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異世界 イルフェスト

二度と帰ってくるなと言われたので、王都には戻りません~超優秀な私を捨てたこと後悔してよね!~

作者: tomato.nit
掲載日:2026/05/25


「放してよ! だめ! 私が王都からいなくなったら、大変なことになるんだから!」


 そう叫んだのに、兵士たちは荷台の縄を締め直すばかり。


 私はいつもの場所から無理やり引き離され、厚い布でぐるぐるに縛られた。王都の空が遠ざかっていく。白い城壁も、鐘楼も、毎朝いちばんに光を受ける王城の尖塔も、荷台の揺れに合わせて少しずつ小さくなっていった。


「宮廷魔術師様方がどれだけ迷惑していると思ってる。まったく」


「だから、それは違うって言ってるでしょ! たしかに最近ちょっと調子が悪かったけど、私がいなくなったらもっと悪くなるの!」


「面倒ごとは御免こうむる」


 門の外へ出たところで、兵士は荷台を止めた。


 風が変わる。


 王都の中にいた時には感じなかった、湿った土と草の匂いがした。遠くの森から、何か獣の鳴き声が聞こえる。嫌な場所。人の声が遠い。灯りも少ない。私の知っている夜とは、まるで違う。


 兵士たちは、道端の草むらまで私を運んだ。


「二度と帰ってくるな」


 最後にそう言って、彼らは私を野に打ち捨てた。


 ひどい。


 あんまりよ。


 百年よ。百年。私はずっと王都にいた。雨の日も、雪の日も、魔物が押し寄せた夜も、酔っぱらいが門の前で寝ていた朝も、ずっとあそこにいたのに。


 少しくらい休んだだけで、この扱い?


 ふん。


 もういい。


 勝手にすればいいわ。


 王都がどうなろうと、私の知ったことではない。困ればいい。慌てればいい。泣きながら迎えに来ればいい。その時は、まあ、少しだけ考えてあげてもいい。


 とはいえ、少し様子は気になる。


 ほんの少しだけよ。


 王都とのつながりは、まだ完全には切れていなかった。門の上を渡る風。城壁の影。夜の鐘の震え。そのくらいなら、野に捨てられても感じ取れる。


 一日目。


 王都は、何も変わらない。


 朝市は開かれ、パン屋は煙突から白い煙を吐き、城門の兵士はいつも通りあくびをしていた。宮廷魔術師たちは広場に出て、何やら新しい術式を組んでいたけれど、どうにも薄っぺらい。


 ほら。


 私がいないからよ。


 でも彼らは、まだ気づかない。


 二日目。


 夜の鐘が、一拍遅れた。


 王都の人々は気づかない。鐘楼の老人だけが首をかしげ、空を見上げていた。城壁の上を流れる風が、昨日より少し冷たい。外から何かが覗いている気配がする。


 私は草むらの中で、そっと鼻を鳴らした。


 だから言ったのに。


 三日目。


 東門の明かりが消えた。


 見張りの兵士たちは松明を取り替え、油の質が悪いのだと文句を言っていた。違う。油のせいではない。そこに灯っていたのは、人の火だけではないのよ。


 私が、外から来るものを少しだけ遠ざけていた。


 私が、夜の湿気を少しだけ薄めていた。


 私が、城壁の石と石の間に入り込む悪意を、毎晩ちまちまと払っていた。


 ちまちまと。


 そう。ちまちまとよ。


 地味だからって、なくしたら大変なんだからね!


 四日目。


 王城で会議が開かれた。


 宮廷魔術師長は汗を拭きながら、問題ありませんと言った。代替の術式は完成しておりますと言った。王はうなずいた。大臣たちも、うなずいた。


 私は、草むらの中で笑った。


 完成?


 あれで?


 その程度の術式で、私の代わりになると思っているなら、宮廷魔術師もずいぶん楽な仕事ね。


 言ってあげたい。


 ものすごく言ってあげたい。


 けれど私は、もう王都には戻らない。


 だって、二度と帰ってくるなと言われたから。


 五日目。


 外壁の影が濃くなった。


 六日目。


 森の奥で、黒い旗が上がった。


 七日目。


 魔王軍が来た。


 最初に崩れたのは東門。門そのものは頑丈だったけれど、その上に張られていた守りが、紙みたいに破れた。魔族の騎兵が橋を渡り、魔獣が堀を越え、空からは翼を持つ影が降ってくる。


