71 サイド セブナナン王国 10
場所は変わり、セブナナン王国軍の後方。エネミ伯爵が率いる武装集団――エネミ伯爵軍がセブナナン王国軍へと向かって駆けている。目的はセブナナン王国軍に協力するためではなく、襲撃するため。
エネミ伯爵軍を率いるのはエネミ伯爵は、茶髪の四十代男性で、それなりに鍛えられた体付きに鎧を身に付け、手にはランスを持っている。馬に乗り、大急ぎでセブナナン王国軍を目指していた。
そんなエネミ伯爵の目に映ったのは、二つの出来事。
一つは、セブナナン王国軍の後方で掲げられていた旗の一部が下りたこと。これは、キテ子爵軍がマグレトを包囲したことを伝えていた。謀が上手くいったことに、エネミ伯爵は喜びを示すように舌なめずりをする。
あとはセブナナン王国軍を蹂躙するだけ。困惑しながら殺されていくセブナナン王国軍の姿を妄想して、エネミ伯爵は密かに勃起した。
もう一つは、エネミ伯爵軍の行く手を阻むように立つ、少数の部隊の存在。正確に教える気がないエネミ伯爵は目算で大体二十人と断じた。それは正確で、武装した二十人の女性が横並びでエネミ伯爵軍を前にして立っている。
そんな女性二十人の中心に立つ人物から、エネミ伯爵軍に向けて魔法で拡張された声が届く。
「私は第三騎士団・団長! マニカ・セブナナンである! 現在、エネミ伯爵とその軍には造反の嫌疑がかけられている! 否と答えるのなら、直ちに停止せよ! それ以上近付けば、造反したと見做して殲滅する!」
届いた声に、エネミ伯爵は笑いそうになった。なんだそれは、と。既に賽は投げられたのだ。セブナナン王国軍を襲撃する前に気付かれたことには驚いたが、そんな言葉で止まる訳がない。仮に第三騎士団・団長が真実で、第二王女でもあるマニカ・セブナナンだったとしても、今のエネミ伯爵からすれば、捕らえて良し、いたぶって良し、嬲って良し、殺して良しの、いい餌でしかなかった。寧ろ、色々やったあとに王族殺しを味わえるのなら本人の方が望ましい、とすら思う。
故に、エネミ伯爵は止まらない。
「捕らえた女は好きにして良し! 痛めつけるなり、弄ぶなり、使い物にならなくなっても気にしない! 好きにしろ! ただし、第三騎士団・団長を名乗る女は私の前に連れてこい! 本人かどうか、じっくりと見聞しなければならないからな!」
「「「おおおおお!」」」
魔法で拡張されて届いたエネミ伯爵の言葉に反応して、エネミ伯爵軍から怒号のような歓声を上げて、大半がこれから起こることを想像して下卑た笑みを浮かべる。
だが、その想像は叶わない。エネミ伯爵軍はセブナナン王国軍はおろか、立ちはだかる女性二十人を蹂躙することもできない。
何故なら、エネミ伯爵軍は蹂躙される側だからである。
―――
警告を無視して突っ込んでくるエネミ伯爵軍を見て、マニカは、まあこうなるだろうな、と思う。その姿に、エネミ伯爵軍に対する恐怖は一切感じられない。相手は約千で、対して自分の方は二十人と、数の差は五十倍であるにも関わらずに。
「やはり、止まりませんでしたね」
隣に立つメリッサの言葉に、マニカは苦笑を浮かべる。これは想定通りで、第三騎士団・団長としてではなくセブナナン王国の王族として、自国の貴族が裏切ることに思うところがあるからだ。
だが、エネミ伯爵軍が止まらぬ以上、第三騎士団・団長としても第二王女としても、やらねばならぬことがある。
「エネミ伯爵軍は造反したと判断し、これより征伐を行う! 第三騎士団、抜剣!」
マニカの号令に、マニカを含めた二十人全員が剣を抜いて構えた。
恐怖はある。相手は自分たちの五十倍の数だ。つまり、単純計算で一人で五十人を相手にしなければならない。しかも、一人一人を相手にするのではなく、一度に複数を相手に。恐怖を抱くのは当然の反応である。
しかし、だからといって誰も諦めていない。絶望していない。誰しも目には力が宿り、胸には希望が抱かれている。
惜しむらくは、この二十人――調査組だけで、千人を相手に戦って勝利するという偉業を成し遂げることか。できれば、王都に残っている第三騎士団も含めて全員で共有したかった、と調査組の全員が思う。
そして、戦端が開かれる。
初手はマニカ。
エネミ伯爵軍が迫っているが、まだ多少距離がある内にマニカは剣を振り上げて――。
「『貫氷槍』」
キーワードとなる言葉と共に魔力を剣に流す。剣が魔力に反応して剣身が光り、マニカたちの頭上に氷が次々と出現して合わさり、人の倍はある大きな槍が五本できあがった。その五本は、マニカが剣を振り下ろすのに合わせて射出される。
五本の貫氷槍が、人に当たっても勢いが止まることなく、エネミ伯爵軍を貫通した。
蹂躙の始まりである。




