70 サイド セブナナン王国 9
一万を超える数で強襲してきたグレッサア王国軍。セブナナン王国はその動きを事前に察知することができず、後手を踏むことになった。イスト大平原を超えられたら、あとはセブナナン王国だ。国内を荒らされて王都まで迫る可能性も十分に考えられる。だから、何としてもイスト大平原でグレッサア王国軍を撃退したかった。
セブナナン王国軍第一陣である約六千の兵は、言ってしまえば防波堤だ。
第一陣がグレッサア王国軍の侵攻を押さえている間に、数、あるいは質を揃えて構築した第二陣を援軍に出して、グレッサア王国軍をイスト大平原より先に行かせぬつもりだった。
だから、そうなる前に第一陣が潰れてはならないと、士気向上と維持のために、第一陣の総大将となったのが、第二王子のマグレトである。もちろん、強さの面も考慮されている。
―――
マグレトは死地となる可能性も含めた、すべてを理解した上で、第一陣のセブナナン王国軍と共にグレッサア王国軍を迎え撃つ。
イスト大平原における、セブナナン王国軍とグレッサア王国軍の戦いは、スロースとマニカたちがマグレトと接触したその日の昼に始まり、接触する前に終わった。
時間稼ぎが目的であるため、セブナナン王国軍は積極的に攻めず、防御に徹してできるだけ被害を抑えるように動いたが、それでも被害は出てしまう。当然だ。戦っているのだから。
だが、想定していたよりもセブナナン王国軍の被害は少なく済んでいた。その理由はセブナナン王国軍の全員がマグレトの指示にしっかりと従っていたというのもあるが、グレッサア王国軍がまだ本気ではなかったということも関係している。
その証拠として、この初日に「四魔」は出てきていなかった。居ない訳ではない。出てこなかったのは、グレッサア王国軍の方も時間稼ぎが目的だったからだ。
グレッサア王国軍はセブナナン王国軍とイスト大平原で戦いになるとある程度予測して、事前に策を弄したのである。グレッサア王国と通じているセブナナン王国の者に裏から攻めてもらい、総大将を捕らえるなり殺すなりしてセブナナン王国軍の士気を挫き、一気に勝負を決めて余力を残してセブナナン王国へと侵攻する。そんな策を。
そのために、グレッサア王国軍が時間を稼ぐことで、通じている者、あるいはその意気がかかっている者たちが、セブナナン王国軍の裏に回るのを待っていたのである。
それは上手くいっていた。
グレッサア王国軍は初日の戦闘を終えても被害らしい被害は一切なく、通じている者の方も裏に回っていつでも攻められる準備を終えていると報告を受けた。
すべては明日。グレッサア王国軍は通じている者と協力してセブナナン王国軍を挟撃して一気に蹴散らして、そのままセブナナン王国内へと侵攻開始する。
――そうなるはずだった。
その策はマグレトに報告されているとは、露とも知らずに。
―――
翌日。まずは前日の繰り返しが行われた。セブナナン王国軍は防御に徹して、グレッサア王国軍が攻める。規模としては小競り合い程度。未だ様子見。どちらが先に次なる一手を出すか、探り合いの段階である。
そこで、グレッサア王国軍は気付くべきだった。ここが後戻り――退却する最後のチャンスであった、と。
ほどなくして、賽は投げられた。
グレッサア王国軍が掲げる旗を規定回数振るといった特定行動を取る。それは指示だ。それに反応を示したのは、セブナナン王国軍の中に居る、内通している者。それが予め決められていた指示を出し……セブナナン王国軍の後方で見つからないように待機していたエネミ伯爵軍が動いた。
セブナナン王国軍の後方に陣取っていたマグレトに、その報告が届けられる。届けたのは、ちょび髭の三十代男性である、キテ子爵。
「マグレトさま。ご報告申し上げます」
「キテ子爵か。報告とはなんだ? 今は戦闘中である。簡潔に述べよ」
「はっ! 後方より約千の兵が現れました。掲げている旗の紋章から、エネミ伯爵が率いていると思われます」
おお! とマグレトの周囲に居る者たちから歓声が上がる。
「エネミ伯爵が? 千の援軍か……この状況ではありがたい。直ぐに合流してもらおう」
マグレトの言葉に、キテ子爵が笑みを浮かべた。
「ええ、援軍です。マグレトさま。ただし、セブナナン王国のではなく、グレッサア王国の、ですが」
周囲がその言葉に反応する前に、キテ子爵が手を上げる。それは合図で、マグレトとその周囲に居る者たちを囲むようにして、セブナナン王国軍の一部が輪となって取り囲み、手に持つ武器の切っ先を輪の内側へと向けた。
「どういうつもりか、キテ子爵! グレッサア王国に寝返ったとでもいうつもりか!」
「ええ、その通りです。マグレトさま。ですが、私だけではありませんよ。エネミ伯爵も、です」
キテ子爵の笑みが歪なものへと変わり、マグレトが驚愕の表情を浮かべる。
その様子を、スロースは上空で透明になって見ていた。マグレトさんは知っていて、あの反応……役者だな、と思いながら。




