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21 頭の中からすっぽりと抜けている時だってある

 さらに数日が経った。


 日中。風の刃で真っ直ぐ切る練習をしていると、ふと陽の光が遮られた。一瞬だけ。まるで、何かが通ったかのように。思わず空を見るが、何もない。陽の光を遮るような雲もない。鳥でも通り過ぎたかな? と思った――その時、突風が吹く。


 風の勢いがとても強く、まるで暴風だ、と思ったところで堪え切れずに倒れて転がる。回る視界の中で、丸太に練習で作った曲がった木材に余った木くず類が空に舞い、ついでに未完成の家と不格好なデブリハット、合わせて残してあった魔猪と角ウサギの肉や野菜もどこかに飛んでいく。あと、白い物体――女性用下着も。


「ああ! 俺の、俺の――ぐっ!」


 背中に痛みはないが衝撃が走る。どうやら、背中から木にぶつかったようだ。でも、転がりは止まった。空に手を伸ばすが、もう空には何もなかった。


 なんで未完成の家まで飛んでいった――と思ったところで、あることに気付く。あっ、そういえば、未完成の家はただ地面の上に置いているだけで、地面に支柱を刺していなかった。そりゃ、飛んでいってもおかしくない。自然の猛威に負けた、ということだ。


 残念だが、仕方ない。真っさらになったが、また作ればいいだけだ。また一から始めるだけ。十分にやり直せる。風の刃で真っ直ぐ切れるようにはなってきたし、前よりももっといい家が作れると思う。気がかりなのは、飛んでいった丸太や木くず類、未完成の家と不格好なデブリハット、食料と女性用下着の行き着く先だが……安らかに眠れ。


     ―――


 未完成の家類は飛びに飛んでいった。それこそ、セブナナン王国側の竜の森の端付近まで。


 落下予測地点付近には、竜の森の中で誰かを捜している男性集団の一部が、ハサミウサギや角ウサギの群れから逃げていた。その行く手を阻むように、未完成の家類は落ち、男性集団は突然の落下物に驚き足を止めてしまう。


 そこにハサミウサギや角ウサギの群れが襲いかかり――男性集団の一部は新たな扉を開いた。


     ―――


 飛んでいったものに黙祷を捧げていると、ずしんと大きな衝撃で地面が揺れる。同時に暴風の勢いが弱まると、何やら強烈な気配を感じた。感じる方へ視線を向けると、大きな……そう、五階建ての建物くらいの高さの巨大な存在が居た。海のような青い肌というか鱗に、蜥蜴に似た体躯。頭部の左右から角を生やし、背中には蝙蝠のものに似た巨大な翼がある。長い尻尾もあった。その存在を言葉にするのなら、竜。Dragon。青い竜。BlueDragon。……青い竜でいいか。


 とにかく、その青い竜が立ち上がったまま俺を見ていた。どことなく、怒りを抱いているように見えなくもない。でも、それは俺も同じ。自然災害なら諦めるしかないというか、自然に怒っても仕方ない。どうしようもない。手の出しようがない。自然破壊をするのはちょっと……。しかし、自然ではなく特定の誰かがやったのなら別だ。手の出しようがある。竜だろうが関係ない。


 未完成の家に不格好なデブリハット、丸太に木くず類、練習後の木材、食料たちよ。今、仇を取る。支柱なり、飛んでいなかいようにしていなかった俺のせいもあるが……反省はあとだ。


「よくも、俺の家を! その他諸々を!」


 抱いた怒りを言葉にして、身体強化魔法を発動。竜が相手となると種としてすべてが違う。違い過ぎる。生身は論外。普通では勝てない。だから、全身に魔力を纏わせていく。どこまでも……は言い過ぎなので、限界まで。


 ……今なら、星すら砕けるかもしれない。気持ち的には。実際には自分の拳の方が砕けるだろうけれど。


 先に動いたのは青い竜の方。右前足を前に出す。


「その魔力は! ……なるほど。まあ、待て」


「………………」


「………………」


「………………」


「待てと言われて本当に待つやつがあるか!」


「いや、待てと言われたから、一応。それに何か誤解があるかもしれないし、不幸な行き違いはない方がいいから」


「う、うむ。確かにそうだが……なんか違う。そこは普通『問答無用!』とか言って襲いかかるものだと思うのだが?」


「そう思われても……そういうのは個人差というか個人の自由というか……というか、え? あれ? 会話している? 竜と?」


「まあ、我くらいの竜であれば、人の言葉を話すなど容易いこと。いくつもの言語を話せる――マルチリンガル、というヤツだ」


「おお~! すごい! それに竜! やっぱり!」


「我が竜なのは見た目でわかるだろうが。青竜。ブルードラゴン。その辺りで呼ばれることが多いな」


「なるほど。ちなみに、竜語なんてのもあるんですか?」


「あるぞ。『グギャオウ?』……今『理解できるか?』と言ったのがわかったか?」


 俺は笑みを浮かべる。


「さっぱり」


「で、あろうな」


 全然わからなかった。ただの咆哮だった。どうやら自動翻訳的なスキルは身に付けていないようだ。


「まあ、人の言葉は余程の田舎か辺境でもない限り、共通語になっているから、お前の言語でも問題ないだろう」


「あっ、そうなんですね」


 それは良かった。なんとなく、ホッと安堵していると、青い竜から話しかけてくる。


「とりあえず、家を飛ばしたのは悪かったと思う。まさか、羽ばたきで飛んでいくとは思わなかったのだ」


「ああ、いえ、あれは俺の支柱忘れというか、技術不足だったというか……」


「すまなかったな。それで、だ。実はお前に聞きたいことがある。ここに居を構えていたのなら、知っているのではないかと思ってな」


「はあ……なんでしょう?」


「うむ。実はここの近くに我の畑がいくつかあるのだが、どうやらそこに侵入したものが居るのだ。キャベツと玉ねぎがいくつかやられた。何か見ていないか?」


 ………………。

 ………………。


「ん? どうした?」


「すぅー……」


 足を折り曲げて、地面に手を置き、頭を下げる。


「すみませんでしたー!」


 自首した。

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