【コミカライズ1巻発売記念SS】お嬢様とかくれんぼ
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これはお嬢様付きの侍女から庭師まで知っていることなのだが、ダリアお嬢様はかくれんぼが非常にお上手だ。
クリス殿下と一緒の時は殿下が賑やかですぐ見つかる、あるいはかくれんぼに途中で飽きて鬼ごっこ等他の遊びになることがあり、お嬢様の特技はあまり発揮されない。
普段お嬢様はクリス殿下に合わせておられるが、実はお嬢様は隠れる側が非常にお上手なのである。
「かくれんぼ、したいな」
授業が終わり、お嬢様がぬいぐるみを柔らかく抱きしめながらそう口を開くと、侍女たちと護衛たちの準備はひそかに始まっている。
「かしこまりました、お嬢様。ルールはいつも通りに?」
「うん。アガシャはわたしをだれも見つけられなかったら、三十ぷんごにさんかして」
「はい! あ、でも、私はお嬢様と三十分も会えないのですか?」
「あ、うーん……うん。アガシャは三十ぷんだけがまんしてね」
お嬢様が照れたように微かに笑うので、私はそれ以上の言葉を重ねることなく笑って頷く。
喋り方で悩んでいらっしゃった頃はこんな表情をされることもなかった。日常でお嬢様の変化を感じて嬉しくなった私はそれ以上何も言わない。
お嬢様は隠れるのがお上手なので、侍女たちでもなかなか見つけられない。
公爵邸内でかくれんぼをするのだが、何かあったらいけないためお嬢様にはきちんと護衛が張り付いている。それでもなかなか見つけられないのだ。
これまでのかくれんぼでお嬢様を見つけることができたのは、私のみ。
毎回護衛と一緒にお嬢様は隠れていた。
毎回私が見つけてしまうので、私の参加はかくれんぼがスタートして三十分経ってからというルールになっている。
「エマ、今日こそ私がお嬢様を見つけるから」
「ロキシーはこの間一番遠いところばっかり探してたじゃないの」
五歳のお嬢様をあまりに見つけられないので、エマとロキシーは今日こそはと張り合っている。ロキシーは暑くもないのに腕をまくり、エマはかくれんぼなのに走るつもりなのか準備運動を始めた。
「アガシャ、お嬢様が隠れそうな場所はどこ?」
「アガシャにきくのは、めっ!」
「お嬢様、お嬢様付きの侍女のプライドがかかっているのですよ!」
なぜか侍女が本気のかくれんぼである。
かくれんぼが始まって、皆がお嬢様を探す中で私はお嬢様の部屋の片付けをする。
ぬいぐるみのゴミを取って綺麗にして並べ、お嬢様が茶会などで身に着けられるアクセサリーの点検。
今日のかくれんぼ対象エリアは、屋敷の一階と庭だ。
お嬢様は棚の後ろだとかベッドの下だとかありとあらゆる場所を見つけて隠れるので、掃除担当の使用人たちは一切気が抜けない。
棚の隙間に隠れたお嬢様がその綺麗な髪に埃をくっつけて出てこようものなら大変だ。
たまに隙間に隠れたお嬢様が、小銭や誰かのイヤリングの片割れを見つけて出てこられることもある。
「そろそろ三十分かな?」
公平を期すために、かくれんぼで対象エリアに庭が含まれる場合は、カーテンを閉めて外を見ないようにしている。外をのぞくのはルール違反である。
一階に降りると、ちょうどエマがうろうろしていた。
「え、もう三十分経ったの? お嬢様、今回も全然見つからないんだけど!」
「前に隠れておられたところは探した?」
「パントリーでしょ? 最初に探したわ。お嬢様はこれまで同じ場所に隠れておられたことはないけれど、逆手に取るかなと思ってね。違ったけど……」
「そうね」
「飾ってあった壺の中も探したわ」
「そこも以前お嬢様が隠れておられたわよね。壺の中のぞきこんだらお嬢様と目が合って驚いたわ。多分、お嬢様は私たちの動向を見て、隠れ場所から次の場所へ移動しておられるのよ」
「それ、かくれんぼじゃなくない?」
「ルール違反じゃないしいいんじゃない? それに、見つかる確率は移動すると上がるもの。だからお嬢様はかくれんぼマスターよね。さ、私もこれから本格的に参加するね」
「むぅ、今日こそは私がお嬢様を見つけたいのに! くっ、私のお嬢様への愛が足りないなんてことはないはず……」
エマの悶えに苦笑しながら、私はそのまま一階を進んだ。
「え? 一階? ロキシーは庭に行ったけど。庭が対象エリアなら広いから庭じゃない?」
「庭はこれまでお嬢様がかなりの頻度で隠れておられたから、もうないんじゃないかな。見通しのいい場所が多いから一か所から動きにくいだろうし」
私は廊下を歩いて、お嬢様が普段興味を持ったように見ていた場所を次々見ていく。
「あ、この部屋かな」
「ここはもう探したわよ?」
「どうかなぁ……お嬢様、アガシャが来ましたよ~。どちらですか~?」
部屋に入って机の下を覗き込み、ついでにあちこち触りながら声をかけていく。
エマが後ろで「なるほど…そうやるのか…」と呟いている。
「お嬢様に早く会いたいです~。お嬢様ともう三十分も会えていないなんて、うっ、辛くて私の心臓が痛い……」
ちょっと泣き真似を交えつつ探していると、後ろでエマが「じょ、女優……かくれんぼなのに女優……」なんて引いている。
しかし、お嬢様は引っかからず出てこない。私の勘ではここに隠れていらっしゃるはずだが──。
ある机の下を触ると、黒い布が被せられている何かがあった。エマはこれを単なる荷物として触らずにスルーしたのだろう。
すすすっと布を引くと、バツの悪そうな表情の女性騎士とほほ笑んだお嬢様が現れた。お嬢様の座っている場所にはちゃんと騎士のハンカチが敷かれている。
「あ、お嬢様! やっと会えましたね!」
「エマはアガシャにきいちゃ、めっ」
「お嬢様、たまたま会っただけなんです! 聞いてません!」
エマが本気で首を振る様子にきゃははと笑いながら、お嬢様が私に抱き着いてきた。
女性騎士も続いて出てきて、縮めていた体を伸ばしている。
「はぁ、それにしてもまた負けた……庭のロキシーは……しばらくほっとこうかな……」
「さ、お嬢様。私たちの再会を祝してお茶にしましょう。ぬいぐるみさんも待ってますよ」
「はーい」
お嬢様はきゅっと私の手を引いて部屋に戻ろうとする。
「あ、アガシャだけずるい! 私もお嬢様に手を引いてほしいです!」
「エマも?」
お嬢様はエマを見上げて首をかしげる。
「そうですよ、ほら、私の右手も寂しいって言ってますよ! 聞こえませんか?」
「じゃあ……こう?」
お嬢様はまた照れたように微笑んで、エマの手も引く。
尊い。画家を呼んでほしい、切実に。
引っ込み思案だったお嬢様はこんな表情もたくさんできるようになったのだ。
私は「エマも女優だね」という意味も込めて、お嬢様の頭上でエマとほほ笑み合った。
ロキシーが仲間外れにされたと悔しがるのはもう二十分後の話であった。




