二度と帰ってくるなと言われたので、王都には戻りません~超優秀な私を捨てたこと後悔してよね!~
「放してよ! だめ! 私が王都からいなくなったら、大変なことになるんだから!」
そう叫んだのに、兵士たちは荷台の縄を締め直すばかり。
私はいつもの場所から無理やり引き離され、厚い布でぐるぐるに縛られた。王都の空が遠ざかっていく。白い城壁も、鐘楼も、毎朝いちばんに光を受ける王城の尖塔も、荷台の揺れに合わせて少しずつ小さくなっていった。
「宮廷魔術師様方がどれだけ迷惑していると思ってる。まったく」
「だから、それは違うって言ってるでしょ! たしかに最近ちょっと調子が悪かったけど、私がいなくなったらもっと悪くなるの!」
「面倒ごとは御免こうむる」
門の外へ出たところで、兵士は荷台を止めた。
風が変わる。
王都の中にいた時には感じなかった、湿った土と草の匂いがした。遠くの森から、何か獣の鳴き声が聞こえる。嫌な場所。人の声が遠い。灯りも少ない。私の知っている夜とは、まるで違う。
兵士たちは、道端の草むらまで私を運んだ。
「二度と帰ってくるな」
最後にそう言って、彼らは私を野に打ち捨てた。
ひどい。
あんまりよ。
百年よ。百年。私はずっと王都にいた。雨の日も、雪の日も、魔物が押し寄せた夜も、酔っぱらいが門の前で寝ていた朝も、ずっとあそこにいたのに。
少しくらい休んだだけで、この扱い?
ふん。
もういい。
勝手にすればいいわ。
王都がどうなろうと、私の知ったことではない。困ればいい。慌てればいい。泣きながら迎えに来ればいい。その時は、まあ、少しだけ考えてあげてもいい。
とはいえ、少し様子は気になる。
ほんの少しだけよ。
王都とのつながりは、まだ完全には切れていなかった。門の上を渡る風。城壁の影。夜の鐘の震え。そのくらいなら、野に捨てられても感じ取れる。
一日目。
王都は、何も変わらない。
朝市は開かれ、パン屋は煙突から白い煙を吐き、城門の兵士はいつも通りあくびをしていた。宮廷魔術師たちは広場に出て、何やら新しい術式を組んでいたけれど、どうにも薄っぺらい。
ほら。
私がいないからよ。
でも彼らは、まだ気づかない。
二日目。
夜の鐘が、一拍遅れた。
王都の人々は気づかない。鐘楼の老人だけが首をかしげ、空を見上げていた。城壁の上を流れる風が、昨日より少し冷たい。外から何かが覗いている気配がする。
私は草むらの中で、そっと鼻を鳴らした。
だから言ったのに。
三日目。
東門の明かりが消えた。
見張りの兵士たちは松明を取り替え、油の質が悪いのだと文句を言っていた。違う。油のせいではない。そこに灯っていたのは、人の火だけではないのよ。
私が、外から来るものを少しだけ遠ざけていた。
私が、夜の湿気を少しだけ薄めていた。
私が、城壁の石と石の間に入り込む悪意を、毎晩ちまちまと払っていた。
ちまちまと。
そう。ちまちまとよ。
地味だからって、なくしたら大変なんだからね!
四日目。
王城で会議が開かれた。
宮廷魔術師長は汗を拭きながら、問題ありませんと言った。代替の術式は完成しておりますと言った。王はうなずいた。大臣たちも、うなずいた。
私は、草むらの中で笑った。
完成?
あれで?
