25 最強なのだ。きっと最強なのだ
――青い竜の畑の管理人になりました。
なんて「世界の声」は聞こえてこなかった。では、ステータスの称号欄に追記が……ステータス見られないんだった。というか、ステータスって存在するのだろうか? 竜が居る訳だし、冒険者なんかが居て、そうなると冒険者ギルドもあり、冒険者ギルド所属と証明を示すカードにステータスが……なんてことはあるかもしれない。まだないと決め付けるのは早いということだ。
……ちょっと森の外に行きたくなってきたな。青い竜が言うには人の町があるようだし、そういうのがあるかもしれない。可能性はある。
……でも、本当にちょっとだけというか、ステータスとか見られないなら別にいっかな、それだけで森の外に行くのもな、という気持ちの方が強い。なので、現状維持。
ともかく、青い竜の畑の管理人となった以上、まずは場所の把握である。
「管理人として、まだ陽が出ている内に畑の場所を全部知っておきたいのですが?」
俺の問いに青い竜は空を見て、それなりに時間が経っていることに気付き、申し訳なさそうに言う。
「案内は明日でいいか? そろそろ帰らないと、妻が帰ってくるのが遅いと機嫌を悪くするかもしれないのだ」
「……わかりました。では、明日ですね。よろしくお願いします」
「うむ。では、また明日な!」
青い竜は妻と会えるのが嬉しいのか、先ほどの申し訳なさは一切消えて、笑みを浮かべて飛び去って行く。社長の車を見送る時のように頭を下げ続け……ほどなくして頭を上げると青い竜の姿はどこにもなかった。
………………。
………………。
妻帯者め。確かに俺は一人だ。記憶はないが独身だと思う。いや、うん。わかるよ。固いは大事だ。妻。奥さん。伴侶。大事にするのは当たり前。素晴らしいことだ。だが、一つ言いたい。
馬鹿め! 一人であれば自分の時間をいつでも自由に取れて最強なのだ! それがわからないのか! いや、わかるはずだ! 誰だって結婚する前には独身で、自分時間を持っていたのだから! だから今、少しでもいいから息を吐きたい時――そう、自分時間が欲しいはずだ! より欲しいはずだ! 一人なら、それがいつだって取れる! 常に! 何時でも! だから、最強なのだ!
………………。
………………。
空しくなってきたから止めよう。なんか、ただのやっかみでしかないような気がしてきた。でも、言わずにはいられなかったんだ。その代わり、心を落ち着かせることができた。まあ、代償として……なんというか、女性用下着を失った時にできた心の中の小さな穴が少し大きくなったような、そんな気分になったけれど。
……はあ。食事にしよう。
―――
肉は……なくなっていたんだった。でも、野菜はたくさんあるし……春キャベツと新玉ねぎは肉なし野菜炒め、新じゃがいもは皮付きで茹でることにする。
ただ、食材はあれど道具はない。魔法ですべて片付けていこう。まず、使う分だけ洗濯の魔法の要領で水球を作り出してその中で水洗い。残りは時間を止めて保存をかけておく。ラップ、冷蔵、冷凍要らずの保存だな、これ。
水洗いが終われば、春キャベツはしっかり洗ったのでいいが、新玉ねぎの皮を剥いたり、新じゃがいもは芽があれば風の刃で除去したりと、不要な部分を取り除く。ただ、処理し終わった野菜を容れる器はない。でも、安心して欲しい。ここで風の輪の出番だ。処理し終わった野菜はこの風の輪の中に入れることで、落ちることなく中で回り続ける。
処理が終われば次はカットに移る。といっても包丁はない。だから、ここは魔法で包丁サイズの風の刃を用い、手に持ってカットしていく。春キャベツはざく切り。新玉ねぎは薄切り。新じゃがいもはそのまま。カットした野菜は別に作り出した風の輪の中に次々と入れていった。これまでの練習の成果が出たようで、綺麗にカットすることができた。いつかは上に放り投げて、空中でカットするといった、見栄え重視のカットとかできるようになりたいものだ。
カットし終われば、次は炒める。しかし、フライパンはない。油もないが……まあ、生で食べるよりはマシだろう。野菜が入った風の輪の下に魔法で火の玉を作り出し、気持ちとしては中華鍋を激しく振るうようにして、春キャベツと新玉ねぎを炒める。同時進行で、新じゃがいもは風の輪の中から魔法で作り出した水球に……いや、待てよ。茹でるのだから、水球を熱するのではなく、最初から熱湯でもいいのではないだろうか? 試してみて……熱水球とでも言うべきものができた。それで新じゃがいもを茹でていく。
そして、しっかりと炒め、茹でたところで、完成。
――で、気付いた。今、俺の手元には箸もなければスプーン、フォークもなく、突き刺し棒すらもない。素材として使えそうな木材も今は手元にない。……どうやって食べようか。
……仕方ないので、風の輪はそのままに、手掴みで食べていく。
「熱っ! ……ほふ……ほふ……でも、美味い……まあ、素材の味しかないけれど……でも、美味い……熱っ!」
手と舌が火傷しないように気を付けつつ、作った分はしっかりと食べて……家もなくなったので地面の上で寝た。あっ、意識して身体強化魔法をかけておかないと……。




