68 透明にそういうスリルはないかもしれない
大規模軍と超大規模軍が対峙している場を見つけた。事前に聞いている情報通りだと、大規模軍の方がセブナナン王国軍で、超大規模軍の方がグレッサア王国軍だと思われる。戦闘は……起こっていない。ただ、その跡は残っていて、黒煙は未だに至るところで立ち昇っている。少し前まで両軍は戦っていたようだ。でも、陽が落ちそうだから、視界不良による混戦を避けるために一旦退いて……また明日、という感じだろう。
もしそうなら……間に合わなかったということか。急ぎはしたが、両軍の動きが予想よりも速かったというか、あるいはどっかの貴族の町で余計な時間を取られてなければあるいは……いや、もう戦闘は起こったのだから、それを考えても仕方ない。それよりも今だ。今後だ。
まずは状況確認が必要である。
なので、セブナナン王国軍の方に接触しようと思ったが、それにマニカさんが待ったをかけた。
「エネミ伯爵が違う場所で陣取っていたのがセブナナン王国軍を後ろから襲撃するつもりなのなら、挟撃のタイミングを計るために、セブナナン王国軍の中にもグレッサア王国と通じてエネミ伯爵に協調している者が居ると思います。できれば、誰にも見つからずに兄と接触したいと考えています」
マニカさんが俺を見る。透明で行きたい訳か。わかった、と頷く。一旦地上に下りて、セブナナン王国軍からは見えない位置に移動したあとに少し話し合って、まずは俺とマニカさんだけで行くことになった。他の皆は一旦ここで待機。
全員で行くと、透明になっている仲間の姿も見えないという弊害があるので最少人数で行く必要があって、俺が行くのは透明の解除が俺にしかできないし、目的の人物と接触するにあたって必要な人はマニカさんであることから、こうなった。また、離れて行動しては意味がないため、マニカさんと手を繋いで行動を共にする。
「役得ですね」
メリッサさんがこそっと告げてくる。
「押し倒しても、誰も見えていませんよ」
うん。それは別に告げなくてもいい。
メリッサさんがハッ! とした表情を浮かべる。
「裸になってもバレませんね……ですが、露出はある意味見られるかもしれないというギリギリのスリルをスパイスとして興奮する癖……透明ならそういったスリルはない訳ですし、興奮するのかどうか……」
変な考察は止めて欲しい。透明だからと別に脱ぐ必要はなくない? それに、見えなくてもそこに居ることに変わりはないし、接触はある訳だからスリルは変わらず……て、俺もいつの間にか考察してしまっていた。危ない危ない。だから、メリッサさんは、期待するような目を向けてこないで欲しい。そういう趣味をお持ちなんですか? そっちの方が興奮します。
このままこの場に居るとそっち方面ばかり考えそうなので、マニカさんと手を繋いで行動に移る。透明になる前にマニカさんの表情が少し赤かったように見えたのか……まあ、気のせいだな、うん。陽が落ちそうだし、夕陽のせいだろう。
「こちらです」
マニカさんに引っ張られる形で、セブナナン王国軍が陣取っている場所へと向かう。
―――
セブナナン王国軍が陣取っている場所は……なんか暗い。物理的に、ではない。寧ろ、物理的には松明やら魔法の光やらで明るい。暗いのは雰囲気だ。怪我人が多く、至るところで治療中で、敗色濃厚な雰囲気が漂っている。
……大丈夫だよ、て言いたくなった。
まあ、透明なので言ったところで不気味がられるだけなので言わないけれど。
マニカさんに引っ張られるまま、時に人の間をすり抜けていき、大小様々なテントが建ち並ぶ中、一際大きなテントを目指していることに気付く。一際大きなテントの出入り口には門番やら騎士や兵士が複数人居て、かなり厳重なことが見てわかる。
直ぐに入るのかな、と思ったが、マニカさんは一際大きなテントに耳を当てると、入らずに足を止めた。小声で「おそらく、中では軍議が開かれていると思われます」とこそっと教えてくれる。なるほど。議題は明日の戦いをどうするか、といったところか。つまり、中には人が多く居るので、今は入れないということか。
なので、待機。
ジッと待つ。
………………。
………………。
暇だ。まあ、相手は倍近い数だし、難航しているのかもしれない。
まだかかるのかな? と考えながら周囲を見ていると、たくさんの女性騎士や女性兵士が入ったり出て行ったりしている大きなテントがあることに気付く。
まさか、女性専用とか、そういう感じの楽園ですか? それとも、現実を見せられて夢が砕ける感じですか? 間違えて入ったりは……さすがにマニカさんと手を繋いでいるので、できないか。……いや、別に残念なんて思っていないよ。うん。
一人で頷いていると、大きなテントの出入り口から人がたくさん出て行くのが見えた。軍議が終わったようだ。少しだけ待って……門番は居るので、音を立てないように、こそっと出入り口から入る。門番に動きはないので大丈夫なようだ。
そして、中を見れば、金髪の若い男性が少し疲れた様子で椅子に座っていた。




