30 サイド セブナナン王国 5
調査組は第一班から第四班まで分かれ、マニカとメリッサは他三名を加えて第一班である。そして、各班はそれぞれ別の場所から竜の森へと入っていく。どの班も調査は順調だった。調査場所が森であったとしても、こういう場所でも行動できるように日頃から訓練しているので問題ない。
しっかりとした足取りで、マニカ、メリッサ、他三名を加えた第一班が森の中を進んでいく。森の中は似たような風景による既視感を覚えることが多いため、迷わないように木にリボンを巻いたりと目印を付けるのも忘れてはいない。
だが、何よりも今のところ調査が順調な理由は、竜の森に生息する魔物の中で名が知れるほどに数が多い、落としウサギと呼ばれるハサミウサギや穴掘りウサギと呼ばれる角ウサギが、調査組に対して敵対行動を取らないことだろう。
「……メリッサの言う通り、ウサギたちが襲いかかってこないなんて。本当に男性だけを狙っているようですね」
マニカが思ったことを口にする。その通りのことが起こっていた。進んでいく先にハサミウサギや角ウサギを見かけ、向こうからもこちらが見えているはずなのだが、襲いかかるようなことはなかった。耳をピクピクさせて周囲の様子を窺ったり、鼻をヒクヒクさせるなど、マニカたちの目には可愛らしい姿しか見せていない。のどかな風景だ。
「はい。私も事前に調べられるだけ調べてきましたが、実際にこの目で見ると驚きます。その辺りに居る可愛いウサギにしか見えませんのに……どうにかして角ウサギを飼えないでしょうか……いえ、それだと王都内、あるいは王城内の男性がほられ……」
メリッサが受け答えたあとの後半部分は呟きであるためにマニカには聞こえていなかったが、その時のメリッサの表情は、それはそれでアリかもしれない、というものだった。ただ、メリッサは優秀な副官であるため、注意を促すことを忘れない。
「マニカさま。確かにあのウサギたちは私たち女性には襲いかかってきませんが、それはこちらが手を出さなければの話です。過去に実践した記録がありましたが、どういう訳か、それはその場に居なかった他のウサギたちにも襲いかかったことが伝わっているようで、一度でも手を出すとそのあとは敵認定されて襲いかかってくるようになります。ですので、決して手を出さないようにしてください。少なくとも、この調査中は」
「そう。わかりました。気を付けます」
「あと、他にも気を付けなければいけないことがあります。確かにこのウサギたちを含めて、この竜の森の魔物は基本的に男性だけを狙って襲いかかりますが、魔物に中には相手が女性でも襲いかかってくるものも居ます。たとえば、スライムは区別がつかないのか男女の見境がありませんし、六本脚の立派な角を持つ大鹿も男女は関係なく胸の突起物を角で狙ってきます。ウサギたちが安全だからと気を抜くと痛い目に遭うことになります。他にもいくつか居て絶対ではありませんので、警戒と注意を怠ることはできません」
「なるほど。確かにメリッサの言う通り、気を付けて……え? 今、胸の突起物って……それはつまり、その……」
顔を真っ赤にして、チラリと自分の胸部を見るマニカ。メリッサは、いいね、と親指を立てて、他三名は、まあ、可愛らしい、とマニカを見る。だが、もう一度言うがメリッサは優秀な副官なので、訂正する時はきちんと訂正を行えるのだ。
「ああ、意識させないように直接的な言葉は使いませんでしたが駄目でしたか。申し訳ございません。これなら直接言った方が、かえって良かったかもしれませんね。六本脚の大鹿が狙ってくるのは、ちく」
マニカがメリッサの口を手で塞いで、強制的に黙らせる。
「わざわざ言い直さなくていいです。どこが狙われるのかわかりましたから、もう必要ありません。いいですね?」
「ふぁふぃふぉふぁふぃふぁふぃた」
「ふざけているのですか?」
マニカがむっとした表情を浮かべてメリッサを見て、自分の手がメリッサの口を押さえていたことを思い出す。メリッサの口からパッと手を放す。
「し、失礼しました」
「いえ、大丈夫です。それと、かしこまりました」
頭を下げるメリッサだが、もしもの時はぺろりと舐めれば驚いて放してくれただろうから問題はありませんでした、と思っていた。マニカは落ち着くために大きく深呼吸をする。
「……では、ウサギが大丈夫だからと気を抜かず、慎重に調査を進めていきます」
「「「「はい」」」」
調査組は、どの班も竜の森の中を慎重に進んでいく。
―――
セブナナン王国の南部にある町「ビグ」。そこにあるマムミニ男爵家の屋敷に、フロンの町に第三騎士団の調査組が到着した、という情報が届けられる。当主であるマムミニ男爵はその情報を聞き……以前のような焦った様子はなく――。
「第三騎士団がフロンの町に到着する前に成果が挙がれば上々だったが、これは作戦をBプランに変えるしかないな。それでフロンの町がなくなるかもしれないが……まあ、それも仕方ないか」
代わりに醜悪な笑みを浮かべていた。




