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Yuddha 003 鼠狩り

「緑色の覆面って、アパラージタの頭目じゃないの?」

 火焚きにかけた鍋の下に残り火が小さくくすぶる暗闇の中で、ペイルがやたらと嬉しそうに黄色い声を上げる。膝の上に一番年下のポラナをのせ、牛乳で煮た麦粥をポラナの口に運びながらだ。

 火焚きと言っても、擦り切れて地面と同化したようになっている敷布に穴をあけて、そこに土を盛って固めただけのつましいものだ。

 ペイルはいつものように自分の椀を用意せずポラナに食べさせているだけで、それでは痩せてしまって当たり前というものだ。

 普段はずうずうしく振る舞うニキも、最近は夕食を別のところで食べることが多く、今夜もいない。どうやら柄の悪い兄貴分がおごってくれるらしいのだが、ラーダは詳しくを知らない。

「頭目ってなんだよそれ」

 あの時は逃げ出すのに懸命で、横から割り込んできた相手が誰なのかを考える余裕もなかった。今になって考えても、覆面の男が味方だったのかすら怪しい。

 ただ、抜剣したラージャニヤ二人を前にしてのあのふてぶてしい振る舞いは、なかなかできるものではないだろうと思うだけだ。

「絶対そうだよ。ナーリナを操る深緑色の覆面の男、ヤト! かーっこいいっ!」

 どうもペイルは、アパラージタの話になると興奮するらしい。

「そのナーリナってなんだ?」

「知らないの? 手からばーって炎が出て、相手を焼き殺すんだ! そんでお尻に尻尾を付けて空を飛ぶのよ!」

「火はともかく、なんで尻尾つけて飛ぶんだよ。変だろ、それ……」

 そんな奇妙なことができるようなやつには見えなかったが、ただ確かに、怪しげな雰囲気はあったように思う。

 ラーダはあの緑の覆面の男――ペイルが言うにはヤトという名前らしい――が尻尾をつけて空を飛ぶところを想像してみたが、あまりにも滑稽に思えてすぐにやめた。

 結局ラーダには、ペイルのいうナーリナがなんなのかはわからなかった。ペイルが言うには、どうも昔話にそういう話があるらしいのだが、ラーダは聞いたことがない。

 ラーダは自分の粥を掻き込む。今日は牛乳が手に入っただけましだろう。牛乳がただの湯になったり、逆に麦がなくなって牛乳に歯ごたえがあるだけの野草をいれただけになったりするのだ。

 今夜は粥の鍋を囲むいつもの面々に、今だに名前もわからない少女が加わっている。

 ペイルがしょっちゅうそこらの浮浪児を食事の席に加えらせたりするものだから、子供たちは慣れたもので、今さらひとり増えたくらいではどうということもない。普段通りの様子で、和やかにたまにペイルに叱られたりしながら粥を口に運んでいる。空腹に慣れきっているから、今更貪り食うようなこともしない。

 ラーダが覆面の男から手渡された首飾りは、少女のものになった。少女が首飾りを掴んで離さなかったから、ラーダがあきらめたのだ。

 少女は粥の鍋をかけた火焚きを囲んだ輪には加わらず、部屋の壁によりかかっている。その辺からとってきた、香りだけはましな野草で淹れた茶が与えられているが、手はつけていない。

 少女の涙の跡はすでに乾き、今はただ、首飾りの宝石に揺れる小さな炎の灯りを見つめている。連れてこられたときよりは落ち着いて見えるが、しかし未だに、まともな言葉は一言も発していないのだ。

 少女はまだ、誰かの血を染みこませた服を着ている。目の前で誰かがそれだけの傷を負うほどの深手を負ったに違いない。

 ただ、あのルジュと呼ばれていたブラフマーナの少年を含んだ三人組からは、全く血の臭いを感じなかった。そしてそこに緑の覆面をした男――。

「わかんねえな……」

「何がー?」

 ラーダの独り言に、隣に座るリシェルナが応じる。

「いや、アパラージタって何なんだってな」

 ラーダは、八つ年下のリシェルナに対して話を少しごまかした。

「アパラージタはね、正義の味方なんだって」

 リシェルナがペイルに教えられているだろう言葉をそのまま言う。

「正義の味方、か」

 ラーダの聞いているところでは、アパラージタは王政府に逆らっているらしい謎の集団だ。それが、王政府の統治に不満を持つ側には、翻って自分たちの味方のように受け取られている。

