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8 顔で受け止めるのも一つの手段です

 思わぬことで気が動転してしまったが、一旦落ち着こう。深呼吸したのだが、ちらりと女性用下着をついつい見てしまった。


「違う! 自分から見た訳じゃなくて、こう、見えてしまって――て違う!」


 うん。まだ動揺しているようだ。誰に言っているのやら。一人だとついつい口にしてしまう。それだけだ。だから、一旦本当に落ち着こう。


 そうして冷静になった時、ふと思う。これらのまだ着れる服……本当に黒色なんだろうか? 元々は違う色で血とか腐敗したものが混ざって……なんてことは……有り得そう。だから、できれば洗いたい。洗いまくりたい。このままで着るのはちょっと怖い。でも、洗おうにも洗剤がないし……どうし、いや、待てよ。魔法でどうにかできないだろうか。


 魔法で洗濯を行う。頭の中で考えてみたが……悪くない。魔法で水球を作り出して、その中に洗濯物を入れる。それで水球の中に水流を作り出して、右回り、左回りを繰り返す……いや、これから洗おうとしているのは、見た目以上の損傷をしている可能性があるので、水流ではなく細かな泡をたくさん作って丁寧にやる方がいいかもしれない。洗剤はないが、それで一定の効果は得られると思う。……うん。できそうだ。本当は洗剤でしっかりと洗いたいが、ないものは仕方ない。待てよ。魔法で作り出す……いや、さすがに無から有を作り出せる気がしない。何かしらの洗剤に使える材料でもあれば別だが。


 ともかく、一旦洗うか。このまま洞窟の中で洗う気はないので、上下の服とブーツを抱えて………………一応、まあ、念のために女性用下着も……これはアレだよ。うん。布は布だから。何かに使えるかもしれないから、一旦ね。他の使い道は考えていないから。本当に。邪な考えなんてちっとも……うん。別に。と自分で自分に言い訳しつつ、回収してから洞窟の外に出る。


 頭上の光る輪っかを消しても、まだ太陽は周囲を照らしているので視界は問題ない。回収した女性用下着があるせいで、ちょっと落ち着かない。誰かに見られたら社会的に……いや、誰も居ないんだった。そう。ここは森の中。しかも、どこかわからない状態だというね。服とブーツを手に入れたのはいいが、どうしたものか。いや、本当に。できれば、拠点としている場所に戻りたい。俺の帰巣本能は今、あそこを帰る場所認定している。でも、そこまでの帰り道がさっぱりだ。


 これも魔法でどうにかできないかな? と考えた時――脳裏に天啓が走る。


 もしかして、できるのか? 迷子になったからこそ、思い付く。


 ――「転移」を。


 感覚的にはできそうな気がする。ただ、どこにでも、という感じではなく、行ったことのある場所にだけ、という感じだ。それに、できなくても現状がこれ以上悪くなることはなく、もしできれば事態は好転する。試してみる価値は十分にあるのだ。


 こほん、と一つ咳払いして服は腕で抱え、ブーツは手に持つ。それで空いた手を握り、その拳を空へと届かせるように上げる。


「――デュワッ!」


 もしここに俺を撮っているカメラがあれば、カメラは上を向いて空を映し、俺の姿を一度画面外にしたのち、元の位置に戻すと俺はそのままだが風景が切り替わっていて移動したことを表す……のだろうが、俺の背景は何も変わっていなかった。ただ、俺が拳を突き上げて一声上げただけ。


 ………………。

 ………………。

 大丈夫。失敗した訳ではない……多分。そういう映像の流れだけを考えていて、移動先について何も考えていなかっただけである。そりゃ転移できないわ。寧ろ、同じ場所に転移しただけ、という意味のないことをしただけかもしれない。本当に一人で良かったと思う。誰かに見られていたら、恥ずかしさで顔を覆って泣いていたかもしれない。……まあ、そもそも他の人が居たら、映像の流れとか考えていなかったと思うけれど。


 ともかく、今度はしっかりと転移できたとしての移動先――大きな湖の近く、不格好なデブリハットの横を脳裏に思い浮かべつつ……。


「――デュワッ!」


 一声上げた。


     ―――


 肌に触れる空気の質が変わった。多分、大きな湖の影響だろう。そう。先ほどまではなかった大きな湖が視界の中にある。近くには不格好なデブリハット。転移、したのだ。


「よっしゃー!」


 あまりの喜びを表現するために、勢い両手を振り上げる。抱えていた服と女性用下着、手に持っていたブーツが宙を舞う。


「ああ、ああああ……」


 一転して情けない声が出てしまったが、どうにか無事に回収する。その際、両手が服とブーツで塞がっていたため、女性用下着は顔で受け止めるはめになってしまったのだが……不思議と不快感はなか……いや、臭いが……いや、口に出すのは憚れるから止めておこう。だから、違うことを言う。


「違う! わざとじゃない! こうするしかなかっただけだ!」


 誰も居ないし見てもいないのに、俺は精一杯の弁護を口にした。

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