その程度の術式で、私の代わりになると思っているなら、宮廷魔術師もずいぶん楽な仕事ね。
言ってあげたい。
ものすごく言ってあげたい。
けれど私は、もう王都には戻らない。
だって、二度と帰ってくるなと言われたから。
五日目。
外壁の影が濃くなった。
六日目。
森の奥で、黒い旗が上がった。
七日目。
魔王軍が来た。
最初に崩れたのは東門。門そのものは頑丈だったけれど、その上に張られていた守りが、紙みたいに破れた。魔族の騎兵が橋を渡り、魔獣が堀を越え、空からは翼を持つ影が降ってくる。
王都は大騒ぎになった。
鐘が鳴る。人が走る。魔術師たちが叫ぶ。兵士たちが門を押さえようとして、押し返される。王城の尖塔に黒い炎が絡みつき、広場の噴水が真っ赤に染まった。
ほら。
だから言ったのよ。
私がいなくなったら、大変なことになるって。
私は草むらの中で、精一杯胸を張った。
胸はないけど。
「このあたりか」
その声が聞こえたのは、王都の城門が完全に破られた後のこと。
黒い馬に乗った男が、草むらの前で止まった。角がある。長い黒髪。赤い目。背後には魔族の兵士たちが並んでいる。
魔王様ね。
私はすぐに分かった。
だって、いかにも魔王様なんだもの。かっこいいし。
「王都の結界が急に崩れた原因は、こいつか」
魔王様は馬から降り、私を包んでいた布をほどいた。
ようやく、冷たい夜気が直接触れる。
月明かりの下に現れた私は、人間の頭ほどの大きさをした、淡く青い石。表面には古い魔法文字が刻まれている。
そうよ。
私は王都の結界の要石よ。
そんなものを草むらに捨てる方が悪いのよ。
馬鹿ね。
どう考えても馬鹿ね。
「持ち帰れば、魔王城の結界に使えるか?」
魔王様が言った。
私は内心で笑った。
ふふん。
そうでしょう。そうでしょうとも。見る目があるわね、魔王様。王都の連中とは大違い。私ほどの要石を拾えるなんて、あなたは今日とても幸運よ。
魔族の術師が前に出て、私の表面に手をかざした。
古い文字が淡く光る。
術師は、しばらく黙っていた。
それから、ものすごく微妙な顔をした。
「魔王様」
「どうした」
「たしかに強力です。王都の結界を支えていたのも、この石で間違いありません。ただ……」
私は嫌な予感がした。
「ただ?」
「維持が不安定です。定期的に出力が落ちています」
違うのよ。
いや、違わないけど。
それは、ええと、たまに結界の維持が面倒に感じて、少しだけ居眠りをしていたというか。
だって百年よ。
百年も同じ場所で、毎日毎日、魔を払って、湿気を払って、夜の悪意を払っていたら、少しくらい眠くなるじゃない。
十年に一度くらい。
いや、五年に一度くらい。
最近は少し、月に二、三度くらい。
でも、それは誤差でしょ?
ね?
「おい」
魔王様は、私を見下ろした。
赤い目が、ひどく冷静だった。
「王都は、こいつを捨てたから滅びたのではないな」
術師は、たいへん言いにくそうにうなずいた。
「はい」
「こいつを使い続けていた時点で、もう限界だったのではないか」
「……おそらく」
ちょっと待って。
たしかに私は少し怠けた。ほんの少し、気を抜いた。でも、だからって野に捨てていい理由にはならない。ならないけど、魔王城に採用しない理由には、もしかして、なるかもしれない。
魔王様は片手を上げた。
「おーい。この石を魔王城の結界に使う案は破棄だ。今まで通り、魔法を使える者で持ち回りにしろ」
え。
「王都から持ってきた戦利品として、倉庫にでも入れておけ」
ええ。
私は再び布で包まれた。
今度は王都の兵士ではなく、魔族の兵士の手で、荷車に乗せられる。王都の方角では、まだ黒い煙が上がっていた。あの白い城壁も、鐘楼も、毎朝いちばんに光を受けていた尖塔も、夜の中で少しずつ小さくなっていく。
私は小さく震えた。
寒さではない。
屈辱よ。
あと、少しだけ不服でもある。
二度と帰ってくるなと言われたので、王都には戻らなかった。
今も魔王城の倉庫で、たいへん不本意に肥やしをしています。
シンプルに変な話が書きたかったので短編書いてみました。
よろしければ、他の作品はもう少し真面目に書いてるので、そちらもご覧いただけると嬉しいです
マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~
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勇者パーティを追放されたので魔王様に忠誠を誓いました。
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妖奇譚~怪異の来る探偵事務所と、人間をやめかけた男~
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