15 サイド セブナナン王国 2
マニカが謁見の間から出て向かう先は第二王女としての自室ではなく、王城の外だが敷地内にある騎士団詰所である。そこは三階建ての大きく立派な建物だった。三階に騎士団全体を纏める騎士団総長の部屋があり、二階に第一から第三までの騎士団長の部屋があって、一階が仮眠室や会議室、倉庫などの多岐に渡る部屋がある。マニカが向かったのは、そこにある「第三騎士団長室」だ。
特に寄り道することも、突発的なイベントも起こらず、マニカは直ぐに第三騎士団長室に着く。第三騎士団長室の中は、執務机に応接テーブルとソファ、資料棚に本棚と基本的なものを押さえつつ、彩り豊かな花が活けられている花瓶が置かれているなど、香りと目を楽しませる華やかさもある。それと、部屋の隅に小さく簡易的なキッチンがあり、お茶くらいは直ぐに淹れられるようになっていた。
そんな第三騎士団長室の中に、一人の女性が居てマニカを出迎える。二十代前半で、青色の長髪に吊り目の美人、スレンダーな体付きに軽装を身に付けていた。
名は「メリッサ」。
第三騎士団所属。マニカの副官である。
「おかえりなさいませ、マニカさま」
「戻りました、メリッサ」
メリッサが一礼し、マニカは執務机ではなくソファの方に座る。流れるような作業でメリッサは小さなキッチンで紅茶を淹れて、カップをテーブルの上に置く。マニカは「ありがとう」とお礼を口にしてからカップを手に取り、香りを楽しんでから一口飲み……一息吐く。
「……ふぅ」
「お疲れですね。どうされました?」
「陛下が、ね」
「ああ、なるほど。『パパ』と呼べ、とか言われましたか?」
え? どうしてわかった? とマニカが驚きの表情を浮かべてメリッサを見る。メリッサは微笑を浮べていた。
「まあ、陛下がマニカさまにそう呼ばせようとしているのは知っていますから」
「……そう」
マニカの頬が赤くなる。身内の恥、と思ったのだ。メリッサは失礼しましたと小さく一つ咳払いする。
「もちろん、それだけではないでしょうから、他に何を言われたのでしょうか? マニカさまが呼ばれたとなると第三騎士団への王命ですか?」
「ええ、第三騎士団に王命が告げられました」
姿勢を正すマニカ。メリッサも。そして、発端となるフロンの町と「天の怒り」、その流れで第三騎士団に竜の森の調査を命じられたことをマニカがメリッサに告げる。
「――王命、承りました」
聞き終えたメリッサがそう口にして、頭の中で第三騎士団が今後どう動いていくかを計算していく。メリッサは優秀な副官なのだ。
「しかし、竜の森の調査ですか……色々と大変なのは事実ですが、場所が場所だけに他の騎士団――特に男性に任せられないのは納得です。まあ、王命でも行きたがらないでしょう」
「そう! それ!」
どれ? とマニカの指摘にメリッサは首を傾げる。
「陛下と宰相の話にも第三騎士団でなければいけないみたいな話でしたけれど、どうして他の騎士団では駄目なのかしら? 遮るのはいけないかと陛下と宰相には尋ねなかったけれど、そもそも男性だと何が不都合なのか……その理由をメリッサは知っているようだし、教えてくれないかしら?」
もちろん知っているメリッサ。同時に、そういう知識がマニカの中のないことも理解した。王女教育はどうした? とメリッサは一瞬思うが、直ぐにそれは王女教育で教えないか、と思う。
「……さ、さあ? 私にはさっぱり」
メリッサはマニカから視線を逸らしながら答えた。知らぬなら踏み込む……いや、沈み……いやいや、沼に落ち……とにかくね、と。
だが――。
「いえ、メリッサ。あなたは『特に男性に任せられないのは納得です』と口にしました。それはつまり、納得に至る情報を知っているということですね?」
「うっ」
マニカの指摘にたじろぐメリッサ。
「教えなさい、メリッサ。第三騎士団、団長として、それともセブナナン王国、第二王女として、私はあなたに質問の回答と求めます」
メリッサは僅かばかり逡巡したのち……権力に屈した。心の中で王女教育で教えていないことに八つ当たりしながら、メリッサはマニカに新たな知識――竜の森で男性がほられて新たな扉を開く、といった事例をいくつか与えた。
その日の午後。やり遂げたあとのような艶々とした表情のメリッサと、男性を見る度に顔を真っ赤にするマニカによって、第三騎士団は竜の森の調査に向けての準備を始める。
―――
竜の森はセブナナン王国の南西部から南部にかけて接している。その凡そ反対側。東部から東南部にかけて、セブナナン王国は隣国の一つであるグレッサア王国と接していた。そのため、グレッサア王国からの侵攻に相対して食い止めるのは、東部から東南部の領地を持つ貴族の勤めの一つに数えられている。グレッサア王国からセブナナン王国を守る壁だ。
そんな壁となる貴族の一つに、南部に近い領地を治めるマムミニ男爵家がある。そのマムミニ男爵家領地内にある町「ビグ」。ここにマムミニ男爵家の屋敷があった。
貴族であるため、普通に考えれば大きな屋敷ではあるが、男爵という貴族階級では下級に位置するため、貴族屋敷として見ればそこまで大きくはない、そんな二階建ての屋敷の中にある執務室。
革張りのそこそこ柔らかいソファに、四十代の男性で、茶髪に小物を感じさせる顔立ちの、中肉中背の体型にそれなりに仕立ての良い服を着た――マムミニ男爵が腰を下ろしたまま、白髪の五十代の男性である執事からの報告を受けていた。
聞き終わると同時に、マムミニ男爵は驚愕を露わにする。
「な、なんだと! フロンの町への極秘襲撃――唇に人差し指作戦が失敗しただと! しかも、部隊が到達する前に雨のような雷に打たれて全滅! ば、馬鹿な! あり得ん!」
「そ、そのあり得ないことが実際に起こったのです」
「くそっ! これでは裏で方々に手を回した意味がないではないか! これではグレッサア王国からなんと言われるか」
「し、自然災害でどうしもなかったと言ってしまえばいいのでは?」
「無駄だ! グレッサア王国がそれを信じてくれるとは思えん! ……仕方ない。先に閣下の方へ打診しておくか。そちらから何かしらの手を打ってくれるかもしれんしな」
そう判断を下して、マムミニ男爵は屋敷を出た。