150 記憶に結び付くことがなかったら、残すのは難しい
馬車から顔を出して外を見る。視界に入るのは、高い壁と大きな城の一部。そこに向かって進んでいる。そこが、セブナナン王国の王都だからだ。
元グレッサア王国の元王都からここまで、約二か月半かかった。まあ、移動は徒歩に合わせていたのだから、時間がかかるのは当然である。でも――。
………………。
………………。
ほんっとうに何もなかった。何も起こらなかった。ビックリするくらいスムーズにここまで来た。いや、喜ばしいのはわかる。それが普通というか、それが当たり前だ。……本当に?
いやいや、記憶の中の世界ならまだしも……まあ、そもそも記憶の中の世界だと移動に二か月半とかはないが……それは横に置いておいて、ここは異世界だ。
魔物の大群が襲いかかってくるとか――。
「いや、こっちは数千人規模の軍隊だ。それを見て襲いかかる魔物は居ないだろう。手を出せば終わると、本能で理解するはずだ。それに、もし現れても私たちが手を出す前に終わるだろうな」
どっかの盗賊団に襲われそうになっている村や町があるとか――。
「そういう報告は中々聞かないな。我が国の騎士団の巡回がしっかりと行われている証拠とも言える。いいことなのは間違いない」
寄った町を治めているのが実は裏で悪いことをやっている貴族で、それが発覚するとか――。
「ああ、それはもう終わっている。イスト大平原での戦いの後、父――陛下に報告はしっかりと行ったからな。その後、私たちが元グレッサア王国の元王都に居る間に、その報告を下に関係していた貴族を公爵であっても関係なく取り締まったことで、他の貴族の動きは大人しくなったそうだ。まあ、今目に見えている範囲で、だが。少なくとも、今表立ってそのような行動をする貴族は居ないだろう」
なるほど。つまり――。
「全部終わっているようなもの! 世は平和である! それはいいことだ!」
「ああ。それは間違いない」
マグレトさんが賛同する。まあ、先ほどの横槍? もマグレトさんだが。
それでも、この約二か月半で何か変わったことがあるとするなら、マグレトさんとより仲良くなったことだろうか。移動する同じ馬車の中で四六時中一緒に居たので、会話の量が増えたのだ。だからこそ、こうして馬車の中ではしゃいでも怒られることもない。
……うん。快適でした。
そして、見えていた高い壁と大きな城があるところに……着いた。
―――
セブナナン王国の王都。「セナン」。
高く分厚い壁に囲まれたセブナナン王国の中心地で、外から見た感じだと元グレッサア王国の元王都にも引けを取らない広さがある。いや、今は「小海」と「小森」があるから……まあ、いいか。ともかく、王都と呼んで差し支えない都市、ということだ。
向かうはその王都の真正面にあるっぽい巨大な門……ではなかった。その近くにある別の大きな門でもない。というより、王都に入る前に止まった。
ん? なんで止まった? 巨大な門に人が詰めかけているから、とかかと思ったが、巨大な門の前についでに人は居ない。居ないのもおかしくないか? どういうことだろう? と思っていると、マグレトさんが馬車から降りたので俺も降りる。
「マグレトさん、これは何事? なんで門の前に人が居ないの?」
「ああ、これから凱旋だ。パレードがある。事前に人を出していて、門前に人が居ないのは、王都の方も準備ができているということだ」
「パレード? サンバの?」
「サン、え? 何の?」
「いや、なんでもない」
マグレトさんの反応からして、この世界にサンバはないようだ。残念な気がしないでもない。いや、というか、パレード? 凱旋パレードってことか。なるほど。セブナナン王国軍を労うのと、もうグレッサア王国はありませんよ、とセブナナン王国民にしっかりと示すためか。セブナナン王国軍内でも既に通達がされていたようで、パレードのための準備というか、整列が始まっている。
というか、パレードがあるなんて聞いていない……いや、聞いていたかもしれないが、憶えていない。
「その顔……パレードがあると憶えていないな?」
マグレトさんの鋭い指摘にドキンッ! とする。
「い、いいい、いやいや、そ、そんなことない。うん」
「では、事前の取り決め通りに、スロース殿はパレードの先頭ということで」
「え? 俺、先頭なの? 嘘。取り決めた通りって、俺が先頭を了承したの?」
「いや、スロース殿は『面倒だし、馬車の中から見ている』と言ったが、別に今からでも先頭に立っても構わないぞ。スロース殿にはそれだけの功績があるのだから」
「いえ、大丈夫です。じゃあ、馬車の中から見ているから! パレード、頑張って!」
グッ! とサムズアップした後、俺は馬車に戻った。
……ふぃ~……危なかった。多分、ここに来るまでにこれといって何もなかったから記憶に残らなかったんだろうな。それでも、面倒で断った俺……ありがとう。
ほどなくして、馬車が動き出した。




