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6 双方が気を付けていても起こる時は起こる

 拠点に戻ったはいいが、まだ陽は高く、活動時間は残っている。早々に戦略的撤退の判断をしたおかげだろう。なので、今の内に両ウサギたちが争っていた方とは違う方向に行ってみる。魔法で木にバツ印の傷を付けたり、草を結んでみたりと目印を作りつつ、進んでいく。……どうか、両ウサギのような、ある意味危険な推定魔物が現れませんように、と願いながら。


 ………………。

 ………………。


 うん。途中まではまったくと言っていいほどに見かけなかったが、暫く進むと現れた。といっても遭遇した訳ではない。こちらが先に発見したのだ。見つけたのは、俺よりも大きな六本腕の巨大熊一体と、俺の膝下くらいの大きさの楕円形の軟体生物であるスライム多数。向こうがこちらに気付いていないので、そのまま様子を窺う。すると、六本腕の巨大熊がおもむろに腕を振り上げ下ろしてスライムの一体を叩き潰して、「グオグオグオッ!」とどこか愉快そうに笑う。六本腕の巨大熊からすれば遊びのつもりなのかもしれないが、嫌な場面を見た気分だ。スライム多数が可哀想に見えなくもないが、丸腰どころか丸裸の俺が飛び出しても六本腕の巨大熊にやられる……いや、魔法で不意を突けば……いけるか? と思ったところでスライム多数が動き出した。


 大多数が抗議するように飛び跳ねて六本腕の巨大熊の注意を引き付けたかと思えば、その間にスライムの一体が六本腕の巨大熊のうしろに回り込んで、体を楕円形から棒状に伸ばしたかと思えば「〇〇ストライク!」て感じに一気に突撃――したのは、六本腕の巨大熊のお尻の穴。一気にそ――侵入していった。


「――グッホッ!」


 六本腕の巨大熊から尊厳が破壊されたけれど抗えない、認めたくないけれど抑えられない、といった感じで気持ちの悪い声が漏れ出た。心なしかその表情は予期せぬ快感を……いや、深くは考えない。


 とりあえず、自分のお尻をきゅっと締めて、後方を確認。うん。スライムは居ない。心の底からほっと安堵した。ただ、そうしている間も、六本腕の巨大熊の「グッホッ! ググッホッ!」という声が耳に届いていて……確認するのが怖くなって、何も見ずにこの場からそっと離れた。


 ……この森の魔物は急所を突くのに躊躇いがないのかもしれない。


     ―――


 その後も、進む先では何度か推定魔物と思われる存在を見かけた。その度に遠回りしたり、進行方向から少し外れたりして、どうにか回避していく。しかし、思っていた以上に推定魔物と思われる存在が居る。そのことに驚いた。何故なら、拠点としている場所では一度も遭遇していないからだ。


 ……何故、拠点で遭遇していない? ふと、疑問に思った。拠点としている場所から離れると推定魔物が居るのだ。その答えはわからないが、推測はできる。拠点としている場所が聖域みたいな推定魔物が立ち入れないようになっているか、あるいは推定魔物が立ち入ることを拒否するくらいの強大な存在の縄張りであるか。だろうか。もしどちらかであるのなら、前者であることを切に願う。


 そんなことを考えながらも、推定魔物と思われる存在と遭遇しないように気を付けていたのだが、こちらだけが気を付けていても事故に遭う時は遭ってしまう。双方が気を付けていても、だ。今回もそう。でっかい木の陰で、立派な角を持つ六本脚の鹿推定の魔物と遭遇した。俺も驚いたが、六本脚の鹿も驚いたように見える。ただ、六本脚の鹿は直ぐに突っ込んでくるように構えた。咄嗟に、経験が俺の体を動かす。手を振るって魔法による風の刃を放つ。我ながら決まった! と思ったが、六本脚の鹿は立派な角で風の刃を叩き消した。


「………………」


「………………」


 暫し六本脚の鹿と見つめ合……いや、なんとなく視線は交わっていないというか、俺の顔より下の方をジッと見ている。嫌な予感がして逃げ――戦略的撤退を始めた。六本脚の鹿は諦めてくれる訳もなく追ってくる。思ったよりも俺の足は速いようだが、六本脚の鹿も六本脚というだけあって速い。少しでも速度を緩めると、直ぐに追い付かれて立派な角で突こうとしてくる。何度かそれをかわしている内に、六本脚の鹿が何を狙っているのかわかった。


 この森の推定魔物は急所を突くのに躊躇いがない、と思ったことは間違いではなく、六本脚の鹿は俺の乳首を立派な角で突こうとしている。


「いや、的のように見えるが、乳首は的ではないから!」


 走りながら説得を試みてみたが駄目だった。無我夢中に逃げ――戦略的撤退を行う。それが功を奏した……かどうかは怪しいが、それでも事態は好転する。六本脚の鹿は立派な角を着の枝に引っかけて転倒した。


「わははははは! 勝った!」


 追い付かれたかどうかを確認するために後方を確認した時に、丁度その光景だったので喜びの声が漏れる。これで戦略的撤退は完了だ――と前を向けば、視界に木の枝が映り、走る勢いのままに額に打ち付けた。い、痛い――かどうかは怪しいが、少なくとも衝撃はあったので、それで倒れそうになったがどうにか踏ん張って耐えたあと、走り続けて……どうにか六本脚の鹿を撒くことができた。


 でも、問題発生。無我夢中で逃げたので、どこをどう走ったのかわからない。つまり、引き返すことができず、ここがどこかもわからなくなってしまった。どうしよう、と途方に暮れようとした時、小高い丘の下にある洞窟を見つける。

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