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62 健康とか周辺環境とか、そういうのがしっかりしているからこそ満喫できるのだ

 また、数日が経ったが、移送のための人手はまだ来ていない。それに、どれくらいに着くとか、準備完了したとか、そういう伝令も届いていない。


「ここまで何も連絡がないのは、いくらなんでもおかしい」


 とマニカさんたちはそちらも調べることになった。俺も手伝った方がいいかもと思ったが、そもそも俺はこの世界のことも、この国のこともよく知らない。森の中とフロンの町中でのことしか知らないのだ。


 大人しくしておくことにした。まあ、協力をお願いされたら、吝かではないが。


     ―――


 そうして日々を過ごしていて気付いた。俺、何もしていない。屋敷に部屋が用意された上に、タダ飯生活である。対して、マニカさんたちは伝令の調査の他に、町の冒険者たちと協力して、捕らえた炎バーンやグレッサア王国兵の見張りとか、得られた情報の調査や指示といったことをして、毎日忙しそうだ。その間、俺はほぼ何もしていない。檻を作ったくらいだ。いや、まあ、事前に町を救った――タダ飯生活が許されるだけのことをした自覚はあるが、だからといってこのままでいいのだろうか?


 ……いいかな、別に。


 駄目だ。なんだろう。自分の中の自堕落な部分というか、怠惰な部分が出ている気がする。


 タダ飯、最高。食っちゃ寝、最高。と心のどこかが叫んでいる。やはり俺は「色欲」ではなく「怠惰」かもしれない。


 いや、駄目だ。このままでは駄目だ。まあ、別に自堕落でも怠惰でもいいとは思うが、安易にそうするのはなんか気持ち悪い。こう、真に自堕落やら怠惰なのを満喫するには周辺環境が大事なのだ。


 夏の真っ昼間にクーラーをつけてゴロゴロするとか、冬はこたつに入りながらだらしなくアイスクリームを食べるとか。そんな感じ。


 あっ、それと健康も大事。寝たきりとは違うのだ。


 それに加えて、今の俺は無一文だ。使える金が一切ない。怠惰の環境を整えるためとか、管理人小屋に置きたいものがあったとしても、それを購入することができないし、町中でも小腹が空いた時に買い食いもできない。マニカさんに言えば小銭くらいはくれると思うが……なんかヒモになった気分になるので止めておく。


 よって、今の何もしていないこの時間を使って、小銭でもいいから金を手に入れようと俺は考えた。


     ―――


 やはりここは、異世界の定番職である冒険者一択だろう。どんな依頼があるのかも、興味がある。魔物討伐でもいいけど、町中のでもいいな。買い食いと管理人小屋に置く物が買えるくらい稼げれば十分だ。まあ、物によっては高額だから、それなりに稼ぐ必要はあるが。


 数日間町をぶらぶらしたので、もうフロンの町で迷うことはない。多分。


 冒険者ギルドに着いた。中に入る。俺に気付いた冒険者たちは――。


「「「ごくろーさまです!」」」


 誰もが恭しく頭を下げてくる。グレッサア王国兵を転移で森に飛ばしてから、こういう態度を取られるようになった。多分、下手に絡めば森に飛ばされると考えたのだろう。もっと気安い感じでもいいのに。「おう」と軽く返しておく。


 冒険者たちがそんな感じなので、絡まれることもないどころか、俺が受付に行こうとするとモーゼが海を割ったように、冒険者たちが俺の進行上から退いていく。……いや、そこまでは求めていないというか、しなくていいのだが、今はそう伝えても伝わる気がしないし、もうそのまま進んだ方が早そうなので、進んで受付に行く。


「これは、スロースさま。本日は冒険者ギルドに何か御用でしょうか?」


 受付に居たのは、以前助けた受付嬢のローラ。俺に向けて満面の笑みを向けてくる。来てくれて嬉しいオーラが全開で……冒険者たちは先ほどの態度と打って変わって俺に殺意を向けてきた。変わらずローラは冒険者たちからの人気が高いようだ。


「えっと、冒険者登録を」


「スロースさまが、冒険者になりたいと?」


「ええ、まあ、無理ですかね?」


「いいえ、そんなことはありません。スロースさまならA……いえ、最高ランクのSランクにもなれますよ」


「いやぁ~」


 別にそこまでは求めていない。ある程度稼げたら十分である。


「では、スロースさま。こちらの受付用紙に記入をお願いします」


 ローラから受付用紙を止めた木製バインダーと万年筆のようなペンを渡される。こういうところも発展しているようだ、と関心しつつ、受け取って書――こうとして気付く。あれ? これ、木製バインダーに挟まっている紙……三枚ある? めくって確認。


 一枚目。冒険者登録用紙。

 二枚目。複写紙。

 三枚目。契約書。


 契約書には「私、スロースは将来冒険者ギルドの受付嬢であるローラと結婚することを、ここに誓う」と書かれていて、冒険者登録用紙の名前を書くところと、契約書の署名欄が同じ位置にあった。


 ………………。

 ………………。

 ごくり、と喉が鳴る。


「……どうかされましたか?」


 ローラの笑顔に怖いものを感じる。


「あっ、書くところがわからないのでしたら、こちらに」


「いえ、大丈夫です。いや、ちょっと、あの、冒険者になるはもう一度考えてからにしようかなって。それじゃ」


 俺は何も書かずに、冒険者ギルドから撤退した。


 どうやら、この町で冒険者になるのは止めた方が良さそうだ。

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