『アパラージタってのも最近噂のツムガリってのも、結局は同じようなもんだと思うけどな』

 その言葉を、残りの粥とともに飲み込んだラーダだ。



 * * *



 煙の臭いを感じて、ラーダは眠りの床から跳ね起きた。まだ日は昇りきっていず、家の中は薄暗い。

 慌てて火焚きを見るが、火は消えていて特に異常はない。

 夕食を取ったあと、いつものように子供たちを寝かしつけながら、ラーダも寝入っていた。

 ラーダはさらに部屋を見回すが、やはり火の気はない。

 すぐそばで子供たちが雑魚寝をしている。一年を通して暖かいが、やはり夜は気温が下がるため人肌恋しさが湧くのか、子供たちは幾人かずつで抱き合うようにして眠っている。

 その中に、眠り込んでいるらしい名も知らない少女を見つけて、少しほっとする。あのまま一晩中、首飾りを見つめたままだったりしたら、どうしようかと思っていたのだ。

 その少女の背中に、子供たちの中でも年下のポラナがしがみついて眠っていた。ペイルと間違えているのかもしれない。

 煙のような臭いは勘違いだったのだろうと、もう一眠りしようかとまた寝転んだその時、

「鼠狩りだーっ!」

切迫した声で叫ぶ誰かと数人が、家の表を砂埃を蹴立てて走りすぎていった。

「くそっ、みんな起きろ!」

 ラーダはついにここにも来てしまったかと、ひとつ舌打ちをして気持ちを切り替え、あきらめる。 

 このところ、ツムガリという集団の噂が巷で盛んに流れていた。

 ツムガリは、金持ちを狙って押し込み強盗に入るらしい。手口が荒く、家人を皆殺しにするとも言われており、いくら標的が金持ちに限られているとはいえども、人々には好ましくは思われていない。

 その取り締まりのため、貧民窟を根こそぎにする人狩りが行われることが、ここ最近で一気に増えた。もとは都の居住権をもたない者達を捕らえるための正規の取り締まりなのだが、巷では鼠狩りと呼ばれている。

 都は王の直轄地で、そのため都に住む民は王の民だ。

 他の都市や土地のほとんどは、ブラフマーナたちによって領有されている。

 そしてブラフマーナの領地に住む人間は、ブラフマーナを剣によって守護する役割を担うラージャニヤを含め、その土地と共にブラフマーナの私的な財産だ。

 王都の正式な居住権を持つ者は、その王の膝元に住むことができるが、そうでない者はそれぞれが住むべき土地に返さなければならない。

 しかしそのような建前はともかく、実際には貧民窟に住み着いた貧乏人を、都から根こそぎ追っ払うための作業となっている。

 だから王軍の兵たち自身によって鼠狩りと呼ばれていて、それが通り名となっているのだ。

 が、このところ行われる回数が急に増えた鼠狩りは、どうやらツムガリの隠れ家を探すためなのではないかと噂されていた。特にラージャニヤ崩れなどと呼ばれる、もとはラージャニヤだがどのブラフマーナにも仕えることなく貧しい暮らしをしている者たちが、厳しく取り締まられている。

 ラーダの耳にも鼠狩りが増えていることは届いていて、それが近い将来に自分たちが住む貧民窟で行われるだろうことは、わかっていた。それがツムガリというやつらの、とばっちりだということも。

 だから、ラーダにそれほどの驚きはなかった。ただ、鼠狩りのあとにこの家がまともな形で残るかどうか、運を天に任せて逃げ出すしかないのはひどく悔しい。

「ほら、おまえら起きろ起きろ起きろっ! 逃げるぞ!」

 ラーダは、多くない荷物を急いでまとめさせる。荷物と行っても各々が身につけている服と、なけなしの金と残った食料と薄汚れた鍋、そして目はさましたものの今だ心ここにあらずといった様子の少女くらいだ。