 王都は大騒ぎになった。


 鐘が鳴る。人が走る。魔術師たちが叫ぶ。兵士たちが門を押さえようとして、押し返される。王城の尖塔に黒い炎が絡みつき、広場の噴水が真っ赤に染まった。


 ほら。


 だから言ったのよ。


 私がいなくなったら、大変なことになるって。


 私は草むらの中で、精一杯胸を張った。


 胸はないけど。


「このあたりか」


 その声が聞こえたのは、王都の城門が完全に破られた後のこと。


 黒い馬に乗った男が、草むらの前で止まった。角がある。長い黒髪。赤い目。背後には魔族の兵士たちが並んでいる。


 魔王様ね。


 私はすぐに分かった。


 だって、いかにも魔王様なんだもの。かっこいいし。


「王都の結界が急に崩れた原因は、こいつか」


 魔王様は馬から降り、私を包んでいた布をほどいた。


 ようやく、冷たい夜気が直接触れる。


 月明かりの下に現れた私は、人間の頭ほどの大きさをした、淡く青い石。表面には古い魔法文字が刻まれている。


 そうよ。


 私は王都の結界の要石よ。


 そんなものを草むらに捨てる方が悪いのよ。


 馬鹿ね。


 どう考えても馬鹿ね。


「持ち帰れば、魔王城の結界に使えるか?」


 魔王様が言った。


 私は内心で笑った。


 ふふん。


 そうでしょう。そうでしょうとも。見る目があるわね、魔王様。王都の連中とは大違い。私ほどの要石を拾えるなんて、あなたは今日とても幸運よ。


 魔族の術師が前に出て、私の表面に手をかざした。


 古い文字が淡く光る。


 術師は、しばらく黙っていた。


 それから、ものすごく微妙な顔をした。


「魔王様」


「どうした」


「たしかに強力です。王都の結界を支えていたのも、この石で間違いありません。ただ……」


 私は嫌な予感がした。


「ただ?」


「維持が不安定です。定期的に出力が落ちています」


 違うのよ。


 いや、違わないけど。


 それは、ええと、たまに結界の維持が面倒に感じて、少しだけ居眠りをしていたというか。


 だって百年よ。


 百年も同じ場所で、毎日毎日、魔を払って、湿気を払って、夜の悪意を払っていたら、少しくらい眠くなるじゃない。


 十年に一度くらい。


 いや、五年に一度くらい。


 最近は少し、月に二、三度くらい。


 でも、それは誤差でしょ?


 ね?


「おい」


 魔王様は、私を見下ろした。


 赤い目が、ひどく冷静だった。


「王都は、こいつを捨てたから滅びたのではないな」


 術師は、たいへん言いにくそうにうなずいた。


「はい」


「こいつを使い続けていた時点で、もう限界だったのではないか」


「……おそらく」


 ちょっと待って。


 たしかに私は少し怠けた。ほんの少し、気を抜いた。でも、だからって野に捨てていい理由にはならない。ならないけど、魔王城に採用しない理由には、もしかして、なるかもしれない。


 魔王様は片手を上げた。


「おーい。この石を魔王城の結界に使う案は破棄だ。今まで通り、魔法を使える者で持ち回りにしろ」


 え。


「王都から持ってきた戦利品として、倉庫にでも入れておけ」


 ええ。


 私は再び布で包まれた。


 今度は王都の兵士ではなく、魔族の兵士の手で、荷車に乗せられる。王都の方角では、まだ黒い煙が上がっていた。あの白い城壁も、鐘楼も、毎朝いちばんに光を受けていた尖塔も、夜の中で少しずつ小さくなっていく。


 私は小さく震えた。


 寒さではない。


 屈辱よ。


 あと、少しだけ不服でもある。


 二度と帰ってくるなと言われたので、王都には戻らなかった。


 今も魔王城の倉庫で、たいへん不本意に肥やしをしています。


シンプルに変な話が書きたかったので短編書いてみました。

よろしければ、他の作品はもう少し真面目に書いてるので、そちらもご覧いただけると嬉しいです


マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~

https://ncode.syosetu.com/n1352gc/


勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。

https://ncode.syosetu.com/n0792mf/


妖奇譚~怪異の来る探偵事務所と、人間をやめかけた男~ 

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― 新着の感想 ―
……疑問なんだけど、石に帰る為の足があるの?……魔法で生やせるの? 石の居眠り……解る人が居たんだ。
なんか石は石で高慢ちきだなぁw 魔王城の倉庫に放置されてちょっとだけいい気味www
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