35 失ったと思っていたものが戻ってくると素直に嬉しい
体感だが一か月も経つと、大体生活習慣が決まってきた。
朝。ラオルの畑に転移して、魔法でサーッと雨を降らせて水やりを行う。ラオルの畑には色々と種類がある。見た感じだと、ピーマンとトマトはそろそろ収穫しても良さそうだ。まあ、実際はラオルの判断に委ねることになるが。あとは、次に何の種を蒔くのか。楽しみだ。
水やりが終われば転移で管理人小屋へと戻り、内装を充実させるために色々と作っていく。といっても、それなりの月日が経っているので、思い付くものの大体はもう作り終えている。今作るのは小物くらいだ。これ以上となると……別のアプローチが必要である。具体的には布製品。でも、ここには糸なんてない。ラオルに頼んでみようかな。編み物ができる気はしないので、既製品をお願いしたいところである。
そのラオルは、管理人小屋の内装がある程度終わった段階で毎日くるようなことはなくなった。管理人小屋の内装でやることがなくなった――訳ではない。ラオルが言うには「いや~、妻の機嫌が悪くなってな。毎日毎日楽しそうに出かけていたのが気に障ったようだ」とのことらしい。つまり、今ラオルはご機嫌取りを行っている。だから、毎日は来ていない。今は数日に一回、畑の様子を見に来たついでにこちらにも寄る、といったところだ。
そうして小物作りが一段落すれば、昼食を取って、そのあとはその日の状況によって変わる。木材が足りなくなれば木を切りに行き、ラオルが居れば戦い方や魔法について習ったり、確保している肉の数が少なくなっているのなら狩りに出たりと様々だ。
ラオルから教わる戦い方や魔法は非常にためになっている。日々強くなっている、と思う。非常に助かっているのだが、それは狩りについてもそうだ。ラオルが居れば楽しく狩りができるし、気配を探るといったこともラオルの方が数段優れているので、直ぐに獲物が見つかるのだ。俺一人となると、獲物を見つけるまで少々時間がかかってしまう。
何しろ、この森には獲物となる魔物だけではなく、俺の純潔を奪おうとしてくる魔物も居る。それらから純潔を守りながら獲物を狩らねばならないのだ。獲物を狩って油断したところを狙って――なんてことも平気でしてくるので、一人だと大変である。
森の中を一人で進む時は、油断なく、常に警戒を怠らない。それが大事だ。
そういう細々としたことが終われば、あとは夕食を取って、のんびりとしている。最近はビーチチェアみたいなのを木製で作ったので、それを管理人小屋の外に置いて、その上に寝そべって夜空に輝く星々を見るのが好きだ。星座は……わからん。そもそも星の配置も違うだろうし。
でも、こうしてのんびりだらだらする時間がいいな、と思う。
最近はこんな感じで日を過ごしている。
―――
そうしてのんびりと過ごしていたある日。今日はラオルは居ない。ラオルの畑に水やりして、管理人小屋の内装を少し進めたあと、野菜中心の昼食を取った際に肉が少なくなっていたので、今日は狩りに出ることにした。
警戒心を全開にして森の中を進んでいく。
………………。
………………。
中々獲物が見つからない。魔物は居る。でも、見つけるのは昆虫系ばかりで、食べるのはちょっと……いや、食用可だとは思う。でも、それは最終手段というか、どうしようもなくなった時でないと手を出す勇気は湧かない。少なくとも、俺にとっては。
まだそこまで追い詰められていないので、できれば魔猪か六本脚の鹿――魔鹿が好ましい。ウサギという選択もあるが……ウサギたちは基本群れで居るから、消し炭にするならまだしも、肉を確保するために手加減すれば、逆に俺の純潔を奪われる結果になりかねないので、最近は見つけても手を出さないようにしている。それに、なんというか、一度角ウサギを倒したあの時から、なんかウサギたちからの敵意が強まっている気がするのだ。正直怖い。だから、できれば手を出したくない、というのが本音である。
あとは、俺は見かけたことはないが、ラオルが言うには豚頭で巨躯の魔物――オークもこの森の中に居るらしい。ただ、この森の中でのオークのヒエラルキーは低い。オークといえば性欲の塊みたいな存在だが、この森の中では狩る側ではなく狩られる側……いや、ほられる側だそうだ。なんというか、本当に怖い森の中で目覚めたものである。
そうして、どうにかウサギたちに見つかりませんように、と内心で思いつつ、森の中を進んでいると、思わず足を止めてしまった。
「……嘘、だろ」
思わず声も漏れてしまう。本当に信じられなかった。こんなことが起こるなんて。俺は見つけてしまった。
飛んでいってなくしてしまった、女性用パンツを。
木の上で引っかかっている。魔法で風を起こして木を揺らし、女性用パンツを落とす。顔――ではなく、しっかりと手で掴んだ。心の中にあったかもしれない穴が埋まったような、そんな感じがした。
獲物は見つけられなかったが、かけがえのないものを見つけた――いや、取り戻した。
しかし、残念ながら、俺の服にはポケットがない。今度はなくさないように管理人小屋の俺の部屋の中に置いておこう、と一旦管理人小屋の玄関前へと転移する。
―――
管理人小屋の玄関前に着いた瞬間――ラオルほど鋭くはないが、魔物ではない複数の気配がこちらに向かってくるのを感じた。




