153 仕切り直したからといって仕切り直せるとは限らない
十分間、部屋の前で待つ。
「「すみません。すみません。あんな国王で、あんな父で、すみません」」
「いや、まあ、うん。俺は、気にしてないから、あの……うん。その、家族思いの父親と思うから……うん。大丈夫。ほんとに」
「あはははははっ!」
「うん。ラストもそろそろ落ち着こうか」
マグレトさんとマニカさんが顔を真っ赤にして謝り、ラストは笑いっ放しなので、どちらも宥めるのに苦労した。部屋の外に出てから、五分くらいでどうにか落ち着いた、と思う。
「「本当に、お恥ずかしい限りで」」
「うん。もう大丈夫だから。本当に」
「そうそう。大切に想われている証拠じゃない。呼んであげれば? パパ陛下って……ぐっ」
「ラスト。自分で言ってて笑うな」
ラストがまた笑いそうになったので、牽制するように言っておく。
それから五分が経って……こちらの空気は完全に落ち着いた。マグレトさんとマニカさんは、もう大丈夫だとしっかりと頷き、ラストも国王を見て笑うようなことにはならないと思う。
「じゃあ、行くか」
何故か俺が合図して、マグレトさんにノックを促す。マグレトさんは強く頷き、ノックして先ほどとまったく同じことを言うと、今度は扉の奥から「どうぞ」の声が届く。もう一度全員で頷き合ってから、部屋の中へと入る。
―――
「……来たか。マグレトにマニカよ。それと、よくぞ参られた。『大罪持ち』の方々」
国王はソファには座らずに立ち上がっていて、五十代の男性はその隣で控えるように立っていた。国王の姿からは威厳と風格が醸し出されている。どうやら、向こうも完全に立て直すことができたようだ。
「……ぐっ」
若干一名は再発しそうだが、そのまま我慢を続けて欲しい。話が進まなくなるから。
先ほどのことはなかったことのように、話が進んでいく。
「マグレトよ。よくぞ、グレッサア王国を打倒してくれた。見事である。だが、それ以上に、こうして無事に戻って来てくれたことが、我は嬉しい」
「ありがとうございます。ですが、それは私一人が成したことではありません。皆の協力があればこそ」
「わかっておる。だが、今はパp……ううん。父として息子の無事を喜びたいのだ」
マグレトさんを見る国王の目は非常に優しい。慈愛に満ちている。いい父親、かどうかはわからないが、少なくとも愛情がないよりは遥かにマシだろう。
「マニカも、マグレトに協力するだけではなく、こうして『大罪持ち』の方を連れて来たのは立派なことだ。マニカのような娘を持てて、パp……ううん。父として嬉しい」
「ありがとうございます」
「うん。だから、二人共、我のことはパp……なんでもない」
全員から冷ややかな目を向けられて、国王は続きを口にするのを止めた。それが賢明だと思う。いや、全員ではない。ラストは口に手を当てて我慢していた。限界が近いようだ。
そして、国王の視線がこちらに向けられる。
「『大罪持ち』の方々。我は……いや、余は……ううん……私は、セブナナン王国を治める、ミルス・セブナナンと申します。こうしてお会いできて嬉しく思います」
国王が手を差し出してくる。握手かな? しかし、随分と言葉を選んでいる気がする。先ほどの俺の対応を受けて、だろうか? それとも、これが「大罪持ち」に対する態度の基本的なものなのだろうか? どちらにしても、握手を断るつもりはない。
「はじめまして。『怠惰』のスロースです。よろしく」
と握手する。そのまま次にいくのかな、と思っていたら、国王はそのまま強く握り締めてきた。まあ、まったく痛くないけど。何故? と思う。
「……娘に手を出したら絞め殺す」
俺にだけ聞こえるように、国王がそう呟く。あれ? 先ほどの態度はどこにいった? マグレトさんとマニカさんに協力してきたのに、いきなり敵認定されているというか、殺意を向けられてきたのだが。しかも、殺し方まで指定してきたし。
俺が何か言う前に、国王はラストの方へ向かい、手を差し出す。ラストは「『色欲』よ。よろしくね」と握手する。
「……息子を誘惑したらくっ殺す」
ラストだけに聞かせるつもりだったのだろうが、俺の耳がそれを拾う。
うん。家族思いだね。とっても。とはならない。寧ろ、マグレトさんとかマニカさんとか、大変だな、と思うくらい。後、ラストは女騎士ではないよ。
俺は先ほど言われたばかりなので流すこともできるが、ラストはもう我慢の限界だったようで、その我慢の限界を突破した。
「あははははは! 最高! 『大罪持ち』を相手に脅してくるなんて、愛されているわよね、マグレトちゃんにマニカちゃん! いい父親じゃない! 面白いわ! あははははは!」
体をくの字にしてラストが笑い出し、それで国王が何か言ったのだと俺以外にも発覚した。マグレトさんとマニカさんが直ぐに国王の言動を誤りに来て、五十代の男性が国王の服を背後から掴み、そのまま「そーい!」と見事な巴投げを披露する。
俺は思わず拍手。
ラストはさらに笑う。
投げ飛ばれた先で起きた国王を相手に、五十代の男性が中心となって、マグレトさんとマニカさんが聞き取りを始めて次第に説教へと変わっていく。
なんとも言えず、もう今日のところは真面目な話にはならないと判断されて解散するまで、この状況は続いた。




