90 本能に委ねた方がいい時もある
温冷操作可能の木箱の魔道具を作り始める……といっても、俺だけで作る訳ではなくなった。というのも、各町で素材となる木材や釘などの道具を集めることができて、木箱を作ること自体はそれほど手間ではなくとも、数が相当な数になったので一人では無理なのだ。そこで、マグレトさんの勅命がセブナナン王国軍に下る。
手先が器用な人たちが集められて、増産部隊が結成された。象さん部隊ではない。いや、まあ、俺は象さん部隊の一人に数えてくれても………………象さん部隊では無理かな。なので、俺は増産部隊の一人である。
木箱に必要な材料費はすべてセブナナン王国軍が出してくれたので、作ることに専念する。特に魔法陣を描くのは俺しかできないので頑張った。そのおかげで、報酬も出て、お金、がっぽし。いや、それは言い過ぎか? 木箱に魔法陣を描くだけなので、そこまではもらっていないかもしれない。お小遣い数ヶ月分稼ぎ? あるいはちょっと奮発されたお年玉? くらいだろうか。それでも十分がっぽしと思うのは、これまでまともに金を持っていないかった弊害だと思う。
それと、わかったことと向上したことがそれぞれ一つずつある。
まずわかったことは、木箱の上げられる温度と下げられる温度には限界があることだ。元が木箱であるし、そこまで頑丈ではない。だから、上げ過ぎると内部が燻って動かなくなり、下げ過ぎると内部が固まって動かなくなる。そんな感じだった。木箱ではなく、もっと熱に強いものを使えば、その辺りは変わってきそうだが……ある意味、安全対策みたいなものなので、今のままでいいと思う。
向上したことは……なんだろう。総合的に考えたら、魔力の操作だろうか。木箱の魔道具を作り始めた頃は魔法陣を描くのに指先に集めた魔力をペンのように尖らせて描いていたが、今は違う。魔力をペンではなく魔法陣型にして、それを押し付けて描くというか……焼き印? 押印? みたいなことができるようになった。木箱の魔道具をたくさん作った結果だろう。
そうして、数日間作り続けて、とりあえず野営しているセブナナン王国軍の必要なところには配備されて、木箱の魔道具作りが一段落した。増産部隊で軽く打ち上げをしたのはいい思い出である。
でも、まだ援軍の方は現れていない。ただ、一つの進展はあって、他国も来ることが決定したという報告を受けた。
グレッサア王国の王都攻めは、まだ時間がかかりそうである。
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木箱の魔道具は、飲み物だけではなく食事の方にも使っている人が多く居る。温かい食べ物に冷たい食べ物。大変好評だ。作った甲斐があったな、と思う。
そんな食事を見て、新たに「載せたものの温度を保つ」、皿やコップといった木器の魔道具を作った。これでいつでも温かいものは温かいまま、熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいまま、食事を取ることができる。
これで食事事情はさらに良くなるだろう。
増産をお願いされた。予想以上の量で。ちゃんと洗えば使い回しでも良くない? そう思ったのだが、専用を持ちたい人が多かったようだ。つまり――象さん部隊……じゃなかった。増産部隊、再結集。仕事量が馬鹿みたいにある。うん。悪かった。恨みがましい目で見ないで欲しい。
時間はある。数日間頑張った。
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木器の魔道具の増産が一段落した。さらに報酬が出て、がっぽり。うん。一個の報酬は低いが、今回は数が本当にある。塵も積もれば山となる、だ。だから、もうがっぽりでいいと思う。
増産部隊とも和解したというか、一緒に乗り切った仲だ。戦友だ。打ち上げもして親睦は深まったと思う。
それくらい頑張った。特に俺の場合は魔力で魔法陣を描く技法を体得していて本当に良かったと思う。これができなければもっと時間がかかっていたし、狂っていたかもしれない。
だから、一旦休憩を取る。もの作りはせず、町に行って豪遊でもしよう。……折角稼いだのに? 豪遊するために稼いだとかならいいが、そうではない。寧ろ、これが直ぐなくなる方が、後々精神的にきそうだ。なので、節約。必要な時に使うように気を付けよう。
なので、ハンモックに揺られながら、時折冷たい飲みものを飲んで、のんびりだらだらと過ごそう、と思ったところで新たに思い付いてしまうのは……世の常なのかもしれない。
でも、無理だった。思考では作りたいと思っても、本能がついていかず、休めと強く訴えてくる。自然と体がハンモックに沈んでいく。……それでもぉ! と思考が踏んばろうとするが、結果的には体調を万全にした方がいいものが作れるんじゃないの? という本能の説得に折れた。
寝なさい、と思考が静かになったところで寝る。
………………。
………………。
なんかこういう時に余計なことを考えてしまい、中々寝られないのも、きっと世の常だろう。