 鼠狩りに捕らえられると、まず都の居住権がないものは、生まれた街などに強制的に送り返されることになる。

 そして身元の確かでない者の多くは、そのままラージャニヤの奴隷にされてしまうという話だ。特に親のない子供は、奴隷としてラージャニヤに直接的に所有される以外に、まともに生きていく術がない。王政府の側から言えば、それは温情なのだ。

 しかしそうやって拾われるような形で奴隷になってしまえば、その者は死ぬまで第四階級のエーカジャとして扱われる。

 主人になるラージャニヤによって待遇の差はあるものの、奴隷を使い捨てにする者は多い。運が良くなければ、働くだけ働かせていつ死のうが構わないという過酷な扱いを受ける。

 そういったことがわかっているのだから、もともと身元の怪しいものや、親のない子供は死にものぐるいで逃げる。

「ちょっと待って、リシェルナがいないよ!」

 子供たちをたたき起こし、目のまだ覚めない小さいのは両手に抱えて、裏口から逃げ出そうとするラーダは、ペイルの叫びに足を止める。

 リシェルナを探して裏口から見回すが、路地には姿がない。

「こっちにはいないぞ!」

 振り返って見た表の道では、流れる煙がはっきりと見えるようになっていた。鼠狩りの王軍が火を使ったのかもしれない。

 高さと形の異なる三本の塔を持ち、小高い丘のように見えるほどに巨大な王城が遠く煙って見える。塔の内の一本は、天にまで伸びて空の青に溶けている。

 貧民窟では廃屋にしか見えない建物にも人が住んでいる。それに火をかければ、潜んでいる者をあぶり出せるし、片付けの手間が省けるという寸法だ。

 もし火が広がったところで、貧民窟が燃えるだけだ。ほとんどの貧民窟は、市街とはっきり区分けがなされた言わば街の外にあるため、さほど延焼を気にする必要もない。

「ペイル!」

 その煙る表通りに出て行こうとするペイルをラーダが止めようとするが、ペイルは駆け出て行く。

「くそっ! デゼト、みんなを連れてヨニのとこへ行け! いつもの道じゃなくて、裏道使って大回りで行けよ! ポラナ、この姉ちゃん頼む!」

 ラーダは反射的にペイルを追って走りだそうとしてなんとか留まり、一番年長で十五歳になるデゼトに指示をする。続けてまだ小さいが人一倍しっかり者のポラナに、ぼーっと突っ立っている名を知らない少女の手を握らせる。

「あんた、これかぶってけ!」

 ラーダは、少女との離れ際にぼろ布を頭から被せて手荒にその体に巻き付ける。もとはペイルの母が身につけていた巻き布だ。これで少しは目立たなくなるだろう。日の出前とはいえ、念には念を入れておきたい。少女の恰好はそれくらいに場違いだ。

 ポラナが手を繋いだ少女の方を見上げると、少女は布の間からポラナの顔をじっと見つめていた。

「お姉ちゃん、おはよう」

 ポラナが笑いかけると、少女は驚いたように目をしばたたかせる。

 ラーダは全員を裏口の外に集めた。そこらの家からも人が走り出て、路地を走っていく。

「いいか、俺はペイルとリシェルナを連れてあとから行くから、ヨニの店の裏で待ち合わせだ」

 小さい子供はまだ半分寝ていて、何が起こっているかもわからず年上の子に抱き抱えられているか、手を引かれている。

「それからデゼト、そいつ、ほらその――」

 ラーダは巻き布に巻かれて顔が見えなくなっている少女を指さそうとする。

「アシャン姉ちゃん!」

 ポラナが叫んだ。

「え?」

「だからお姉ちゃん、アシャン姉ちゃん!」

 自分が手を繋いでいる少女を指さして、体を揺すって主張する。

「は? いつ仲良くなったんだよ? ま、まあいいや! ポラナ、アシャン姉ちゃん一緒に連れて行けよな!」

 突然に少女の名前を知って驚いたラーダだが、そんなことを気にしている余裕もない。

「デゼト、マールエ、メルチョー、ラメトク、ポラナ、それからアシャン。――よし行け!」

 子供たちは走り出し、ラーダは家の前の通りに飛び出す。日干し煉瓦に藁や木端、古布などを出鱈目に組み合わせてなんとか人の棲み処らしくなったものが通りの左右にひしめいていている。

