20 サイド セブナナン王国 3
セブナナン王国の第三騎士団は竜の森の調査という王命を受けたが、この調査はそこに居るかもしれない者が本当に居るかどうかの確認という、不確かなものを不確かなまま行うということもあって緊急性はそこまで高くない。そのため、第三騎士団総出でとはならず、大半は王都での通常業務にあたる。その纏め役は副団長だ。竜の森の調査に向かう調査組は、団長であるマニカと副官のメリッサを含めて二十人ほどとなった。
調査組の人員は、竜の森の調査ということで戦闘能力の高さを基準に速やかに決定し、合わせて準備も進められていたため、王命を受けた翌日には竜の森の近くにあるフロンの町に向けて出発した。全員乗馬技術を習得している上に愛馬持ちなので、移動は馬である。馬での移動で、王都からフロンの町まで凡そ半月で着く――はずだったが、マニカたちは未だフロンの町に辿り着いていなかった。
王都近郊を進んでいる間は順調であったが、セブナナン王国の南部にあたる地域に入った辺りから、移動速度が極端に落ちたのである。もちろん、それには理由があって、調査組は町に寄った際に自分たちの分はもちろんのこと、馬の分の食料も買い付けを行っているが、南部に入ってから馬の分の買い付けが上手くいっていなかった。どの町でも今ある分は直近で誰かに買われていて、数日待って欲しい、という返答ばかりなのだ。
それでどの町でも数日待って馬の食料を確保してからの出発となるため、調査組は未だフロンの町に辿り着いていないのである。
「妨害されていますね」
「そのようです。一体誰が、なんのために、私たちを妨害しているのか調べたいところですが……今は王命が優先されます。残念ですが」
「王都の副団長に調べてもらいますか?」
「そう……そうね……そうしましょう。副団長にお願いしておきます。文の用意をお願いします」
「かしこまりました」
メリッサとマニカの間で、そのような会話が行われた。
―――
調査組の足止めは、もちろん誰かの狙いがあってのことだ。調査組のフロンの町の到着を遅らせている――要は時間を稼いでいるのである。その際に直接的な手段――襲撃を行わないのは、第三騎士団の戦力を恐れてというのもあるが、他に戦力を回しているから、というのが一番の理由であった。では、どこに戦力を回しているかというと――竜の森の調査に、である。調査組の足止めを指示した誰かはセブナナン王国の王と宰相と同じ可能性に辿り着き、調査組よりも先に竜の森に居る者に接触しようとしているのだ。
そのため、戦力を竜の森の調査に向かわせているのである。ただ、その調査は上手くいっていない。少しも。ちっとも。まったく。全然。
何故なら、誰かが竜の森に向かわせた戦力は――全員男性だからである。
「んほおおおおお!」
竜の森の中に絶叫が響く。痛みに耐えつつも、これまで感じたことのない何かを感じて喜びを抱くような、そんな絶叫が。その絶叫を上げた者の尻には頭部に角があるウサギが居て、角が尻の穴にぶっ刺さっていた。その近くに、その様子を見て顔を青ざめさせる男性たちが居る。数にすれば十数人。
「ちくしょう! ここにも『穴掘りウサギ』が居やがる! 逃げるぞ!」
男性たちの一人がそう言うと、男性たちは尻にウサギが居る男性を放置して我先にと逃げ出す。地面に穴を掘るのではなく、人の尻の穴を掘るという意味で「穴掘りウサギ」と呼称した存在に掘られないために。何しろ、男性たちの言う穴掘りウサギは周囲にたくさん居て、男性たちの尻の穴を狙っているのだ。逃げて当然の状況。迎え撃たないのは、戦力的にも負けているからである。男性たちが弱い訳ではない。標準よりは高いくらいはある。穴掘りウサギの方が強いからだ。
逃げる男性たち。追う穴掘りウサギたち。
男性たちに更なる悲劇が襲いかかる。男性たちが逃げた先に、耳がハサミのようになっているウサギの群れが居たのだ。
「なんてこった! 逃げた先に『落としウサギ』が居やがる!」
男性たちの一人が悪態を吐く。逃げる先に居るウサギがナニを落とすかは言うまでもない。男性たちもそれは理解していた。できれば避けたい。しかし、余計な行動を取れば後方から追ってくる穴掘りウサギに追い付かれてしまう。男性たちは覚悟を決めて突っ切るしかなかった。
「「「うおおおおおっ!」」」
咆哮のように声を荒げて男性たちが落としウサギの群れの中を突っ切っていく。できれば、落としウサギの群れと穴掘りウサギの群れが争ってくれないかな? と心の中で思いながら。しかし、その思いは叶わない。男性たちは落としウサギの群れと穴掘りウサギの群れに襲われる。
男性たちここでも迎え撃たずに、逃げに徹した。穴掘りウサギの同様に、落としウサギもまた男性たちよりも強いからである。
男性たちはどうにか襲撃を避けていたが、ほどなくして男性たちの一人が穴掘りウサギの一体の突撃を回避したところで、時間差で突っ込んできた落としウサギのハサミを上手く避け切れずにズボンを下着ごと切られてしまう。そこに、さらにもう一体の落としウサギが現われ、露わになった男性のものを切り落とした。
痛みはある。泣きそうでもある。気を失いそうでもある。でも、それでも、気を失う前に、ものを切り落とされた男性は言わずにはいられなかったので叫ぶ。
「俺の大剣が!」
無事な男性たちが切り落とされたものを見て――言う。
「「「いや、どう見ても鞘付きショートソードだろ!」」」
それだけ言って、男性たちはものを切り落とされた男性を担いで逃げていく。竜の森に居ると思われる者を見つけることができぬままに。
竜の森の外に出るまでに、新しい扉を開いた者が何人も居た。




