しいのですが、こちらでの生活も安定しつつあり、施設の人も優しいので頑張ってみます』


 と彼女の口調では似合わないほどの語気の強さで言われたので、こちらに関してももう問うことは無かった。

 どこかの施設に住んでいる事を聞いて、衣食住が保障されているという。

 生活する分には不満は無いが、自分の後先を考えると不安なので勉強の意味を含めて依頼請け負いの仕事をしている。

 それなら安心かな。と自ずと納得するフィッテであった。


「セレナちゃん、今日は何かあったの? いつもの時間より大分遅れてたけど……」


 セレナはフィッテの心配性の性格に相変わらずさに微笑しつつも、遅刻は遅刻と自分に言い聞かせ訳を話す。


「今日の依頼のせいかな。依頼終了時にパーティーリーダーから打ち上げ会やらないか、ってことで誘われたんだけども私はお馴染みの友人に用があるってことで、断ろうとしたんだけども一次会は出てくれ、ってお願いされちゃって……本当、ごめん!」


 セレナは言い終わるや否や、両手を顔の前に持ってきて合わせてフィッテを拝むように見る。

 フィッテは原因が判明したので、ほっとする。

 両親もそれを聞き、安堵した。


「でも、一次会って事は……」

「二次会も、だね。三次会までは定かではないけども、あの調子じゃあ……」


 セレナは頭の中で想像し、苦笑いを浮かべる。

 もし、今日がフィッテとの約束でなく、依頼終了時特に用事が無ければ巻き込まれていただろう。

 毎回ながら、いつも固定メンバーで魔物とかと戦う訳ではない。(内容にもよるが) 

 セレナ自身は野良、いわゆるその場に応じて依頼を受けたいメンバーが集まり依頼消化をしていくスタンスも取っている。

 固定でのメンバーでの請け負いも楽しいが、その時その時でのパーティーも中々面白く違った楽しさがある。

 危険度の高いものや、固定メンバーで行きたい時はそれに限った話ではないが。

 今回における依頼請負は固定メンバーだったが、野良パーティーだったらどう状況は変わっていただろうか。

 彼女自身も分からない事だろう。


「でも今回は仕方ないかな。ワンランク上の依頼に挑戦して、無事に終了したもの。成果が得れれば嬉しいしモチベーションの向上にも繋がるし」

「達成感も大きいよね、そういうのって」


 セレナは頷き、フィッテの言葉に同意する。

 フィッテは彼女の楽しそうな話をしている内に、いつしか自分も彼女の手伝いをしたいという気持ちが芽生えていた。

 というのも、フィッテも依頼請負いを通じてセレナの負担を軽くしてあげられないか、

 そういった意図も狙っている。無論危ないから、といって断られるかもしれない。

 ミスもドジもするかもしれない。足手まとい呼ばわりされるかもしれない。

 けれども諦めずに何度もお願いしよう、と脳内では思っていた。

 その為にも最初の一歩のチャンスは来るか、それは彼女の勇気次第なのかもしれない。

 なけなしの勇気を振り絞り、いざ、と一歩踏み出し口を開いた所に。


「セ、セレナちゃ……」

「どうだ、セレナちゃん。立ち話もなんだし、こっちに座って今日は晩御飯一緒にどうだい?」

「い、いえ、お父様! 私はフィッテに本を渡しに来ただけですのでっ!」

「ご馳走するわよ? こういう時って遠慮しないほうがいいのよ」


 父と母の晩御飯攻撃が放たれた。

 フィッテは言いよどみ、開いた口をぱくぱくと開閉した後に塞いだ。

 今日はチャンスは来そうに無かったし、勇気がもう出そうに無かった。

 一方セレナは畏まって、防御壁を構築する。

 フィッテはなんだかんだで、毎回このやりとりを聞いてる気がする。

 半分くらいは左耳から右耳へ。といった感じで受け流している。

 セレナが来るのは決まって夜なので、それまでは先ほどの依頼をこなしているのだろう。

 それでいて、定刻ではなくこの時間帯からこの時間帯と訪問してくる。

 一週に一度ペースなので、フィッテがセレナから借りてる本も読み終えてから返せると、タイミングが良いことから二人で話し合った訪問サイクルの出来上がりである。

 父親は細身で、白のシャツを着こなし、紺のズボンと一仕事してきたかのような格好。黒縁の丸い眼鏡をしており、髪は短く朗らかな印象を与え、テーブルに配置されている椅子に座ってセレナを勧誘している。