 さほど離れていないところから、朝焼けの空にもうもうと煙が立ち上っていた。火の手が近づいている。

 ラーダは走りながら考える。

「ペイルがリシェルナを探しに行ったなら……。リシェルナは……ニキんところか!」

 リシェルナはニキが大のお気に入りだ。ニキがいないと、ニキがやっかいになっている近所の兄貴分の住処まで、迎えに行ってしまう時がある。

 急いで角を曲がったところで誰かにぶつかりそうになって、慌てて避ける。

「ラーダ!」

 お互いによろけて見合わせた顔はニキだ。腕にリシェルナを抱えている。

「ニキ! ペイルは?」

「は? リシェルナしか見てねえぞ!」

「そこの二人! そこから動くな!」

 通りのすぐ先――次の曲がり角から、怒鳴り声が投げつけられた。

 前腕に備えた丸盾に短めの両刃の剣、揃いの軍服をまとっている。王軍の兵士二人組だ。その一方の兵士の腕が、ペイルの手を掴んでいる。

「ペイル!」

「ラーダ!」

 ラーダたちに気づいたペイルが、泣きそうな顔で叫ぶ。

「やばいな、どうする……」

「うおおっ!」

 ラーダがニキに目配せしようとしたが、ニキは雄叫びを上げて、王軍の兵士に突っ込んでいた。

 一瞬呆けてしまうラーダと同じく、兵士たちも抵抗を予期していなかったのか、ニキの体当たりは成功して、一人の兵士ともみ合って倒れる。

 そのニキに走り寄ろうとするリシェルナを、ラーダは慌てて彼女の襟首を掴んで引き寄せた。

「待て待て待て待て!」

「貴様、われわれはニーラム・ラシュヌ様の部隊だぞ! ラシュヌ家に逆らうかっ!」

 剣を奪おうとするニキともみ合い、興奮するその兵は、ラージャニヤ丸出しの物言いをした。

 国の軍は王の直轄軍と、ラージャニヤが私的に保有する兵で構成されている。ラージャニヤは王の命に応じて、自身が保有する兵の一部を王へ提供しなければならない。つまりは王がラージャニヤに対して課す、兵役だ。

 ペイルを捕まえている方の兵士はもみ合う仲間を助けようとするが、ペイルが抵抗するのと、ラーダと見合っているのとで、動けないでいる。

「あーっ! ニーラム様! お疲れ様です!」

 ラーダがラージャニヤ風の左手を胸に当てる敬礼を、兵士の背後に向けて、びしりと決めた。

「何!?」

 兵士が主筋にあたるだろう名に身を固くして振り返る。が、もちろん誰もいない。

 その兵士の横っ面にラーダの拳がめり込んだ。

 ラーダは崩れ落ちる兵士の腕から剣を奪い、仰向けになってニキと争っているもう一人の兵士の顔めがけて剣先を落とす。

 悲鳴を上げた兵士の目前で切っ先は止め、それで動きが止まった兵士の頭を、返した剣の腹でぶん殴る。安物の兜の上からだったが、兵士は完全に目を回した。

「ニーラさんだかムーランだか、俺が知るかよ!」

「ラーダッ!」

 ペイルがラーダに抱きついてくるが、ラーダはそれに構わずニキに手を貸して立ち上がらせる。起き上がるニキが硬い表情でラーダを見たが、ラーダは気にする余裕もなく、ペイルを引きずるように走り出す。

「ニキ! さっさととんずらだ! あっ、やばいリシェルナ忘れた!」

 ラーダたちは、さらにそばまで燃え広がったらしい火のために、ますます濃くなった煙に紛れるように、慌てふためきつつ逃げ出した。


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