 母のほうは、同じくして細くスラリとしたスタイルで黒髪は三つ編みにしており、肩まで伸ばしてることからフィッテと同じ長さにしているのかもしれない。

 茶色のセーターの上に割烹着を着ながら言っていることから、夕飯の準備をしているように見える。

 また、夫と同じメガネをしているということは、ペアルックなのだろう。

 台所で既に準備をしていて、表情もどこか嬉しげだ。

 フィッテの家族は三人暮らしなので、三人分でいいはずなのだが、三人側からも見れるキッチンからは食材が詰まれており、明らかに人数分以上の量だった。

 一体どれほどセレナに食べさせる気だろうか。


「またお父さん達セレナをいじめてる……」 


 フィッテは呆れ顔で呟くが、止めはしない。それどころか内心ではもっとやれ! とエールを送ってるに違いない。


「フィッテ! み、見てるなら助けてよ!」

「いや、かな」


 彼女はあっさりと救助依頼を断り、セレナの後ろに回り椅子へ座らせる。


「セレナちゃん、今日は諦めたほうが……それに、話聞きたいな」

「むむ、フィッテがそう、言うなら……。た、たまには、いいですか……?」

「勿論さ! しっかり食べていってくれよ!」


 セレナが折れたのをいいことに父が大げさに嬉しそうに、はしゃいでいる。

 ……下手すれば自分よりもセレナの話を楽しみにしている気がする。

 でも、悪くなかった。

 自分の家庭に『姉』が加わった気がして嬉しからである。

 彼女には失礼極まりないが、セレナが姉の気がしてならない。

 無論、元々居ない姉を投影なんて以ての外だが。

 それでいて『妹』として甘えてしまう部分もあり、申し訳ないのだが心地がよい、とフィッテは思う。

 この関係が続けば、それ以上の事は臨まない、と肝に銘じる。


「飲み物出すね、お母さん」 

「ありがと、フィッテ」


 台所の飲食保存庫から、オレンジの液体が詰まった容器とコップを持ってきたフィッテは人数分、配置する。

 母は調理準備をしているので、席に着いたらドリンクを淹れるようにしている。

 フィッテが何回もやってきたことだ。

 猫をかぶったように、セレナは可能な限り上品に振舞う。

 座り方一つにしろ、極めて丁寧に座ろうとするのだ。

 彼女曰く、自分の両親に粗相がないようにする為、とのことだが……。

 かえって墓穴を掘りそうなのは気のせいだろうか。

 セレナも席に着いたことでフィッテの楽しみにしていた話が始まろうとした時、父親がしんみりと語り始める。


「いやぁ~、セレナちゃんもウチのフィッテと同じ16歳になったんだよね。先月だっけ?」

「は、はいっ! そうですっ!」

「どうだい、今度この家で誕生日パーティーというのは。向こうでやってもいいのだけどね」


 フィッテの父が嬉しそうなのに対して、セレナは申し訳なさそうに謝る。


「いえ、お父様の申し出も嬉しいのですが、私はこの家の家族では……」

「セレナちゃん、私はそうは思ってないわよ? セレナちゃんは亡くなった両親の家族。それとは別の『家族』なの。他の言葉にするなら……」

「……『友達』とかだよね、お母さん」


 そう、それよ! とか言いながら両手を合わせる母は、年に似合わず可愛らしかった。

 セレナは家族、と呟き心に沁み込ませる。

 かつてこの町に住んでいたセレナが不慮の事故で両親を亡くして以来、隣町に移住してから使わなくなった言葉である。


「……なんだかすみません。気を遣って頂いて。……じゃあ今度お願いします」

「勿論だよ! フィッテとは幼馴染みの関係だが、これからも仲良くしてやってほしい」

「は、はいっ! 私こそ……よければこれからもここに来させてください!」

「拒む理由が無いわよ、セレナちゃん。是非とも私達と、フィッテにお話聞かせてあげてね」


 話がまとまりフィッテがセレナの話を期待している中、玄関の外で物音がしたのを全員が聞いた。

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